ドアを開けると、珍しく部室には誰も居なかった。
いつもはおしゃべりの声や楽器の音でうるさいくらい賑やかなのに、今日のBGMは校庭から聞こえる運動部の掛け声だけ。
何だか知らない場所に来たみたいでちょっと寂しい。
「本格的に音合わせしようってあれほど言ったのに・・・」
そんな気持ちをごまかすみたいにちょっと大袈裟に独り言。
机の上にギターを置く。
「う~ん・・・」
「ひゃっ?!」
誰も居ないはずの部屋の片隅から声が聞こえて、思わず情けない声が出る。
誰?
何?
泥棒?
幽霊?
バクバクと鳴る心音を何とか落ち着かせようと深呼吸しながら恐る恐る部屋を見回す。
大きな食器棚と窓際の角の年期の入った柱。
その間の小さな日溜まり。
その日溜まりの中に見馴れた人が仰向けで倒れている。
「唯先輩?!」
さっきと同じくらいのビックリ。
だけど、よく見てみると違う意味でビックリした。
枕の代わりの通学鞄。
寝冷えしないように身体に掛けられた上着。
大事そうに添い寝しているギー太はさながら抱き枕。
何とも油断しきったお姿。
気持ち良さそうな寝顔をされて、呆れて起こす気にもならない。
「はぁ・・・」
そっと傍にしゃがんで顔を覗き込む。
キラキラと光る額に掛かる髪。
すべすべで柔らかそうなほっぺた。
小さな唇の端からはちょっとだけはみ出たヨダレ。
もともと年齢よりも幼く見える人だけれど、今日はいつもよりもさらに幼く見える。
学年は私よりも上だけど、この先輩には全然先輩らしいところが無い。
練習しててもあまり集中してくれない。
教えた事はすぐに忘れる。
時間を守らない。
頼りない。
だらしない。
成績もよくない。
周りが支えてあげないとダメなダメ人間。
だけど・・・。
音楽が本当に大好きで。
ギターも凄く大切にしてて。
やる時はきちんとキメてくれて。
明るくて。
楽しくて。
やさしくて。
居るだけでみんなを幸せにしてくれる様な不思議な存在。
私はそんな唯先輩が・・・。
「う、ん・・・
あずにゃん?」
気配に気づいたのか、唯先輩がゆっくりと目を開けた。
「まったく、何してるんですか?」
「いやぁ~、あまりにも陽当たりが良くてついつい・・・ふわぁ~」
大きなアクビをして大きくひと伸び。
ホントにお気楽な人だ。
「制服しわになっちゃいますよ・・・ここには埃ついてますし。私、ブラシ持ってますから」
「えへへ、ありがとう、あずにゃん♪」
鞄からハンドブラシを出して、唯先輩の制服を整えてあげる。
ホントにどっちが先輩でどっちが後輩なんだか。
「あずにゃんはいいお嫁さんになるねぇ~・・・あっ、そうだ、私のお嫁さんになってよ♪」
「な、何いってるんですか?! ほら、後ろもやりますから背中向けてください」
「は~い♪」
私はちょっとだけうつ向き加減に唯先輩の後ろに回る。
赤くなってる顔を見られないように。
「・・・唯先輩」
「うん? な~に?」
「前も言いましたけど、
これからも私の目の届く範囲に居てくださいね?」
先輩は私が傍に居てあげないとダメなんですから。
私も先輩が傍に居てくれるだけで幸せなんですから。
"終わり"
最終更新:2010年10月12日 20:50