風呂
寒い・・・
桜の花もとうに散ったというのに、今年の黒幕さんは一味違うらしい。
こんな凍える日はアレに限る。冷えた体と心を癒す、我が家の遠き幻想郷。
「むんむん~」
「おふろですか・・・」
「しゃけはどこにゃー!!」
せっかくだ、こいつ等も入れてやろう。
「おみじゅ~♪ いっぱい~♪」
「あぅ・・・うぅ・・・」
「ねぇねぇー、おしゃけはー?」
はしゃすぎです、お嬢さん方。
しかしどうにも、てんこの様子だけおかしい。
嫌がってるいのだろうか。
ゆっくりの多くは水を恐れるらしいし・・・
「あの・・・わたし・・・」
目元に涙を溜め、小さく震える
いつものお姉さんお姉さんした様子からは想像も出来ないほど、その姿は儚げだ。
それでもどうにか、懸命に言葉を紡ごうと小さな唇を動かす。
「わたし・・・そんなに・・・・・くさいですか?」
真っ赤な桃饅を前に首を傾げる。
思いも寄らぬ問いかけに、ゆっくりと手を伸ばす。
羞恥に染まる桃漫。目と唇をキツク閉じ、その体は湯気が立つ程に熱かった。
そうしておもむろに、その青い髪に顔を埋める。
「いひゃあっ!!?」
スー・・・ハー・・・
「ああああの、ななななにおおぅ!!?」
臭い臭いと言われると、嗅ぎたくなるのが人のサガ。
鼻腔一杯に拡がるのは桃の香り。甘く、柔らかく、生ぬるい。
「だめです!! だめですってばあああああ!!!」
この匂い・・・癒される・・・
「ほんとに・・・ほんとにもうっ・・・!!!」
持て余した指に髪が絡む。
「あ、ああっ・・・へぶんじょうたい!!」
ついにてんこは叫び声を上げ脱力する。
じとりと湿り気を帯びるその身を床に置き、垂れた涎をぬぐってやる。
「・・・・・・・・・ひどいです」
何故か傷ついてしまった。臭いかと訪ねるから確かめたのに。
ゆっくりの考えることはよく解からない。
「ひにゃも!ひにゃも~!」
「しゅいかのも かいどくきゃー?」
次から次へと姦しい。
んじゃま緑から。
スー・・・ハー・・・
「どーお!? どーお!?」
苔むした石のような・・・清流の香り?
「きょけ?」
んー・・・大人の香り?
「ひにゃ おとにゃー!! おっとっにゃ♪」
次いでとんがってるの。
スー・・・ハー・・・
「どうにゃ?」
酒クセェー
「ぇー」
奈良漬みてぇ・・・
「もみじちらしゅぞ!!」
準備運動も終わり、いざお風呂場。いじけた桃漫の帽子を取り上げる。
「ひぅ!?」
緑のと酔いどれのリボンもすっぱがす。
「ひにゃにゃ?」
「にゃんとぉー!?」
風呂に入るときは着物を脱ぎませう。これ良い子のお約束。
シャツを脱ぎながら慌てふためく饅頭を諭す。
「んむー・・・」
「んにゅー・・・」
「じー・・・」
落ち着かないのかむず痒そうに小首を捻るチビ2匹。
一方のてんこは落ち着いた様子でこちらを伺っている。
「じー・・・・・」
流石お姉さん、偉い偉い。
カチャカチャ・・・
「!!!・・・・・ぽ」
また赤くなる。根に持ってるのだろうか。
だが湯船に浸かればそんな思いも流れ落ちる、多分。
「ちゅるちゅるしゅるよ!!」
「すっごいしゅべるにゃ!!」
「じー・・・・・・・・・・」
こらー、お風呂場で走ってはいけませんよー。
チュル
「おにょ!?」
「ひにゃーみゃー!!!??」
プスリ、ひなのお尻に角が刺さる。
言わんこっちゃないよ・・・ゆっくりしろ、ゆっくり。
クイクイと角を抜き、さすさすと尻を撫でる。
「やきゅいわぁ・・・」
「ごめんよー」
(・・・いいなぁ、あれ)
どうにか泣き止んだところで洗面器の湯を掛け流す。
各々の髪を雫の玉が転がるう。ぷるぷると水を払う仕草が犬のようだ。
湯船の温度を確かめ身体を沈める。ジワリと熱が全身を覆う。
肌を通して血の一滴一滴がぬくもりを帯びていくのがわかる。
ほぅ、と一息。ここまで長い道のりだった。
「あたたかいですね・・・」
膝の上で、てんこが告げる。
しっとり濡れた髪は抜ける様な青さに深みを帯び、より艶やかに光る。
仄かな憂いを纏ったかのような後姿、自然と手が伸びる。
「んぅ・・・くすぐったいです・・・」
差し込まれた手は滑るように走る。その度に薄っすら甘い香が登る。
「ぷーきゃー、ぷーきゃー」
「おしゃけどこー?」
あちらも楽しんでいるようで何よりだ。
だが長湯は危険、断腸の思いで湯船から上がる。
椅子に腰掛け、シャンプーのボトルを握る。
さて、誰から洗ったものか・・・
「ねぇねぇ、おしゃけまーだー?」
これにしよう。ちょいちょい。
「んお? おしゃけ? おしゃけ!?」
キラキラと輝く瞳、それに向かってシャンプーを飛ばす。
「んみゃああ!!? めぎゃあぢゅいいいい!!」
フフ・・・弱酸性のシャンプーは痛かろう・・・
これで俺もビ○レデビュー。ワキワキと指を鳴らす。
「んむぅ、ぺっぺ!! これしろくて どろどろしてにぎゃいよ!! んにょお!!?」
わしゃわしゃと音を立て髪をほぐす。
時に激しく、時に優しく。緩急つけて揉みあげる。
仕上げに熱めのシャワーを一気に掛けて
「すっきりー!!」
1匹終了。
お次は緑。
「ひにゃ!?」
わしゃわしゃと泡立てる。
先程同様荒々しくも繊細なタッチで荒い上げ、シャワーをかけると
「へにゃ?」
リボンという名の戒めから解かれ、これでもかとほぐされた ひなの真の姿。
そう、それはまるで・・・まりも。
「ひにゃにゃ? ひにゃー!!」
前が見えないのかクルクル回転している。
傍目からは上下すら判別つかない有様だ。
この時、ガイアが俺にささやいた。
「ひにゃあぁぁ・・・うゆぅ?」
うろたえる ひなを優しく抱き上げる。
そうして腕をゆっくりと、ゆっくりと下げた。
『ま り も っ ○ り』
「「「・・・・・」」」
ひなをタイルに降ろしお湯をかぶる。
ガシガシと毟らんばかりに力を込める。
我が家は北海道で無ければ、ここは阿寒湖でも無い。
あいつもホッシュなんて鳴かない。
俺も泣かない。
ただシャンプーが染みる。
「やきゅいわああああああ!!!!!」
毛根に八つ当たりしていると、風呂中に叫びが木霊した。
この悲鳴、只事ではない。
泡を拭い、ひなの姿を探す。
「うにゃあ・・・」
「おにいさん・・・あれ・・・」
「きょれとっちぇええええええ!!!」
全身から飛び出す黒くたくましい素敵毛。
地獄の口こと、排水溝に流れて行ってしまったのだろう。
恐怖に震える腕をどうにか押さえ、意を決し一気に伸ばす。
シャワーに。
「ひ、ひにゃまああああぼぼぼぼぼ・・・」
最大出力の放水が全身をうつ。
ひなは踏ん張ることも出来ず、されるがまま水流に弄ばれている。
だが苦心の甲斐あり、目に見えてモズクの数は減ってきている。
フィニッシュとばかりにシャワーを近づけ、ひなの身体は大きく跳ねた。
ザアアァァァァァ・・・・・ズポ
「「「・・・・・・・」」」
水は高い所から低い所へと流れる
そして何れ空へと還り、雨となってまた野山を下る
誰が言っていたか、思えば感慨深い言葉である。
彼女も何時かは空へ帰っていくのだろうか。
排水溝に詰まる彼女を見詰めていると、酷く胸が苦しんだ。
ならばせめて。訪れるその時まで、一緒にゆっくりしていこう。
「なにしてるにゃああああ!!?」
「たすけて!! はやく!! はやく!!」
「ゴポゴポ・・・・・」
手の中には冷たい空き瓶、飲み損ねたフルーツ牛乳。
部屋の隅には湿気た まりも、気分もどんより梅雨模様。
光り輝く水底のトラウマ、心も体も生乾き。
この後3日、彼女は口を固く閉じ、部屋は生臭さに支配された。
最終更新:2009年05月02日 00:09