ゆっくりいじめ系1678 その男、「狂」暴につき

その男、「狂」暴につき


 その男は、町外れにある一軒家に一人住んでいた。
その家はまだ20台半ばの男が住むには少々大きすぎ、古めかしすぎる佇まいだ。
だが、昨年亡くなった両親が遺してくれた家であり、生まれてからずっと住んできた家である。
この年で一軒家を維持するのは少々厳しいが、長年暮らした愛着と唯一の遺産と言うこともあり男は一人この家に住み続けている。
 そんな男、近所(とは言っても、一番近い隣人の家まで10分は歩かなければならないが)では評判の好青年だ。
物腰は柔らかく、いつも笑みを絶やさない。地区の寄り合いや催しにも積極的に参加し、尚且つ過疎化が叫ばれる
この町を出るどころか両親が遺した家を一生懸命維持しているとあっては、中高年が好印象を抱かないわけがない。
年寄り連中は、その男に見合いの席でも一つ設けよう、と言う会話を交わすのが最近の決まりごとになっていた。

 そんな男がとっくに日が変わった深夜に帰宅した。男は車で一時間ほどの所にあるソフト会社に勤務している。
IT土方、と揶揄されるこの業界の例に漏れず、男は激務の中に身をおいていた。最近は納期が近いこともあり、
土曜の出勤は当たり前、日曜日もろくに休めない状況が続いている。
車を下り、ネクタイを緩めながら鍵穴に鍵を差し込み、回そうとしたが、自分が望んだ方向に鍵穴が回らない。
首をひねりながら扉に手をかけると鍵はかかっていないことを証明するように開いた。男はひとつ舌打ちをして、
寝坊しあわてて家を出た今朝の自分を責めた。
とはいえ、鍵をかけ忘れたとはいえ、のどかな田舎町だ。鍵をかけてない家など珍しくないし、
泥棒が出たと言う話も聞かない。大して気に留めず家の中に足を踏み入れた瞬間、男は絶句した。
 下駄箱の上に飾っていた花は玄関にぶちまけられ、見るも無残な姿になっている。
敷いていたクロスも泥にまみれたうえ、引きちぎられている。男は金魚のように
口をパクパクと開閉し、しばし呆然とした後にあわてて居間に駆け込み、絶句した。
 居間にはバスケットボール大のゆっくりれいむとゆっくりまりさが男の父が大切に、
そして自慢していたマホガニー製のテーブルの上に鎮座し、眠っていた。
「ゆぅ……ゆぅ」
「ゆふん……ゆぅ」
 男は言葉も出ない。目の前の生物が「ゆっくり」と呼ばれる生き物だと言うことは知っている。
この田舎町では農業を営むものが大勢おり、彼らにとってはゆっくりは害獣以外何者でもない。
今朝も、芋穴に保存しておいたサツマイモを食い荒らされたと言う憎憎しい愚痴を聞いたばかりだ。
 そんなゆっくりは、人間の家屋に侵入し住み着こうとする事件も時々見られた。
前述したとおり、このあたりでは鍵をかけない家も数多く見られるがそんな家を狙って
ゆっくりが侵入する事件が発生している。そんなとこもあり、最近ではこのあたりでも
鍵をかける習慣が身に付きつつあった。
 辺りを見回した男は、部屋の被害状況に目をしかめ顔を伏せた後、声を上げた。
「おい、起きろ」
 声をかけたが、起きる気配がない。ため息をひとつつき、2匹が眠るテーブルの上に手のひらを落とした。
バシン、と大きな音が鳴り響き、2匹がびくっと体を震わせ目を覚ました。
「ゆ、うるさいよ……ゆぅ」
 れいむのほうは寝起きが悪いのか、目を覚ましてもあらぬ方向をボーっと見つめていた。
「ゆゆ、にんげん! ここはれいむとまりさのおうちだよ! ゆっくりしないででていってね!」
 まりさのほうはそれなりに危機意識があるようだ。目が覚めた瞬間に男に噛み付く。
これが俗に「おうち宣言」と言われるやつなのか、と男は怒りを抑えながら思った。
「違う。ここは俺の家。さっさと出て行ってくれ。まったく、こんなに散らかして……」
「ちがうよ! ここはまりさがみつけたからまりさたちのものだよ! おじさんはゆっくりでていってね!」
 男の言葉をさえぎってまりさは自分の主張を男にぶつける。
そして、その叫び声にさすがのれいむも目が覚めたようでまりさに追随する。
「そうだよ! さっさとでていってね!」
 男は大きくため息をついた。世の中にはゆっくりを虐待する嗜好を持つ人間、
通称『虐待お兄さん』と呼ばれる人種が居る。今まで男はそういった人種の思考が
理解できなかったが、彼らの気持ちが若干わかる気がした。
 とは言え、男はそこで虐待に踏み切るほどタガの外れた人間でもなかった。
所詮ゆっくりは野生動物。人語をしゃべり、ある程度の意思疎通ができるとは言え
同じレベルで会話をしようとしても不毛なだけである。そう男は思い、並んで男を
威嚇するに引きの髪の毛を掴んで持ち上げた。
「ゆゆ! いたいよ! ゆっくりしないではなしてね!」
「どうしてこんなことするのぉぉぉ!」
 まりさは突然の仕打ちに声を荒げ、れいむは髪を引っ張られる痛みに涙を流す。
男はそれを無視し、玄関の扉を開けて二人を外へと放り投げた。
「ゆびっ!」
「ゆべっ!」
 地面にたたきつけられた拍子に二人そろって鈍い声を漏らす。それと同時に、男は扉に鍵をかけ、踵を返した。
「さて、ざっとだけ掃除して寝よう……」
「かえして! まりさたちのおうちかえして!」
「ゆっくりしないであけてね! あけてね!」
 一人暮らしに特有の癖である独り言をもらしたとき、扉から鈍い音が聞こえる。
どうやら、放り出したゆっくりたちが扉に体当たりを試みているようだった。
冒頭で述べたとおり、近所に家はないため迷惑にはならないだろうが、あまりの五月蝿さに眉をしかめた。
「おじさんはしね! まりさたちのおうちからでていってゆっくりしね!」
「ゆっくりしんでね!」
 再び怒りが湧き上がるが、無視を決め込み掃除を始めた。幸い、
物損被害は玄関のクロスと数点の雑誌ぐらいであった。残りは掃除をすれば何とかなるレベルである。
食料の被害も、山盛りのみかんで満足したようで冷蔵庫などに被害はなかった。
雑巾と箒を持ち出し、簡単に掃除を始める。父が大切にしていたテーブルは泥とみかんの汁で
ベタベタになっており、それを掃除しているさなかはかなり腹が立ったが不毛だと思い黙って掃除を続けた。
「あけて! おねがいだからあけてね!」
「よるのおそとはいやだよ! おねがいだからあけて!」
 そんな最中でも外の2匹は必死で叫んでいた。最初は高圧的だった叫びもだんだん自信なさげに
必死な様相が浮かんでくる。それでも男は無視し続けたが、次に聞こえたゆっくりの言葉に重い腰を上げた。
「おねがいでずぅぅぅぅ。れいむのおながのながにばあがぢゃんがいるんでずぅぅぅぅ」
「おねがいだがらあげでねぇぇぇぇ」
 身重だったのか、と男は思った。確かに身重の妻を連れて野生動物が闊歩する夜の山に
帰るのは非常にリスクが高いだろう。はぁ、とひとつため息をつき玄関に散らばった
花瓶のかけらを拾い集めたあと、扉を開けた。
「ゆ!? おじさんやっとでてきたね! さっさと」
「一晩だけ泊めてやる」
 相手の流儀に則って、台詞をさえぎって自分の意思のみを伝える。
まりさは5秒ほどぽかんとして、再び反論する。
「なにいってるの!? ここはまりさたちの」
「じゃあ帰れ」
 相手が言い終わるのを待たず、扉を閉めた。すると、途端にわめきだした。
「ごべんなざいいいいぃぃぃぃ! ばりざがわるがっだでずぅぅぅ」
「あげでぐだじゃいいいいいい!」
 やれやれ、と再びため息をつき、男は再び扉を開けた。

 結局、その後も多少揉めたが一晩だけ泊める、というところで話は落ち着いた。
使っていない客間に二人がぼろぼろにしたクロスを敷いた。野生のゆっくりには上等すぎる寝床だろう。
「んじゃ、明日の朝になったら出て行けよ」
「ゆっくりりかいしたよ……」
「りかいしてるよ……」
 男の言葉に若干不満そうな2匹だが、ここまでのやり取りでこれ以上ゴネても
仕方がないということをイヤと言うほど味わっているため、男の言葉に同意した。
「うげ、こんな時間かよ……じゃ、俺も寝るから。お前らは勝手にゆっくりしてろ」
 そう言い残し、男は客間と玄関をはさんで対面にある仏間に布団を敷いた。
普段は居間で雑魚寝をしているが、まだ汚れている居間で寝る気は起こらなかった。
時間は12時間逆転すれば子供が喜ぶおやつの時間になっていた。
「ゆゆ、まりさ。あしたもおうちをさがさなきゃいけないし、れいむたちもねようね……」
 男を見送った後、散々騒いで疲れたのか弱弱しい声でパートナーを促した。
せっかく見つけた家は人間に奪い取られてしまったため、明日も朝から家探しをしなければならない。
れいむはそんなことを思いながら憂鬱な気持ちを引きずっていた。
「れいむ! そんなひつようはないよ!」
 まりさはニンマリと、その筋の趣味を持った人間なら途端にエキサイトするであろう笑みを浮かべた。
まりさの言葉にれいむは首をかしげる。
「きょうはれいむのいうとおりゆっくやすんで、あしたのあさにまだねてるおじさんをやっつけて、
こんどこそここをまりさたちのおうちにすればいんだよ!」
 まりさはおとなしくなった振りをしていたが、内心の反骨心は失っていなかった。
先ほどはうまいことやり込められたが、不意を付けば恐れるに足らない、
まりさはそう考えていた。そしてその考えにれいむも惚れ惚れ、と言った表情でまりさを褒め称えた。
「すごいね、さすがまりさだね! まりさだったらあのおじさんもらくしょうなんだね!」
「あたりまえだよ! あんなゆっくりできないおじさんなんてまりさにかかればいちころだよ!」
 その後2匹は男を倒した後の生活を語り合い、心を躍らせて眠りについた。

 早朝6時前、ゆっくりたちの朝は無駄に早くほぼ日の動きと同じ生活リズムを取っている。
昨夜は男にたたき起こされたため、少々睡眠不足だが染み付いた生活リズムはちょっとやそっとでは崩れない。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
 2匹はお互いに挨拶をしあい、お互いの健康を確かめ合った。
「それじゃあ」
「いこうね!」
 気合十分とばかりに2匹は男の部屋へ歩みを(足がないので歩みと呼んでいいのか疑問だが)進める。
「そろーりそろーり」
「そろーりそろーり」
 ゆっくり特有の擬音を口にする癖を発揮しながら男が眠っている仏間の前にたどり着く。
襖でさえぎられているが、さすがにゆっくりも襖を開ける程度のことはできる。体をすりつけ、
襖を開けると小さくいびきをかいた男が眠っている姿が見えた。
「れいむ、そこでゆっくりみていてね」
「まりさ、がんばってね!」
 愛する妻の応援に気力をみなぎらせ、男にすりより、体をぐっと縮こませたのち男に飛び掛った。
「ゆっくりしね!」
「ぐふっ!」
 まりさの渾身の跳躍は落下地点に男の鳩尾を選んだ。虚弱極まりないゆっくりだが、
物質である以上それなりの質量がある。バスケットボール大のあんこが詰まったものが
鳩尾に落ちてこれば、男が痛みを覚えるのは無理もないだろう。
ましてや、寝ているときで腹筋は緩んでいる状況だ。
「な、なにす、げ、や、やめ」
「ゆっくりしね! ゆっくりしね!」
 効いている、そう確信したまりさは男の鳩尾の上で力強く跳ねた。まりさの脳内には男を倒し、
家を手に居れ、れいむと可愛い子供に囲まれて他のゆっくりから信頼を集め、最終的には
ゆっくりの神とあがめられる、と言う都合がよすぎる未来を思い浮かべていた。
当然、その未来が訪れることは永久にないのだが。
 男は痛む腹をこらえて、跳ねているまりさの髪を掴んで壁に向かって投げつけた。
「ゆゆ、おそらを」
 とんでるみたい、と続くのが定石のようだがそれより前に壁と熱い抱擁を交わした。
「まりさぁぁぁぁぁぁぁ!」
 それを見ていたれいむがまりさに駆け寄る。まりさは目を回しているようでれいむは
必死にまりさの頬を舐めて気付けを施していた。男は咳き込みながらも立ち上がり、2匹を睨み付ける。
「お前ら! 何するんだ!」
 思わず大きな声が出る。れいむはビクッと体をすくませたがまりさはその声で
意識を取り戻したようで、再び男に向き合い、言い放った。
「おじさんはさっさとでていってね! ここはまりさとれいむのおうちにするよ! しにたくなかったらさっさとでていってね!」
 ゆっくりの言葉に思わずめまいを覚えた。恩を着せるつもりはなかったが、
一晩宿を貸した人間に礼を言うどころか家を乗っ取ろうとするとは男の理解を超えていた。
話ではゆっくりはこういう生物だと聞いていたが、見ると聞くとは違うとは
よく言ったものである。男が二の句を継げないでいると、まりさは言葉を続けた。
「こんなぼろっちいいえをまりさとれいむがつかってあげようとしているんだよ! さっさとりかいしてでていってね!」
 ぼろっちい家、と言う単語にピクリと眉が動いた。確かに家の築年数は古い。
父が建てた家は男の年齢を上回っている。だが、そんな家を男は必死で守ってきた。
思入れもあある。そんな家を侮辱されれば不快にならないわけがない。
「ゆ! おにいさんきいてるの! しにたいの? ばかなの?」
「ま、まりさ」
 れいむは男を侮辱するまりさを嗜めようとした。れいむはそれなりに感情の機微を悟れる
知恵があるようだ。男が激しく怒っていることを悟っているようだ。だが、まりさは気が付かない。
昨日男を見た第一印象であるおとなしい人間、と言う印象がこびりついて離れないのだろう。
多少強く出ても問題がないと思っている。
「でていかないならゆっくりしね!」
 そう叫んで男に体当たりをはじめる。ボス、とクッションがぶつかったような音が響いた。
さすがに不意打ちでもない限り男が痛がることはない。
だが、先ほど男を苦しめた印象が残っているまりさはその不毛な体当たりを繰り返した。
「しね! じじいはゆっくりしね」
 15回目の体当たりをそんな叫びとともに繰り出したまりさは、男が繰り出した平手打ちで吹き飛んだ。
 バフ、と言う鈍い音とともにまりさが転げまわる。
「ゆーーー!」
 ガン、と再び壁にあたり、ずるずると落下する。
「ったく、あまり調子にのるんじゃない。さっさと出てけ」
 はぁ、と昨日から何度目になるかわからないため息を吐いた。
「いぢゃいおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 だが、当のまりさはそれどころではないようでごろごろと転げまわっている。
れいむはその姿を見て必死になだめようとするが聞く耳を持たない。
「ま、まりさ! しっか」
「いぢゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 男はあまりの五月蝿さに思わず耳を押さえた。そのタイミングであった。
転げまわっているうち、部屋の隅においてある小さな仏壇に激突した。
「あっ、馬鹿」
 男は気づくのが遅れ、意識を向けたときには既に仏壇から位牌や花立や香炉がばらばらと落ちてくる。
「あーあ、たくもう……」
 仏壇の前で未だに泣いているまりさを尻目に散らばった荘厳具を拾い集める。
「ゆっ」
 そのとき、多少タイミングが送れて仏壇から写真立てが落ち、それがまりさの頭に当たった。
男はちょうど仏壇に背を向けており気が付かない。再びやってきた痛みにまりさは涙をこぼしながらも
その写真を覗きこむ。そこには年老いた老人の夫婦が移っており穏やかな笑みをたたえていた。
だが、まりさにとってそれは自分に痛い思いをさせた悪人にしか見えなかった。
「ゆ……ゆっくりできないじじいとばばあはしね!」
 そう叫んで床に落ちた写真立てに飛び乗り思い切り踏み潰した。
「……」
 そして、両親の写真を踏み潰すまりさの姿を男が見たのは同じタイミングだった。


 気が付いたときには、男の体が動いていた。写真を踏み潰すまりさの顔面につま先を食い込ませていた。
今までとは比べ物にならないほど激しい音を立てて壁に激突する。
「ゆ、ゆげ」
 あまりの衝撃に泣き喚くこともできず餡子を吐き出した。あまりの光景にれいむは呆然としている。
「ゆ、ゆぶ、ゆげ」
 うめき苦しむまりさに男はゆっくりと近寄りそして持ち上げた。
「お、おにいさん、やめて」
 意にも介さず、男はまりさの頬をつねりあげた。
「い、ひゃいよぉぉぉぉ! やめふぇぇぇぇぇぇ!」
 ぎりぎりと引き伸ばされる頬。それはつねると言う生易しいものではなかった。
男はまりさの頬を引きちぎろうとしている。れいむはそれに気づき止めようと駆け寄った。
「やめてあげてね! いたがっげぶっ!」
 声も聞きたくもないとばかりに男はれいむの下腹に蹴りを叩き込んだ。
妊娠している、と言う事実は知っているがそんなことは考えようともしなかった。
転げ周り、柱にぶつかったれいむは意識を失ったようで微妙に痙攣しながらも、起き上がらなかった。
「や、やめふぇね。れいむのおなかにふぁあかひゃんぎゃ……ゆぎぃぃぃ!」
 ブチ、と言う男が響いた。男は容赦なくまりさの頬を引きちぎり、地面にたたきつけた。
まりさは今まで経験のしたことのない痛みに泣き出そうとしたがそんなことは許さないと
ばかりに男の足がまりさの顔面に突き刺さった。
「おい、おとなしくしてりゃいい気になりやがってよ」
 下腹部を蹴る。穴の開いた頬から餡子がこぼれ、まりさがうめいた。
「手前らみたいな生きてる生ゴミがおうち、だと」
 ひざをつき髪の毛をひとふさ掴んで引きちぎった。
「生ゴミは生ゴミらしくコンポストはポリバケツの中にでも巣を作ってろよ。生きてる価値もない糞にも劣る蛆虫が……いや、蛆虫に失礼か」
 髪の毛を引きちぎった表紙に落ちた帽子を拾い上げる。そのとたん、うめくだけだったまりさが反応を示した。
「ま、まりさのぼうじ……がえ、じで」
 男は無言で足元に帽子をおいた。まりさは痛む体を引きずり帽子に近寄ろうとするが、男に強く蹴られる。
「何がまりさのぼうし、だ。その存在に何の意味もない糞饅頭が一丁前に飾り気だしてんじゃねぇよ」
「早く死ねよ生ゴミ。生きてるだけで不利益しかもたらせねぇ存在が」
「死ねよ」
「死ねってば」
「死ねって言ってるんだよ!」
 その後は、男はわけのわからない叫びをあげながらまりさを蹴りまわした。
最初はのろのろと帽子に近づこうとしたが最終的にはされるがままに蹴られ、声も上げなくなった。
「はぁ……ったく、こんなに汚しちまいやがって」
 数分後、多少の落ち着きを取り戻した男は部屋の惨状に顔をしかめた。まりさの破れた頬から
漏れ出した餡子があちこちに飛び散っており、汚れてしまっている。
男は思い出したようにまりさに踏まれてしわが寄った写真を拾い上げ、伸ばした後再び仏壇に飾った。
「まりさ! まりさしっかりしてね! ゆっくりしてね!」
「ゆ……ゆぶ。で、でいぶ……」
 その傍らでは意識を取り戻したれいむがもはや10分前の面影がまったくないまりさにすがりつき、泣いていた。
「おにいさん! まりさをたすけてね! ゆっくりしないでたすけてね!」
 涙を流し、必死に助けを請うその姿に男の心にぞわり、と得体の知れない感情が湧き上がった。
にやり、と口元に笑みを浮かべ踵を返し、キッチンへと歩みを進めた。
「ゆ!? おにいさんどこへいくの!! おねがいだからまりさをたすけぐべぇ!」
 すがり付いてきたれいむを踵で軽く蹴る。鈍い悲鳴を上げて後ろに転がっていくれいむを背に
男はキッチンから、とあるプラスチックのボトルを手に再び2匹の元へ戻った。
 2匹の元へ戻るとれいむは再び助けて、と叫んだがそれを無視してボトルを脇に抱え、
枕元においておいたライターをポケットに入れ、右手にまりさとまりさの帽子、左手にれいむを抱えて庭へ降り立った。
「おにいさん、どこへいくの……?」
「ゆ、は、はなし、て」
 れいむは恐る恐ると言った感じで、多少痛みが和らいだまりさは震えながら言葉を発す。
男は庭に設置されている物干し台の前に立つとれいむを地面に投げ捨てる。
地面を転がるれいむには意識すら向けず、まりさを掴んだ手を大きく振りかぶり
物干し竿の先端部分にまりさを思い切り突き刺した。
「ゆぎぃぃぃぃぃぃ!」
 どこにそんな体力が残っていたのか、まりさは自分の右頬から生えてきた物干し竿に激痛を訴える悲鳴を上げた。
れいむはその姿を見るとあわててまりさの元に駆け寄ろうとしたが、ゆっくり程度の跳躍では半分にも届かない。
「おにいさん、たすけて! まりさをたすけて! まりさがしんじゃうよ!」
 ぴょんぴょんと跳ねながられいむが訴える。だが、当然男が聞き入れるわけもなく、
右脇に挟んでいたプラスチックのボトル――サラダ油のボトルを手に取り、惜しげもなくまりさに振りかけた。
「ぶ、ぷぇ、な、なに、ごれ。べだべだずるよ……」
 まりさは痛みに顔をしかめながらも自分に振りかけられた何かの感想を漏らした。
最初は体が溶ける恐れを抱いたが、それほど大量にかけられたわけでもなく問題はなかった。
だが、次に男がした行動に目を剥いた。
「ま、まりざのぼうじ……!?」
 サラダ油のボトルを地面に置いた男は左手に帽子、右手にポケットに入れていたライターを取り出すと、
無言で帽子に火をつけた。帽子の材質はわからなかったが、すぐに火がつき、
繊維質の燃える匂いがあたりに漂う。
「ま、まりざのぼうじがぁぁぁぁぁぁ、やめで、やめでよぉぉぉ! かえじでぇぇぇ!」
 もはや死に体の筈のまりさだったが自分の一部とも言える帽子が燃やされたことによって絶叫した。
ゆっくり種は共通して帽子や飾りがないとゆっくりできない、と言う特性がある。
帽子がないと場合によっては個体認識できない場合もあると言う。
そういう意味では、帽子がなくともお互いを思いあう2匹は深い絆で結ばれているとも言えた。
「そんなに返して欲しけりゃ返してやるよ」
 その絆も男がその言葉を発するまでだったが。

 男が火のついた帽子をまりさに放り投げた瞬間、まりさの全身は一気に火に包まれた。
「ゆぎゃああああああああああああああああああああああああ!
あぢゅいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 その悲鳴を聞き、ニヤニヤと笑いながら男はれいむを拾い上げ、正面に立った。
「でいぶぅぅぅぅ、だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 もはや配偶者を守ると言った義務感やプライドなどをかなぐり捨て、目の前のれいむに必死で助けを求めるまりさ。
「お、おにいさん! まりさが、まりさがもえてるよ! まりさがしんじゃうよ! たすけてね! おねがいだからたすけてね!」
 れいむは自分を拘束する手から必死に逃れようとじたばたともがくが、当然男は開放するわけもなく目の前の光景を見つめ続けた。
「あ、あぢゅ、あぢゅいよ……だ、だぢげ、で……」
 まりさの声がかすれていく。れいむは自分がどうにもできないこと、
自分を掴んでいる男がまりさを助ける意思がないことを悟り、現実から目をそらそうと目を閉じた。
「おい、何目閉じてるんだよ」
 だが、それを男が許さなかった。掴んでいる右手に力をこめる。
「やだぁ! もうやだよぉ! まりさぁ! まりさぁ! やだああああああああああ!」
 もはや半狂乱と言った感じでれいむは手の中で暴れまわる。その際でもれいむは目を開けようとしなかった。
男は少し考えた後、しばし悩んでこう告げた。
「見なきゃてめぇの腹の中に居る赤ん坊全部掻き出して踏み潰すぞ」
「ゆっ!?」
 れいむの動きが止まった。自分のおなかに居る子供はまりさとの間にできた初めての子供だ。
そして今、命が失われようとしているまりさとの絆の証でもある。ここでまりさに加え、
子供まで失ったらもはや自分は生きていけない。れいむは苦しそうなうめき声を上げてゆっくりと目を開いた。
「ほら、見ろよ。お前ら夫婦が人間の家を乗っ取ろうとするからこうなったんだ」
「お前ら馬鹿だよねぇ。山に居ればこうならずに済んで、家族全員でゆっくりできたのに」
「いや、お前も酷いねー。自分の夫見殺しとは。屑だね。いや、屑か」
「屑が人間の家に住もうだなんて馬鹿だろお前ら。救いようがねぇな」
 そういいながら男はげらげらと笑った。れいむはもはや何もいわず、涙を流しながら目の前の光景を見続けた。
もはやまりさは声を上げることもなく、真っ黒な消し炭のような有体だった。目をそらしたかったが、
その瞬間子供は殺される。歯を食いしばり、声を上げずれいむは耐えた。

 それは、まりさがの体が崩れ落ち、地面に叩きつけられて庭の染みになるまで続いた。

つづく




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最終更新:2008年12月09日 19:53
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