永遠亭の地下に巨大な実験施設があることを知っているのは八意永琳と蓬莱山輝夜と鈴仙・優曇華院・イナバのみである。
幻想郷の科学力を超越した実験器具や計測機器が所狭しと並んでいる。
「ゆっくりしていってね」
鈴仙のに抱えられたまま、笑顔で叫ぶ
ゆっくりれいむ。
囀るそれを無言で鈴仙は永琳に手渡す。
「今日も上物ね、ありがとう」
永琳は口元を吊り上げ部下に礼をする。
「はい」
表情も変えずに、一礼する鈴仙。
永琳はそのまま、ゆっくりれいむを、大きなガラスケースへと入れた。
「ゆゆ、ここでなにするのー。おなかへったよっ」
急に不思議な空間に放り込まれ、不安げにしゃべるゆれいむ。
「……」
永琳はそんなことなど気に留めずにスポイトでオレンジ色の液体をガラスケースの中へと垂らす。
「冷たいよっ!!」
急に水滴を垂らされて驚いて声をあげるゆれいむ。
相変わらず永琳と鈴仙は黙っている。
「なにするの!! おばさん、早くれいむを外に出してよね。ここじゃ、ゆっくりできないよ!!」
霊夢が抗議の声を上げる。
「「……」」
二人は黙ってガラスケースの中を見つめている。
「ねぇ、なにかいってよ……ゆ?」
ぽたっ
ゆれいむの目の前に何かがたれる。
それは肌色の、液体。
ポタッ
また一滴垂れる。
「ゆゆっ!」
そこでゆれいむは体に激痛を覚えた。
「痛いよ、痛いよ!!」
肌色の液体はどんどんと増えていく。
「……」
そこで永琳は冷たい微笑を浮かべる。
「ねぇ、出してよ、出してよぉぉぉぉぉ!!」
肌色の液体はついに滝のように流れ出す。
溶けているのだ、ゆれいむが……
「いだいぃー。だじでぇーー、おでがいっ」
ついに半狂乱になりだすゆれいむ。
「だじでぇ、だじでぇ」
しばらくたって、抗議の声は聞こえなくなった。
永琳はガラスケースを持ち上げる。
鈴仙はただ、黙って後ろからそれを見ている。
ガラスケースの中には黒い液体。
それは餡子とはまた違った不思議な輝きを放っている。
ときどき、生きているかのように震える。
永琳はそれを眺めて満足げに微笑むと、研究室の奥にある、大きな水槽にそれを注ぎ込む。
暗くてよくわからないが、そこには黒光りする液体で満たされていた。
水音を立てて、液体が注ぎ込まれていく。
「ついに集まりましたね」
鈴仙が呟くように言った。
「ええ、ついに集まった。二千匹分の液体ゆっくり」
永琳は声を漏らして笑う。
「ふふふふふ、はははははは、あははははははっははは!!」
地下の暗い研究室に永琳の笑い声のみが響いた。
ここは、里のはずれの空き地。
「あづいょぉおぉ、やめでーー」
子供たちの声に混じって聞こえる、ゆっくりの断末魔の声。
「ほら、美味しそうだろ」
藤原妹紅が串に刺さったゆっくりを子供に手渡す。
「ありがとう、おねえさん」
息で覚ましながらそれを食べる、子供。
その光景をみて妹紅も笑う。
妹紅の絶妙な火加減で焼かれたゆっくりは、老若男女問わず人気であった。
『ゆっくり焼き』と暖簾が張られた屋台には人が何人も並んでいた。
「はい、熱いから気をつけなよ」
「やべでぇ、あづいぃぃ」
「じんぼー、じんぼ!!」
「美味しい、さすが妹紅さん」
空き地に、響く、子供たちの歓喜の声と、ゆっくりたちの断末魔の悲鳴。
妹紅は急がしそうにしながらも、楽しそうに対応している。
妹紅も幸せであった。
何時の間にか日が暮れてきた。
子供達は皆家に帰っていく。
「お姉さん、またねー」
「おう」
子供達に答える妹紅。
妹紅一人しかいない空き地に、長い影が伸びていた。
「ふぅ」
屋台を片付けながらため息をつく。
夕焼けを見つめながら、妹紅は紙巻タバコを銜え、指先から炎を出し着火した。
大きく吸い込んで、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
蓬莱の人の形として、外の世界では忌み嫌われてきた存在であった妹紅にとって
幻想郷での日々はとても幸せなものであった。
里の人々は優しいし、それに……
「妹紅」
空き地の入り口の方から声がした。
妹紅は煙を吐き出しながら目を向けると、上白沢慧音が笑いながら立っていた。
「今日も、稼げたか?」
蒼いドレスを揺らしながら此方へと歩いてくる。
寺小屋の後なのだろう、名簿らしき本を小脇に抱えていた。
「あぁ、今日の夕飯分位はな」
妹紅は今日食いつなげる分だけ、稼げればよかったのだ。
だから、かなり良心的な値段でゆっくり焼きを販売している。
「それは良かった」
そういうと、片付けを手伝いだす。
「悪いな」
どうせ、悪いからと断っても意固地になって手を動かすのが慧音である。
一緒に、屋台を片付ける二人であった。
妹紅は、少し融通がきかない生真面目な慧音を気に入っていた。
今の日々が堪らなく楽しかった。
その夜、屋台を引っ張りながら妹紅は、自宅へと向かっていた。
今夜の月は綺麗であった。
雲ひとつ無い空に、まるい月が浮かんでいた。
竹林の葉の隙間から漏れる月明かり、夜鳥の鳴き声、気持ちのいい夜。
今日の夕食を思い浮かべながら、つい鼻歌を歌ってしまう妹紅。
なんと、慧音が夕食を作りに来てくれるらしい。
慧音の手料理は非常に旨い。
夕飯を食べて、一緒にお茶を飲んで。
想像するだけで笑みがこぼれる。
足取りも軽かった。
後、家まで数分となったとき、
「うわっ!!」
地響きと轟音が鳴り響く。
余りの地響きによろけ、躓く妹紅。
「うぅ……なんだ?」
何とか、立ち上がり、空中へと浮かび上がる。
音のした方向へは……永遠亭だった。
永遠亭があるであろう位置に何か丸い物があった。
月明かりに照らされたそれを、見たとき妹紅は、見間違いだと思った。
「ゆっぐりりりりりりりりりいり」
幻想郷を震わす地震のような雄たけびを上げるそれ。
巨大なゆっくりれいむであった。
「おなかずいだぁぁぁぁ」
余りの音圧に耳を塞ぐ妹紅。
巨大ゆっくりはのそのそと竹林を薙ぎ倒しながら進んでいく。
常識を超越した自体に動けなくなっている妹紅。
地鳴りを上げながら進む巨大ゆっくり。
その方向は
「くそっ、狙いは里か!!」
舌打ちをして、急いで巨大ゆっくりへと向かう。
「ごはんーー、ごばんーーー」
もう、里はすぐ近くである。
「フジヤマヴォルケイノっ!!」
妹紅が放ったスペルが風を切りながら飛んでいく。
「ゆぅうううううううううううう」
「やったか!!」
ゆっくりにフジヤマヴォルケイノは命中した、しかし。
「いたぁぁあい」
かすり傷一つ付いていない。
「何……だと」
呆然とする妹紅。
巨大ゆっくりも妹紅に気づいたらしく、妹紅の方へと向き直る。
その大きさに圧倒される妹紅。
「おねーざん、だれぇ」
肌を震わす音圧に驚きながらも、構えを取る妹紅。
「通りすがりのゆっくり焼き屋さんよ!!」
「ゆぅ!!」
妹紅は叫ぶや否や、スピードを上げ、一気に巨大ゆっくりに突撃していく。
(確かに丈夫さ、でも鈍重な奴に至近距離で打ち込めば……)
「ゆっぐりじんでね!!」
ぶるん
巨大ゆっくりが舌を鞭のようにしならせて妹紅を鞭撃する。
「うぁぁぁ」
そのまま地面へと叩きつけられる妹紅。
「くそ……つ」
妹紅の体に激痛が走る。
苦悶の表情を浮かべ、額に冷や汗が浮かぶ。
ゆっくりの方を見上げると、妹紅のことなど眼中に無いかのように里へと向き直る。
「行かせるかっ!! 平安の女に不可能はねぇ」
痛みを堪えて再び突撃をする妹紅。
目だけで妹紅を追う。
「じんでね」
また、舌をしならせる巨大ゆっくり。
風きり音を立てながら、妹紅を掠めていく。
「食らえっ!」
その隙をぬって弾幕を放つ。
「ゆぅ」
だが、くすぐったそうに声を上げるのみである。
「じね、じね、じね」
鞭撃を繰り返す。
防戦一方の妹紅は焦り始めていた。
蓬莱人といえど、体力には限りがある。
このまま続ければいつかまた撃墜されてしまうだろう。
「おい、妹紅っ!! 大丈夫か」
騒ぎを聞きつけたのであろう慧音が妹紅へと駆け寄ってきた。
「くるな、けいっ」
「じね」
意識を逸らした妹紅に舌が決まる。
大質量の攻撃を受け、妹紅が撃墜する。
「妹紅っ!!」
墜落した地点へと駆け寄る慧音。
「いたたたた……」
仰向けに土にめり込み、体中から血を流している妹紅。
それでも、立ち上がり再び飛び立とうとする。
「やめろ、妹紅。もうボロボロじゃないか」
涙を浮かべながら、妹紅をとめようとする。
だが、妹紅は手を振り払う。
「この藤原妹紅、死にやしない!」
焦点の合わない目で巨大ゆっくりを見つめる。
「妹紅、やめてくれ」
「ばか、いっちゃいけない。このままじゃ」
体へと追ったダメージが大きすぎたのか、そのまま前のめりに倒れる妹紅。
「妹紅、妹紅」
妹紅を抱きかかえ必死に起こそうとする慧音。
「ぶざまねぇ」
「だれだ!!」
二人を見下ろし、サディスティックな笑みを浮かべるのは……永遠亭の薬師、八意永琳。
その後ろには無表情で鈴仙が立っている。
「どう、永遠亭が誇る巨大ゆっくりれいむは?」
クスクスと楽しそうに笑う。
慧音が怒りに体を震わせる。
「お前か、お前がやったのか!?」
「正解」
笑顔で拍手をする永琳。
「二千匹、六千リッターの液体ゆっくりで動く、ゆっくりれいむ」
マッドサイエンティストは自分の成果を自慢するように喋り続ける。
「あの、巨大なゆっくりは、この穢れた地上を綺麗にするの」
「なんだと……ふざけるな!!」
あまりに飛躍した内容に怒りを隠そうとしない慧音。
「ふ、これより最高のショーが始まるわ、里が消えるのをゆっくりとみていってね」
永琳は再び笑うと、竹林の合間に消えていった。
「ゆっぐり、ゆっぐりーーー」
のそのそと里へ向かっていく、巨大ゆっくり。
そして腕の中にはピクリとも動かない、妹紅。
「ふざけるなよ」
俯いた慧音が声を震わせる。
「妹紅待っていてくれよな」
妹紅を木にもたれ掛けさせる。
「ふざけるなよ!!里の人々はそんなことしなくても、穢れなんか無く立派に生きてるんだ」
慧音の美しい、青い髪が徐々に緑色に変わっていく。
頭には二本の逞しい角、尻尾にはフサフサとした尻尾。
BGM.『MEGALOMANIA』
「そうだろっ! 妹紅!!」
巨大ゆっくりに猛スピードで突進していく慧音。
「ゆっぐり、じんでね」
再び、あの舌が唸りを上げて慧音を捕らえようとする。
「ふん!!」
舌を難なく回避する。
「ゆっ!!」
そして、鋼鉄製の体に取り付く慧音。
「力じゃ無理でも、お前の歴史を消してやる。」
そして、巨大ゆっくり霊夢が崩れていく。
流れ出す、液体ゆっくり。
「私の、巨大ゆっくりが……あぁ!!」
足元にいた、永琳が弟子共々、液体ゆっくりに包まれていた。
"くるじいぉ”
"からだをかえじてぇ”
"わがるよぉー”
"がえせぇ、かえぜぇ”
"うー、うー”
「二千匹、六千リッターの液体ゆっくりがぁ、うわらば」
永琳と鈴仙が液体ゆっくりの中へと消えていった。
「……」
その様子を空からゆっくりと、何も言わずに慧音は眺めていた。
「こんにちはー、清く正しい射命丸です」
「おや、取材かい?」
射命丸文は里の空き地へと来ていた。
最近話題の、ゆっくり焼きを取材するためである。
「あづい、あづい」
「おねぇさんだずけでょね」
「なんでぇぇぇ。どがいはのアリズにごんなことずるのぉぉぉぉぉ」
「おう、これは見事ですね」
串に刺されたゆっくりの声が堪らない。
泣き叫ぶゆっくりを絶妙な火加減であぶっていく妹紅。
「どうぞ」
妹紅が文へ、一本のゆっくり焼きを手渡す。
「いだい、いだい。だずげでぇえ!!」
未だに絶命しない、ゆっくりを意にすることなく、文はかぶりつく。
「ハフ、これは」
少し、舌を火傷したが、美味しそうにかみ続ける。
「いだぃよ、れいむのほぺぺが」
「とても美味しいです」
今日も空き地には、子供達の笑顔と、ゆっくりたちの断末魔の声に満ちていた。
ゆっくり焼きを食べ終えた文が再び妹紅へと近づく。
「あの、所で、慧音さんとはどういう関係で?」
顔を真っ赤にして文をひっぱたく。
「いた、なにするんですか!?」
「その話題はいい!!」
往年の名作END
Takata
最終更新:2008年09月14日 09:27