こんにちは、平沢憂です

928  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 19:53:48 ID:f+tTYk7oP


 私は今、家の玄関の前にいます。

 なぜなら今日は、お姉ちゃんが修学旅行から帰ってくる日だからです!


 お姉ちゃんからメールが来たのは三時間半前。
 内容は帰りの新幹線に乗った、ということでした。

 私はそのメールを見てまた涙が出そうになりましたが、ぐっと堪えてキッチンに向かいました。

「よし、今日はお姉ちゃんのために頑張って美味しい物作るぞ!」

 そう言って私は勝負下着ならぬ勝負エプロンを着て普段の数倍……いえ、数十倍の気合を入れてお姉ちゃんの好きな料理をたくさん作りました。

 そしてお料理が出来たのがちょうど十分前。

 それからはずっと玄関の前で正座をして待っています。
 さっき帰りのバスに乗ったってメールが来たからそろそろだと思うけど……。

 私は待ってる間、手の指や足の指をぐにゃぐにゃ動かしたり、何度も髪を結びなおしたりと、落ち着けませんでした。
 高校の受験の時でさえ、落ち着いてたのになぁ。



929  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 19:55:51 ID:f+tTYk7oP

 その時です。
 玄関のドアノブが回り、ドアがガチャリと音を立てて開きました。
 私はその瞬間に私の頭で色んなことを考えました。

 お姉ちゃん、どんな顔してるかな?
 幸せそうな顔?
 疲れた顔?
 旅行先に忘れ物してないかな?
 ……私がいなくて寂しくなかったかな。

 そしてドアから覗いたのは、私の予想通りお姉ちゃんでした。
 私の大好きな、いつものお姉ちゃん。

「憂ー、ただい」

「お姉ちゃぁん!」

「まぁ!?」

 私はお姉ちゃんがただいまといい終わる前に飛びつきました。
 その反動でお姉ちゃんが持っていたお荷物が床に落ちてしまいました。
 ごめんねお姉ちゃん。
 でも私すごく、すっごく寂しかったんだよ。

「お帰りお姉ちゃん!」

 私はお姉ちゃんに抱きついたまま、精一杯心をこめてそう言いました。

「う、うんただいま。って荷物が落ちちゃった……」

「ごべん゛な゛ざい゛……」

「……憂、泣いてるの?」

 お姉ちゃんの言うとおり、私はお姉ちゃんの胸で泣いていました。
 それも涙目どころではなく、号泣です。
 お姉ちゃんの服を涙やら鼻水やらで汚してしまいました。



930  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 19:57:18 ID:f+tTYk7oP

「だっで……ひぐっ……ざびじがっだん゛だも゛ん゛……」

 私がそう言うと、お姉ちゃんは私の頭に手を置いてくれました。

「ごめんね、憂を一人にして。本当にごめんね」

 私は顔をぐしゃぐしゃにしながら思いました。

 やっぱり、お姉ちゃんはちゃんとお姉ちゃんなんだなって。

 だから私は、お姉ちゃんが大好きなんだな……って。

 私が大分落ち着くと、お姉ちゃんは自分の胸から私の顔を離しました。

「もー憂ったら、かわいいお顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってるよー」

 お姉ちゃんはそう言うと、自分の服の袖で私の顔を優しく拭いてくれました。
 またお姉ちゃんの服を汚しちゃった……。
 ちゃんとお洗濯するから許してお姉ちゃん。 

「うん!いつもの可愛い憂の顔になった!」

 お姉ちゃんは笑顔で私にそう言ってくれました。
 その笑顔につられて、私も自然と笑顔になってしまいます。
 お姉ちゃんって、不思議だな。

「そうかな……ありがとう、お姉ちゃん」

「でへへ……それよりさっきから気になったんだけどこのいい匂いはまさか」

「うん、お姉ちゃんのためにお料理いっぱい作ったよ」

「ほんとう!?憂大好きぃ!」

 そう言うと今度はお姉ちゃんから抱きついてきてくれました。
 私はこの瞬間がすっごく幸せです。



931  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 20:01:04 ID:f+tTYk7oP

 その後リビングにいくと、お姉ちゃんは目を輝かせながら私の作った料理を見渡しました。

「すっごい!いつもの百倍はすごいよ憂!」

「えへへ、そうかな?」

 お姉ちゃんに褒められて嬉しい。
 だけど気になったのはさっきの言葉です。
 ごめんって……一体なんだろう。

「ねぇ、お姉ちゃん」

「なぁに?」

「さっきごめんって言ったけど……なんで?」

 私は思い切って聞いてみました。
 するとお姉ちゃんはいかにも申し訳なさそうな顔をして理由を言ってくれました。

「えと……あれじゃあまるで憂が美味しい料理を作ってくれたから大好きみたいだから……」

「え?違うの?」

 するとお姉ちゃんは顔を下に向けながら、暗いトーンでこう言ってくれました。

「違うよぉ……私は憂がお料理ができなくても、お掃除ができなくても、大好き……だよ」

「お姉ちゃん……」

「だからごめんね、憂」



932  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 20:02:57 ID:f+tTYk7oP

 私はお姉ちゃんに抱きつきたい衝動を抑え、こう言いました。

「全然気にしてないよお姉ちゃん。私だって、お姉ちゃんが家事ができるお姉ちゃんでも、大好きだよ!」

「えー、それは何か変だよぉ」

「変かなー」

「変だよー」

「……ふふっ」

「……へへっ」

 私達はお互いの顔を見て嬉しそうに笑いました。

 するとお姉ちゃんは何かを思い出したかのような顔をして私に言ってくれました。

「憂にいっぱい旅行の土産話、してあげるね!」

「……うん」

 本来なら喜ぶべきでしょう。
 だけど私は素直に喜ぶことができませんでした。

 だって……。

「どしたの憂?」 

「……」

 私は赤くなってるであろう顔を下に向け、小声でこう言いました。

「だって……律さん達がお姉ちゃんと仲良くご飯食べたり、お風呂はいったり、寝たりした話聞いたら……嫉妬しちゃうかも……」

 自分でもワガママだな、と思いました。
 だけど、私はそれほどお姉ちゃんが大好きなんです。
 ふだんは何でも譲ることが多いけど、これだけは譲れません。



933  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 20:05:32 ID:f+tTYk7oP

「ごめんね、ワガママな妹で……」

「もー憂ったらそんなこと?」

「え?」

「そりゃあ、私は憂以外の人とご飯食べたり、お風呂入ったり、寝たりしたよ」

 その言葉に胸がズキッと痛みました。
 わかってる。
 だって軽音部の皆さんだって大切だもんね。
 わかってる、わかってるけど……。

 私がそう思いながら、また泣きそうになっているとお姉ちゃんが私を優しく抱きしめてくれました。

「だけどね」

 そしてそのまま、私の唇にそっとキスをしてくれました。
 優しくて、暖かいキス。

「……これは、憂としかしないよ」

 その言葉を聞いて私はまた、涙目になってしまいました。

「あらら、今日の憂ったら泣き虫さんだねぇ」

「だって……嬉しくて……すごく嬉しくて……」

「よしよし……」



934  名無しさん@お腹いっぱい。  [sage]  2010/05/05(水) 20:08:34 ID:f+tTYk7oP

 そうやってお姉ちゃんに頭を撫でてもらって何分たったでしょうか。
 いきなり下のほうからグゥ、と音が鳴りました。 

「あっ……」

 お姉ちゃんのお腹がそろそろ限界なようです。

「あ……ごめんねお姉ちゃん、お腹へったよね。ご飯たべよっか」

「待ってましたー!」

 するとお姉ちゃんは素早くいつもの場所に座り、私に手招きをしてきました。

「どうしたの?お姉ちゃん」

「今日は並んで食べようよ!」

「……うんっ!」

 そうして私達姉妹は、並んでテーブルの前に座り、胸の前で手を合わせました。

「「いただきます!」」

 その日の晩御飯は、今までで一番美味しく感じたかしれません。



終わり。
最終更新:2010年05月05日 21:37
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