れいむはれいむとまりさの間に生まれた四番目の末子だ。
先に生まれた三匹の姉たちに続き、母の頭から生えた茎から落ち、潰れないように敷かれた藁の上で第一声を高らかに叫んだ。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
母たちは元気に生まれた子供たちの姿に感極まって涙を流し、子供の声に応える。
「ゆっくりしていってね!!!」
家族の始めての挨拶。れいむは嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。何故嬉しいのかもわからないほど嬉しかった。
彼女の姉妹たちも、最後に生まれた妹に嬉しそうに挨拶する。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!! まりちゃおねーちゃんだよ!」
「れいみゅ! ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「ゆゆ~ん。すっごくゆっくりしたあかちゃんだね!」
「こんなにかわいいあかちゃんたちがうまれてしあわせ~♪」
「おきゃーしゃん! おにゃかちゅいた!」
れいむの姉であるれいむが腹の音を鳴らしながら母に訴える。
そういえば、とれいむは生まれてから何も食べていなかったことに気付いた。
姉のまりさたちも腹の音を鳴らす。れいむ自身もお腹がとても空いていた。
「ゆゆっ! そうだね、ごはんにしようね!」
末子のれいむが生まれたことにより頭から落ちた茎を、母が口の中に含む。
子が実った茎は栄養満点かつほんのりと甘苦く、生まれた子の最初の食事としてこれ以上のものは無い。
ただ茎は固く、まだ噛む力の弱い子では噛み切ることができない。そのため母親が茎を噛んで柔らかくするのだ。
母親が茎をぺっと吐き出す。
「さあ、ゆっくりたべてね!」
「いちゃちゃきみゃーす!」
「ゆゆっ! おねーしゃんじゅるいよ! れいみゅもたべる!」
「おちびちゃんたち、あせらなくてもたくさんあるからね!」
「むーちゃむーちゃ、……ちあわちぇ~♪」
早速一口食べた次女まりさが、生まれて初めて食べる茎の美味しさに涙を流す。
れいむも口を大きく開けて茎にかぶりつく。
「むーちゃ、むーちゃ……」
茎を噛めば噛むほど、ほんのりとした苦味が口の中に広がり、やがて苦味が甘さに変わっていく。
これが食べるということ。これが美味しいということ。
「ちあわちぇ~♪」
初めての食事に、れいむは涙を流して高らかに叫んだ。
食事が終わって腹を満たせば、次は親子のスキンシップ。
自分よりも何倍も大きい母に頬ずりする。
「しゅーりしゅーり♪ ちあわちぇ~」
「すーりすーり♪ しあわせ~」
肌を合わせるたびにれいむの体の奥が暖かくなっていく。
今の自分は物凄くゆっくりしていると感じられる。
それは母も同じようで、れいむに応じるように、ゆっくりと頬ずりし返す。
「れいみゅ、まりしゃとしゅーりしゅーりしよう!」
姉のまりさが後ろから声をかけ、返事をもらう前にれいむに頬ずりをした。
れいむは驚いたが、姉からの頬ずりも暖かかった。
「ゆっ! まりしゃおねーしゃんもいっしょにしゅーりしゅーりしゅるよ♪」
れいむはやがて目の裏が重くなっていることに気付いた。
「ゆぅ……れいみゅねみゅくなっちぇきちゃよ……」
「ゆっ! そろそろおねむのじかんだね! おふとんをひこうね!」
そう言って母は藁を敷き直して、そこにれいむを置く。固い地面で寝るよりも藁の方が気持ちがいいのは獣もゆっくりも同じである。
「ゆっ! まりしゃはみゃだねみゅくにゃいよ! もっちょ……ゆひゅぁ……あしょびちゃいよ……」
次女のまりさがそう言うが、れいむ以上に眠そうだ。
母は笑って、まりさも藁の上に乗せた。
「きょうはもうおやすみして、あしたたくさんあそぼうね!」
「おちびちゃんたち、ゆっくりおやすみなさい!」
「ゆぅ~」
「おやしゅみなしゃい……」
れいむが生まれて初めて見た夢は、家族と一緒に広大な草原でゆっくりする、とても幸せな夢だった。
翌日、れいむは母の声でゆっくりと目を覚ました。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆぅ~……? ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!! れいみゅはにぇぼしゅけしゃんだね!」
他の姉妹たちは既に起きていたようだ。
寝ぼけ眼で巣の中を見渡すと、親まりさの姿が無い。
「おきゃーしゃん、ぱぱがいにゃいよ?」
「ぱぱはかりにいってるんだよ! おいしいあさごはんをもってきてくれるからゆっくりまってね!」
「ゆゆっ! あしゃごはん!」
寝ぼけていた頭が一瞬ですっきりした。
「おきゃーしゃん! おねーしゃん! ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
笑顔の朝。
「それじゃあぱぱがかえってくるまでおうたをうたおうね!」
「おうたはゆっくちできるの?」
「ゆっくりできるよ! おかーさんがまずおうたをうたうから、おちびちゃんたちはゆっくりきいてね!」
「わきゃったよ!」
「それじゃあいくよ! ゆ~ゆゆ~ゆ~♪ ゆゆっゆゆ~♪」
親れいむの口から流れる言葉は、まだ幼いれいむの心に懐かしさをかもし出す。
昨日頬ずりしたような暖かさが、母の歌を聞いていると体の奥から湧いてくるのだ。
「しゅごくゆっくちてきりゅよ! おきゃーしん、おうたしゃんはゆっくちできりゅね!」
れいむがそう言うと、次女まりさが一跳ねして言った。
「まりしゃもおうたしゃんうたいちゃいよ!」
「それじゃあみんな! いっしょにうたおうね!」
「ゆっくち!」
「ゆ~ゆゆ~ゆ~♪」
『ゆ~ゆゆ~ゆ~♪』
「ゆゆっゆゆ~♪」
『ゆゆっゆゆ~♪』
「ゆっ! すごくゆっくりしてるおうただね!」
「ゆっ! ぱぱがかえってきちゃよ!」
帽子を膨らませて、親まりさが巣に戻ってきた。
「ぱぱー! あしゃごはんはやきゅちょうだい!」
「ゆふふっ、れいむはくいしんぼうさんだね! それじゃあごはんにするからてーぶるをひかなきゃね!」
「おちびちゃんもてつだってね!」
大きな葉を口にくわえながら親れいむが言う。
葉をテーブル代わりに地面に敷き、そこに親まりさがとってきた食料を置いていった。
「ゆっ! たくしゃんありゅよ! たべきりぇにゃいよ!」
「たべきれないぶんはほぞんしておひるごはんにするんだよ! それじゃあゆっくりたべようね!」
「ゆっくりいただきます!」
『ゆっくちいちゃだきみゃす!』
親まりさの持ってきた食料はどれもこれもれいむの初めて食べるものばかりで、一つ口にするたびに口の中に味が広がっていく。
新芽、花、芋虫、茸。何を食べても、
「ちあわちぇ~♪」
という言葉しか出てこない。
子供たちのお腹がいっぱいになり、食べきれなくなった頃には、親まりさが集めた食料は半分になっていた。
「おにゃかいっぱい~」
「たくさんたべたね! ゆっ、おくちがよごれてるよ! ゆっくりきれいにしようね! ぺーろぺーろ♪」
「ゆふっ! くしゅぐっちゃいよおきゃーしゃん♪」
「ゆっ、まりしゃもぺーろぺーろしちぇね!」
「れいみゅもー!」
「ゆふふ、じゅんばんだよ!」
腹が満たされた後はみんなで遊ぶ時間。
れいむは次女まりさと追いかけっこをしたり。
姉れいむと今日教わったばかりの歌を歌ったり。
長女まりさと頬ずりをしたり。
親まりさの帽子の上に登ったり。
親れいむの髪に埋もれて昼寝をしたり。
腹が空いたらお昼ごはん。
朝食べ切れなかった分を食べきって、口についた食べかすは母になめ取ってもらう。
親まりさは晩ごはんをとりに狩りへ行き、れいむはまた姉妹たちと遊び始めた。
ああ、嬉しい。
れいむは心の底から叫んだ。
「ちあわちぇ~!」
* * * * * *
「感想を聞きたいんだ」
「…………」
「君は生まれたときから一人ぼっちだ。目が覚めても母親はおらず、姉妹もいない。挨拶をしても誰も応えてくれない」
「…………」
「生まれて初めて食べたものは味も何も無いサプリメントだ。ぱさぱさとしていて、あの茎のようなみずみずしさは無い」
「…………」
「頬ずりする相手もおらず、壁を相手にしようとも壁は壁だ。……ガラスの壁は暖かくもなんともなかったろう」
「…………」
「夜は固い地面で眠ったね。ガラスの床は冷たくて固くて、一緒に寝る相手は誰もいない」
「…………」
「永遠亭から取り寄せた胡蝶夢丸ナイトメアはどうだった? いい夢は見れたかな」
「…………」
「朝目覚めればそこは変わり映えの無いガラスの部屋。もちろん周りには誰もいない」
「…………」
「歌なんて、今初めて聞いたんだろう」
「…………」
「朝ごはんはやっぱり味の無いぱさぱさしたサプリメント」
「…………」
「口についた食べかすを舐め取ってくれる人なんていない。仕方が無いから自分で舐め取ったんだっけ」
「…………」
「追いかけっこをしようにも、追う相手も追われる相手もいない」
「…………」
「母親の姿を幻視しようとしていたね。その度に私が君に現実を見せてあげた。ゆっくりと語りかけてあげたよね」
「…………」
「おっと、そういえば君、去勢したよね。もう君は子を成すことはできなくなってたよね」
「…………」
「ねぇ、感想を聞きたいんだ。頑張って撮影したんだよ」
「…………」
「このビデオは愛で派の人にも楽しめるようにしたつもりだし、虐待派の人は虐待に使えるし燃料にもなると思う」
「…………」
「だから、感想が聞きたいんだ。ほかならぬ君に感想が聞きたいんだ」
ビデオは幸せな子れいむの姿を映し続ける。
親から生きていくための知識を学んで、ゆっくりと成長していく。
やがて独り立ちして、あるドスまりさの群れに加わることになる。
その群れの参謀ぱちゅりーのつがいとなったれいむはやがて五つの実を生やす。
かつて子供だったれいむが、新たな命を宿すまでのドキュメンタリー。
「君は、このビデオを見てどう思った? 率直な感想を教えてくれ」
抱えているガラスの箱に入った子れいむに語りかけながら、私はビデオを巻き戻す。
もう一度見せれば、このれいむも何か感想を言ってくれるだろうか。
何も言わず涙を流すれいむを見ながら、私は再び再生ボタンを押した。
ども、EGSと名乗りつつも田吾作の人といったほうがわかりやすいかもしれない奴です。
ぬるくいじめてみた。
疲れた。
レポート書かなきゃ。
他人の不幸は蜜の味、なら他人の幸福は?
最終更新:2008年12月09日 18:16