第１９話「命の証」アバン - 真 避難用「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@ ウィキ

　……あの日の事は、良く覚えている。
　空は真っ赤に燃え上がる様に。地上はただ、煉獄である様に。
　ただ、この世に対して“絶望”以外の感傷を与えない時であったと。
　必死で逃げ、必死で助けを求め、必死で救いを求め。
　……それが、何の助けにもならないと、ただ縋るだけで助かる程世の中は救いに満ちてはいなかったのだと理解出来るまでにそれ程の時間は掛からなかった。
　ただ――願った。ただ、願い続けた。
　この地獄を――この地獄から、弟を救い出すと。
　せめて、地獄に堕ちるのは俺だけで良いと、そう願い続けた。

　セシルは、ただバイクを走らせていた。辺りは既に暗く、狭い山道であったが慣れ親しんだ道でもあったので、勘の勧めるままに走らせていく。事故でも起こしたら、とも思ったが――むしろ起こってくれた方が良いとも思えた。
　せめても、これから行おうとする事に対して運試しをしたい様な気分でもあったから。
　「くそっ！　くそっ！　くそおっ……！」
　ただ、毒づく。誰に対してでなく、全てに対して。全ての世の中の理不尽に対して。『良い子にしていればきっと幸せになれる』、そう言われて育った子供としての怒り。蟠りの無い、ただの怒り。周囲に当たり散らしてはならない類の、純粋な怒り。
　それは、セシルという青年そのものだった。信じられるものと信じられないものを、幼い頃から分けて考えなければならなかった青年の咆哮だった。

　同じ頃、同じ様な場所で、一人の青年が真新しいモビルスーツのコクピットでひっそりと毒づいていた。もっともその青年は声に出さず、ただ心の内だけであったが。
　（……嫌な男だ。納得出来る、嫌な命令を出す……）
　スウェン＝カル＝バヤンは新型モビルスーツ“ハガクレ”を駆り、夜の闇の中を疾駆していた。それも、ただ一機で。……とはいえ、スウェンを知る者が見れば、それは妥当な事であったと思い至るだろう。
　“黒狼”スウェン――それが、彼の二つ名。
　誰にも心を許さず、誰とも心を語らず。彼を知る者は常に無く、彼を見る者は恐れを抱く――正に一匹狼という風情の男なのである。
　半分冗談だろうが、彼の逸話としてこんな話がある。
　「おい、スウェンは今日何回喋った？」
　「命令の数だけだよ。“了解”って言うからな」
　……元々が独立愚連隊の性質が色濃い、旧連合の中でも特別扱いのファントムペイン出身である。正式軍に任命されても、馴染める筈が無い。ただ命令のみ淡々とこなす、職業軍人の鏡の様な美徳だけを買われて現部隊に在席しているような男だ。主に遊軍や斥候など、単独行動に於いて真価を発揮する人間なのである。
　それ故に、スウェンが単機で行軍をするのは不思議でも何でもない。スウェン自身、単独行動の方が性に合うと思っている位だ。
　そのスウェンが軍務に苦言を漏らす――実際に漏らしている訳では無いが――のは珍しい事である。その理由は、“お墨付き”一枚をあちこちに見せびらかして“越権行為”をしでかしまくった一人の、狐目の青年からの命令が気に食わないからだった。

＜貴方への命令は、三つです。優先順位は先に言う方から。
１． 貴方は死んではならない。
２． 目的は、当該地域の巨大モビルアーマーの捜索及び調査。
３． 当該目標が倒せると判断した場合は仕留める。ただし、出来ないと判断した場合は調査を続行して下さい。
　　……命令は、以上です。＞

　気に食わない、と思う。
　理不尽な命令は、いつもの事だ。今更まともな、楽な命令が来るとは思っていない。
　嫌だと思うのは、「死んではならない」という一文が明記されているという事だ。しかも、そのポイントを強調するが如く、「そうならないためには自分で判断しろ」と言われているのである。要は、勝てるか、勝てないか自分で決めろと来た。プライドの高いスウェンからすれば、納得こそ出来るが嫌な命令だと思える。……この命令文を見せた時の“上司”の顔は、良く覚えている。良く出来た作品を見せつけるかの様な顔をしていた。まるで、子供の様な顔をして……。
　スウェンは、気持ちを切り替える様にモニタに映るコンソールに目を奔らせる。そこから導き出される情報は、スウェンをして驚かせるものであった。
　（新型量産モビルスーツ“ストライクブレード”か。噂には聞いていたが……）
　それは、奇妙な噂だった。何とも、整合性の合わない噂だったのである。全く相反する噂が全く同じ時期に広がったとして、それが“全て正しい”等という事があるだろうか？
　……あったんだから仕方が無い。
　ストライクブレードは統一地球連合の基盤を良く吟味、熟考し、正式採用された量産機――現有の量産モビルスーツとは一線を化す存在として開発されたモビルスーツである。
　その最大の特性は、『七つの姿がある』と呼ばれるバリエーション――もとい、“フル・コーディネイトシルエットシステム”と呼ばれる、開発段階から機体各部パーツを選択する事を念頭に置いたプラットフォームである。基礎理論としては旧プラントの開発した“インパルス”システムや旧連合の開発した“ストライク”システムの延長線上に位置するこのシステムは、当初は『バックパックの換装により、多様な戦場に対応するオールラウンドモビルスーツ』というコンセプトで開発された。ところが、ここで思わぬ弊害が発生する。
『バックパックの変更だけで“様々な状況”に対応出来るというのか？　甘いっ！』
　……などと、途中から開発に参加した技術者から無視出来ない意見が上がったのである。既にして対応バックパックは七つどころではなく、更に武装拡充という開発者にとっては天国、企画者にとって地獄となったストライクブレード開発はこの一言で更に混迷の一途を辿った。
　この意見が通った背景には、旧プラント出身の軍人は通常の量産機では「満足な働きが出来ない」と酷評していたというものもあった。現在量産体制が取られている“ルタンド”は『乗りやすく、操縦しやすく、楽しめる』というコンセプトで作られており、これはこれで評価が高い。とはいえ、旧プラント軍人からすればこれは「温いっ！」という一言に集約されてしまう。この両名を納得させなければならない――それは、無理難題であった。
　結果として、この問題は更にとんでもない方向で解決を見る事になった。通常、ストライクブレードは単体で見てもエース用のモビルスーツである。更に、正式規格である各種バックパックを備える事で各種戦場に対応可能。そして更に、様々な特性を加味された特殊なパーツ（アームやレッグ、ボディなど）を用途によって工房で変更できるようになっている。これは量産の為に格パーツをブロック単位で丸ごと変更出来るという仕様で、合体システムを使用しないインパルスシステムとでも呼べば良いのだろうか。ともあれ、仕様変更すると「特殊任務用カスタムメイドモビルスーツ」にも早変わり出来る――それが、統一地球圏連合が誇る“汎用特殊量産機ストライクブレード”の全体像である。
　かくて、そんなストライクブレードカスタムメイドの一例、“ハガクレ”はこれまた特徴的なミラージュコロイド搭載のストライクブレードである。その目的は穏行にあり、その目的にかけては現有技術の粋を尽くしたと言って良いだろう。関節部の摩耗を少なくし、駆動音を出来る限り消音する事により可能となるモビルスーツでの“忍び歩き”、強靱な脚部と両手両足に仕込まれたワイヤーアンカーを使用した機動性――確かに武装の面ではやや心許ないが、それは致し方ない事だろう。
　ともあれ、スウェンはそんなハガクレの性能を道中で理解し、信頼出来るまでになっていた。この機体なら、この任務も遂行出来る――そう思える程度には。
　「…………？」
　不意に――視界を何かが通り過ぎた。ストライクブレードの高感度カメラが、何かを捉えたのだ。興味を持ち、スウェンは拡大してみる。
　（バイク……か？　こんな時間に？）
　そこに映っているのは、何と言う事はないバイクに乗った青年だった。だが、妙に――急いでいる様に見える。何かあったのだろうか――それは、引っ掛かる事である。
　（だが、任務には関係が無い――）
　スウェンはそう思った。直ぐにその拡大を止め、通常のモニタに戻し――そして、違和感が何なのかようやく理解した。
　（あの方向に街など無い。ああも急いで、この闇夜の中を山登りだと！？）
　おかしい。何かがおかしい。
　そして、スウェンはその直感に従う事にした。己の任務は調査――それは、勘を阻害しては成り立たないものだと思えたからである。

　……目的の場所には、程なく到着出来た。
　何となく、残念だ――そういう思いが、セシルを包む。
　（結局、俺は……）
　何度と無く、幾度と無く――もっと良い方法が、もっと良いやり方があったのでは無いかと考えた。何処かに救いが無かったか、何処かに助けが無かったか――結局、それはセシルに与えられなかった。否、気が付けなかっただけなのか……。
　全ての運命が決定付けられたと思ったのは、弟カシムが『肺硬化症候群』という難病と診断されてからだった。様々な超兵器が使用された世界で、新型の病気が始まらない筈がない。カシムの病気もそんな“新病”の一つで、特殊なアンプルを定期投与しない限り、肺の機能が減衰、呼吸困難となり死に至るというものである。そして、そのアンプルはセシルの僅かな蓄えや、懸命に働いて得られる給料で到底買えるものではなかった。
　面倒を見てくれていたおばさんは、二人だけになった時こう言った。
　「もう、無理だよ。諦めた方が良い……」
　それは、セシルの代弁であり、同時に決して言ってはならない事だった。それを認めてしまう事だけは、断じてセシルに出来なかった。
　そして――セシルは明けない夜へ、向かっていった。あの日から、決して明けない夜へ。
　今、セシルは暗闇の通路を歩んでいた。灯り一つ無い、暗闇の、コード類だけが続く通路。遠くに、小さな輝きが見える――それが、救いではないと知りながら。
　不意に――滑り込む様に思う。彼女の笑顔を。
　「……駄目だ……」
　彼女を、シノを汚したくない。彼女に、こんな自分を見て欲しくない。彼女に、こんな地獄に来て欲しくない。
　好きだから、愛しているから、恋をしたからこそ――彼女に幸せになって欲しいからこそ――だからこそ、一緒に居られない。自分はもう、這い上がれない事を知っているから。
　あの日から――明けない、あの地獄の日々から。ただあの日に立ち向かい続ける事しか、生きる事だと理解出来なくなってしまったあの日から。

　黄金の座席――そこに座る度にセシルは王様になった様な気分になれる。
　黄金の肢体が動く度に、全ての不幸が振り払われていく――そんな気分になれる。
　その巨体が動く様を想像して――我知らぬ、高揚を感じた事を覚えてる。
　それは、確かにセシルにとって“オラクル（神託）”だった。ただ力によって虐げられ、ただ力によって不幸になった――そう思うしかなかった一人の青年が初めて手に入れる事が出来た“誰にも負けない力”。そう、セシルはずっと求めていた――“力”を。求めて、求めて、求め続けて……道を誤った事を悔やむ間も無く。
　「動け……動け……動けっ！」
　静かに、ゆっくりと――しかし、激情を伴って。セシルは、オラクルを起動させた。

　――天空を、光の柱が貫いていく。
　己が居た墓所を破壊して、己の姿を世界に晒す為に。
　それをスウェンははっきりと見た。光の残滓が夜空に舞う中、浮かび上がる黄金の巨大なモビルアーマーを。
　肩のアーマーに描かれた、おそらくはその機体名を。
　――オラクル。神託を世界に与えるモビルアーマーの名を。

　そこに、蠅がいた。……取るに足らない、小虫がいた。
　手を振り払えば、簡単に死んでしまいそうな。そういう風に、自分が思われていたのだと思える。それは、嫌な事であり、そして――生意気だと思える。
　「……何様のつもりなんだっ！」
　セシルとカシムを受け入れてくれた、ズールという街。辛い事もあったけれど、楽しい事もあった。何より、そこにはカシムの笑顔があった――彼等の、今や故郷と云える街。
　今、その故郷はあの日と同じく、業火によって燃やされている。おそらくは、人を人と思わない連中によって。今、また。またしても。
　「許す……事があるとでも思っているのか！」
　憎しみの連鎖は、何も生み出さないと教えられても。それでも、それでも許せない事だってある。まして、今、セシルの両の手には“力”があった。
　「お前達は、吹き飛べェェェェェッ！」
　セシルは、思いのままに薙ぎ払った。それでも、街に被害が及ばぬ様に。それでも、相応の被害は出たのだろうけれど。
　光の渦――それは、確かに神託だった。セシルにとっても、彼等にとっても。福音という要素は全くない神託だとしても。
　薙ぎ払った後、セシルは――何とも言えない思いに囚われていた。それは、悲しみではない、喜びでもない――ただ、こう思うしか出来なかったという事。
　「……そうだよ、初めからこうしていれば……！」
　笑いが込み上げてくる。それは、誰かを笑ったものでは無かった。ただ、愚かだと、滑稽だと思えた――ただ、嘲笑い続けた。
　炎獄の中、彼は神託と共にあった。それが、彼の欲した神託であり、彼の望んだ神託では無いと知りながら。