ゆっくりいじめ系1415 ゆっくり昼メロ_02


「ゆ~♪ ゆ~♪ かわいい~あかちゃん~♪」
「おかぁしゃんのおうちゃ、しゅごくゆっくちできりゅよ!」
「もっちょ! もっちょうちゃって!」
「今日はこれでおしまいだよ。ゆっくり寝てね!」
「わかっちゃよ!」
「おやちゅみなちゃい!」

産まれて来た赤ちゃん達。
れいむに似たおちびちゃん。
まりさに似たおちびちゃん。
思ってたとおり、すごくゆっくりした良い子達ばかりだよ。

眠ってしまった赤ちゃん達の顔を眺めながら、れいむは幸せに満ちていた。
まりさに捨てられた時は死ぬ事も考えたが、そのたびにお腹の中の赤ちゃんが動いた。
まだ生きたい。
外に出てゆっくりしたい。
お母さんとゆっくりしたい。
まるでそう訴えるように、何度も激しく胎動した。
れいむは結局死ぬことを諦め、赤ちゃんを産む決意を固めた。

この子達を産んで良かった。
死ななくて本当に良かった。
今なら心から、そう思う事が出来る。

赤ちゃんが産まれて、必要な餌の量は格段に増えた。
いつも朝早くに起きて、餌を取りに行かなければならない。
れいむは今、三箇所のゴミ集積所を回っていた。
日の空く事を考えると、一箇所で集まる量だけでは、とても家族全員の食料を賄いきれないのだ。
だが当然、後の方になるほど、他の生物とかち合う危険性が増える。
それでもれいむは、赤ちゃん達の存在を心の支えにして、危険の中を掻い潜っていた。

れいむは生ゴミの無い日に狩りもしていた。
土手を走り回って昆虫を捕まえ、川辺の小石の下からは川虫を捕まえる。
川岸に大きな魚が打ち上げられていた事もあった。
二日分に値する食料。
あれから毎日のように川岸をチェックしている。
だが残念な事に、今のところその姿はない。

れいむは公園にも通っていた。
最初は、まりさがいるかもと思い避けていたのだが、ご飯の事を考えると背に腹は変えられない。
公園の大きな木の下には、食べられる木の実が落ちているのだ。
いつも入り口から覗き込み、まりさがいない事を確認して中に入った。
ハトのおじさんには、よくお世話になった。
その場で食べずに持ち帰っているのだが、おじさんは気にしてはいないようだった。
ただ、最近もう一人の子が一緒じゃないねと言われた時、れいむは何故だかすごく悲しくなった。




今日は赤ちゃん達と、お家の前でゆっくりしよう。
そう考えたれいむは、一回り大きくなった赤ちゃん達を、巣の外へと連れ出した。
初めて見る外の風景に、赤ちゃん達は大はしゃぎ。
目の前に広がる世界を、思う存分跳ね回り堪能する。
ここなら、どれだけ跳ねても頭をぶつける心配はない。
ここなら、狭く低い天井等ありはしないのだから。

「おかぁしゃん! おかぁしゃん! ばったしゃん、ちゅかまえちゃよ!」
「おねぇしゃん、しゅご~い! しゅご~い!」
「まりさは狩りが上手だね。お母さんにも教えてね」
「ばったしゃんは、はにぇるから、とまっちぇるとき、はにぇればいいんりゃよ!」
「れいみゅもやりゅ! れいみゅもやりゅ!」

姉まりさを追いかけて、妹れいむも一緒にバッタを探し始める。
しばらくすると、ちゅかまえちゃたという元気な声が聞こえてきた。
今度は妹れいむが捕まえたようだ。
すぐ後から聞こえてくる、む~ちゃむ~ちゃちあわちぇ~という幸せの声。
そんな妹れいむの様子を見て、姉まりさは負けじとバッタを追い回す。
二人はまるで競うように、バッタを捕まえては口に運んでいった。

もうご飯が取れるなんて、ほかの赤ちゃんにはマネできないね。
きっとれいむの赤ちゃんが、ゆっくり一ゆっくりな赤ちゃんに違いないよ。
せいかくには、ほかの赤ちゃんの三倍はすごいよ。

れいむの餡子の中に広がる親馬鹿全開思考。
そんな幸せなゆっくり的物思いは、突然現れた人間の声によって破られた。

「見て見て! ゆっくりの赤ちゃんだ!」
「なにこれ、マジかわいいんですけど!」

そう口にした人間の行動は素早かった。三倍どころの話じゃなかった。
瞬きする間に、赤ちゃん達は人間の手の上に乗っかっている。

ああ、れいむは何て餡子脳なんだろう。
人間さんがこんなに近くまで来ているのに気づかなかった。
ゆっくりのゆっくりした性格を、今ほど恨んだ事はない。
ゆっくりした結果がこれだよ!
人間さんはやっぱり油断ならないよ!
ちがうちがう、そうじゃないよ。今はそんな事考えてる場合じゃないよ。
赤ちゃん達を取り戻さないとね。今すぐにね。

れいむは人間から赤ちゃんを取り戻す決意を固めた。

「お、おお、おねーさん達! ゆっくり赤ちゃんをはなしてね! ゆっくりいそいではなしてね!」
「これって、どうすればいいの? ゆっくりすればいいの?」
「わかんないよね。不思議だよね」
「い、いいい、いいから、れいむに赤ちゃんかえしてね! 赤ちゃんいやがってるよ!」
「えっ? そうでもないよ?」
「むしろ、よろこんでるよ?」
「わぁ~い、おちょらをちょんでりゅみちゃ~い♪」
「ゆ~ん、しゅごきゅちゃかいよ~♪」
「どぼぢでよろごんでるのおおぉおおおお!?」

白目を剥き叫びながらも、れいむはゆっくりと理解していた。
ああ、赤ちゃん達は嬉しいのだ。
自分達の届かない視点から見える世界を、ただ純粋に喜んでるだけなのだ。
きっと自分だって、大はしゃぎしてしまうに違いない。
だってあんなに高い場所にいるのだから。
それがゆっくりの生き様だよね。
そう考えると、何だか赤ちゃん達が羨ましくもある。
思っていたほど悪い人間ではないのかも知れない。

「ゆぅ……おねーさん達は、ゆっくりできる人なの?」
「よくわからないけど、ゆっくりできるよ」
「うん、ゆっくりできるよね。よくわからないけど」

よくわからないのはこっちだよとも思ったが、うかつに喋って人間を怒らせるわけにはいかない。
今のところ、赤ちゃんに害を与える様子はない。
ひょっとすると、本当にゆっくりできる人間なのかも知れない。
せっかくだから、少し赤ちゃんと遊んでもらおうか?
気がすめば帰るだろう。れいむはそう考えた。

「ゆっ! れいむ、ゆっくり理解したよ。いじめないなら、赤ちゃんとゆっくりしてもいいよ!」
「やった~! 私、この赤いリボンの子もらうね」
「じゃあ黒い帽子のまりさは、私が持って帰るね」
「どぼぢでもっでがえるのおおおぉおおおおおおおお!?」

本日二度目の白目を剥き、れいむはただただ絶叫した。
何を言ってるの? 馬鹿なの? この人間達は馬鹿なの?
会話になってないよ。ぜんぜん会話になってないよ。
もうお家に帰って寝ちゃいたいよ。
でも、赤ちゃんは置いてはいけないよ。
れいむ頑張るよ。お母さんだから頑張るよ。
れいむは最後の気力を振り絞り、人間達に訴えかける。

「お、おおお、おねーさん達! 赤ちゃんはれいむの赤ちゃんなんだよ? ゆっくりするなら、れいむの前でゆっくりしてね!」
「えー、でもうちって大きいゆっくりは飼えないし」
「うちはお父さんがれいむアレルギーでちょっと……」
「どぼぢでれ゛いぶまでいぐごどにな゛っでるのおおおおぉおおお!?」

三度目の絶叫で、れいむは自分の中にある餡子を見た気がした。

もうこの人間達と話すのは嫌だよ。
ハトのおじさんはこんなじゃなかったよ。
まりさのとこのお兄さんはこんなじゃなかったよ。
だいたい人間と一緒じゃゆっくり出来ないよ。

しかし、れいむは知っていた。
この世界で本当にゆっくり出来るゆっくり。
それは人間に飼われているゆっくりなのだ。
人間に満ちたこの世界で、他にゆっくりがゆっくり出来る場所などない。
自由はゆっくりをゆっくりさせない。
れいむは赤ちゃん達にゆっくりして欲しかった。

れいむも本当はわかってるんだよ。
人間に可愛がられてるゆっくりは、すごくゆっくり出来るよ。
あんなだったけど、まりさはすごくゆっくり出来てたよ。
公園で見たゆっくりも、みんなすごくゆっくり出来てたよ。

おねーさん達と一緒に行けば、赤ちゃん達もすごくゆっくり出来るのかな?

「あ、あのね? おねーさん達……本当に赤ちゃんを可愛がってくれるの……?」
「うん! ちょうど、ゆっくり飼いたいって話してたから!」
「うちも、まりさなら大丈夫。れいむは無理だけどね」

れいむはこっそりと赤ちゃん達の様子を窺い見る。
はしゃぎ疲れてしまったのだろう。
白目を剥き続けた親の気苦労も知らず、赤ちゃん達は手の平の上でぐっすりと眠っている。

ゆ~ん、赤ちゃん達、すごくゆっくりしてるよ。
まるで、れいむの側でゆっくりしてる時みたいだね。
赤ちゃん達、そこですごくゆっくり出来るんだよね?
おねーさん達と一緒なら、すごくゆっくり出来るんだよね?

これまでみた人間と飼いゆっくりの姿を、れいむはもう一度強く思い返した。

人間は飼いゆっくりに優しかった。
人間はすごく美味しいご飯を作る事が出来た。
人間は暖かい家に住み、そこはまさにゆっくりプレイスだった。

飼いゆっくりはどれも美しかった。
飼いゆっくりはだれもが健康そのものだった。
飼いゆっくりはどんな時も、幸せに包まれた顔をしていた。

飼いゆっくりじゃない自分の子達が、飼いゆっくりになれるかも知れない。
母親として、これ以上してやれる事はないはずだ。

れいむは餡子を吐く思いで、その言葉を唇で紡いだ。

「おねーさん達……赤ちゃんね……連れてってもいいよ……」
「本当にいいの?」
「お母さんはダメだよ?」
「れいむは一人でもゆっくり出来るよ! だから気にしないでいいよ!」

一緒に行けるものなら、れいむも赤ちゃん達と一緒に行きたかった。
だがれいむは理解している。この女の子達が必要としているのは、れいむの赤ちゃんだけなのだ。
れいむは赤ちゃん達の幸せを、自分の我侭で壊したくなかった。

れいむに似た赤ちゃん、れいむよりずっと可愛くなれるよ。良かったね。
まりさに似た赤ちゃん、まりさみたいに綺麗になってね。でも性格は似ないでね。

れいむは心の中で、赤ちゃん達とのお別れを済ませた。
ぐっすりと眠っているうちに行ってもらいたかった。
目を覚ました赤ちゃん達とお別れするのは辛かった。

「おねーさん達、赤ちゃん達が起きないうちに、ゆっくりしないでおうち帰ってね! 赤ちゃん達とゆっくりしてね!」
「うん、ゆっくりするよー」
「ありがとねー」
「ゆっくりしてね!」

手の平に赤ちゃんを乗せたまま、女の子達が去っていく。
遠ざかる二人の楽しげなお喋りが、れいむのところまで聞こえてくる。
赤ちゃんの声は聞こえてこない。まだ眠っているのだろう。

起きたられいむがいなくて泣いちゃうかな?
それともすぐに忘れちゃうのかな?

今更考えても仕方のない事だ。
未練を振り切るかのように、れいむは身体をブルブルと震わせた。
不思議と涙は出てこなかった。
れいむのゆっくりは、もうほとんど残されていない。




赤ちゃん達と一緒に、身体の中から大切な餡子が転がり落ちてしまった。
れいむはたまに、そう感じる事がある。
ぽっかりと空いた空洞を埋めるように、れいむは以前と同じ生活を続けていた。

身体が赤ちゃんのいた頃と同じ生活リズムを求めている。
今日も朝早くに目が覚めた。ご飯を取りに行かなくてはならない。
本当のところ、ご飯なんて充分に残っている。文字通り腐る程ある。
それでも三箇所の餌場を、以前と同じコースで回る。

一つ目の餌場に着いた。
今日はごちそうの日らしい。
まだ半分近く残った人間のお弁当が、無造作に捨てられている。
もう持ち帰る必要は無い。そのまま、もそもそと身体の中に収める。

二つ目の餌場に着いた。
いつもと変わり映えのない風景だ。
近づいてみると、骨だけになった魚が転がっている。
空っぽの眼窩がこちら見ている気がする。これは犬さんにでもあげよう。

三つ目の餌場に着いた。
そこには先客の姿があった。野良ゆっくりだ。
れいむはもう食べたからいらないよ。ゆっくりしていってね。
心の中でそう呟き、ゆっくりと餌場に背を向ける。

「れ、れいむ! やっぱり、れいむなんだぜ!」

聞き覚えのある声だ。誰だっただろう?
れいむがゆっくりと餌場に振り返る。
先ほどの野良ゆっくりが、こちらへと跳ねてくる。
それは変わり果てたまりさの姿だった。


これは本当に、あのまりさなのだろうか?
れいむは唖然としながら、目の前のゆっくりに目を走らせた。
真っ黒な帽子は皺だらけで、鍔が所々欠けている。
得体の知れないゴミの絡まった髪の毛は、脂ぎって土色に変色している。
肌はカサカサに乾燥し、今にもヒビ割れてしまいそうだ。
頬はゲッソリと痩せこけて、眼窩が暗く窪んでいる。
満足に食事や睡眠が取れてないのかも知れない。

「あまりジロジロみられると、てれるんだぜ~」

照れているつもりなのか、身体をくねくねと左右に揺らしている。
なんと醜悪なゆっくりなんだろう。
まりさは自分を捨てた最低なゆっくりだ。
だが、その美しさだけは本物だった。
赤ちゃんにまりさの面影を見た時、密かに感謝をしたくらいだ。
そのまりさが目の前のゆっくりだなんて、れいむにはすぐに信じる事が出来なかった。

「本当にまりさなの?」
「まりさにきまってるんだぜ! うたがうなんてひどいんだぜ!」

疑うなと言う方に無理がある。
似ても似つかないその姿は、そこらの野良ゆっくりの方がまだマシだ。
だが、やはりこのゆっくりは、まりさなのだろう。
このどうでもいい性格が、これはまりさだとれいむに訴えかけている。

「……仮にまりさだとして、まりさはれいむに何の用なの?」
「れいむ~、まりさをたすけてほしいんだぜ~。こまってるんだぜ~」
「どうして、れいむが助けないといけないの? 助けて欲しい時に捨てたクセに? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「そんなつめたいこといわないでほしいんだぜ~。こうなったのには、れいむにだってせきにんはあるんだぜ~」
「聞き捨てならないよ。ゆっくり説明してね!」

頬に空気を溜め込んで、身体を大きく膨らませ威嚇してみせるが、本当は怒ってなどいない。
そんな気力はとうに失せていた。
ただ、まりさがこうなった理由にだけは興味があった。

叱られた子供のように、まりさがその身に起こった事をぽつぽつと語り始める。




れいむに会うため、毎日のように公園に通っていたまりさ。
ただし、いつもお兄さんと来ていたわけではない。
まりさはお兄さんの目を盗み、一人で公園に来る事もあった。
これは、れいむも承知していた事だ。
愛ゆえの行動だと、バカバカしいほどに信じていた。
だがまりさは、あれで外に遊びに行く味を占めていたらしい。
れいむを捨てた後も、まりさは家を抜け出していた。

初めはこっそりと、公園で他の飼いゆっくりと遊ぶ程度だった。
しかし仲の良いゆっくりが出来ると、少しでも長く一緒にゆっくりしていたくなる。
ある日まりさは、お兄さんの帰宅時間も忘れて、ゆっくりし過ぎてしまった。

慌てて家に戻ると、そこには、すでに帰宅しているお兄さんの姿がある。
必死になって謝りながらも、怒られる、もう外で遊ばせてもらえない、まりさはそう思い困り果てた。
だが、お兄さんは優しかった。愚かしいほどに優しかった。
冒険したい年頃なのだろうと思い、楽しかったかい? お友達が出来て良かったね等と優しい言葉をかけてしまった。

これが、まりさの増長を招いた。
お兄さんが家にいる間でも、堂々と外で遊べる。
好きなだけ外でゆっくり出来る。
怒られないのだから問題ない。
まりさはそう理解した。

まりさの行動は、徐々にエスカレートしていく。
お兄さんの帰宅時間との兼ね合いで、これまで近所の公園までだった行動範囲。
しかし自由を手に入れた今、まりさを縛るものはない。
他の飼いゆっくりの家に押しかけ、心ゆくまでゆっくりする。
まりさは飼い主が留守になる事の多い飼いゆっくりを狙った。
飼い主がいなければ、何をしたって咎められる事はないからだ。
そう、好きなだけ、すっきりが出来る。

まりさは普段、れいむの事を思い出したりしなかったが、すっきりの記憶だけは何度も反芻していた。
れいむとしたすっきりは最高に気持がちよかった。
薄汚い野良ゆっくりとのすっきりでも、あの恍惚感が得られるのだ。
自分と同じ飼いゆっくりとなら、もっとすごいすっきりが出来るだろう。
まりさはそう考えると、居ても立っても、すっきりしたくて堪らなかった。
だが公園ですっきりしようとすると、相手の飼い主に怒られてしまう。
なら、どうすればいい? 答えは簡単だ。飼い主のいない時にすっきりすればいい。

しばらくすると、まりさは複数の飼いゆっくりと、すっきり関係を持つようになっていた。
1日に1すっきりは当たり前。多い日は3人以上とすっきりする事もあった。
当然、帰宅時間は遅くなる。夜半過ぎまで家に帰らない事もあった。
それでもお兄さんは怒らなかった。
まりさが家に帰らない日があっても、お兄さんは怒らなかった。

だが、そんなまりさのすっきり生活も、ある日終焉を迎える事になる。

相手の飼いゆっくりの一人が、にんっしんしてしまったのだ。
れいむの場合は野良ゆっくりだった。
しかし今回は飼い主のいる飼いゆっくり。
怒りが有頂天な飼い主が、お兄さんの家に怒鳴り込んできた。
ひたすら平謝りさせられた挙句、ごっそりと養育費まで取られたお兄さん。
ここまで来ると、さすがのお兄さんも、自分がどんなに馬鹿だったのか気がつく。
まりさを見つめるお兄さんの目は、冷たい輝きに満ちていた。
その時、まりさは言葉ではなく本能で理解する。
このままここにいたら殺される。
まりさは唯一の出口を塞がれる前に、お兄さんの家から逃げ出した。




自分に都合の悪い箇所を端折りながら、まりさはれいむに説明した。
つまりは殆ど端折られた。
れいむが知ったのは、公園に行き過ぎたせいでお兄さんに殺されそうになり、まりさが家を飛び出した事くらいだ。

「おうちに帰れば?」
「そ、そんなことしたらころされるんだぜ! まりさはまだしにたくないんだぜ!」
「じゃあ、まりさはどうしたいの?」
「れいむにたすけてほしいんだぜ~。そうだ! まりさがれいむのおうちにすんであげるんだぜ!」

どこをどうすれば、この発想に辿りつくのだろう?
まりさは自分を置いて行った時の事を、まったく覚えてないのだろうか?
実際、まりさはろくに覚えていなかったが、呆れ返ったれいむには、かける言葉が見つからなかった。

「はやくれいむのおうちにあんないするんだぜ! ふたりでゆっくりするんだぜ!」
「まりさは本当に馬鹿なの?」
「そんなことないんだぜ! ゆっくりかんがえたけっかがこれなんだぜ!」

ああ、やっぱり馬鹿なんだ。
れいむはこんなのに餡子をときめかせた事のある自分が、心底嫌になってきた。
このまま、まりさを振り切って、巣に帰る事は出来るだろう。
まりさの身体はボロボロだ。とても自分に追いつけるとは思えない。
だが、しかし……自分が捨てれば、まりさは多分、いや必ず死んでしまう。
別に死んでもかまわないのだが、れいむにはそれすらも、どうでもいい事に思えた。

どうせ巣は空いているのだ。
赤ちゃん達が去ってから、巣の中はれいむ一人で住むには広すぎた。
まりさが一人増えたくらいで、どうとなるものでもない。
なら、まりさがいれば、赤ちゃん達を失った悲しみが埋まるのだろうか?
そんな事、考えるまでもない。
まりさはまりさだ。最低なゲスゆっくりだ。
赤ちゃん達の欠片にも値しないだろう。
だが、それでも……れいむは、まりさを巣に連れ帰る事にした。

「わかったよ。れいむのお家で勝手に住めばいいよ」
「さすが、れいむなんだぜ! あいしてるんだぜ!」

大喜びで、れいむの周りを跳ね回るまりさ。
その姿を見て、れいむは何も感じなかった。




まりさとの生活が始まった。
まりさは当然のようにれいむが持ってきたご飯を食べると、当然のようにどこかへ遊びに行った。
まりさがどこに行くのか、れいむは全く気にならなかった。
暗くなると、まりさは巣に帰ってきた。
そしてれいむの取っておいたご飯を当然のように食べると、当然のようにすっきりを求めてきたが、それは丁重にお断りした。
まりさとすっきりすれば、また赤ちゃんが出来るだろう。
可愛い赤ちゃん。
でもそれは、今頃人間の家でゆっくりしてる、あの赤ちゃん達ではない。
れいむの思考は、ゆっくり成らざる物へと変化していた。
れいむにはゆっくり出来る物が残っていなかった。

ある日、れいむが巣に戻ってくると、そこにはまりさともう一人のゆっくりがいた。
だらしない表情をしたまりさが、そのゆっくりに擦り寄っている。
初めて見るゆっくりなのに、その名前が何故かれいむの頭に浮かんできた。
あれは、ぱちゅりーだ。

「どうしたの、まりさ? 何でぱちゅりーがいるの?」
「ぱちゅりーはいえがなくてこまってたんだぜ。だからまりさのおうちにしょうたいしたんだぜ!」

いつの間にか、この巣はまりさのお家になっていたらしい。
大方このぱちゅりーは、まりさがすっきり相手として連れ帰って来たのだろう。
毎晩お断りしてたから、まりさはすっきりしたくて堪らなかったに違いない。
れいむはそう考えたが、怒りはどこからも沸いて来なかった。
陶器人形のような表情で、目の前にいる二人を眺める。

「ところでれいむ。ごはんはまだかなんだぜ?」
「ご飯? ご飯はこれでも食べるといいよ」

れいむは頬にしまっていたご飯をペッと吐き出す。
さっき巣の前で何となく捕まえたバッタだ。
何となく捕まったばっかりに、バッタはまりさに食べられてしまう。
目の前のバッタを見て、れいむはバッタと自分のどちらがついてないのだろう? などと考えていた。

「ちょっとまつんだぜ、れいむ。これじゃはらのたしにもならないんだぜ!」
「じゃあ自分で取ってくれば?」
「まりさよりれいむのほうが、かりがうまいんだぜ! それにまりさはいっかのだいこくばしらだから、どしんとかまえておくべきなんだぜ!」

一家の大黒柱。れいむの親まりさは、まさにそう呼ぶべき存在だった。
自ら先頭に立ち家族を支え、そして真っ先に人間に捕まった。
それに比べて、この新たな自称大黒柱は、何と頼りない事だろう。
この巣の中には何も残っていない。れいむの中にも何一つ残っていない。
れいむはゆっくりと巣を後にしようと二人に背を向けた。

「やっといくきになったかなんだぜ! びょうじゃくせっていのぱちゅりーのぶんもたのむんだぜ!」
「むっきゅう、じびょうのぜんそくがつらいわ」
「何言ってるの? れいむはご飯を持って来ないよ。ゆっくり理解してね」
「れいむこそ、なにいってるんだぜ? ごはんをもってこないなら、れいむはこのいえにすむしかくがないんだぜ!」
「それでいいよ。そのお家は二人にあげるから、勝手に使ってね」

れいむは巣の外に出た。
綺麗な夕日が空を赤く染めていた。
後ろの巣穴から、まりさが自分を呼ぶ声が聞こえる。
その声が、れいむのすぐ後ろまで近づいてくる。

「れいむ! さっさと、ごはんもってくるんだぜ!」

ポスンとひどく呆気ない音がして、れいむはまりさに突き飛ばされていた。
土手は傾斜だ。れいむの丸い身体が土手を転がり落ちていく。
この先には川が流れている。
ずっと住んでいた巣の前である。
れいむは誰よりも先に、自分に迫っている危機を感じ取っていた。
足に力を入れれば、今なら方向を変える事も出来るだろう。
だが、れいむは、このままでいいと思った。

最初に家族を失った。これは人間が連れて行ったせいだ。
その次に人間に飼われていたまりさを失った。これは赤ちゃんが出来たせいだ。
赤ちゃんを失った。これは自分のせいだ。
自分が良かれと思い決断したせいだ。
だが、これだけは誇りに思っていいはずだ。
赤ちゃん達は人間とゆっくりし、立派なゆっくりに成長するだろう。
失った物は多いが、自分は未来の幸せを得る事が出来た。

赤ちゃん達、ゆっくりしてるかな?

れいむの意識が水に溶けた。




ここは静かな森の中──ではなく、都心に程近いベッドタウンの一画。
川原の土手に掘られた巣の中に、あるゆっくりの家族が住んでいた。
まりさとぱちゅりー二人きり。子供はまだいないが、ぱちゅりーの頭には茎がはえていた。
きっと後数日もすれば、可愛い赤ちゃんが産まれるだろう。
だが、二人にそんな時間は残されていなかった。

「わんわんわん!」
「い、いいいぬさん、やめるんだぜ! たべるんなら、ぱちゅりーのほうをたべるんだぜぇえええ!」
「むっきゅううぅうう!! ま゛りざなに゛いっでるのおおぉおおおお!?」

土手でゆっくりを見つけた犬さんことポチはこう考えた。
後ろの奴は何だか動きがにぶそうだ。まずはこのよく動く方を何とかしよう。
ポチの中で野生が弾けた。

逃げるまりさに飛び掛り、そのまま上から地面に押さえ込む。
これで相手は簡単に逃げられない。
今度は両手の爪をしっかり食い込ませ、動く気力を削いでおく。

「やべるんだぜえぇええ!! ま゛りざはおいじぐないんだぜえぇええええ!!」

何やら叫んでいるが、ポチにはそんなこと関係ない。
帽子が取れてガラ空きになった頭頂を一齧り、二齧り。
抉られた傷痕から、真っ黒な餡子が噴出する。

「ま゛りざのあ゛だま゛があ゛あぁあああああ!!」

あまりの痛みに、まりさはポチの抱擁の中で暴れた。
こいつ動くぞ! ポチはゆっくりのポテンシャルに戦慄した。
しかし、こちらが優勢なのに変わりはない。ポチは負けじと、そのまま頭に齧り付く。
饅頭の皮だけあって、あまり噛み応えがない。じじぃのくれる犬用ガムの方がまだ気合いが入っている。
噛んでは千切り、噛んでは千切り、後頭部の餡子を剥き出しにしていく。
顔面だけ残し抉り取った所で、やっとまりさの動きが止まった。

「ゆ゛っ……ゆ゛っ……ゆ゛っ……」
「わんわんわん!」

どうやらまだ生きているらしい。驚いたポチは、念のためにもう二齧りし、まりさの息の根を完全に止めた。
次のターゲットは、白目を剥いてガクガク震えてるぱちゅりーだ。
ポチは相手がまだそこに突っ立ってた事を犬の神様に感謝した。
一気に間合いを詰め、まずは頭上をふらふら揺れている茎を噛み千切る。

「ぱぢゅり゛ぃのあがぢゃんがあぁああああ!!」

思ったとおりだ。もう一匹になかったアレは、何やら大切な物だったらしい。
これで勝つるわん! ポチは勝利を確信し、微動だにしない相手の顔面に齧り付く。
その時、ポチに電流走る。
さっきのと味が違う! うっめ! めっちゃうっめこっち! じじぃのめしよりよっぽどうめぇ! パネぇわんわんわん。
ポチはガツガツとぱちゅりーに貪り付いた。まさに犬食いである。
だが、そんなポチの幸せも、長くは続かなかった。

「ぽーち、ぽーち! まったくポチは足が速いのぉ。ワシを置いていかないでおくれ──ってナニ食っとんのじゃあああああ!!」
「きゅうぅん……」

飼い犬を放して散歩させるという暴挙をしでかしていた飼い主が、ゆっくりを貪り食うポチを発見したのだ。
ポチは頭をペシペシ叩かれて、思わず尻尾をクルっと丸める。反省の合図だ。
これを見た飼い主はポチを撫でると、ふぅと大きくため息をついた。

「久しぶり散歩コースをもどした結果がゆっくりじゃよ! ポチ帰るぞ! そんなもん食ったら腹壊すだろうに」
「わんわんわん!」

一人と一匹が土手を後にする。
後にはただ静寂とゆっくりの屍だけが残された。


おわり


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最終更新:2008年11月08日 12:41
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