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SS-38

雫×咲夜

名無しさん


咲夜は子供の頃、よく泣き、笑う子だった。
父親に叱られ泣いたそばから、母親に褒められ笑うような子だった。
けど、いつからだろう?
咲夜が泣かなくなったのは。
成長するにつれて、泣くことはなくなったが笑顔までは忘れていない。
それに、こんなに泣いたのは久しぶりだ。

最後に泣いたのは、もう二度と泣かないと決めた、あの日以来だった。




雫は冷え切った廊下を歩いていた。
ご飯ができたから、客間で休んでいるという咲夜を呼びに。
できるころには行きますから、と咲夜は雫に言ったのだが、数分待っても数10分待っても咲夜は来ない。

今日、会った時の咲夜の様子は、いつもと変わらない明るく元気な咲夜で道中では、いつものように、くだらない言い争いもしたし、特に変わった様子もなかった。
それが、ご飯が出来た時間になっても来ない。
今までは、こんなことはなかったはずだ。
何かあったのかと思い、雫は客間に急いだ。
目当ての部屋にたどり着くと雫は静かに客間の引き戸を引いた。
途端、ビクリと震える小さな肩。

冷え切った部屋で暖房もつけずに、暗がりの中、咲夜は俯いて肩を震わせていた。
いつもと様子が違い、おかしいと思った雫は普段よりも静かに、ご飯出来たよ、と声をかけた。
しかし、

「っ来ないでください!」
「……?」
「わ、私は大丈夫、ですから……、入って、来ないでください……」
「一体、何があったの?」
「……だって、ダメなんです。……ひっく、もう、私は泣かないって、
ひっく…、お父さんと
、お母さんと約束、したんです……。
もう二度と、誰にも涙を見せてはいけないって、
ひっく……約束したんです。私が泣いていると……
二人とも、安心して、仕事に、ひっく、行けませんから……」
そう震える声で呟いた彼女は、肩を小刻みに揺らしながら、必死に涙を堪えているようだった。
「……お父さんが、私に、いずれ、人の上に、立つものは、ひっく、泣いちゃいけない、って……ひっく、頭では、分かって、いたのですが……、ひっく、奏せんぱ~~い、うええ……」
雪乃から聞いていた話では、咲夜は前から計画していた奏との寮生活も失敗に終わり、そして奏に一世一代の思いで告白したつもりが、あっさりと流されたらしい。
これなら泣かずにはいられないのだが、 東京での咲夜は、真っ白に燃え尽きた日以外は、いつもと変わらないらしいし、今日会った咲夜も、いつもと変わらなかった。
だが、咲夜には自分と違い、姉妹がおらず、一人っ子なのだそうだ。
一人っ子で、お金持ちのお嬢さまであれば、いずれは親のあとを継ぐのが相場だろう。
きっと咲夜の家は、この家よりも大きいのだろう。
両親と最後に会ったのが、何ヶ月も前らしいから、咲夜は一人で、たった一人で健気に、一途に両親との約束を守ろうとしたのだろう。

雫は思った。
今、泣いている咲夜を姉二人なら、咲夜の涙をぬぐい、抱きしめるのだろう。
だが雫は、そうするつもりはなかった。
自分が、そんな柄じゃないというのもあるが、それをすれば咲夜の決意を無にしてしまうことになるからだ。



    * * * 


『ひっく、……うええ、おかあさん……』
『あらあら、またお父さんに叱られたの?』
『だってぇ……』
『ほらほら、泣かないのよ。咲夜は強くて優しい子なんだから』
『……ひっく、ほんとう、ですか?』
『あら、お母さんが嘘をついたことがあった?』
『っ、ない!です』
『そうでしょう?』
『うん!えへへ……あっ、おとうさん!おかあさんが、わたしのことつよいって!』
『なんだ、また母さんのところに行ってたのか』
『うん!』
『母さんは本当に咲夜に甘いな』
『ふふふ』

今よりも落ち着きがなく、両親を困らせていた子供の頃を、咲夜は思い出していた。
告白が上手くいかなかったからといって、いつまでも泣いてばかりじゃいられない。

そして、誰かに会えなくて寂しいという気持ちは、きっと自分だけではない。
今、自分の後ろにいるであろう雫も、我慢しているに違いない。
咲夜は零れる涙を必死にぬぐった。


「……あんたが来るまで、こたつのとこで待ってるから」
雫の言葉にクルリと振り返る。
瞳いっぱいに涙をためた咲夜は濡れた頬を赤く染め、あどけない笑顔を浮かべた。


おわり



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最終更新:2010年11月11日 18:15
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