ゆっくりいじめ系1592 戦場のゆっくり

 ゆっくりを低温度であぶりつづけると、臨界を迎えて爆発
することは有名である。
 とはいえ、外皮が薄いため、うまく破裂することは少ない。
だが技術の進歩はすさまじく、ゆっくりの加工、あるいは改
良ゆっくりを生み出すことにより、技術的問題を克服し、ゆ
っくりを軍事転用することが可能となった。
 所謂、悠(ゆっくり)式計画の成果である。

 悠式計画の最終目標は、巨大高機動ゆっくり母艦の開発で
ある。機動式ゆっくりは、複数のゆっくり皮を連結し、内部
に餡を詰め込むことで生産される。従前では、機動的だとは
とても言えない出来であった。薄皮のため連続運用に堪えら
れず、常に分解整備を必要とするため、コストが尋常でなく
跳ね上がるのだ。連結部分も脆弱なため、防禦力が薄く、そ
のため攻撃や運動性が著しく低い。これならば、軽歩兵ゆっ
くりを直接投げつけたほうが、現場の効果は期待できる。
 だが悠式機動ゆっくりは、ただ餡を皮で包んだ、でかマン
ジュウとはコンセプトがまったく異なる。機敏に、かつ重厚
な攻撃力を目的に開発されるのだ。ブロックごとに皮で包ん
だ餡と、その中で個別に連動させる乖離型ゆれまり機関はか
つてない繊細さと力強さを発揮出来る。電子連動された餡核
同士が密接に疑似ニューロネットワークを作り上げることに
より、簡易的ではあるが量子演算と疑似人格を持たせること
が出来る。統一的かつ機能的に、すなわちまさしく機動的な
運用が行われることになる。
 国がいくつか傾くほどの予算と時間を費やして――実際に
傾きすぎていることは置いておく――、ついに開発が終了したのだ。

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 「ってことに、なっているわけだが!」
 俺は嘆息して、実験場に詰まれたくず山を見上げた。
 「もしかしてこの腐った餡の山がその高機動なんちゃら
じゃあありませんよね?」
 俺の嫌味な視線を軽くいなして、尊敬すべき偉大なる上
官は受け答えた。
 「いいかね、我らの敵はあまりにも強大だ。だからこそ、
この計画に期待が集められ、そしてついでに金を集められ
たのだ。悪鬼殲滅こそが至上目的であって、つまり敵国を
滅ぼすのが我らの使命なのだが」
 ゆっくりの加工工程について書かれた原稿用紙を何枚か
摘み上げながら、続ける上官。
 「……なんとか来週までに殲滅してくれんかね」


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 「ゆっくり! ゆっくりだよ!」
 「わー! ゆっくり出来るよぉー!」
 次々と空を舞うゆっくり達。
 基地からは盛大な拍手と、壮行の万歳が行われていた。
 「ゆっくりー! ゆっくりしてくるからねー!」
 「ゆー、ゆー♪ 空、ゆっくりだー♪」
 数千、数万にも及ぶゆっくりの飛行編隊は、風の向く
まま流されていった。

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 「少し、寒いね! でも空高いんだね!」
 基地から飛び立ち、数十分程。
 ゆっくりよりもよりゆっくりした気球に括り付けら
れたゆっくり達は、快適な空の旅を楽しんでいた。振
り落ちないよう、台座ではなく、銅板にすっぽりと包
まれたゆっくり達は、ちとせゆっくりのように滑稽で
はあったが、気にする者はいなかった。
 また銅版は微弱だが電波を送受信出来るため、互い
のゆっくりがおしゃべりするのに何も問題はなかった。
 「でも少し怖いね! ゆっくりできるかな!」
 「大丈夫だよ、だってこんなに気持ちいいもん!
 れいむなんだかゆっくり眠いかも……」
 ゆわーっ、と大きくあくびをして、ゆっくりと寝入
り始めるゆっくり達。
 気球は空を飛びつづける。

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 「さむ……ゆっく、さむぃ……」
 「寒いねえ……でも、オヒサマきれー」
 現在の高度は約2000メートル。
 夏場とは言え、流石に寒さが身にしみ始める高度だ。
 「白い海だよ! 寒いけどゆっくりできるよ!」
 雲海の狭間に沈む夕日は、どこまでも幻想的で、
そしてゆっくりであった。
 「ゆっくりしていくね! でも寒いね!」

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 がちがちと震えが止まらない。
 真っ暗な世界で、ゆっくりの身をまとう銅板が、
容赦なく体温を奪ってゆく。叩き付ける強すぎる
風に煽られ、翻弄されながら飛んでゆくゆっくり達。
 高度8000メートル。極寒の世界だ。
 「ゆっぅっ! さっ!! む゛ううう!」
 「うぎゃああああ! だずげでえええ! だず
げえええ!」
 「どうじでごんなー! あ゛あ゛あ゛!!」
 穏やかな気候の下で育てられた彼女達は、10
度を下回る世界ですら極寒となる。ましてや、零
下20度だなんて、「これぞまさしく冷夏だね!
」と言うギャグを放つ気力すら奪う程に寒い。
 ばりばりとした冷気は、ゆっくり達を蝕んでゆく。
 ゆっくり、ゆっくり。

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 「いだいいいいいいいいいいいいいい!」
 ゆっくりのだれかが叫ぶ。
 乾ききったこの世界で、あまりにも寒い空の上
で、さらに冷たく光る銅版は、ゆっくりの後頭部
を裂き始めた。冷たくなった銅版は、ゆっくりと
中身を締め上げ、また冷気は皮膚を冷たく焼き切
る。びり、びりいと音が聞こえて来るような程、
今までにない悲痛な表情を浮かべるゆっくり。
 「も゛れっ! やあああああ!」
 側頭部から後頭部にかけて、ぴっちりと銅版に
覆われているため、中身が漏れることはないのだ
が、ゆっくり達にわかるはずもない。
 後頭部の避けるゆっくりの数は次第に増えてゆ
き、ある者は白目を向き、ある者は虚ろに笑いな
がら、空の旅は続く。
 暗い海の空高くに輝く三日月は、そこに住まう
者のように笑っているようだった。

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 「……ゆ?」
 暖かい。
 先ほどから、寒いのは変らないが、少し暖かく
なってきていた。雲の切れ目から見える青い海は、
夜とは一転して輝いて見えた。時刻は昼より少し
前だろうか。
 「あれ、ゆっくりできる!」
 「ゆー! ゆーっく!」
 「きっと、基地のおにいさん達が助けてくれた
んだよ!」
 誰かが気が付いたように叫ぶ。
 「おにーさん、ありがとー! ゆっくりできる
よー!」
 「ゆっくりー♪」
 ゆっくりし始めたゆっくり達は、ゆっくり出来
たため裂けた後頭部も癒えてきたようだ。

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 「あ゛づいいいい! あづ、ゆ、寒あづいいい!」
 遮るもののない中空で、太陽光を存分に吸収した
銅版は、くるまっているゆっくり達を熱で苛んでいた。
また、ゆっくりの上に設置された発熱装置自体が、
更なる熱を生み出していた。
 「ゆ゛ふううううう! ぶぐううう!」
 「ゆっぐりじだ、ぐうううう」
 全員が顔を真っ赤にさせ、くちをぱくぱくとさせている。
 泡を吹いて気絶できた者は幸せだろう。

 ふと、陸地が見えた。
 「ゆっくり! ゆっぐりでぎるがなあああ!」
 ゆっくり飛行船団は、ゆっくりと陸地を横断し始めた。

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 「ちゃくちー! もうすぐちゃくちだよー!」
 熱は大分収まったようだ。
 ほとんどのゆっくりは起き出して、始めてみる異国
の町並みを見下ろした。
 「綺麗だねー!」
 「ゆっくりできるね!」
 「ゆっくりしていってね!」
 こちらを見上げる人々に向かって、みんなで挨拶を交わす。
 「ぱれーどだー♪」
 先頭のゆっくりが、こちらに向かってくる軍隊に気が付いた。
 「どこどこ?」
 「ゆっくりできる?」
 突然、銅版が灼熱の輝きを発した。
 「う? う゛、……うぎゃああああああああづびい
いいいいいいいいいっくりいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいぎゃぶっ」
 高度計と時限装置の組み合わせられた発熱装置が、
最後の燃焼を開始し、ゆっくりの最終臨海を導いた。
大きな爆風は、まだ遠かったため町並みを少し揺らし
ただけに過ぎなかったが、ゆっくり達の心は千路にかき乱された。

 どおうん!

 断末魔と共に、爆発音がそこかしこで湧き上がる。
逃げ惑う人々。
 だがゆっくりが逃げることは出来ない。
 ゆっくりが逃げることは、出来ないのだ。
 「やだああ! ゆっぐりでぎな゛っ!!」
 防衛部隊に狙撃され、一瞬で絶命したゆっくりは、
爆散することなく地上に降り立った。恐慌は、数キ
ロに渡って続くゆっくり飛行船団の末尾にまで広がった。
 あと十数分で、運命を委ねなくてはならないこと
を理解しているゆっくりはいなかった。理解しても
無意味ではあったろう。
 二昼夜に及ぶ地獄の航行の末路が、灼熱の爆死か、
必殺の狙撃か。ただその二択しか待ち受けていないことなど。

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 大本営発表

 本日、悠式計画の最終段階である飛行船団ゆっく
り爆弾は、敵本土を焼き尽くし、悪鬼の心に拭えな
い恐怖を植え付けたことを報告する。
 これにより悠式計画は一応の成功を迎え、次の段階に進……

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最終更新:2008年11月24日 18:39
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