七万光年彼方でゆっくりしていってね!

幻想郷で最も大きな湖の畔に立つ紅魔館。
その内部、いかにも洋館と言った内装の廊下に二人の男がいた。

「ハリー、そろそろご執心の博麗の巫女が来る筈だろ?にしては騒ぎも何も起きてないじゃないか。」
「門番を突破するのは大変だからね。梃子摺ってるんじゃないの?」
「それなら良いんだけどな。窓の外見てみろよ。真っ青な快晴じゃないか。」
「おかしいな…データベースからこっちに移動させたときに何か変換ミスが起きたのかも。ちょっと調べてみる。コンピューター、アーチ」

ハリーと呼ばれた男の呼びかけに対し、どこからともなく応答音がする。
続いて、廊下の内装にはなんともミスマッチな物体が現れた。
彼はその物体に付いている様々なカラーで色分けされたパネルに手をやった。

「にしても、お前の趣味が時々分からなくなるよ。なんであんな少女を好きになるんだ?」
「そいつは言うなよトム。僕みたいなアジア人は君から見るとそう見える傾向があるんだ。…っと、よし。原因が分かった。」
「おっ、どこがダメだったんだ?」
「プログラムの中に破損データ紛れ込んでて、それで環境設定が読み出せなかったみたいだ。
このデータを削除するからちょっと待ってくれ。」

ハリーはそう言うとしゃがんでパネルの下のふたを取り外し、中身を弄り始めた。
そのとき、どこからともなく飛来した一本のナイフがトムと呼ばれた男の肩を掠め、『物体を貫通して』その向こうの壁に刺さった。

「貴方達、そこで何をやっているのかしら?」

声の方向をトムが見ると、そこにはある種のオーラを纏った少女が立っていた。

「ハリー!まずいぞ!メイド長に見つかったぞ!」
「そりゃーここは紅魔館だから咲夜さんに会ってもおかしくないよ。安全装置は入ってるんだからもう少し待ってくれよ。」
「それでもナイフが飛んできたら恐ろしいに決まってるだろ。」

「何をブツブツと…まあいいわ、どうやって進入したか答えてもらいましょうか?」

「あー、何て言うかな、その、通りすがりだ。俺はトム・パリス中尉。
連邦宇宙艦ヴォイジャーで操縦士をしてる。ヴォイジャーってのはイントレピッド級深宇宙調査船で、艦籍番号はNCC-746…」

言い終わらないうちにハリーが立つ。

「よし!直ったぞ。トム、お楽しみ中悪いけど一旦リセットするよ。コンピューター、プログラム停止!」

彼が言い終わると同時に、紅魔館も瀟洒なメイド長も消え、殺風景な空間が残った。

「おい!折角お近づきになるチャンスだったんだぞ!」
「いいじゃないか、トレス中尉に知れたら酷い事になるだろ?」
「ベラナは所詮ホログラムだって思ってる、大丈夫だって。」
「それならいいんだけど。 コンピューター、プログラム東方紅魔郷 第五章を初めから再生してくれ。」

短い応答音、続いて合成音声

『エラー、プログラム実行できません。消去できないホログラムが残っています。』

「おいおい、勘弁してくれよ。直したんじゃなかったのか?」
「どうも削除したはずのデータが実体化したみたいだ。一体何が…」

そう言ってハリーが左を見ると、そこには50センチほどの丸い物があった。
その謎の物体と目が合ってしまう。

「ゆっくりしていってね!」
「おにいさんはゆっくりできるの?ゆっくりしようね!」

「なんだよアレ…」
「さあ?」

そう言って顔を見合わせる2人だった。






[七万光年彼方でゆっくりしていってね!]
     “TAKE IT EASY!”






ベッドが複数並んだ部屋で3人が深刻そうな顔で相談していた。

「二人が昨日持ってきた物体を調べてみたんだが、あれは完全に生命体だ。ただ…」
「ただ?」
「いわゆる生物の特徴が全く見つからない。こんな事は初めてだ。」
「ドクター、それじゃあ何であれが生命体だと?」
「それについては見てもらったほうが早い、こっちへ来てくれ」

ドクターと呼ばれた男についていくトムとハリー。
扉を1つ抜けて医療部長のオフィスへと入ると、この部屋の主であるドクターが彼らのほうを向いた。

「すまないが扉を閉めてロックを掛けてくれ。」
「ああ、いいけど理由は?」

ハリーが答え、扉を閉めて横のパネルを操作し簡易ロックを掛ける。

「じきに分かる。よし、閉めたな。」

ドクターが奥の扉を開けると同時に、そこから何かが走りこんできた。

「もう!とじこめるなんてひどいよ!ゆっくりあやまってね!」
「「あやまっちぇね!」」

現れたのは赤いリボンをつけた大小の物体だった。

「その小さいのは一体?まさか…」
「お察しの通り、君達から預かったあと生まれたんだよ。」
「じゃあ生命体だと判断したのはこれで?」
「まさに。自己増殖能力を持っている事は生物の条件の一つだ。」

やや得意げな顔で語るドクター。
それに対して2人はまだ納得のいかない顔だった。

「じゃあドクター、他の条件、例えばエネルギーの摂取は?」
「それも確認した。今見せよう。」

トムの質問に対し、ドクターはデスクから携帯食料を取り出して物体のほうへと投げた。
一番大きい物体に当たったあと、床に落ちる。
途端に奪い合いが始まった。

「いちばんにみつけたのはれいむだよ!みんなはあきらめてね!」
「おかあしゃんずるい!れいむもほしい!」
「わたしもたべる!はやくどいてね!」
「れいむのごはんをたべちゃだめだよ!さっさとしね!」

最初のうちは小競り合いだったのがあっという間に取っ組み合いになる。
結局食べることができたのは一番大きい物体だった。

「ぜんぜんたりないよ!あかちゃんにもっとよこしてね!」
「「よこしちぇね!」」

「このように食料を摂取し利用しているのは確実だ。」

物体が非難の声を上げるが無視して話を続ける3人。

「恒常性の維持は?」
「それも見たほうが早いだろう。フェイザーは持っているか?」
「今は持ってないよ、ドクターは?」
「医者に武器が要るか?」

当然だろうという空気が流れる。

「あまり不衛生にすべきではないが私がやろう」
「やるって何を?」

デスクの先ほどの携帯食料とは別の棚を無造作に開けるドクター。
そこに右手を突っ込んで取り出したのはいわゆるペンチをゴツくしたような器具だ。

「これは大昔に行われていた抜歯手術に用いる野蛮な道具でね、ここに物を強く挟む事ができる。」

器具の解説を指差しながら行い、次にそれを一番大きな物体へとあてがう。
そのまま器具で物体の表面を挟み、力を入れてつかんだ後一気に引き抜く!

「ゆ゛う゛ぅう゛ぅっ゛っ!」
「おか゛あし゛ゃんになにし゛ゅるのお゛おぉっ!!」
ゆっくりできないひとははやくでてってね!!」

「このように身体の一部が破損しても必要な栄養素を摂取すると直ちに再生する。見たまえ。」

そう言って引き抜いた物を捨て、橙色の薬品を物体にかける。
すると、みるみるうちに傷口がふさがりあっという間に元通りになった。

「すごい!れいむもとどおりだよ!おじさんははやくでてってね!」
「「どっかいっちぇね!」」

「ま、一応生物ってのは認めるよ、ドクター。」
「少し引っかかるがまあいい。それよりも、君達はこれをどこで手に入れた?」
「ホロデッキで手に入れたんだ。僕がデータベースから見つけたプロ…」

ハリーが説明を仕掛けたところで急激な振動が三人を襲う。
照明が暗くなり赤警報が点灯。

『緊急事態発生、総員配置につけ。』

「悪い、ドクター。話は今度だ。」
「僕らはブリッジに行くから、それは頼んだよ。」
「任せてくれたまえ、次までに何か新しい発見ができると思う。」

そういって会話を終えた2人は医療室を出て行った。
あとに残されたドクターは物体をデスクの大きい引き出しに手早く放り込み、オフィスを出て急患に備え始めた。




赤く明滅するランプが灯った薄暗いブリッジ、そこで何人かの男女が壁のコンソールを操作していた。
部屋中央に位置する副長の座席で一人の男がアームレストのコンソールを操作している。
3回目の振動が船を襲ったとき、扉が開いて艦長が入ってきた。

「チャコティ副長、状況は?」
「亜空間フィールドが崩壊してワープから離脱したようです。原因は不明。現在インパルス・ドライブで推進中。」
「分かったわ。とにかくこの揺れを何とかしないとおちおちコーヒーも飲めやしない。
トム、補助スラスターを調節して揺れを抑えられないかしら?」
「やってみます。」

コンソールの前に座ったトムが鮮やかな動きでパネルにタッチすると、次第に振動が小さくなってきた。

「調整完了。成功です、艦長。」

「艦長、センサーが非常に微弱なバーテロン粒子を感知。ワープ停止の原因と考えられます。」
「トゥボック、メインスクリーンに映せるかしら?」

トゥボックと呼ばれた男が手元を操作すると、部屋正面のディスプレイに空間の亀裂のようなものが映し出された。

「亀裂の両端に布状の物体が確認できますが、センサーで質量探知されていません。」
「ハリー、つまりあの物体と亀裂は幻という事?」
「現状ではそうなります、艦長。」

「バーテロン粒子はあの亀裂が収縮するときに僅かに放射されている模様です。
インパルス・ドライブに影響は無いので迂回するのが得策かと。」
「あの亜空間断裂現象は実に興味深いわ、暫く留まって調べましょう。
ブリッジからセブン、あの断裂をそちらでモニターしてくれる?」
『既にモニター中だ艦長。現在分析している。』




ほぼ同時刻 医療室

ベッドに腰掛ける士官の首にドクターが器具をあてている。
空気が抜けるような音がした後、それを首から離した彼は患者に話しかけ始めた。

「簡単な痛み止めを打っておいたから暫くはここで休みたまえ。無理はよくない。」

「ドクター、こっちにも痛み止めを。」
「分かった、ちょっと待ってくれ。痛み止めを取ってくる。」

新たな患者の要請に答えた彼は薬品を取りにオフィスに入った。
大量に必要な薬品の筆頭である痛み止めは一番取りやすい位置に置いてある。
デスクの上のパッケージを手に取ったドクターはある事に気が付いた。

一番下の引き出し(大抵の机では一番大きい)がデスクから外れて転がっているのを。
中を覗いてみると赤黒いペーストがこびり付いているだけだった。

「ドクター、痛み止めを早く頼む!凄い苦しそうだ。」
「あ、ああ。すまない。今行く。」

ホログラムらしからぬ事に我に返ったドクターはパッケージを持ってオフィスを出て行った。




窓に映る星々が唯一の光源の空間、その闇の中でうごめく物体があった。

「ハァ…ハァ…うまい、う……ぎる…」
「…む…しゃ、……しゃ」

厨房のカウンターで蠢く物体はゆっくりれいむの親子だった。
突然訳の分からない場所につれて来られて以来のまともな食料にありつけた事で、一心不乱に食事中のようだ。

突然、食堂のドアが開いて誰か入ってきた。

「コンピューター、厨房のライトを点けてくれ。」

電子音がした後、カウンター内部のみ明るく照らされる。
入ってきたのはニーリックスだった。
食堂の閉店時間を利用して食材の仕込みにやってきたようだ。

鼻歌を歌いながらカウンターに近づいた彼はおかしなことに気が付く。
何かを齧り、咀嚼する様な音が聞こえる。
そっと中を見ると、大小の柔軟性に富んだ球体が明日の料理となるはずの食材を消滅させつつあった。

およそあらゆる知的生命体に対して人当たりが良いニーリックスだが、事に食堂を荒らされた時は流石に怒りを露にする。
料理人としてのプライドがそうさせるのだ。

「コラッ!それは食べちゃ駄目だよ!さあどいたどいた。」

「ゆ?おじしゃさんだれ?ここはれいむのおうちだよ!」
「これはれいむがみちゅけたんだよ!」
「ゆっくいできないんならあっちいっちぇね!」

「れいむのをわけてもいいからおとなしくしてね!」

ゆっくりれいむにしては珍しく寛大ともいえる態度を取る母親れいむだったが、勿論ニーリックスは「ゆっくり」などという生き物の生態は知らない。
彼にとってこの態度は挑発に等しい行為だった。

「君たち、ちょっと来てもらおうか…。」

そういって食材を荒らす害獣に近づくニーリックスだった。






艦内時間でのお昼時におけるニーリックスの食堂は、世に数多ある食事どころと同じような賑わいを見せる。
クルーが一人で、あるいは気心の知れた友人と食事を楽しんでいる光景が見られた。
その食堂の扉が静に開き、2人の男が会話しながら入ってきた。
トムとハリーだ。

「で、結局あのプログラムはどうするんだ?」
「データベースからやっとサルベージして起動できたんだ。僕は簡単には諦めないつもりだよ。」
「そいつは結構な事で。実際は霊夢にベタボレだからか?」
「トム、キャプテン・プロトンをプログラミングした君なら分かってくれると思ったんだけどな。」
「そりゃ、悪かった。」

肩をすくめるトム。
ハリーが先に着席するとニーリックスがそわそわした態度でテーブルへ来た。
注文をとりに来たにしては様子がおかしい。
そう思ったハリーは口を開こうとしたが、喋り始めたのはニーリックスだった。

「キム少尉、是非食べて感想を聞かせて欲しい物があるんすけどね。」
「新作の料理? なら試してみたいね。」
「ま、そんな所っす。 今持ってきます。」

ニーリックスが厨房に消えたあと、ハリーの向かいにトムが座った。

「わざわざハリー・キム少尉に相談するという事は、」
「僕の民族の料理かな?」

「お待たせしました少尉。中尉も、是非試してください。食べなれてる人とそうでない人の感想を聞かせてください。」

そう言って厨房から出てきたニーリックスが皿をテーブルに置く。
蓋を取ると中から湯気を上げる胡麻団子が出てきた。

「ハリー、こりゃ何て料理だ?」
「芝麻球って中華料理。中に餡子を入れてゴマをまぶして揚げる料理で、ママが時々作ってくれたよ。懐かしいな。それじゃ、いただきます。」

いつの間にか集まってきたクルーが注目する中で、ハリーが団子を齧った。

「どうですか、少尉?」
「餡子の甘さが絶妙だよ、最高だね。」
「そいつは良かった!ささ、皆さんも食べてください。」

一口サイズの胡麻団子が作っていた山があっという間に低くなっていく。

「ニーリックス、小豆なんて何処で手に入れたんだ?この味はレプリケータじゃ出せないよ。」
「あぁそれは、昨日食材を手に入れたんすよ。持ってきましょう。」

ハリーの問いかけに答えた料理人は厨房へと入っていく。
今度はすぐに出てきたが、手には妙な物体を持っている。

「はやくはなしてね!れいむのあかちゃんとあわせてね!」

昨日ドクターに預けたはずの物体が、タラクシア人の手の中にあった。
球体に近い体を縦に横に変形させ自由を求めてもがいているが成功の見込みはなさそうだった。

「昨日の話ですけどね。
食材の仕込をしようとあっしが厨房に入ったら、こいつらに食材が食われてたんすよ。」
「それがこの、ええと何て言ったっけ「芝麻球」そう、その芝麻球の材料と関係あるのか?」
「そりゃもう!大アリですよ。 ちょっと見ていてくださいよ。」

ニーリックスはカウンターからナイフを取り出し、次に小さな物体をカウンターに置く。

「れいむはゆっくいおうちかえりゅ!ここはゆっくいできないよ!」

物体が跳ねて逃げようとするが、断崖絶壁であることに気がついて急停止する。
ナイフを持ったニーリックスの右手が、左手で抑えられた物体にその白刃を押し付ける。

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛やめち゛ぇね!ゆっく゛いやめち゛ぇね!」
「れいむのこどもをかえしてね!」

ナイフがスッと切れ目を入れたかと思うと、次の瞬間にはカウンター表面にまで到達していた。

「れ゛いむのこ゛にな゛にす゛るの゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛!!!」

声が聞こえなくなったことで我が子に何かあったと判断した母親れいむが叫び声を上げ、我が子を殺した憎い相手に体当たりし始める。

「ゆ゛っ!ゆ゛っ!ゆ゛っ! ゆ゛っく゛りて゛き゛ないおし゛さ゛んは゛は゛やく゛し゛んて゛ねぇ゛ぇ!!!」

「こいつら中身が餡子なんですよ。小豆のね。」
「へぇ、そりゃドクターが生物と認めたくないような顔になるわけだ。」

トムがニーリックスの説明に感心するが、ハリーは物体を見た時から思案げな顔だった。




医療室に物体を抱えて入っていくトムとハリー。
その姿を見たドクターが近づいてきた。

「ミスター・パリス、キム少尉。良く捕まえてくれた。」
「元はと言えばドクターが逃しちゃったんだけどな。」
「急患で注意を払うことができなかったんだ、理解して欲しい。」

「ドクター、理解する代わりに頼みがあるんだけど。」
「私にできることなら。何かな?キム少尉。」
「この物体の量子特性がこの時空と一致するかどうか調べてもらえないかな。」
「そんな事か、直ちにやろう。そこに置いてくれ。」

2人が空きのベッドに物体を置くと、ドクターがそれに医療用トリコーダを向けてスキャンを始める。

「かってにれいむをはこんだの、あやまってね!」
ゆっくりできないひとははやくいなくなってね!」

「驚いたな、まさか本当にこの時空と量子特性が違うとは。」
「ハリー、何で分かったんだ。」
「ああ、それは…こいつらの格好を良く見てくれよ。」

そう言うと二つの物体を掴んでハリーとドクターの方を強制的に向かせる。

「かってにうごかさないでよ!」
ゆっくりさせてよ!」

「こっちの方の髪飾りとリボン、どっかで見てないか?」

そう言って右手で掴んだ物体を持ち上げる。
物体は空中でもがき出すが抵抗は無意味だった。

「おろして!おろしてよ!」

「もしかして…博麗霊夢か?でもアレは大昔の創作の産物だろ。」
「そこがポイントなんだ。ついでに言うともう片方は霧雨魔理沙だ。」

「なんだその…博なんとかというのと霧あめというのは?」
「最近ハリーが夢中になってる21世紀のコンピュータ・ゲームの主人公だよ。」
「食物が主人公のゲームなのか?」
「ドクター、その話は後で。」




「あの断裂に関して重大な報告があるらしいけど、ハリー、一体何かしら?」
「あの断裂の正体が分かりました。」

ブリッジ左舷側の会議室では上級士官が殆ど集まっていた。
艦の進路正面に位置する断裂に関する会議のようだ。

「続けてちょうだい。」
「はい。人工的に作られた一種のワームホールです。」

「実に興味深い話だが、根拠はあるのか?少尉。」
「これです。」

そう言って卓の上に物体を置くハリー。

「もー!はやくゆっくりさせてよ!」
「もうまりさはどこにもいかないよ!」

「この物体があの断裂を通過して別時空からやって来た事が根拠です。量子特性が断裂と一致しました。」
「ではあの断裂の正体は?」
「この記録媒体のケースを見てください。」

そう言ったハリーは赤と青で塗り分けられた板を卓上に置いた。

「ひがし…かた…完璧なる桜花…これは?」
「漢字の所は日本語読みで“とうほうようようむ”です。見てもらいたいのはここです。」

そういってケースのある箇所を示す。

「亜空間断裂はこのシルエットと一致します。 つまり、あの断裂はこの作品中に登場する物です。」
「これは単なるお話ではないの?」
「本来ならばその通りなんですが、ある理論に従うとこの記憶媒体のデータは史実と言えます。」

そう言ったハリーは壁のコンソールを操作し、ある論文を表示させる。

「あまりにも突飛過ぎて忘れられた理論なんです。
この論文が発表されたのは22世紀で、確かめる術が無いために机上の空論として片付けられました。」
「どんな理論なんだ。」
「あらゆる創作はパラレルワールドにおいては真実である、という理論です。
転送装置発明前で平行宇宙に関する研究が殆ど進んでいなかったので確かめる術が無かったらしいです。」
「でも今はパラレルワールドの遭遇例はごまんとある。」
「パラレルワールドは事実上無限に存在することも分かっています。」

艦長とトゥボックが答える。未だに納得していない顔だったが。

「だが、あの空間の断裂が、その、東方とやらの平行宇宙と繋がったとは、それでは納得できない。
その物体が登場人物に似ていて、断裂がその絵と一致するというのは偶然の産物という事がまだ考えられる。」

副長が疑問点を挙げる。
もっともな話で、確かに偶然の可能性はこの理論では消しきれて居なかった。

「これを見てください。第二ホロデッキのホロ・マトリクスとあの断裂が亜空間回廊で接続され、断裂の向こう側と擬似的に同化してます。」

壁のディスプレイに断裂と船の概略図が現れる。
ハリーはさらに操作してホロデッキの状態を表示させた。

「外からはプログラムが稼動しているように見えてます。」
「稼動中のプログラムは?」
「東方紅魔郷です。」

ディスプレイのプログラム欄には“TOUHOU-KOUMAKYO #5”とオレンジ色の文字が表示されていた。




「この亜空間断裂は時空連続体のひずみが可視化したものだ。おそらく、シャトルのワープ・バブルでは時空連続体に影響を与え断裂を破壊するだけになるだろう。」

緩やかな曲面で構成された大型ディスプレイは、ナイフで皮膚を切ったときの切り口のようなものを表示していた。
船内では珍しい部類に入るこれが設置された部屋、そのコンソール前には深刻な表情で映し出された像を見るクルーの姿があった。

「ではセブン、物体をあの向こうに送り返すのは無理なのかしら?」
「一つだけ方法がある。ヴォイジャーの可変ワープナセルならば調整して通過できるはずだ。」

セブンが手元のパネルに数回触れると、ディスプレイにヴォイジャーとワープフィールドの概略図が現れた。

「ベラナ。調整にはどの程度かかるの?」
「この調整ならパラメータの変更だけなので、15分で済むかと。」
「よろしい。直ちに取り掛かって頂戴。」




『こちら機関室。ワープ・エンジン調節完了。亜空間フィールドを展開させます。』
「断裂まで30秒。」
「トム、断裂の向こうは大気圏よ。音速を超えないように注意して。」
「了解。現在秒速200メートル。」

ブリッジのメイン・スクリーンには、はみ出さんばかりの大きさの断裂が表示されていた。
拡大されたことにより視覚で捉えられるようになった構造が見て取れる。
まるで炎が揺らいでるようだと幾人かのクルーは思う。

「フィールド接触まで5秒。3、2、1。」
「亜空間断裂は構造を維持。成功です。」

スクリーンに映ったその裂け目は、まるで神話の怪物が食事を行うときのように口を広げた。
船が通れるだけの通路が完成したのだ。

「現在秒速200メートルを維持。」
「断裂進入まで10秒。」
「いいわ、そのまま…。」

船首部分からホログラムが消えるように、ヴォイジャーは断裂の通過を成功させた。




「むーしゃむーしゃ…」
「ハァハァ…うめぇ…」

まりさとれいむは幸せをかみ締めていた。
子供が殺された記憶を今でも残せるほど餡子ペーストは高性能ではなく、おいしい食べ物が目の前にある、こんな事で幸せを感じる事ができるのは、
自然界で厳しい立場にあるゆっくりが己を保つために身に付けた性質だった。

ここは変な形してしやたらと眩しいけど、食べ物はあるし、大好きなまりさと一緒だからしあわせー!
そう思っているれいむが上を見上げると、彼女達をここに連れてきたニンゲンの顔が見えた。
最初は酷い事をされると思ったが、こんなにゆっくりできる場所に連れて来てくれて本当に良い人だと思ったれいむはお礼を言おうと飛び跳ねて前進した。

前進したつもりだった。だが、れいむの体は空中で弾き飛ばされ、ちょうど離陸した地点が着陸地点となった。

「ゆ?ゆゆっ!?」
「れいむ!どうしたの!?ゆっくりしてね!」
「むこうにいけないよ!とおれないよ!」

れいむの言葉を確かめようとまりさは友と同じ行動を取ったが、結果も友と同一だった。

「ほんとだ!とおれないよ!とじこめられちゃった!」
「おねえさん!はやくここからだしてね!」




目前で騒ぐ物体を見て、自分の中に流れる血のうちのごく一部分が己にある種の行動を取れと囁きかけていた。
しかし、同時に彼女の血の大部分は自制を求めていた。
彼女にとってこの種の葛藤は珍しいものではなかったが、だからといって職務に支障をきたさないという訳でもなかった。
結局、職務に集中することで葛藤から逃れようとするいつもの行動に移ろうとした。

その時、断裂通過時刻を過ぎた瞬間、照明が瞬き、海を進む船のような振動が船を襲った。
彼女がいる転送室も例外ではなかったが、自身はとっさの判断でコンソールをつかんで事なきを得た。
転送パッド上の物体はそうでもなかったが。




「今の衝撃は?」
「慣性制御が地表の重力と干渉して誤作動したようです。」

ブリッジ左舷側のコンソールと会話が交わされた。
大気圏突入プロセスを経ないからだろうと艦長は結論づけ、本来の目的を果たそうと指示を出した。

「地表のスキャン完了。人口はおよそ数千。エネルギー反応から産業革命初期の文明レベルですが、北西部の山岳はスキャン防御がされており詳細が不明です。」
「あの物体─生命体の反応はどうだ?」
「集落東部の森林に固まっています。」

「ホロデッキの状況は?」
「こちらに来た時に停止しました。」
「では、あの生命体を帰してあげましょう。 ブリッジから転送室、生命体の転送準備。」




「一時間で目が覚める。今のうちに転送してしまおう。」

魚雷ケースの中でぐったりとした物体に金属、無痛注射器をあてがったドクターは生命に深刻な影響は無いという意図の発言を行なった。
こんな生命体にヒューマノイド用の薬品が効くのかと疑問に思ったベラナが、その問を口に出す。

「何を注射したの?」
「ホットケーキシロップ。」

彼女は一応なるほどという顔だったが、今ひとつ納得がいかなかった。

「こちら転送室、準備完了。」
『直ちに転送して。』

ドクターが転送パッドから下りると同時に、物体はケースごと青白い光に包まれ、消え去った。




「地表から電波通信が入っています。」
「彼らには悪いけど無視して。干渉するわけにはいかないわ。」

「長居は無用だな。コースセット、目標デルタ宇宙域。」
「亜空間フィールドの準備完了。我々が通過すると同時に断裂を封鎖できます。」
「直ちに発進。」
「了解、スラスター起動。」




何事かと農作業を放り出して空を仰いだ人間の視線の先、陽光を受けて鈍く輝く灰色の船体が空中で旋回する。
来た時とほぼ逆向きになった瞬間、空中に幻想郷史上でも最大クラスではないかと思われるほどのスキマが現れ、宇宙船を飲み込んだ。




加工所の外、ゆっくりの脱走と襲撃に備えている部署ではちょっとした騒ぎになっていたが、内部で飼育にあたっている人物は全く感知していなかった。
その一人が毎日の単調な作業に飽き飽きしつつ、大型の飼育室に入るとゆっくりの腹立たしい声が聞こえてきた。

「何があったんだ?」
「あのね!あれがいきなりでてきたんだよ!びっくりしたよ!」

手近なまりさ種は捕まえて聞くと、その視線の先に紺色の直方体が鎮座していた。
こりゃなんだと思った男が近づくと、空気が抜ける音が僅かに聞こえ直方体が開きだす。
中にはゆっくりが二匹入っていた。




「あの連中、群れに戻れたと思うか?」
「そう思いたいところだね、居ないのはちょっと残念だけど。」
「餡子が無くなったのはそりゃ残念ですがね。」

食堂のカウンターで、ゆっくりは様々な理由からいなくなった事を惜しがられていた。
中にはゆっくりが嫌がりそうな理由もあったが。




彼等の想像とは全く反して、二匹のゆっくりは加工所で散々な目にあった。
屠殺されないだけそこのゆっくりの中では上位に位置する幸運だったが、どこからどうやって進入したか尋問されては、その幸運は実感できるはずも無い。
加工所のある部屋から今日も怒りしか覚えない類の悲鳴が聞こえてきた。




光子魚雷のケースを横流しで入手した河童がリバース・エンジニアリングしたり、
どうやったかその情報を手に入れた月の都が地上人に脅威を覚えデフコンが引き上がったりしたのだが、それは全くの余談である。






ゆっくり虐待でクロスオーバーなどという無謀極まりない事をしてみる。
教訓:思いつきでクロスオーバーさせると大抵グダグダになって始末に困る。

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最終更新:2022年01月31日 02:52
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