「クソッ天気予報じゃ雨は夜からだったってのにもう降ってるじゃないか良○純め」
学校から帰る途中、雨に降られた。
口では○良純氏のせいにしているが、そうは言っても今は梅雨。冷静に考えれば折り畳み傘すら持って来なかった俺が悪い。
それでもついつい憎まれ口を(独り言だが)言ってしまうのは、良純○氏の人柄のせいだろうか、それともシャツの着こなしのせいだろうか。
そんな地球上で1、2を争う位どうでもいい事を考えつつ家までダッシュダッシュダッシュ。キックエンドダッシュ。
いつか決めるぜ何とかかんとか~と口ずさみながら家の前に着き、鍵をポッケから取り出す。
と、軒先に丸い物体が落ちている。
留守中に宅配便でも届いたか?にしてはむき出しってのも変だし。このザマで何か注文した訳でもない。
親が仕送りしてくれたとか?まさか。あの親は毎回必ず青い狸柄のダンボールを使う。どこで手に入れてるかは知らない。
近所の人?ありえない。ただでさえ近所付き合いなんて希薄なのに、こんな物雨の日に置くなんてどうかしてる。嫌がらせなら別だが。
そもそもこいつは一体何だ?肌色でスイカぐらいの大きさで上にカツラのような物が載ってて……
と、顔を近付けて観察しているといきなり丸い物体がぐるんと回って飛び上がり、こう言った。
「ゆっくりしていってね!!!」
それが俺と
ゆっくりとのファーストコンタクトだった。
あの丸い物体はれいむと名乗った。
始めはスピーカーが内蔵されたぬいぐるみか何かかとも思ったが、どうやら饅頭のようだ。ちょっと千切って食ったら美味かった。
人の顔を模した饅頭ならさして珍しくもないが、あの大きさでしかも言葉を喋るなんてのは珍しいってレベルじゃねえ。
でもまあ、Fラン大学生で友達も一人も居ない童貞で、将来果たして無事社会の歯車になれるのかどうかすら怪しい俺にとって
れいむの生態が生物学的にどうとか質量保存則を地味に無視してるとか力学的にありえない動きをするなんて問題はどうでもよかった。
こんな奇怪な生物(?)を部屋に招きいれ、あまつさえ新しい同居人(人じゃないけど)として受け入れた理由なんてのはそう、
普段は独りなんて慣れてるから平気だなどと強がってる俺でも、心の何処かでは寂しがっていたからなのだと思う。
さて、その寂しさ紛らわせ饅頭のれいむだが、こいつが実に大飯食らいだ。
家に入るなり「おなかすいたよ!!なにかたべさせてね!!!」等とご近所さんからブン殴られても文句言えない位大声で騒ぐもんで、
あわてて喜久○蔵ラーメンを作って食わせてやった。何故、ラーメンなんだろう。
できたて熱々のラーメンを差し出すと、口に流し込めと言わんばかりに構えるので一気に流し込んでやった。
熱がると思ったら平然と飲み込んで「おいしい!!おにいさんもっとたべさせてね!!!」等とのたまった。
口の中を覗き込んでもラーメンらしき物は見当たらない。どこに行ったんだろう黄色い人のラーメン。
どんだけ食ったら満足するのか知っておく必要があると思ったので、とりあえず欲しがるだけ与えてみた。
そしたら俺の一週間分の食料がどっかいった。
あれれ~?僕のご飯が無いよ~?
食うだけ食ったれいむは、そのまま俺の雄臭いベッドでぐーすか眠り始めてしまった。
いつもの俺なら間違いなくここで死刑判決を下すのだが、その無邪気(邪気なんて無いよな?無いと信じたい)な寝顔を見ている内に、
俺の心の中の闇(笑)はどこかへ行ってしまった。大方あの口の中だろう。
俺の分の食事は無くなったので仕方なくれいむの後頭部を一掴み程拝借する。うめえなこいつ。
また大騒ぎするかとも思ったが、こいつの鈍さはギネス級だ。全く反応しない。
痛覚が無い訳でもないよなぁ。さっきほっぺた千切った時は痛がってたし、うっかり蹴飛ばした時もいたいいたいと泣いてた。
ま、正しい理屈で存在してないこいつを理屈で計ろうなんてのは愚かしい事なんだろう。スルーすればいい。起きないなら楽だし。
俺が考えなければいけないのは、こいつの生態なんかじゃなくて明日からどうやって生き延びるかって事なんだから。
「ゆっくりおきてね!!!おなかすいたよ!!ゆっくりごはんもってきてね!!!」
「うるせえぞこのニコチャン大王!ケツからダイナマイト突っ込んで愛しておりましたって告白されてえか!!」
物凄い大騒ぎで朝が始まった。今のやり取りだけで俺はご近所さんに腕の2~3本折られても文句言えない。
「ってうっわ何これ!きめえ!」
「れいむだよ!!おにいさんおはよう!!ごはんもってきてね!!!」
「れいむぅ?……あぁそういや昨日から飼う事にしたんだっけか。ん、はよーさん」
「わすれないでね!!わすれたらゆっくりさせてあげないよ!!!いいからごはんもってきてね!!!」
「あーうるせえな分あったよったく……うるさくしてるとれいむを朝飯にしちまうから静かに待ってろー」
「ゆゆゆ!!れ、れいむはおいしくないよ!!れいむをたべないでね!!!」
ああうっせえ。普通なら別に気にならないが、寝起きの悪い俺にとって朝のれいむはMIYOCO級の騒音源だ。
口にガムテープでも貼れば静かになりそうだけど、あいつ鼻無いからなあ。死なすのは流石に可哀想だし。
そんな事をブツブツ呟きながら戸棚を開け、はたと思い出す。
そうだった。こいつは俺の一週間をどっかやっちゃったんだ。警察に捜索願を出せば帰ってくるだろうか。
「おいれいむ。食い物はお前が昨日全部食っただろ。だから今は何も無いぞ」
「ゆゆ!れいむそんなにたべてないよ!!おにいさんがたべたんでしょ!!!」
「アホか。俺は昨日お前……いや、何も食ってない。お前が、一匹で、全部、食ったの、俺の、一週間を」
?という顔をしている。コノヤロウマジで食ってやろうか。そういえば昨日食った後頭部、もう直ってるのな。……うへへ
「とにかく、無いものは無いよ。そんなに腹が減ったなら外で草でも虫でも食って来い」
と言ってドアを開けてやる。
「ゆゆ!おそとでたべてきていいの!!ゆっくりいってきます!!!」
大喜びで出て行きやがった。もう帰って来ないかもな、ここにはエサが無いって分かったろうし。
うーん、いなくなるなら俺が食うべきだったかなぁ。
考えてもしょうがない事を考えながら大学へ行く準備をする。帰りに食料を補充しないと。
はぁ。バイトの給料前借させてもらえるといいんだけどなぁ。
大学でFランに相応しい低レベルな学生達(当然俺含む)と共に楽しく(友達とお喋りする奴だけが)お勉強し、
帰りにバイト先のスーパーへ寄って買い物をする。ついでに店長に来月分の給料の前借ができないか相談する。2秒で却下された。
ああ世知辛いぜ。景気回復の兆しなんてほざいてたのはどこの王侯貴族様だっけかちくしょう。
とぼとぼと親に仕送りを頼む算段をしつつ家に帰る。すると、いた。ドアの前にれいむが。
「おにいさんおかえりなさい!!はやくなかにいれてね!!!」
「お前出て行ったんじゃないのか?何でここにいるんだよ」
「?れいむのおうちはここだよ!!れいむとおにいさんのおうちでしょ!!ゆっくりあけてね!!!」
これが人間の女ならどんなに良いか。俺の相手はこんな生首饅頭が似合いだというのか神よ。
神を呪いつつドアを開ける。この際小学生でもいいから彼女下さいサンタさん。半年前に予約すればどうにかなると思うんだ。
「ただいまー!!ゆっくりごはんのよういしてね!!!」
「れいむ、ナショナルから大切なお知らせだ。お前にやるエサは無い。何故ならお前にエサをやると俺が死ぬ」
「???そんなことないよ!!れいむのごはんがないとゆっくりできないもん!!いいからごはんちょうだいね!!!」
「駄目だ。どんなに駄々こねてもそれだけは譲れん。お前にやるエサは無い。それが嫌なら今すぐ出て行け」
出て行けと言われて流石に考える所があったのだろう。しばらく「ゆ~ゆ~」と体を揺らして、
「わかったよ!!きょうはがまんするね!!あしたからはおそとでごはんたべてくるよ!!ゆっくりくらそうね!!!」
「そうかい。分かってくれてありがとうよ。ありがたくってお兄さん涙が出てくらあ」
「なかないでね!!れいむがいるからなかないでね!!いっしょにゆっくりしようね!!」
神よ!何故あなたはこいつを饅頭として創られたのか!!俺は今モーレツに官能している!!!
や、饅頭相手はマズいよなぁ。静まれ俺の邪気棒。
学校のPCルームで調べた事を思い出す。こいつらゆっくりは本来傍若無人で、他人の都合を考慮する機能が欠落しているらしい。
だってのにこいつときたらどうだ。姪っ子の黄金体験子(ごーるどえくすぺりえんこ)よりよっぽど聞き分けがいい。
小学二年生にして自分の叔父に対して「生きてて恥ずかしくないのドーテーのおじさん」何てヘラヘラ笑いながら言うクソガキとは違う。
あんな腐れ脳味噌娘よりこのキモカワ饅頭の方が良識があるんだ!
そして物欲しそうな目でこちらを見つめるれいむを余所に飯を食う。ハム!ハフハフ、ハフ!
食後はれいむが
「あそんであそんで!ゆっくりあそんでね!!」
とうるせえので遊んでやる。猫じゃらしであんなにはしゃぐんだあ……。本物の猫もあんな感じなんだろうか。萌えるな。
遊び疲れて眠ったれいむの後頭部をまた拝借する。うん、うめぇ。
そんな日々が何日も続いたある日、ニュースでゆっくり達の事が報道されていた。
何でも最近になって日本中でこいつらが発生したらしく、民家に侵入して食料を食い散らかす事件が全国的に多発しているらしい。
そのニュースが流れている間れいむは、
「ゆゆ!まりさ!ぱちゅりー!ありす!ちぇんにみょんだ!みんなゆっくりしていってね!!」
等と興奮していた。食料を食い散らかす事件のくだりでは何故か静かになっていたが。
「……おいれいむ。まさかとは思うがお前、人の家に勝手に上がりこんで物を食べたりしてないだろうな?」
「ししししし、してないよ!!!そんなことれいむしないもん!!れいむはどろぼうじゃないよ!!ゆっくりー!!」
「そうか?してないならいいけどな。でも、もししたらお前を許さんからな。具体的には殺して食うぞ」
「ややややってないよ!!れいむはいいこだもん!!ちゃんとゆっくりしてるもん!!!」
怪しい怪しすぎる。だが証拠も無いので追求しても仕方ない。俺に火の粉がかかってきたら全力でこいつを差し出そう。
いつものように大学で一言も喋る事無く家に帰ると、家の前に保健所の車が停まっていた
「あの…何かあったんですか?」
「ああ、この辺りにゆっくりが住んでいると聞いたもので、回収に来たんですよ」
……ああ、そういえば昨日ニュースでやってたな。日本中に突然出現したゆっくりはどんどん数を増やし、
民家に侵入して食料を食い荒らすだけでなく、赤ん坊や老人の顔の上にのしかかって窒息死させたり、
病院に集団で忍び込んで大騒ぎを起こしたり、危険度の高い細菌の研究施設にまで入り込んでバイオハザードまで起こしかけたとか。
それで厚生労働省が正式にゆっくりを害獣と認定して駆除を開始するとか何とか。
某鯨さんの命を守る泥棒さんの会みたいな組織も無いので事はスムーズに運んだらしい。
「それは御苦労様です。それで、そのゆっくりは見つかりましたか?」
「ええ、ここに。いやあ『れいむおにいさんとすんでるんだよ!』とか『れいむはいいこにしてたよ!』
とか騒いで大変でしたよ。ここを自分の家だとも言い張って、まあ図々しい奴らですわ。ああ、ここはあなたのお宅ですか?」
「はいそうです。そうですかここを家だと…はあ。本当に図々しい奴らですね。お仕事頑張って下さい」
「はっは。ありがとうございます。家の中が荒らされてないか、念の為良く調べた方がいいですよ。それでは私はこれで」
「調べる必要はありませんよ。だってそいつは外でしか物を食ってないですから」
小さな呟きは職員の耳には届かなかったらしい。車のドアを開け、袋からゆっくりを取り出してケージに入れる。
一瞬、れいむと目が合った。
「お゛に゛い゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!だっ…だずげでよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
俺はそれに返事をする事無く、ただ小さく手を振る。
「も゛っ…も゛っどい゛っじょに゛!!ゆ゛っぐり゛じだがっだよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
……所詮、たかが一ヶ月足らず部屋に居ただけの饅頭だ。別に寂しくもなんともない。以前の気楽な生活に戻るだけさ。
車を見送って部屋に入る。
部屋の中は、今朝出かけた時と何も変わってはいなかった。
BAD END...
最終更新:2008年09月14日 05:03