「どす! どす!
ゆっくりしてないではやくおきてね!」
「……ゆ?」
それが自分を呼ばわる仲間の声と気づくまでに、ドスまりさは少し時間をかけた。巨体を身じろぎさせて、ゆっくり瞳を開閉
させる。
「…………ゆっくりしていってね……」
「ゆっくりしないでね!」
お決まりの朝の挨拶に、尖った声がつき返される。
土肌を掘削した早朝の薄暗い空洞に、ドスまりさは窮屈に体を押し込んでいる。その足もとで忙しなくはねる一匹のゆっくり
れいむがいた。
このれいむもまた、ドスまりさほどではないがゆっくりの平均をゆうに上回る巨躯である。ドスの側近として群で認知されて
いる存在であり、ドスを育てた母でもあった。
「まったく、いつまでゆっくりしてるの!? ばかなの!? どすはむれのりーだーなのにどうしたらそんなにゆっくりしてら
れるの!? いつまでもこどものきぶんじゃれいむもこまるんだよ!!」
「ゆー……今おきるよ、お母さん」
全身にまとわりつく眠気と疲労を振り払うように、ドスまりさは土に汚れた体を震わせる。
『ゆっくりしている』と母れいむは言うが、ドスまりさが眠りについたのはほんの少し前。そろそろ夜が明けようかという時間
である。なぜドスといえどゆっくりであるドスまりさがそんな夜更かしをしていたのかというと、当然群の仲間のためだった。
その巨体とゆっくり離れした膂力を生かし、周囲の土地を住みやすくするのはドスの大事な仕事のひとつである。
じきに冬が来る。雪や寒さ、風雨におびえずに済む住処のために、ドスまりさは『ひなんじょ』と名づけた空間を建設中だっ
たのだ。
建設といっても、ひたすらに崖に横穴を掘るだけである。だがそのためには当然ドススパークの過度の発射や、土や石を噛み
砕いて削ることが必要になる。おかげで、ドスまりさの大きなお口は酷使されっぱなしだった。外見でそうとは見えないが、咥
内はとうにボロボロで、舌は焼け爛れて一時的に味覚は失われている。ドスまりさが『むーしゃむーしゃ、しあわせー』から遠
ざかって、もうずいぶん経っていた。
それだけではなく、広げた穴を固定するため、骨子のための木や粘土を使うことも、サイズの都合で群ではドスまりさ一匹に
しかできない仕事だ。
そもそも『ひなんじょ』の設計からして、群の仲間は用を為さなかった。
知恵者と評判のぱちゅりーは、日常生活はともかくこうした工事では、せいぜい意見しか出せない。
ぱちゅりーの幼馴染であるありすは、ドスまりさを気遣う一方で『とかいは』の意匠にこだわって、割と好き勝手に口を出し
てくる。
ドスを慕う若いまりさは、他の若ゆっくりを率いて工事の手伝いや狩りの仕切りをしているが、それでもドスまりさへの貢献
は微々たるものだった。
かように、一般のゆっくりたちは役立たずだった。群のために働くドスまりさを罵倒するようなことこそないが、相変わらず
人里に遊びにいって悪さをするゆっくりは減らないし、勝手にすっきりして子供を増やし、かつ悪びれないゆっくりも絶えるこ
とはない。
ドスとはゆっくりをゆっくりさせるための存在である。
ドスになった瞬間から、ドスまりさは永遠に自分のためだけのゆっくりを捨てたのだ。
そうと理解していても、ドスまりさは時々つらくなることがあった。まるで、漏れ出す餡子を必死で止めようとしているのに
、すぐに他の穴から餡子がこぼれているような感覚だった。
そして。
「なにをいつまでもたもたしてるの!? もうほかのこたちはかりにいくじかんなんだよ! どすがこどもたちをみてなきゃみ
んなあんしんできないでしょ!!?」
「わかってるよ、お母さん」
母れいむだ。ドスまりさは苦々しい気持ちを顔に出さないよう気を遣わなくてはならない。
このれいむ、もともと人間の飼いゆっくりでありながら野生の知識に通暁し、若い頃は近隣のゆっくりたちのリーダーシップ
をとったゆっくりである。怖いおにいさんに虐待されていたまだドスではなかったドスまりさを拾ったのも、そうした縁からで
あった。
そう、このドスまりさと母れいむは、親子ではあるが、餡子は繋がっていない。
もっとも、ドスまりさは気になどしていない。卓越したゆっくりである母れいむを素直に尊敬し、慕っていた。せいぜいが他
よりも少し賢いゆっくりでしかなかったドスまりさがドスとなったのも、彼女の教育と庇護のおかげだとわかっていたからだ。
しかし、最近はどうだ、とドスまりさは思わずにいられない。
母れいむは一見、相変わらず大きく、美しい。さすがに老いは見えるが、それでも下手な成体ゆっくりなどよりよほど若々し
く力強い。
だがそれも見た目だけのことだとドスまりさは知っている。最近の母れいむは、ことあるごとに怒鳴り散らし、些細なことで
癇癪を起こしている。物忘れもひどく、簡単な計算もできないことがある。
彼女の衰えは、まず中身から始まったのだ。そんな義母に対して、ドスまりさは哀しみと苛立ちの混じった感情を抱かずには
いられない。
「まりさ! ゆっくりしないではやくしてね!」