「ゆっ、ゆっ、ゆう~♪」
ゆっくりれいむは、我が子の歌声を聞きながら目を細めていた。
四匹の娘が奏でる甘美な音階に不安はない。れいむは
冬篭りの成功を確信していた。
れいむの背後には食料の山。入り口には完璧な偽装。仲睦まじい自慢の家族は、真冬であっても十分な温もりを与えてくれるだろう。
特に出入り口の偽装は母れいむの自信作。
人間の目線では藪にしか見えず、目線の低い獣では匂い一つこぼれていかない。
後は春先までゆっくりを楽しむだけ。
「ゆ~、ゆ~くり~ん♪」
母れいむも娘に応えて歌を口ずさんだその頃。
少しずつ、少しずつ、音をたてないように取り払われていく入り口の枯れ草。
「すごい、お母さん上手!」
「こう、もっとゆっくり歌ってね! ゆゆー、ゆっ~くりいいい♪」
持ち上げられ、脇に積み上げられていく石ころ。
一匹分だけかろうじて開いた穴に差し入れられていく、針金を使ったゆっくり用捕獲棒。
「こっちで練習してから、お母さんに聞かせてあげるね!」
部屋の奥で仲良く練習を始める娘たち。母ゆっくりれいむが娘たちの素直さに、母性あふれる微笑を浮かべたときだった。
針金の輪が、上から慎重に母れいむを囲み込む。
「ゆ?」
かろじて視界に入ったそれの疑問を口にしたとき、すでに輪は急速に収束しようとしていた。
「ゆううう……」
捕らわれる母まりさ。だが、力任せに締め付けるその抑圧に、声もあげられない。咽が潰されそうで、ひいひいと息がもれる。
「……!?」
何が起こっているのかわからないが、その苦痛に娘に声をかけようとするれいむ。
それも、すさまじい圧力に塞がれた。視界の先では、母親に見違えるほど上手くなった自分をみせたいのか、こちらから見えない物陰に隠れて歌に熱中する娘たち。
誰一人気づかれないまま、母れいむは静かに引きずり出されていく。
頬に感じる秋の風。防壁は粉砕されていた。なんでえええええと、叫びたいが声にならない。
そのまま、秋晴れの陽光の元ひ引きずりだされるれいむ。
そして、自らを囲んで見下ろす人間たちの姿に気がついた。
「よし、こいつは繁殖。もう少し育てれば、腹からいける」
年長の男が部下に言いつける言葉の意味はわからない。ただ、恐ろしさがふつふつとわいて、母れいむは涙がこぼれていく。
それでも、拘束された体はゆっくりの膂力ではどうしようもない。
部下が差し出した籠に詰め込まれる母まりさ。
上から、せんべいになれとばかりに凄まじい圧力がかけられ、籠一杯に広がる母れいむ。
弾け飛んで死ねれば楽なのにと思えるほど苦しい。
「奥には、ぱっと見いませんね」
「……ゆ~♪」
覗き込んだ人間の言葉を聞いて、息苦しさにもかかわらず笑みがこぼれる母れいむの顔。
娘たちだけでも、助かるかもしれない。
そんな希望の光は、陽気なほどの新たな声で再び闇に消えた。
「そんなわけないよ! れいむはここで娘を四匹産んだんだよ! ゆっくり奥を探してね!」
れいむの視界を闇に閉ざしたのは、人間たちの間を元気に駆け回るゆっくりまりさ。
あの、ぱちゅりーを妊娠させたまりさだった。
「まっまりざあああああああああああああ!!!」
れいむの絶叫で籠がびりびりとゆれる。だが、それだけ。母れいむはその裏切り者の忌々しい口を塞ぐことはできない。
「ち、違うよ! れいむはぴっちぴちのばーじんだよ! 子供なんていないよ!!!」
「よく探せ」
中の数が分かればもはやこそこそする必要はないとばかりに手短な年長の指示。
その言葉に、遠慮なく巣の壁を取り払い、身を中におどらせていく若い男。
「おにーさん、ふくが汚れるだけだよ! むだだからね!!」
真っ青な顔で、できる唯一の妨害にでるれいむ。
そうだね、でも仕事だから仕方ないねと、もぐっていく男の動きは止まらない。
れいむの顔はどんどん青く、顔は泣きそうなほどに歪んでいく。
「むだなことするなんて、ばかなの! だからやめてね! やめてねって、いってるでしょおおおおおおおお!!!」
「あ、いました。四匹確認!」
「ゆぐうううううううううううううううううううう!!!」
無慈悲な報告に、母れいむはとうとう断末魔の声。泡を吹き上げ、びくびくと震えている。自分の中に眠る母との幸せな生活。ようやく子供を得て、自分もそのゆっくりとした幸せを味わおうとしていた。それが今、命を次代につなぐという、母ゆっくりとしての意味すらなくなろうとしている。
次々と引き出され、周囲を見渡しているうちにどんどんしまわれていく娘たち。
「なんなのごれええええ!!! ぐべっ」
「ぐるじいよおおおおおお! びぎいい」
「なんとかして、おがあぢゃあああああん! ぎゅむううう!!!」
「れ、れいむが歌ってあげるから許してねええ! ゆーゆーゆっ、ぎゅべえええええ!!!」
口々にわめいていたが、籠に押し込まれて嗚咽とうめき声しか聞こえなくなる。
「こいつらはフライボール」
「なに、ぞれえええええ!」
年長の男が言い放った謎の単語に、濁った声で騒ぐ子れいむ。
「まず皮を全部剥いで、健康な薄皮がついたところで衣をつけて油で揚げる。油っこくならないように工夫を施した衣と油に、たっぷりのこしあん。砂糖はまぶす程度で、控えめの甘みが飽きさせない秘密だ」
律儀なのか、滔々と説明を加える男。一工程ごとに子れいむの震えが大きくなっていくのも気づかずに。
「みんな、残さず食べてくれる。君たちはまったく無駄にならないのだよ」
慰めにならないことを告げて、籠を背負いよっこらしょと立ち上がる。
その足元には、ゆっくりまりさがまとわりついていた。
「まりさがこのおうちをおじさんたちに教えてあげたんだよ! 子供の数も教えてあげたよ!」
ぴょんぴょんと、功を誇示して跳ね回る。
年長の男が顎をしゃくると、若い男が報酬の和菓子類を取り出す。
まりさは満面の顔で受け取っていた。
「まりざのうらぎりものおおおおおお」
「ひどいいいいいいいいい!」
「みんなにいっでやるうううううう!!!」
籠から響く呪詛の声にも、まりさの表情は陰ることはない。
「でも、みんなもう生きてお外にでられないよ! かわいそうだね!」
籠からの呪詛は止んだ。代わりに、狂おしいうめき声がこぼれていくる。
男たちが歩き出すと、その声も遠ざかっていき、後には得意そうにもらったお菓子とれいむが溜め込んだ食料を運び出すまりさの姿だけが残された。