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SS-37

雫×咲夜

名無しさん


咲夜は慌てて電車から駆け降りた。
予想どおり、雫はとっくに機嫌を損ねきっている。
腕組みをして、さあどんな言い訳を聞かせてくれるの?と言わんばかりに咲夜を睨み付けてくる。
無理もない。
言い交わした時間を一時間も過ぎている。
もっとも、たとえこれが三分の遅刻であったとしても雫は同じように腹を立てていただろう。
女の子という生き物は待ち合わせに遅れる相手に寛大ではない。
彼女たちが問題にしているのは時間の長短ではなく、敬意の有無だ。
咲夜は一ヶ月ぶりに雫と会うというのに寝坊してしまい、飛行機から、電車から、と全ての予定が狂ってしまったのである。
これはもう、言い訳のしようもない。
だが、謝るつもりはなかった。
(私ばっかりが頭を下げるなんて公正(フェア)じゃない)
咲夜は思った。
雫とは相性がいいのか悪いのか、雪乃のブログのコメントでも、こんなふうに会った時も、お互い憎まれ口を叩くのは、しょっちゅう。
それでも言い過ぎる時があって、どうしても拉致があかない時は、雫からではなく、咲夜の方から頭を下げるのだ。

でも今日こそは……。

(私は、絶・対、謝りませんよ)
咲夜は雫を負けじと睨み返した。
(謝ったら負けです!)

初めて来た時と変わらない、ド田舎の無人駅。
駅には誰の姿もない。
咲夜と雫が対峙しているばかりだ。
あたりはしんと静まり返って動きもなく、まるで時が止まっているように思える。
雪が降り続ける中、ほんの少しだけ晴れ間が見え、わずかに差す太陽の柔らかい陽光が雪に反射して、それがきらめくように見えた。
すると。
前触れもなく雫が大股で歩み寄ってきた。
咲夜は闘志を奮い立たせた。
ああ言われたらこう言おう、こう返されたらこう言い返そう、と計算をめぐらせたが、予想に反して雫はただ「あんたさあ、相変わらず小さいんだね」と言っただけだった。
咲夜は拍子抜けした。
続いて真っ赤になった。
「会って早々、小さいはないじゃないですか!小さいは!」
「だって本当に小さいんだもん。あんた高校生なのに、あたしと身長変わんないじゃん」
「私はあなたみたいな子供じゃありませんよ!」

 “子供じゃない”

雫はその言葉の意味をいま始めて発見したかのように驚いてみせた。
「知らなかった。あんたっていつの間にか子供じゃなくなってたんだ」
「とっくの昔に大人ですよ。それに私が子供だとしたらあなたも子供じゃないですか!」
咲夜は16歳。
雫は13歳。
理屈としては咲夜が正しい。
なのになぜであろう、咲夜は自分が間違ったことを言ったような気がして落ち着かなかった。
改めて雫を見る。
      • 背は私の方が高い。
(数㎝だけど)
      • 胸だって私の方が大きい。
(でも…)
咲夜は思う。

いまだに雫がメールで出題するパズルの勝負に勝てない。
口を開けば生意気な発言ばかり。
しかもその言い分は、どれも的を得ていて言い返すことができない。
自分の方が仮にも年上なのに、たいていは雫に言い負かされてしまう。
それでも、言わないと気がすまない性格の咲夜は、つい売り言葉に買い言葉で、はたから見れば、いつもくだらない言い争いに発展してしまうのだ。
だから雫は……。


気がつくと雫がじっと見つめていた。
見つめているつもりが見つめられていた。
咲夜は急に恥ずかしくなって目を逸らした。
「とっ、とにかく私の方が、あなたより大人なんですから!」
と怒鳴った。
ふん、と雫はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「あんたが本当に大人なんだとしたら、もう少し女の子に気を使ってもいいんじゃない?」
「なんですか急に」
「まだ気付かないの?この前会った時のあたしと今のあたし-----」
どこが違うか当ててみて、と雫は謎をかけた。
挑戦的な微笑み。
けれどその表情には別の種類の-----
たとえば真剣さや切実さとでも呼ぶべき色が含まれているようにも見えた。
咲夜は思った。
(こんな顔もするんだ)

咲夜は、雫の表情が豊かなところをあまり見たことがない。
出会ったのが雪乃達と一緒に帰省した、この間の正月で、雫との付き合いも、まだ浅い。
このまま雪乃のブログで勝負が負けっぱなしなのは嫌だと思った分もあって、咲夜は雪乃に雫のメールアドレスを強引に教えてもらってから、いつしかゲームの勝負をしているうちに、喧嘩しながらも、メル友になった。
東京と 北海道という距離は、お互い会いたい時には会えないという距離。

姉二人も学校があって中々帰省できない時もある。
雪乃の話によると、農業が出来ない時期などは両親も出稼ぎで家を留守にすることが多いそうだ。
だからこの間、帰省した、あの大きな家で雫は一人でいることが多い。

生意気で口の悪い雫。
だけど、どこか放っておけず、つい気にかけてしまう。
自分は奏が好きなはずなのに、普段無愛想なぶん、雫の笑った時の顔が忘れられない。
咲夜は最近、自分の気持ちが分からなくなっている。雫を泣かせたくない、もっと笑ってほしいと思うようになっていた。

だが、さすがに毎週土曜日に 北海道に行くのは無理なので、せめて月に一度は会えるようにしようと咲夜は雫や雪乃、奏に提案したのだ。
電話やメールだけでは、どうしてもやりきれないところがあるから。

どこか寂しそうな表情が多い雫を見て咲夜は自分と重なったのだろう。
いくら自分の家が超の付くほどのお金持ちだとしても子供のころから両親は多忙で自分のそばにいたのはお手伝いさんばかりだった。
両親に会いたい時に会えない。
雫は姉二人に会いたい時に会えない。

咲夜は雫を見ていると何だか自分を見ているような気がして、本来の素直な部分が、そのまま出せない時がある。
そうやって、いつもお互い意地の張り合いになってしまうのだが……。
あらためて雫を観察してみる。
始めて会った時と変わらない、クールで無愛想な雫。
いつか奏が、雫は本当は優しくていい子なんだよ、って言ってたけれど咲夜は、それが信じられなかった。
笑ったところなんて、数えるぐらいしか見たことがない。


櫻井雫。

雪乃と奏の末妹。
肌の白さを見れば北の地の生まれだとわかる。
着ている服は、あまり年頃ではない、防寒重視のかっこうだ。
後ろでまとめた長い三つあみ。
そして大きな瞳。
咲夜の瞳をじっと覗き込んでいる、大きな瞳---。

「………髪留め」
と、ついに咲夜は言った。
「髪留めを新調したんですよね?違いますか?」
「当たり」
雫は満足そうに言った。
「ご褒美として遅刻したことは許してあげる。感謝してよね」

「むぅ。---あの。それは、自分で買ったんですか?」
「はずれ。プレゼント。誰に貰ったかわかる?」
「知りませんよ」
「ちゃんと考えてよ。ヒント、贈り主は、あたしの理想の人だよ」
「奏先輩ですか?」
「それはあんたの理想の人でしょ?」
咲夜は口を尖らせる。
「奏先輩じゃないのなら、あなたに贈り物をする人なんて、雪乃先輩ぐらいしかいないんじゃないですか?」
「失礼なこと言わないでよ」
「違うんですか?」
「…………そうだけど」
「やっぱりそうじゃないですか」
咲夜は勝ち誇って笑った。

笑った咲夜を見た雫は、一瞬だけ咲夜を見つめて視線を落とし、こう言った。
「あんたってさあ、毎日楽しいの?そうやってバカみたいに笑ってさ」
咲夜は雫の言葉を聞いて顔をしかめた。
そして気付いたら叫んでいた。
「楽しいから笑うんですよ!当たり前じゃないですか。そんなこと言うのなら、あなたも笑えばいいじゃないですか!」
「あたしはあんたみたいにバカじゃないし、おかしくもないのに笑えないよ」
「かっちーん!またバカって言った!」
「だってバカなんだもん。今日だって一時間も遅刻したじゃない」
「~~~!!!」

遅刻のことを言われるとさすがに言い返しづらい。
しかし、ここで言い負かされるのは性に合わない。
追い込まれた咲夜が言葉に詰まりながらも口にしたものは、あまりにも子供じみた台詞だった。
「先にバカって言ったのは、あなたじゃないですか!バカって言った方がバカなんですぅ~!バカバカバカバカ、バカの十倍!」
噛み付かんばかりの勢いがある咲夜とは対象的に雫は表情を変えず、
「バ~カ、バカの百倍」
と、淡々と言った。
そして咲夜に背を向けて来た道をすたすたと歩きだした。
「あっ!どこへ行くんですか!?」
雫は咲夜の言葉に振り返りぎろりと、ひと睨みして嫌味たっぷりに言った。
「どこって、帰るに決まってるじゃない。一時間もこんな寒い中、待たされたんだから」
またもや言葉に詰まった咲夜は、もう遅刻した理由を言ってしまおうかと思ったが、できなかった。
また雫が一人で泣いてるんじゃないかと心配で眠れなかった、なんて口が裂けても言えない。
言ってしまえば、いくらかは楽になれたかもしれないが、言ってしまったら、また嫌味を言われるに違いない。

全くもって調子が狂う。
普段の自分は相手が誰であろうと、素直な気持ちを伝えられるのに雫相手だと本来の自分でいられない時がある。
それは相手が上から目線で、生意気な態度を取るあまり、つい自分も、それにのって意地を張ってしまうのだ。
言ってしまえば、これは売り言葉に買い言葉、にしかならないのだが……。


そして咲夜は遅刻した自分のことを棚に上げて、さっき遅刻したことは許してあげるって言ったじゃないですか、などとブツブツ言いながら雫を追いかけた。

* * *



二人は雪の道を歩きだした。
見渡す限りの銀世界だ。
初めてここに来た人は美しいと思うだろう。
しかし雫にとってはただ欝陶しい。
冬が長いこの地方での風と雪は、ここで暮らす者を陰鬱な性格へと変える、閉じ込められている、と雫は感じる。
白い檻が自分を囲って逃がさないようにしていると。
しかし雫は分かっていた。
自分がどこにもゆくことができないのは、本当は風や雪のせいではないと。

雫は、小さく息を吐いた。
それは白く結晶化して、きらきらと輝いた。
「………あんたは、不安にならないの?この景色を見て」
咲夜は雫を振り返った。
彼女の横顔は、透き通るように綺麗だった。
「不安?」
「うん。まっさらでなんにもない……。目印も、道も見えない……どっちに行ったらいいのか、わからない……不安にならない?」
咲夜は広がる雪の道を見渡した。
「………私は、わくわくしますね」
「え?」
「そりゃあ初めて来た時はどうして駅員さんがいないんですか?とか、ここ本当に駅なんですか?って思いましたけど、
なんにも印がないってことは、どっちに行ったって自由ってことじゃないですか。
それって、クジみたいで楽しいと思いませんか?
それに、これだけ雪があったら、また雪合戦もできますし、雪だるまでもなんでもできるじゃないですか。 東京では、ここまで積もりませんから楽しそうですよね」
「…………」

「でも、こんなこと思うのは私がここに住んでないからなんでしょうね……。 北海道の人たちに、雪って楽しいですよね、なんて言ったら、スコップ渡されて『だったら、たっぷり雪かきさせてやる!』とか言われるんでしょうね、きっと」
雫は咲夜を見上げた。
すっかり雪もやみ、わずかに射す太陽の光りに照らされて咲夜はきらきらと輝いて見えた。
目を細めて見て、雫は思った。
(この人は、すごいな……)
雫が知っている咲夜は何も考えなしに突っ走り、売られた喧嘩は買う、のような単純な、良い言い方をすれば、明るい咲夜ぐらいしか知らない。
しかし今の言葉を聞いて雫は思った。

咲夜は強い、と。
奏も咲夜は、一部の性癖さえ除けばいい子だし、自分を好きだ、と言う咲夜を見ていると、時々眩しく見える時がある、と言っていた。

二人は今、雪の道を歩いている。
同じ道を歩いているはずなのに咲夜がいま歩いている道は、自分が歩いているそれとは違う道なのかもしれない、と思った。
どうして咲夜はこんなにも前を向いて先に行けるんだろう。
追い付きたい。
咲夜に追い付きたい……。姉二人もずいぶん先に行ってしまった。

勝ちたいだとか、負けたくないだとか、そんな気持ちではなかった。
ただ咲夜のように強くなりたいと思った。

だからつい、背伸びをしてしまい、物事を斜めから見たような言い方をしてしまう。
「あんたの家はお金持ちらしいし、生まれてからずっとお嬢さまをやってるから、そんな能天気なことが言えるんじゃない?」
雫は皮肉を込めて言った。
しかし咲夜はそんなものは意に介していないようで、あっさりと、そうでしょうね、と認めた。
「たしかに私のお父さんは会社の社長で子供の頃から何不自由なく育ってきましたから。そのせいで私はこんな能天気に育ってしまった、と。たぶんあなたの言うとおりでしょう」
「そんなあんたの周りには、たくさん人が集まってそうだよね、お嬢さま?」
「どうでしょうか。
みんな友達ってほどじゃない。あくまで知り合いですよ。
私がお嬢さまだからと寄ってくる人達ばかりですし。もし私がお嬢さまじゃなかったら、はたしてどれだけの人が私と付き合ってくれるのか。
お嬢さまの肩書きを取り払った私には何か価値のあるものが残るんだろうか。
そんなふうに時々思ってしまいます」
咲夜は静かに言った。
少しだけ間(ま)をとってから、続けた。
「いいえ本当のことを言うと“いつも思ってます。”バイオリンやピアノを辞めたのも、
私がうちを放任主義だと言うのも、ただの言い訳で、もしかしたら私はお嬢さまという立場から離れたかっただけなのかもしれませんね」
と、苦笑しながら言う咲夜を見て、雫は俯いた。
咲夜には咲夜の事情があるのに気軽に“お嬢さま”と言ってしまった。
こんなに寒いのに雪合戦をしたいとか雪だるまが作れるなんて能天気なことを言うものだから悩み一つないものだと思っていた。
そこで素直に、『ごめんなさい』と言えればいいのだが、また変なプライドが邪魔して言えない。

雫が無言で俯いたままなものだから、二人はしばらく沈黙のまま歩き続けた。
一方咲夜は、何か話題はないものかと、雫をちらちら見たり考えこんだりして百面相をしている。

そんな間(ま)に耐えかねたのか、雫は何か閃いたかのように、少し声を上げて言った。
「ねぇ、雪だるま作らない?」
「へっ!?」
無言で歩いていた雫からの言葉に咲夜は驚いた。
咲夜は思った。
聞いてはいたが、本当に話しが飛ぶ子だ。

「………嫌なの?」
「ちっ、違いますよ!!ちょっとびっくりしただけです!!」
急に声のトーンを下げて言う雫に、咲夜はまずいと思った。
また、そうやって寂しそうな顔をする……。
ここで泣かれると非常にまずい。
自分はもう、雫の泣いている所なんて見たくないのに……。
雫が泣いてしまうよりは、いつものように、くだらない言い争いをしている方がマシだ。
でも今はバカバカと言える空気じゃない。
どうしよう、どうやったら雫は笑ってくれるのか……、などと考えてるうちに雫が咲夜の顔を覗き込んでいた。
咲夜はまた驚いた。
雫のことを考えていたらいつの間にか見つめられていたからだ。
咲夜は真っ赤になって目をそらした。

そして雫は次から次へと表情を変える咲夜を見て、それをおもしろいと言うような、皮肉めいた微笑みを浮かべて、こう言った。
「まぁ、あんたみたいに何をしでかすかわからない人は、誰かが鎖でもつけてしっかり持ってないと……」
「誰かって誰ですか」
咲夜が睨む。
「さあ。あたしじゃないことは確かだけど」
「はいはい、嫌われてるのはよーくわかってますよー」
「別に嫌いとは言ってないじゃ、なぃ……」
「………?」
咲夜は雫の最後の方の台詞を聞き取ろうとしたが、俯いている上に消え入るような声だったので聞き取れなかった。


駅から歩いて一時間程経つと、ようやく目的地に着いた。

雫は鍵を開け、玄関の引き戸を開けようとすると、
「待って下さい」
と、咲夜に呼び止められた。

すると咲夜は少し顔を赤くして荷物を地面に置き、屈み込む。
そして足元の雪をすくいあげ、
「作りましょう、雪だるま」
と、にこっとすると雫の手に押しつけた。

雫は自分が言い出したこととはいえ、少々強引な咲夜に呆れながら、その場に屈み込み、顔を少し赤らめて、「バ~カ」と言った。


    * * *


完成した雪だるまは、手のひらサイズで目鼻はない。
咲夜は小さな雪だるまを玄関のそばにすえた。
「顔は明日、一緒に付けましょう」
「…………うん」
雫は咲夜に今の自分の顔を見られないように、俯きながら玄関の引き戸を開けた。

おわり



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最終更新:2010年11月11日 18:14
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