唯×紬 @ ウィキ

2-023~

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yuimugi

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だれでも歓迎! 編集
燃料がないな…
なんかお題くれたらSS頑張って書く!

ムギの家の事業が破綻し身一つで平沢家に居候として転がり込む

SS 「誰かが言った」



 世知辛い、世の中ですね――肩を並べながら、或るいは私と真っ直ぐに対峙しなが
ら、独り言のように私の耳朶に向けて、そんなことを呟いていたのは一体、誰だった
か。
 上手く思い出せないことをもどかしく感じる。そんな台詞は今の時代、どこの誰でも挨
拶みたいにして口にするから。だから、思い出せない。
 梅雨がなかなか明けてくれない。六月の空は幾重にも重なる灰色の雲のせいで、街
はどんよりと暗く、心も晴れない。窓の外は、今にもぱらぱらと雨が降り出しそうな気配
が覆っている。深更の真っ只中。通りに、人の気配はない。車のヘッドライトの点滅だ
けがちかちかと、目には眩しく映っている。
 物語の終末に近づく度、胸を叩く、不吉な予兆にも似たあの感覚。そんなもののひと
つひとつがデジャヴみたいに、私の頭の中で反響し続けている。
 頭痛の原因がわかった途端に、痛みが少し増した気がした。
「雪を待っている、子供みたいね」
 振り返ると、頬もすっかりこけて、声までやつれてしまっている彼女がいた。
 本人は、上手く笑えているつもりなのだろうか。頬は青白く、涙の痕が心に痛々しく
て、思わず目を逸らしてしまった。そんな自分を、殴り飛ばしてしまいたい気持ちだっ
た。
「窓の外には、なにが見えるの?」
 透き通ってしまいそうな、そんな横顔だった。
 悲劇の波を身体に受けて、それでも真っ直ぐに立って、未来を睨んでいられる彼女
が、私の目には眩しかった。余りにも眩しすぎて、眸を潰されてしまいそうなほどに。
「何も見えないから、困ってるんだよ」
 意に反して私は、そう、叫びだしてしまったのだ。
 隣の彼女は驚いて、眼を開いて、私の横顔を訝しげな表情で覗く。
「……もう、泣くのはやめて」
 沈黙と静寂の間を縫うようにして、雨音がしとしとと街に響いていた。愛していた、あ
のギターだって売ってしまった。キーボードだって、売ってしまった。流れる日々をただ
全力で駆け抜けていたあの頃の私たちには、それだけで精一杯だった。
 部活は、辞めてしまった。体中を駆け巡るのは不安と絶望と、僅かな吐き気と頭痛
と。
 それでも、彼女の為に出来ることを探した。偽善者のように笑いながら。悪魔のように
誰かを呪いながら。精一杯腕を伸ばしたその先に、彼女の柔らかな掌をもう一度掴め
るのなら、私はどんなことだって惜しまない。後悔も、しない。現に今だって、妙に、清々
しい気持ちでもあるから。
 ――気がついたら、彼女は私の胸で、わんわんと子供みたいにむせび泣いていた。
 ほつれてしまっている、綺麗だったこの金髪も、目の下のクマも、古着屋で200円
ちょっとだったこのTシャツも。全て、彼女には似つかわしくない。
 私は、彼女の頭を抱いた。ギターを弾いて、踊るようにステージの上ではしゃいでい
たあの頃の自分を思った。私は部の中でも、子供のように甘やかされていて、それがた
だひたすらに、心地よくて。音楽が楽しくて、みんなといるのが、楽しくて――


「もう泣くのはやめようよ……ムギちゃん」
 呟いたら、それはまるで、自分の言葉じゃないみたいに、よそよそしく辺りに響いていた。
 あの頃のことはもう全て、この手には届かない、幻影のようで――
 天井を向いても零れ落ちてしまう涙のせいで、彼女の髪が少しだけ、濡れてしまった。 



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