※注意
 現代
ゆっくりモノ。でも舞台は山奥。
 オリジナル設定あり。
 歯の無いゆっくり設定です。
 まりさの中身が黒ゴマのタレになってますが俺設定です。
 秋。
 山々は鮮やかに色付き、実り多きこの季節。
 気候も穏やかで食べ物もおいしい、過ごしやすい時期ですね。   
 しかし、動物たちにとっては危急存亡の秋。
 来たるべき冬に備えて、食べ物をこれでもかと集めなければいけません。
 秋は動物たちの戦いの季節なのです。
 世界の動物たちの生活苦をお茶の間にお届けするドキュメンタリー、
『地球・高みの見物』
 本日のテーマはこちら。
「ゆっくりしていってね!」
 そう、珍妙不可思議摩訶不思議和菓子、『ゆっくり』です。
 日本の豊かな山々には今でも、多くのゆっくりが生息しているのです。
 今日は皆さんとともに、ゆっくりたちの冬ごもりの様子を観察してみましょう。 
 ※
 ここは日本のとある山、――その中腹。
 登山道から離れた、人の手の入っていない山林です。
 11月に入るとすっかり肌寒くなって、虫たちは一足先に姿を消しました。
 紅葉も盛りを過ぎ、今は落葉の時期。羽のように舞い散る落ち葉が地面に降り積むと、
 カサ……カサ……という囁き声があちこちから聴こえてくるではありませんか。
 そんな絵葉書のような秋景色のなか、
 斜面にぽっかりと開いた巣穴がありました。
 ゆっくりの巣です。
 その巣穴から今、一匹のゆっくりまりさが飛び出してきましたよ?
「ゆーーーーっ!」
 まだ小さいまりさは、秋晴れの空を見上げて気持ちよさそうに伸びをすると、
 くりくりしたおめめでお空にあいさつをします。
「ゆっくりしていってね! ――ゆ゛っ!?」
 なんということでしょう。
 横合いから滑り込んできた小鳥が、まりさをくわえて飛び去ってしまいました。
「ゆ゛ぅぅぅぅ! おりょしてぇぇ!!」
 ぴちぴちとお尻をふって逃れようとするまりさ。
 しかし小鳥はくちばしの先にまりさをぶら下げたまますっ飛んでいきます。
 どこへ行こうというのでしょう。
 厨性能リモコンカメラで追ってみましょう。
 小鳥が目指したのは、少し離れた場所にある一本の木でした。
 羽ばたきながら空中に留まり、なにやら枝を捜していますよ?
 暴れていたまりさは、すでに危機感を忘れてお散歩気分です。
「ゆっ? ゆっ? おしょらをとんでるみた――い"っ…!?」
 なんということでしょう。
 電光石火の早業によってまりさは枝に串刺されてしまいました。
「ゆげぇっ! いぎぃ! いぢゃいよ!! おろじで!
 もうおうちかえりゅうぅぅぅぅ!!!!!」
 激痛のあまり悶絶するまりさ。
 なんとか逃れようと暴れますが枝が上下に揺れるばかり。
「ゆぎゅううういぢゃいぃ! うごがにゃいでしんじゃううううううぅぅぅ!!!」
 枝の揺れによって傷口は広がり、ゆっくりまりさの命ともいえる黒ゴマのタレが撥ね滴ります。
 そのことを理解したのか、それとも動けないほどに弱ったのか。
 たっぷり5分ほど苦しんだ後、まりさはようやく身動きを止めました。
 枝の動きが徐々に弱まって、やがて止まるまでにさらに30秒かかりました。
 そこには……。
「ゆ゛……、ゆ゛……」
 すでに虫の息。
 砂糖水の涙とゴマダレの血にまみれ、苦痛に悶える表情は赤黒く、
 ただただ中身を吐いてしまわないよう堪えることしかできない饅頭がそこにいました。
 元凶である小鳥は、そんなまりさを散々つつきまわした後、
 食べもせずに飛び去ってしまいました。
 どうやら、モズだったようです。
 モズには『はやにえ』と呼ばれる、餌を木の枝などに串刺して保管する習性があります。
 よくよく見渡してみれば、この辺りの枝々には何頭ものゆっくりが刺さって居ました。
 木の葉の降り積む音にかき消されてしまいそうな弱々しいうめき声が、
 そこかしこから聴こえてくるのがお分かりでしょうか?
 このまりさは助からないでしょう。
 我々にできることといえば、記憶力の悪さに定評のあるモズが、
 早贄にしたまりさの位置を忘れてしまわないよう、祈る事だけです。
 ※
 ゆっくりの巣に戻ってみましょう。
 巣の前にはゆっくりの家族が出揃っていました。
 1番大きな1頭は親まりさ。
 子まりさが2頭、子れいむが2頭。
 さきほどの子まりさも合わせれば、計6頭のゆっくり家族です。
「いーち、にーぃ、たくさん……。
 ゆ! みんなそろってるね! これからごはんをあつめにいくよ!」
 親まりさは子供たちの顔を見回して、満足そうに頷きました。
 子どもゆっくりが、その場で跳びはねながら騒ぎ立てます。
「ゆー! おにゃかすいたね!」
「れいむがいっぱいたべるよ!」
「まりさがさきだよ! おなかがすいたからみんなのぶんもむーしゃむーしゃするね!」
「ゆ! おかあしゃんはさっさとごはんをよういしてね!」
 どうやら、頭の足りないゆっくりたちは1頭足りないことに気づかなかったようです。
 親まりさを先頭に、今日の狩場へと向かいます。
 たどり着いたのは、巣から15メートルほど離れた林の中。
 木々に囲まれ、落ち葉の敷き詰められたそこは、ちょっとしたお庭のよう。
 ぱっと見ではわかりませんが、木の実もキノコも豊富にありそうです。
 落ち葉や木陰に隠れて、ゆっくりたちに探し出されるのを今か今かと待ち構えています。
「ゆっ! きょうはここでかりをするぜ! ごはんをここにあつめるんだぜ!」
 なれた様子で指示を出す親まりさ。
 子ゆっくりたちは飛び跳ねながら返事をします。
「「「ゆー! いっぱいたべるよ!」」」
 ゆーゆー喜びに沸く子ゆっくりたち。
 しかし親まりさは頬を膨らませると子どもたちを叱りつけます。
「まだたべちゃだめだぜ!!
 まずはふゆごもりのじゅんびがさきなんだぜ!
 かってにたべるわるいこにはおしおきだよ!」
「「「ゆー……。ゆっくり、りかいしたよ……」」」
 子供たちは不満そうな顔。
 しかしこの家族は親まりさの力が強く、表立って逆らうような子はいませんでした。
 ※
 数時間後、受け皿にと敷かれた大きな葉の上には山の幸がひしめいていました。
 艶めくドングリや肉厚の茸を中心に、クルミやマタタビ、アケビ、サルナシ、ケンポナシ……。
 見ているだけでうきうきしてしまう御馳走の数々です。
 元気よく跳ねていった子れいむが、どんぐりをくわえて戻ってきます。
 子まりさがころころと胡桃を押し転がしてきます。 
「ゆーー! おかあさんすごいよ!」
 子ゆっくりが騒ぎ出しました。
 親まりさがくわえてきたのは、柿ですね。
 根っからのスイーツであるゆっくり達にとって、
 あまあまの果実はこの上ないご馳走になります。
「「「やったね! きょうはごちそうだね!」」」
「もちろんだよ! かきさんはきょうじゅうにたべちゃうんだぜ!
 だからみんなもがんばってごはんをあつめるんだぜ!!」
 士気の上がった子ゆっくりたちは、おうたをゆんゆん歌いながら食料集めに精をだします。
 おや……?
 1頭だけ騒ぎに参加していない子まりさがいましたよ。
 木陰に隠れるようにして何やら怪しいそぶり。
 近づいてみましょう。
「そろーり、そろ~り……」
 地面に体を押し付け、高く上げたおしりをふりふり、はいずるようにして進む先には……。
 キノコがありました。
 赤くてイボイボしたキノコはそれなりに食いでがありそうです。
「これはまりさのなんだぜ……! だれにもわたさないよ!」
 つぶらな瞳をきらきらさせながら、独り占めをもくろんでいます。
「ごはんはみんなまりさのだぜ!
 まりさをゆっくりさせられないおかあさんはゆっくりはんせいしてね!
 むーしゃむーしゃ!」
 ためらいなくキノコにかぶりつきました。
 その途端、あまりの美味しさにほろりこぼれる涙。
 感動に打ち震えながら、子まりさは一心不乱にキノコを咀嚼します。
「ゆゅ~ん! しあわせ~!
 おいしいよ! このきのこすごくゆっくりしてる!
 これはきっとまつたけだね!」
 ベニテングダケです。
 有名なこの毒キノコは、意外にも強烈な旨み成分を含んでいます。
 しかし、旨み成分の正体は毒素の一つイボテン酸。
 食べれば急性アルコール中毒にも似た症状を引き起こします。
 まりさにも、さっそく効果が現れたようです。
「む~しゃ……、ふぅ、む~しゃ……、ゆぅ……」
 まりさはキノコを食べながら、よだれを垂れ流していました。
 目からは涙がとめどなく溢れ、体の表面からは汗らしき砂糖水が噴き出しました。
 とてもダルそうです。
「おいしくないんだぜ……。
 これが『ひとりでたべるごはんはおいしくない』ってことなのぜ……?
 やっぱり、みんなといっしょにごはんにすればよかったね……」
 子まりさは食べかけのキノコを放置して、家族の下に戻ろうとしました。
 するとどうでしょう。
 横倒しに地に転がり、そのまま動けなくなってしまいます。
「ゆ? ゆ……? どういうことなの……?
 めまいがするぜ……はきけもだぜ……この、まりさが、きぶんがわるいのぜ……?」
 混乱するまりさ。そこにお姉さんれいむが通りかかります。
「まりさー! どうしてねてるの! おかあさんにおこられるよ! ぷんぷん!」
「ゆんゆんゆんゆんゆんゆんゆんゆんゆんゆん」
「まり、さ……?」
 子まりさは横に転がったまま、細かく痙攣していました。
 半開きの口からゆるゆると唾液を垂れ流しています。
 目は虚ろ。力ない微笑みを浮かべる表情には生気が感じられません。
 完全な前後不覚です。
「ゆー! おかーしゃーん!! まりさが……」
 あわてて呼んだ子れいむのもとに、親まりさと子供達が駆けつけます。
 痙攣する子まりさを見下ろすなり、親まりさは言いました。
「どくきのこをたべたね! もうたすからないよ!」
「どぼじでぞんなごどいうの! たすけてね! いもうちょまりさをだずげで!」
「おかあさんはたすけないよ!」
「「「ゆうぅ!! どぼじで!??」」」
 とりみだす子ゆっくりをよそに、親まりさは冷酷なまでに冷静でした。
 中毒を起こして横たわる子まりさを、無表情に見下ろします。
「このこは、だまってつまみぐいをしたんだぜ。
 いいつけをまもっていれば、おうちでゆっくりたべられたのに……。
 みんなよくみておいてね。わるいこはくるしんでしぬのぜ」
 子ゆっくりたちは息を呑み、身を寄せ合いました。
 家族に取り囲まれたまま、つまみぐいした子まりさは痙攣を繰り返します。
「おがあひゃんたしゅけれ、みふれないれね……」
 ろれつの回らない声で助けを求めては、
 しゃっくりのような痙攣を繰り返し続け、
 後から後から湧いて出るガムシロップの汗に塗れながら、
 子まりさはゆっくりと衰弱していきました。
「このぐず! きのこにゆっくりできなくされるなんて、ばかなこだね!」
「ゆぅ……! どぼじで、ぞんなごどいうのほ……」
「おまえが! ゆっくりできないわるいこだからだよ!」
「ゆ、ぅ……。ごべんだたい……。もう、……しにゃいきゃら……」
 親まりさは死に行く子まりさに罵倒を続け、
 子まりさは絶望と苦悶に抱かれたまま、
 最後は『ぱぴぷぺぽ』と繰り返すだけの生物に成り果てました。
「……ほかのこどもたちは、あつめたごはんをおうちまではこんでね」
「「「ゆっ……! ゆっくり、りかいしたよ……」」」
 子供たちは言いつけを守り、餌を口に含んで巣へと運び始めます。
 子ゆっくり達がいなくなると、親まりさは枯葉を集めて、
 壊れた子まりさの上に被せていきました。
 ※
 集めた餌を口に入れて運ぶ方法はとても効率が悪く、
 親まりさが帽子に入れて運べる分を合わせても、
 何往復もしなければなりませんでした。
 ゆ! ゆ! と鳴きながら巣穴に飛び込んだゆっくりは、
 部屋の奥にある食料広場に餌を吐きためていきます。
 しかし……。
「どうしたのぜ? はやくたべものをはきだすんだぜ!」
「ゆ……、ゆぅ~~! でてこないよ!」
 子れいむの1頭が、運んでくる最中に食べ物をむーしゃしてしまった様です。
 跳ねて動くゆっくりが口の中に物を入れて運べば、そういうこともあるでしょう。
 まさかのミスに涙目になる子れいむを、親まりさは許しませんでした。
「ずるをしたね! ゆっくりしないで、もどってごはんをさがしてくるんだぜ!」
「ゆ゛!? わかったよ! おがあざんもてづだってね!」
「いやだね! ひとりでやるんだよ! できないのならでていってね!」
 ぐずる子れいむを突き飛ばして巣の外に放り出しました。
 あわてて巣に戻ろうとするれいむですが、
 ふくらんで入り口をふさぐ親まりさに阻まれて入れません。
 しばらくするとあきらめて、泣く泣く森の奥へと消えていきました。
 親まりさは、わが子の後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、
 巣の中へと引き返していきました。
 ※
 自然は非情の世界です。
 その自然界に生きる野生動物は、子供といえど甘えは許されません。
 最弱の名をほしいままにするゆっくりともなれば、尚更です。
 知恵のあるゆっくりは、
冬篭りの時期になると子供たちを間引きます。
 賢く従順なゆっくりを生かし、ぐずで反抗的なゆっくりを切り捨てます。
 そうして群れを縮小し、生存の確率を高めるのです。
 一見残酷なようですが、未熟な子どもたちを越冬させるのは至難の業。
 それができるのは、このような厳しさを持った親ゆっくりなのです。
 ※
「ゆ……。おかしいよ……」
 親まりさはおひるね中の子ども達を数えて、気づいてしまいました。
 今日1頭死んで、1頭追い出し、
 巣に残っているのは、たったの2頭……。
 本当はもっとたくさんいたのです。
 つがいの親れいむが筍を踏んで貫かれ、
 手をこまねいているうちに青竹となった筍に乗って天に召されて以来、
 親まりさはまりさ手一つで子ども達を育てました。
 いち、に、たくさん……。たくさんのたくさん。
 にぎやかなほどのたくさんの子ども達がいたはずなのです。
 春が過ぎ、夏が来て、秋となり、冬を前にして
 たった2頭。
 気づかぬうちにごっそりと居なくなっていたことに、親まりさは愕然としました。
「ゆぅ……」
 気丈に振舞ってきた親まりさでしたが、ゆっくり限界が近づいていたのです。
「おがあじゃんんん」
 残された子まりさと子れいむが擦り寄ってきます。
「どうしたの? ゆっくりねてていいからね!」
「しゃむいよおおおお」
「ゆ? どういうこと……!?」
 寒さを訴える子ども達。確かに、巣の中は冷え切っていました。
 感じる寒さをたどって、巣の入り口から外をのぞいてみると……。
「……どういう、ことなの……?」
 雪が降っていました。
 まだ11月だというのに、一足早い初雪が山に訪れたのです。
 それも重く大ぶりなボタ雪が、風景を塗りつぶさんばかりに降りしきる有様。
 これでは今日中に巣穴を閉ざさなければいけなくなるでしょう。
 親まりさは巣の入り口から外を眺めていました。
 自ら追いやった、あの子れいむが気がかりなのでしょう。
 そしてついに、親まりさは判断を誤ります。
「みんな、おかあさんはそとにでてくるよ!
 どこにもいかないでまっててね!」
 親まりさは吹雪く山野に臆することなく飛び出していきました。
 ※
 厳しい親ゆっくりがいなくなった事で、巣にはだらけたムードが漂いました。
 親まりさの厳しさによって統率していた群れです。
 その頭がいなくなれば、気が緩むのも当然のこと。
「そろ~り……、そろ~り……」
 まだ赤ゆっくりに近い子れいむが、地面を這うようにして進んでいます。
 目指す先は当然、食料の山です。
「あんにゃにごはんをあつめたのに、あれしかたべしゃせてくれないなんちぇ、
 おかあさんはけちだね! ゆっくりできないよ!
 れいみゅはしょだちざかりなんだよ……、あれっぽちじゃたりにゃいよ……!」
「きのうも、そのまえも、ごはんがすくなかったのぜ!
 これじゃまりさたちが『あじみ』してしまうのもむりがないことなんだぜ!」
 子れいむの後ろから、止めるべき立場の姉まりさまでついていきます。
「そろーり! そろーり!」
「そろーり! そろーり!」
 2頭は匍匐前進のかっこうで食料庫へと忍び寄っていきました。
 ……食事量が少なかったのは、親まりさの知恵でした。
 冬ごもり中の節約生活に向けて、体を慣らすためにした事だったのです。
 そんな考えは露知らず、子ゆっくりたちは本能のままに行動します。
 ついさっき追い出されたれいむや、命令無視で死んだまりさのことなど、
 すでに餡子脳には記憶されていないのでしょう。
 かくして餌山の麓にたどり着いたゆっくりたち。
 よだれは止め処なく、瞳はゆっくりしたごはんの姿にきらめいていました。
 バリ……、コリコリコリコリ……。
「ゆ?」
 ゴリ、コリ、……サクサクサクサク。
 餌の山の向こうから物音が聴こえてきました。
「ゆ!? むこうがわで、だれかがごはんをたべるおとがするよ!?」
「きっとまりさかれいむだね! ずるしたゆっくりにはおしおきだぜ!」
 2頭のゆっくりは義憤にほほを膨らませ、いそいで不届き物の元へと跳ね向かいました。
 そこには――。
 ※
 ところで話は変わりますが、
 ゆっくりに『歯』は無い。という話をご存知でしょうか?
 大根などをたやすく噛み砕く映像から、強力な顎を持っていると思われてきたゆっくり。
 しかし解剖実験をおこなっても、歯にあたる部分は発見されませんでした。
 これは、ゆっくりが噛み切る際に使うのが歯ではなく、
 人間で言うところの唇にあたる部分だからです。
 ゆっくりが口内で分泌する溶解液は、人体や動物にとっては害の無いものですが、
 野菜や昆虫などに対しては強力な効果を発揮します。
 この溶解液の力を借りて、野菜などを唇で挟み、溶かし切っていたのです。
 野菜や虫を主食とするゆっくりには便利な能力ですが、問題が一つ。
 ゆっくりは水に弱いという性質上、雨をやり過ごすための巣が必要不可欠です。
 成体ゆっくりが出入りできるほど大きく、入り口が下向きで水が流れ込んでこないような。
 歯もなく、爪もないゆっくりに、
 そんなゆっくりプレイスを構築することが果たしてできるでしょうか?
 当然、不可能です。
 そのため、ゆっくりは他の動物の巣穴をたびたびのっとります。
 あるじが居ない間に上がりこみ、帰ってきた巣の主を威嚇して追い返し、奪ってしまうのです。
 ゆっくりが人に対して見せる『おうち宣言』は、
 巣が必要不可欠でありながら自作できないゆっくりの、必死の行動だったのです。
 ――これに目をつけた動物が『オオヤムジナ』です。
 オオヤムジナはアナグマの一種で、鋭い爪を駆使して穴を掘り、そこを巣とします。
 それだけならば普通の動物に過ぎませんが、オオヤムジナには特筆すべき習性があります。
 ゆっくりに巣を貸すのです。
 オオヤムジナはその穴掘り能力を使い、ゆっくりが住み着けるような巣をいくつも作ります。
 入り口が下を向いていて雨水が入り込まず、広々としている快適な巣穴をです。
 そしてそれらの巣と、オオヤムジナの巣は壁一枚を挟んで隣り合っているのです。
 冬が始まり、ゆっくりたちが餌を集めて入り口を閉じ、冬ごもりに入ると……
 オオヤムジナは奥から壁を崩して乱入します。
 自ら逃げ道をふさいだゆっくりたちに逃れるすべはありません。
 ゆっくりを先に捕食して、集めてあった食料は後の備えにします。
 作った貸し巣穴にゆっくりが入居すればするほど、かれらの食料庫は充実していきます。
 この習性が、アパートを貸す大家さんの家賃取立てに見えることから、
 オオヤムジナの名前がつきました。
 つまり、2頭の子ゆっくりが目撃したのは――。
 ※
 2頭の子ゆっくりが目撃したのは、
 冬ごもり前の食事量の少なさに不満を感じ、
 親の居ぬ間に冬用の食料に手をつけていた、
『オオヤムジナ』の子どもだったのです――。
 2頭の子ゆっくりは驚きました。
「ゆぅ! どうしておうちのなかにいるのぉぉぉぉ!!」
「さっさとでていってね! ここはまりささまのゆっくりぷれいすだぜ!
 あとかってにごはんをたべないでね! それはまりさのだよ!」 
 食って掛かったのは姉まりさです。飛び跳ねてムジナの足に体当たりをしかけ、
 跳ね返されるやいなや、ほほを膨らませて威嚇を始めます。
 ぎょろりと、
 ムジナの子は首を振り向けてまりさを見下ろしました。
 同じ子供といえど、ムジナの体長は30センチほど。
 あんまんサイズの子ゆっくりなど食いでのある獲物に過ぎません。
 しかし、生き物の顔の部分しか認識できないゆっくりは、
 ムジナの顔の大きさだけを見て、格下と判断しました。
「ゆっゆっゆ! おまえなんてまりささまがけちょんけちょんにしてやるぜ!」
「ゆ~。おねいちゃんすごいよ! やっちゅけちゃえ~!」
 雄々しい姉まりさの後に隠れて、子れいむは余裕の声援を送りました。
 しかし、一陣の風が吹き抜け、
 姉まりさの姿は空間ごと削り取られたかのように消え去りました。
「……? ゆ?」
 事態を把握し切れず呆然とするれいむ。
 その目の前に、湿った音響とともにかつての姉が跳ね返ってきました。
 なんということでしょう。
 斜めに入ったムジナの爪が下腹部と口とを深々と抉り抜き、
 ぽっかりと開いた大穴から、ゴマダレが仰向けに倒れたまりさの顔面を流れ滴って、
 頭の下敷きになっているおぼうしの中へと、とぷとぷ注ぎこまれているではありませんか。
「……ゆ、……ゆ゛んや゛ぁ~~~~!!!」
 泡を食って逃げ出すれいむ。餌山の横を抜け、巣穴の出口へと跳ねていきます。
 その間にも背後では暴力的な物音が聴こえ続け、
 出口の前にたどり着いたれいむが足を止めて振り返ると、
 見上げるようだった餌山の中腹を突き破って上半身をあらわしたムジナが、
 口にくわえた瀕死の姉まりさを無惨にも噛み砕くところでした。
「ゆぎぃぃぃぃ!! たぁすげでねぇぇぇぇぇ!!!」
 子れいむは狂乱状態で巣穴から飛び出しました。
 外は一面銀世界。すでに冬といっていい状態です。
「おがぁぢゃあああああでいぶはあんなふうになりだぐないでずぅぅぅ!!!」
 恐怖のあまり目から口からシロップを垂れ流して跳ねるれいむです。
 あわてて跳ねると危ないですよ、
 といっているうちに、雪に足をとられて転んでしまいます。
「ゆぅぅぅ! なにごれぇぇぇぇぇ!!」
 冬を知らないれいむは、うかつにも坂道で転んでしまいました。
 ころころころころ……、転がるうちに雪を集めていき、
 斜面が終わって回転がとまるころには、サッカーボール大の雪玉になっていました。
 厨性能カメラで中を透視して見ましょう。
「ゆぅぅぅ!? どういうことなの!?」
 雪玉の中心で、逆さまのまま止まってしまったれいむが見えますでしょうか?
 一心不乱に動きまわり、なんとか脱出しようとしています。
 しかし、ゆっくりの能力では一度こうなってしまうと自力では逃げ出せないのです。
「ゆ? なんだか、つめたいよ! おみずさんが!?」
 なんということでしょう。
 ゆっくりのわずかな体熱によって、周囲の雪が溶けていくではありませんか。
「だずげでぇぇぇぇ!! どげじゃうよおおおおがあぢゃああああ!!!」
 限られたスペースの中でぴこぴこ動いているのが確認できます。
 ゆっくりが冬を苦手とする理由がこれです。
 雪が積もっているということは、雨が降っているのと同じぐらい危険なのです。
 この子れいむは助からないでしょう。
 こうして、誰に供されるわけでもない氷きんときが、雪原にぽつりとあらわれるのです。
 ※
 親まりさがもどってきたのは、そのすぐ後のことでした。
 追い出されいむを探し出せないまま、落胆して戻ったまりさは、
 巣の中で食事中のムジナと鉢合わせしました。
「ゆ!? ここはまりさたちのゆっくりぷれいす……
 ゆううぅぅぅぅぅ!? こどもたちをどこにやったのおおおお!!!」
 親まりさの威嚇はあろうことか功を奏し、子ムジナは逃げ去っていきました。
 しかし、巣の中には無惨な子ゆっくりの残骸が散らばっており、
 親まりさは子供たちの全滅を悟りました。
「ゆ……、ゆ……ゆううぅーーー……ゆううぅぅぅぅーー……。
 あんまりだぜぇぇぇぇぇぇ…………」
 まりさはさめざめと泣きました。
 巣を空けてしまった後悔、非情な襲撃者への怒り。
 今は無きつがいとの愛の結晶を、むざむざ全滅させてしまったという事実は、
 まりさに暴れ狂うことすら許しませんでした。
 ただ空っぽの巣のなか、さめざめと泣き続けるばかり……。
「ゆ! おかあさん?」
「……ゆ? ……――ゆ!?」
 なんということでしょう。
 親まりさが顔を上げるとそこには、
 追い出したはずの子れいむがいたのです!
 あちこち汚れてふやけてひどい有様でしたが、
 子れいむは雪の中を生きて戻ってきたのです。
「ごはんとってきたよ! ゆっくりごめんしてね!」
 口の中の木の実を吐き出したれいむ。
 何も知らないその顔は、達成感で輝いていました。
「でいぶううううううううぅぅぅぅぅ!!!」
 たまらず駆け寄った親まりさが、れいむにすーりすーりします。
「ごべんねぇ! おがあぢゃんがわるがっだよ! もうどごにもいかないでね!」
「ゆ゛ぅう!? くすぐったいよ!
 あとおなかすいたよ! ごはんをさきにしてね!」
 とまどう子れいむ相手に、親まりさは泣きながら擦り寄りました。
 親の威厳もかなぐりすてて、ゆぅゆぅ、ゆぅゆぅと、
 いつまでもいつまでもすりすりしていました。
 ※
 いかがだったでしょうか。
 過酷な冬を乗り越えるための戦い。
 海千山千の野生動物たちのなかで翻弄されながらも、
 懸命に生きるゆっくりたちの姿をお楽しみいただけたのではないでしょうか。
 親ひとり子ひとりとなったこのゆっくり家族はこの後、
 互いに助け合い、協力しあって、
 巣を代え、冬ごもりの備蓄をやり直しました。
 なんとか冬を越すことができそうです。
 家族を喪った哀しみは消えません。
 それでもゆっくりできなかった家族の分まで、
 ゆっくりたちはゆっくりするでしょう。
 やがて冬が過ぎ、
 野山に春が満ちた時、
 ゆっくりは薄暗い巣穴のなかから、
 陽光きらめく野山へと飛び出していくのです。
 そして暖かな春が、いつまでもいつまでも続くようにと、願うのでしょう。
 ――ゆっくりしていってね、と。
<地球高みの見物 完>
(以下  未放送シーン)
「ゆっくりしていってね!
 ゆっくりしていってね!
 ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってよ!」
 2月。
 春を前にして、最後の大雪が山を襲いました。
 夜の山を吹き荒れる、闇夜を塗りつぶさんばかりの白銀の猛吹雪。
 スタッフは、以前取材したあのゆっくり親子の巣穴をたずねてみました。
「ゆっくりしてね!! れいむ、がんばってね!!
 もうすぐはるさんがくるからね……!!」
 悲痛な叫びをあげているのは、厳しかった親まりさです。
 頬は痩せこけ、目元には隈が、おぼうしもヨレヨレで、
 ひどく疲れているのがわかります。
「ぐるぢいょぉ……。いだいぃぃぃ……。
 おがっちゃ……だじゅげでねぇ……」
 弱々しい声で苦痛を訴えるのは、生き残りの子れいむでした。
 こんもりと盛られた枯葉のベッドに、ころり横たわっています。
 虚ろで淡い微笑みを浮かべ、細かい痙攣をくりかえしています。
 異常なのは体中に浮き出た『血管』。
 そして、つむじのあたりから生えた植物の双葉……。
 未発達な子どものゆっくりが木の実などを食べた際、
 うまく消化できないまま種子を取り込んでしまい、
 体内で温められ、発芽してしまうケースがあるのです。
 子れいむの下腹部あたりに、痛々しく浮き出た血管のようなもの。
 これは植物の根です。
 餡子と皮の間に根が張り巡らされているのです。
「だいじょうぶだよ! ゆっくりねていれば、すぐによくなるからね!
 さあ、これをたべてげんきになってね!」
 子れいむを不安にさせまいと、親まりさは無理に微笑んでいます。
 残りわずかな餌山の中からどんぐりを選び、口移しで食べさせようとしましたが、
 ぽろり、と子れいむの口から転げ落ちてしまいました。
「……もっちょ、ゆっぐり、じだがっだ、よっ……!」
 この子れいむが春を迎えることは無いでしょう。
 春が近づいて暖かくなればなるほど、
 育つ根に餡子をこねくり回され、養分を吸い上げられ、
 みるみるうちに太っていく根によって、
 やがては内側から引き裂かれてしまうのです。
 救いであったはずの季節は死神となって、
 子れいむを迎えに来るのです。
「おぢびじゃんんんんんんんんんんんんんん!!
 はるさんがくればゆっくりできるよ!
 だからそれまでがまんしてね!
 はるさんはゆっくりしないではやくきてね!」
 家族を喪った哀しみは消えません。
 それでもゆっくりできなかった家族の分まで、
 親まりさはゆっくりするでしょう。
「ゆっくりしていってね!
 ゆっくりしていってね!
 ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってよ……!」
 やがて冬が過ぎ、
 野山に春が満ちた時、
 親まりさは薄暗い巣穴のなかから陽光きらめく…………。
<ゆっくり高みの見物   完>
最終更新:2009年03月14日 21:56