「お、おねえざん……れ、れいむの、あかぢゃ……こども……」
両目の部分から太く短い竹筒を生やし、えぐり取られた両頬からぼとぼとと中身を漏ら
している一匹のれいむが、私の足にすり寄ってきた。
目が見えなくても、においで人間の接近と性別がわかる個体のようだ。
「え、なに? こども?」
無視しようかとも思ったが、気まぐれを私は起こす。
「そ、ぞぅ……あかぢゃん、こども……ちゃんど、に……にげれ、た……?」
そう聞かれた私は、あたりを軽く見渡してみた。
握り拳ほどの大きさだったと思われる赤子が三匹と、ハンドボールより少し小さかった
と考えられる子供が二匹、れいむから少し離れた場所にある。
「んー……ああ、逃げられたみたいよ。大丈夫」
私は嘘をついた。
どう見ても、合計五匹のれいむは生きていない。
赤子は頭にストローを刺され中身を吸い出されたようで、小さく萎んでいた。
子供の方は真っ二つに割られ、大部分の餡子を土の上へぶちまけている。
つまり生前の大きさは、私の推測でしかない。
「よ、よがっだぁぁぁ……あ、ありがと……おねえさん……」
竹筒の脇から、餡子混じりの黒い涙を流して、れいむは私に礼を述べる。
「……よしよし、頑張ったわね……あなたは立派なお母さんよ……」
やや大きい、直径40センチ級の個体だが、私は抱きかかえ頭を撫でてやった。
れいむ種の優しさと言うか、母性本能の強さは好感が持てる。
どんな目に遭っても、最後まで良き母で居られる個体に対しては尚更だ。
「あ、あっだがい……ね、ねぇ……おねえざん、れいむ……だ、たずかる?」
「……悪いけど、もう助かりそうにないわ。あなた……楽になりたい?」
私はまた嘘をつく。
このれいむは重傷だが、運が良ければ助かるだろう。
「…………お、おねが、い……じて、いいの……?」
「いいわよ。ちょっと痛いけど、すぐ済むわ……あの世で、
ゆっくりしてね」
「あ、ありがと……ゆ、っぐり……するよ……」
頬の傷に手を突っ込み、私はれいむの餡子を掻き出し始める。
「ゆぐっ……い、いだ……あ、あぁっ……」
びくっと体を震わせ、痛みに顔をしかめたが、すぐにれいむは静かになった。
「…………ふぅ……」
ほとんどの餡子を失い息絶えたれいむの死体を、私はゆっくりと足下に置き、竹筒を抜
いてやる。
それから赤子と子供の残骸を拾い集め、彼女の傍らに置き、
「まぁ、嘘も方便ね……」
呟きつつ、汚れた手をハンカチで拭う。
もっと傷が浅く確実に助かりそうで、子供も死んでいなければ、たぶん私は助けた。
だが、助かる確率が半々では、下手に希望を持たせるのは酷であろう。
好感が持てた個体だったので、親子仲良く、あちらでは末永くゆっくり出来る事を願い
つつ、私は再び歩き始めた。
と思ったら、
「おお、ぎぜんぎぜん」
いきなり失礼な言葉を後ろから浴びせられ、私は振り向く。
不敵な笑みを浮かべた小柄な少女──いや、顔は不細工な少女だが、体格は幼女が立っ
ていた。
「……なんだ、きめぇ丸じゃない……何か、文句でもあるの?」
ゆっくりであってゆっくりでは無いと言うか、今ひとつなんなのか意見が分かれる奇妙
な生き物に、私は話しかける。
「別に文句はありませんよ。ええ、人間様に文句だなんて……滅相も無い事です」
ひゅんひゅんと風を切る音を立てて、きめぇ丸は高速で首を動かす。
そう、きめぇ丸シェイクと呼ばれている、この種独特の鬱陶しい仕草だ。
「ふーん、そう……じゃあ、用はないわね? さよなら」
再び私は背を向ける。
個体にも依るが、ゆっくりなのにゆっくりを見下して嫌っている、この種が私は苦手だ。
嫌うのは別に連中の勝手だから構わないが、ゆっくりに情をかける人間までも、時に見
下すところがあるため、あまり関わりたくない。
顔や姿は嫌いではなく好きなのだが、性格が合わない場合が多いのである。
「おお、きもいきもい」
ふふん、と鼻で笑うような声で、きめぇ丸が呟いた。
ああ、なんとも癪に障る。
「なによ? 言いたい事があるなら、はっきり言ったらどうよ?」
足を止め、振り向かずに私は言った。
こっそりと鞄の中に右手を入れる。
「いえいえ、そんな……人間様のなさる事に、なにも異論ございませんよ」
いちいち挑発するような調子で、きめぇ丸は私に答えた。
基本的に、この種は人間に対して友好的なのだが、連中が嫌い見下しているゆっくりと
仲が良さそうな──いわゆる愛で派に対しては、馬鹿にしたような態度を取る個体もいる。
賢いと言うか、きめぇ丸の中でも目端の利く個体は、人の価値観が一様ではない事を弁
えていた。
だが、私に対して挑発してくるこいつのように、愛で派はゆっくりを虐待しないから馬
鹿にし放題、とか思っている者も少なくない。
そもそも私は愛で派ではないと言うか──可愛がりもするが、虐めもするというスタン
スなのだが。
「嘘はやめなさいよ。あの子に情けをかけたのが、気にくわないんでしょ?」
その場に立ったまま、身体を左回りに約45度ほど私は動かす。
これなら奴から私の右手は見えないが、私は奴の動きを横目で補足できる。
「おお、こわいこわい……愚鈍なゴミを可愛がられる、情け深い人間様ともあろう方が、
そんな威圧をなさるとは」
相変わらず、不敵な顔で口元に馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま、ひゅんひゅんと
首を振っている。
言葉とは裏腹に、全く怖がっているようには見えない。
ギリギリのラインまで挑発して、こっちが手を出す寸前に逃げるつもりだろう。
こう言った連中は、そうやってゆっくりの味方をする人間を馬鹿にして、ゆっくりと言
う存在への憎悪を植え付けるとともに、自分のストレスを解消する。
ゆっくりを見下して憎み嫌いながら、己の立場を最大限に利用して、こいつらは好き放
題に振る舞う。
虐待を行う者には媚び、時にはそれに協力したりして、自分たちはゆっくりでは無いと
アピールするが、愛で派に対してはゆっくりである事を活かして、遠回しな物言いで散々
に馬鹿にして見下す。
そう言う奴らばかりでも無い事は知っている。
知っていても、目の前にそんな奴が居たら、普通に腹が立つ。
なにより、別に悪事を行ったわけでもない私に、異を唱えるのは──許し難い挑戦だ。
ちょいと懲らしめてやらなければ、私の気が治まらない。
「別に情け深くなんか無いわよ。単なる気まぐれよ……ってか、あんたもゆっくりでしょ?
同族を愚鈍なゴミだなんて、良く言えるわね」
鞄の中に入れた右手は、愛用している獲物の柄を握っている。
この学園の学生は、だいたい何かしらの武器を持ち歩いているのが普通だ。
ご多分に漏れず、私も鞄に武器を潜ませている一人である。
「おお、ひどいひどい。あんなのと同族だとは、ひどいことおっしゃいますね」
表情は変わらない。動作も変わらない。
しかし、きめぇ丸が不機嫌になっているのが、何となく私には判った。
「あら、同族じゃないの? きめぇ丸って、れみりゃと同じ四肢付きゆっくりだと思って
たわ」
ゆっくりの中でも飛び切り頭が悪く、豚と蔑称で言われる事が多い四肢を備えたれみり
ゃ種を、私はわざと引き合いに出す。
武力を用いて傭懲する前に、言葉でも何矢か報いた方が気分が晴れる。
「失礼ですね! あんなのと一緒にしないでください!」
表情は変わらないが首を振る動作を止め、きめぇ丸は声を荒げた。
「おお、怖い怖い。そんなに怒るなんて……私に言わせれば、れみりゃもきめぇ丸も似た
ようなものよ。ってか、れみりゃのが可愛いわよ……あははっ!」
鞄の中で、私は獲物──三十年式銃剣を鞘から抜く。
西暦一九三〇年ではなく明治三〇年に帝国陸軍が採用し、以後五〇年近くにわたって使
い続けたと言う、世界で最も数多く生産された銃剣だ。
「なっ、し、失礼な人ですねっ! れみりゃなん……え?」
きめぇ丸の表情が、やっと変わった。
きょとんとした顔で、右手に銃剣を構えて突進する私を、呆然と眺めている。
ああ、この子は余計な事を言わなければ、意外と可愛いのに──勿体ない。
「ぐがあぁぁぁぁっ!」
かっと目を見開き、彼女は絶叫した。
左胸のあたりには深々と私の銃剣が突き刺さっている。
私は銃剣を引き抜き、今度は腹を刺した。
「う゛ぐっ! あ゛がぁぁぁぁぁっ!」
口から中身を吐き出しながら、きめぇ丸は身を襲った激痛に喚く。
「うるさいわよ」
冷たく言うと、彼女の腹部から銃剣を抜き、私は膝蹴りを叩き込む。
「あ゛う゛ゅっ! ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
そのまま後頭部から、きめぇ丸は地面の上へ仰向けに倒れた。
「いぎゃぁぁぁぁぁっ! うぐぅぅぅぅぅっ!」
彼女は傷が痛いのか、じたばたともがき苦しんでいる。
「あぎゃっ!」
苦しむ様が爽快で、思わず私は顔をほころばせてしまう。
「おお、ぶざまぶざま……あははっ、どう、痛い?」
胸の傷口あたりを右足で踏み、私は彼女の顔を見下ろしながら聞く。
「う゛ぅっ……な、なんで、ごん……あぐっ!」
「質問してるのは、私よ。痛いの? 痛くないの? どっちなのよっ!」
足蹴にした傷口を足首を使って、ぐりぐりと踏み躙り、顔目がけて私は唾を吐きかけた。
「い、いだ……い゛、痛いですっ! 痛い゛っ!」
「良かったじゃない。痛いのは生きてる証拠よ……あははははっ、サービスしてあげる♪」
声を上げて笑いながら、ざくりざくりと私は彼女の両太腿を銃剣で刺す。
人と違って骨が無いから、ゆっくりの身体は刺しやすい。
「いぎゃぁっ! う゛ぎゃぁぁぁぁっ! う゛ぎぃぃぃぃっ!」
さっきまでの不敵さはどこへ行ったのか、きめぇ丸は芸の無い悲鳴を上げ続ける。
「ふぅ、ひどい事して悪かったわね。でも、あんたは私を馬鹿にしたんだから、これぐら
いしても良いでしょ?」
にっこりと微笑みつつ、私は彼女の身につけているスカートの端で、汚れた銃剣を拭っ
た。
「うぅっ、あぐぅっ……ご、こんな、な、なん゛で……」
「聞いてなかったの? あんたが私を馬鹿にしたからよ。私の行動にケチを付けたから、
その報復を私はした。それ以上でもそれ以下でもない、それだけよ」
一方的に説明を終えると、私は再び帰路につく。
あの程度の傷ならば、どうせ死ぬ事はないだろう。
きめぇ丸は好む人も多いから、運が良ければ誰かが助けるかも知れない。
事実、私も基本的に嫌っては居ないし、可愛いとも思っている。
しかし、馬鹿にされたのならば話は別。
相応に報いなければ、この学園に籍を置く者としての自覚が問われてしまう。
「ああ、そうそう……あんたが言った通り、ゆっくりに情けをかけるぐらい情け深いのよ、
私は。だから、あんたは殺さないであげたのよ。感謝しなさい……あははははっ」
ちらりと振り向き、地面の上でのたうつ彼女に、それだけ言い残しておいた。
「お、おねえざんっ!」
歩く私に今度はゆっくりありすが話しかけてきた。
あごのあたりに握り拳ほどの穴を空けられ、そこから中身を漏れ出させている以外、特
にこれと言った外傷は無い。
「あら、どうしたの?」
私は足を止め応答した。
「あ、ありすの……ありすの、ぺ、ぺにぺに……う゛ぁぁぁぁぁぁんっ!」
なるほど、強引に去勢されたのか。
「ほらほら……泣かないでよ、都会派なんでしょ? しっかりしなさい」
この個体も比較的大きめだが、先のれいむと同じように私は抱っこしてやる。
「ぐしゅっ……う、うん! あ、ありす、これぐらいじゃ、め……めげない、んだか……
ら……ううっ……」
たぶん、この子も優良な部類だろうと私は直感的に思った。
「強い子ね、ありすは……で、私にどうして欲しいの?」
頭を撫でてから、私は顔を近付け頬ずりをする。
涙を堪えて強がるありすは、とても可愛い。
「あ……ちょ、ちょっとだけ、いっしょにゆっくりしてほしかったの……お、おねえさん、
ありすとおなじかちゅーしゃだし……」
助けを求めて来たわけでは無いようだ。
人間は誰でも助けてくれる──などと言う、間違った認識を持っていない個体は、非常
に好ましい。
それに、この子は理性的な瞳をしている。
ありす種が嫌われる最大の原因である、見境無しに交尾するレイパーでは無いだろう。
レイパーの目は、もっとぎらついているし、言葉遣いも強気で高慢だ。
「ああ、これ? 前に一緒に暮らしてたありすに貰ったのよ」
これは嘘ではなく本当。
昨年、寿命で死んだ私のありすが、亡くなる際にくれた物だ。
私はゆっくりたちが好きである。
寮の部屋で、ゆっくりと一緒に暮らしているぐらいだ。
軽くいじめたり、からかったり、ゆっくりさせない時もあるが、ちゃんと可愛がって面
倒を見て暮らしている。
心から感謝して好きだと思った他者に対して、ゆっくりは自らを食べるよう求めたり、
今際のきわに装身具を贈る事がある。
私のありすは、とても賢くて礼儀正しく普通にツンデレだったので、いっぱい遊んで、
思い切り可愛がり、時に虐め、しょっちゅう口げんかをし、色々と人に話せない事もして、
かなり良い関係を築けたが、惜しくも長寿に恵まれなかった。
そのありすから貰った形見を、私はつけている。
「え? そ、そうなの……おねえさん、ゆっくりできるひとね!」
においを嗅ぐような仕草をしてから、ありすは元気良く断言した。
強引に奪ったり、死体から勝手に取った装身具と、想いを込めて捧げられたものは、に
おいが違うらしい。
どんなにおいなのか、人間には判らない。
そもそも、においではなく何か念のようなものなのかも知れないが、ともかく人間には
知覚できない識別方法があるようだ。
ゆっくりに贈呈された装身具を身に付けている──これだけで、ほぼ全てのゆっくりか
らの第一印象は良くなる。
だが、この事実は与太話、都市伝説のたぐいと思われている。
装身具を贈られるとは、すなわち「ゆっくりと通常では考えられないほどの、強い信頼
関係を築けた証明」なのだから、そうそう起こらない事態である。
そして、贈られた人は「何故貰えたのか」を、明確に他者へは説明出来ない。
説明しようにも、その「何故」が特定不能なのである。
喩えて言うなら、誰かを好きになった理由は説明できても、誰かに好かれた理由が特定
出来ないのと同じ事であろう。
相手に聞く以外に真実を知る手段が無く、また相手が本当の事を話すとは限らず、その
相手自体がすでに他界しているのだから、まさしく真相は永遠に判らない。
憶測でしか理由は語れないのである。
起こる事が少ない事態。
なおかつ理由は憶測でしか説明出来ない。
その上「初対面でも良い人と思われる」と言う、お伽噺のような効果。
信じる人が絶無では無いだろうが──与太話や都市伝説と思われても仕方ない。
「ええ、ゆっくり出来る人よ……って、そんなはしゃいだら、傷に障るわよ……」
嬉しそうに私の胸に体を擦り寄せてくるありすを、私は制した。
そんな動いたら傷に障るし、服にクリームが付くし──ちょっと感じてしまう。
貧しくも豊かでもなく、私にとってそんなに強く感じる場所では無いとは言え、バスト
は性感帯なのだから。
「ご、ごめんなさ……い゛、いだたっ!」
動いた事で傷が裂けたのか、悲鳴を上げたありすを私は優しく抱きしめる。
「ほら、言わんこっちゃない……うちに帰ったら治療してあげるから、温和しくしてなさ
いよ」
頭をぽんぽんと軽く叩き、撫でてやりながら、再び私は歩き出した。
「え!? い、いいの? でも、べ、べつにありすはたすけてなんて……」
素直じゃ無いのは、ありす種の基本的性格だ。
いわゆる「デレ」状態になるまでは、どんなに嬉しくても他者の好意を謝絶するような
言動を取る。
そんな所も含めて、私はありす種が大好きだ──可愛い。
「いいのよ。だって、本当は助けて欲しかったんでしょ……ああ、答えなくて良いから、
眠ってなさい」
回答不要であると言い切って、とりあえず静かになって貰う。
ありすと際限なく「こうでしょ?」「ち、ちがうわよ!」と会話するのは楽しいが、今
は傷のことを第一に考えねばならない。
喋って体力を浪費されると治療に支障が出るし、傷が開きすぎると治るまで時間もかか
る。
「…………あ、ありがと……」
それだけ言うと、ありすは頬を赤く染めたまま俯向き、黙り込んだ。
こんな可愛いのに「ゆ豚」などと蔑み、好んで痛めつけ殺す人が多いのは心が痛む。
ありす種がレイパーとなってしまうのは、そうした外敵による危機感と荒んだ成長過程
によって、生殖本能と防衛本能が暴走した結果起こる、痛ましいエラーなのだから。
もっとも、私は心を痛めるだけで、ありす種の待遇改善や地位向上に乗り出したりはし
ないが。
ゆっくりに対して、どう接するかは個人の自由。
こうすべき、ああしなければいけない、これはだめ、など細かく規定された法は存在し
ない。
この学園は「ゆっくりをゆっくりさせない」と定めているが、どのようにしてゆっくり
させないかは個人の裁量だ。
手段のみならず、頻度や期間なども各個人の自由となっているが、学園施設保全と秩序
維持関連では禁止事項がある。
廊下など施設内を汚す虐待・虐殺は禁止、授業妨害は禁止、他人の所有権侵害は禁止、
学園施設損壊は禁止など、ある意味当たり前の禁止事項。
それら禁止事項に抵触しなければ、ゆっくりをどうするかは自由である。
からかう・いぢる程度でも全く問題無いし、酸鼻を極める虐待の末に殺しても良い。
極論すれば、年に一度ゆっくりの頬を突く程度でも問題無く、休み時間と放課後を使っ
て毎日百匹単位で虐殺しても構わないのである。
もっとも、結果的に殺害せざるを得ないような授業もあるが、強い信念の持ち主は上手
く立ち回り手を汚さないようにしているようだ。
私はゆっくりが好きだが、どのような個体も、ひとしく平等に好きで愛しているわけで
はない。
だから、授業なら普通に殺すし、接触してどうしようもなく腹に据えかねた個体は厳し
く処断する。
別に矛盾は無いはずだ。
年頃の女子が言う喩えとしては微妙かもだが、女好きのプレイボーイが居たとして、そ
の人が全ての女性が好きとは限らないだろう──好みがあって当たり前なのだし。
人は「○○が好き」と聞くと、その「○○」に当てはまる、関連するもの、全てが好き
なんだろうと思いやすい。
また、自分の「好き」と他人の「好き」を、同じものだと思ってしまう事もある。
どう好きか、なんて事は人によって違うのが当たり前。
私は貴方ではなく、貴方も私じゃないから、好みや嗜好や考え方が一緒と思われても困
る──と言ったところだろう。
「……えさんっ! お、おねえさんっ!」
考え事をしながら歩く私を、今度はゆっくりまりさが呼び止める。
「なに?」
声のした方を向くと、見たところ外傷が全くない一匹のまりさが、浅いダンボールに入
れられて置かれていた。
学園内と敷地外を隔てる壁の近く、植えられた木々や茂みの間に、ちょこんと。
「ま、まりさも、たすけてほしいんだぜ!」
何をどう助けろと言うんだろうか?
と言うか、いきなり助けを求めてくるような子は──ちょっと、ね。
「助けろって……あなた、別にどこも怪我してないじゃないの?」
良く見ると頬に涙の乾いた跡がある。
しかし、ここから見る限り特にこれと言った外傷もなく、声も弱っていない。
「ゆっ……あ、あし……やかれちゃったんだぜ……あるけないんだぜ」
しょんぼりとした表情を浮かべ、まりさは目を伏せた。
ゆっくりの言う足とは、底部のことである。
焼かれたり深く傷つけられると、跳ね回って動けなくなる個体が多い。
「そう、それは大変ね」
私はこの「足」と言う表現が好きではないため、冷淡に対応した。
いきなり助けを求める、好きじゃない単語を用いる──あまり好感を持てない。
「そ、そうなんだぜ! たいへんなんだぜ! だっ、だから……たすけてほしいんだぜ!」
「んー、具体的にどう助けて欲しいの? あと、助けたとして、私にあなたは何かお礼し
てくれたりするの?」
とりあえずこの質問への反応で、この子をどうするかは決めよう。
「ゆっ! おねえさんのおうちに、つれてかえってほしいんだぜ! まりさ、おねえさん
といっしょにいたいんだぜ!」
にへら、いや、ゆへらとまりさは媚びた笑顔を作り、
「ゆっへっへ……まりさのぺにぺにはさいこうなんだぜ! きっとおねえさんもよろこぶ
んだぜ!」
年頃の乙女に対して、どうかと思う自己アピールを行い、
「ぺにぺにだけじゃないぜ! まむまむもさいこうで、ぺろぺろもとくいなんだぜ!」
ますますどうかと思う発言を続け、
「そこのありすなんかより、まりさのほうがかわいくて、きっとやくにたつんだぜ!」
このように結んだ。
「そう、わかったわ……」
つかつかと歩み寄り、私は学生鞄の中から竹鋸を取り出し、まりさの前に置く。
「ゆゆっ! な、なんなんだぜ? お、おねえさん?」
「悪いけど、他人に調教されたお下がりには、あまり魅力感じないのよ、私」
驚くまりさに背を向けて立ち去りつつ、私は言った。
「それに、あんたはありすを馬鹿にした。私が助けようとしている子を、あんたは否定し
た。そんなやつに情けをかけるほど、私は優しくないのよ」
数メートル歩んでから振り返って言い置き、私は再び家路につく。
校則とは別のルールで、この学園には安導券と竹鋸システムが存在する。
安導券とは「今はすぐ連れ帰れないが、このゆっくりは連れ帰って飼いゆっくりにした
いから、危害を加えず安全に過ごさせて欲しい」と言う意思表示。
それを与えられたゆっくりを、他者がみだりに虐待したり殺すのは、お行儀の悪い事だ
とされている。
別に罰則規定があるわけでは無いが、お行儀悪い学生は他人から好まれないため、だい
たいの場合は危害を加えられず見逃される。
対して竹鋸は「このゆっくりを虐待したいが、出来ない事情があって立ち去りました。
誰か気が向いたら、代わりにこれを使って下さい」と言うメッセージ。
自力で動けない状態にして置かれる場合が多く、ほぼ確実に対象となったゆっくりは、
通りがかった人によって悲惨な仕打ちを受ける。
これも別に無視したところで問題無いが、他人の要請を受け入れるのはお行儀が良い事
なので、大義名分を得たとばかりに嬉々として虐待する学生が非常に多い。
安導券と竹鋸は、どちらにも与えた学生の学籍番号と名前が書かれている。
はっきりと誰の意志なのかが判ると、見逃す・虐待するどっちの理由も心の中でつけや
すい。
もっとも、評判が悪い嫌われ者の意向は、そうじゃない人のと比べると無視されやすい
傾向にあるが、強制力のあるシステムではないのだから仕方なかろう。
「あ、竹鋸よ! へー、これ──さんのだ」
「あらぁ、こいつ──ちゃん怒らせたの……何やったのかしら?」
「ゆっ! おねえさん、まりさをたすけてほしいんだぜ!」
そんな会話が後ろから聞こえてくる。
女の子二人の声は聞き覚えがあったが、別に振り返って声を掛けたりしない。
もう私は私の意志を示したのだから、早く帰ってありすの治療をして、それから──。
「んー、あんた何か変わった特技あんの?」
「そうそう、芸とか出来る?」
「ゆっへっへ、そのしつもんまってましただぜ! まりさのぺにぺに──」
ああ、これであれの運命は決まったな。
相当うるさい悲鳴が聞こえてきそうなので、私は足を速める。
しばらくして、
「ゆ゛ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ま゛っ、ま゛じざの゛ぉっ! ま゛じざのべ
に゛べに゛がぁぁぁぁぁぁっ!」
物凄い絶叫が響き渡った。
おおかた見せてみなさいとか言われて見せて、それを竹鋸で切断されたのだろう。
口は災いの元とは、良く言ったものだ。
「……ゆっ? お、おねえさん、このこえ……なに?」
私の腕の中で静かに眠っていたありすが、目を覚ましてしまった。
「あなたも知ったでしょ? ここは怖いところなのよ……大丈夫、私が居るから、ありす
は寝てなさい。治療には体力が必要なんだから、ね」
きれいな金髪を撫でながら、優しくささやき安心させる。
ああ、この子に「あなたと私の悪口を言ったゴミクズが、相応しい悲惨な末路を迎えつ
つあるのよ」と言ったら、どんな反応をするだろうか?
快哉を叫ぶのか、悲しむのか、それとも私に抗議するだろうか? どのような反応であ
れ、きっとこの子は可愛いだろう。
理性の強いありすは、ほぼ例外なくとても優秀。
レイパーに育たなかったと言うことは、成長環境が劣悪じゃなかった証拠なのだから、
もとから備えている高い知能が間違いなく真っ当に発達している。
素直じゃないのと、やや思い込みが強い以外は、優しくて賢い面倒見も良いしっかり者
で手があまりかからない。
いや、たくさん遊んで構ってやらないと、淋しがり屋だから拗ねやすい面もあるけど、
それがまた可愛い──わざと素っ気なくしてから話しかけると、もう最高だ。
素直で優しく純真なれいむ、やんちゃで活発だけど気弱な面もあるまりさ、体力が無く
非活動的だが思慮深く賢いゆっちゅりー、わがままだが天真爛漫なれみりゃ、なども私は
大好き。
ゆっくりはどの種もそれぞれ魅力的で、とても可愛い。
だからこそ──虐めたくなる時もある。
それにしても、本当にこの道のりは長い。
一日二十四時間のうち、学校への行き帰りに約一時間は使っている計算だ。
自転車を使えばもっと時間は短縮できるが、そうすると心と体に傷を負ったゆっくりに
出会う機会が減ってしまう。
人間によって酷い目に遭わされ、人間によって救われたゆっくりは、救ってくれた人に
対して好意を抱きやすい。
中には人間全てに敵意と言うか、恨みや憎しみを抱く個体も居るが、ゆっくりたちはお
おむね前向きな生き物だ。
負の方向への感情を、長く深く持続できる子はそれほど多くない。
「うー、おねえさん……こんにちは……」
「うっう~! こんにちはだどぉぅ~♪」
「うー、こんにちは! ゆっくりしね!」
「おねえさん、こんにちはこんにちは♪」
合計四匹の、ゆっくりふらんとれみりゃが挨拶してきた。
どの子も全て四肢を備えた個体である。
この四匹と私は顔見知りだ。
「はい、こんにちは。今日もみんなご苦労様ね」
軽く会釈して挨拶を返す。
四匹とも外傷は無いが、首輪をはめられ、校章が入ったエプロンを着けさせられている。
この子たちは学園の権利下に属している──下働きと言うか奴隷だ。
厳しい躾と教育、いや徹底した調教によって、定められた業務をこなし、人間の言う事
を聞くよう育てられている。
学園全体で、いったいどれだけの数の四肢付きゆっくりが使役されているか、私は知ら
ない。
たまに無法な学生が、学園の所有下にある個体に対しても虐待や虐殺を行うため、数は
変動するだろうが、どんなに少なく見積もっても三ケタは居ると思う。
彼女たちが担う業務は、敷地内の清掃だ。
毎日、ほとんど毎分か毎秒単位で、この学園ではゆっくりが殺される。
死んだゆっくりは、当然腐敗するし虫も集るので、掃除しなければならない。
生産される屍の数が膨大で、用務員や学生の当番ではまかないきれないため、この子た
ちが働かされている。
もっとも、細かい清掃などは難しいため、彼女たちが行うのは死骸の処理だけだ。
彼女たちは、舌を切り開口器をつけられた、ゆっくりれてぃを縛り付けたリヤカーを牽
いて回る。
目に付いた死骸を拾い、れてぃに片っ端から食わせる事で片付けると言う寸法だ。
収集と処理が一度に行え、しかも特殊な技術や経験も不要なため、この方法は非常に効
率的である。
舌を切られ生きたゴミ処理機とされたれてぃが、少しかわいそうとも思えるが、切らな
いとゆっくりどころか草花や樹木、果ては人間までも、長い舌を伸ばし捕まえて食ってし
まうのだから、やむを得ない処置だろう。
それに、れてぃ種の舌は一週間程度あれば再生する。
ずっと舌が無い訳では──いや、定期的に伸びすぎないよう舌を切られるのだから、こ
れはこれで酷い話だろう。
もっとも、動かなくても食べ放題が嬉しいのか、れてぃは幸せそうな顔をしているが。
「うー……ふらん、これおしごと……がんばる」
「れみぃは、いいこなんだどぉぅ~! がんばってぷっでぃん、もらうんだどぉぅ~♪」
「うー、たべほうだい! ゆっくりしね!」
「うっうー、れみぃごくろうごくろう♪ おねえさん、ありがとありがと☆」
ねぎらいの言葉が嬉しかったのか、彼女たちは喜んでいる。
「悪い人に乱暴されたら、ちゃんと言うのよ? じゃあ、気をつけてね」
気が向いたら、ご褒美にお菓子をあげる事もあるが、今日は早く帰りたい。
ルールを破る無法者への注意を促して、私はその場を立ち去った。
規則によって身の安全が保証されているとは言え、この学園の学生数は多すぎる。
ルールを無視している、または規則を破る事が使命とでも思って居そうな学生も少なか
らず存在する以上、ゆっくりには確実な身の保証なんか無い。
顔を合わせた際に労をねぎらい、身の安全を祈る、私が彼女たちに出来る事はそれだけ
だ。
最終更新:2008年10月27日 22:06