※作者はふらんが大好き。
「ゆぴゃぁぁぁぁ、おきゃーしゃーん!」
薄暗い中、愛するれいむと子供たちのいるおうちへの道を急ぐ一匹のまりさがそんな声を聞いた。
「ゆゆっ、これは
ゆっくりしていない赤ちゃんのこえだね」
夜は、夜行性である恐ろしい捕食種、れみりゃやふらんが本格的に活動し始める時間だ。そのために家路を急いでいたまりさは、当然、様子を見に行くか迷った。
「おきゃーしゃーん! おきゃーしゃーん!」
ひたすら母親を呼ぶ声から、その赤ちゃんゆっくりが迷子になったであろうことが容易に知れた。暗くなるというのに、あんなに大声を出していたら、あっという間に捕食種がやってくるだろう。
「赤ちゃん、どこにいるの! ゆっくりしてね!」
まりさは逡巡した後、その声がする方へとぽよんぽよんと跳ねていった。自分にも最近子供ができた。どうしてもほうってはおけなかった。まだおうちには遠い所だが、まりさは自分の足には自信があった。
「ゆぴぃ、おきゃぁしゃーん……」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆ、ゆっきゅりちていっちぇね!」
まりさがその姿を見つけて声をかけると、赤ゆっくりは嬉しそうに返事をした。まりさと同じ種の赤まりさだ。
「まいごになったんだね。おうちはどっちかわかる?」
「ゆぅ……おうちは……」
「ゆゆ?」
さっきまでの張り裂けんばかりの大声はどこへいったのか、小声でぼそぼそと言う赤まりさへ、まりさが近付いて声を聞き取ろうとする。
がさがさっ――
そばの繁みが音を立てたのはその時だ。
「ゆっ!?」
そちらへ目をやって、まりさの目は、限界まで見開かれてしまった。
「うー」
「ゆ、ゆ、ゆ」
悲鳴を上げようとして、それが喉で詰まってしまったように、まりさは細切れの音声を吐いた。
「うー、ゆっくりしね」
「ふ、ふらんだぁぁぁぁぁぁ!」
それは、出会えばゆっくりできなくなること確実の凶暴な捕食種。同じ捕食種のれみりゃと似た姿をしているが、れみりゃよりも恐ろしいふらん種であった。
それほど大きくないまだ子供のふらんだったが、子ふらんでも通常種の大人ゆっくりを平気でなぶり殺してしまうだけの力がある。
「うー」
「うー」
「うー」
「ゆ……ゆぎゃぎゃぎゃああああ!」
まりさは、つかえていた悲鳴が一気に溢れ出たかのように絶叫した。一匹でも恐怖する以外になかったふらんが新たに三匹、別の繁みから飛び出したのだ。
「「「ゆっくりしね!」」」
ふらんたちが声を揃えて言った。まりさのただでさえ容量の少ない餡子脳には既に対処不可能な事態である。硬直してまったく動けなくなって当然の状態でありながらも、なんとか逃げ出した。
「ゆっくりごめんね!」
この状況では、赤ちゃんなど守りようがない。そして赤ちゃんが自身を守れるはずなどない以上、100%助からない。それならば、まりさが全力で逃げた方がまだまりさだけは生き残れる可能性がある。限りなくゼロに近くはあるが……。
あのふらんが空腹ならば、望みは無いこともない。捕まえやすく美味な赤まりさにまずは殺到するに違いないからだ。だが――
「うー!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛、やべでえええ!」
ふらんたちは赤まりさには目もくれずに逃げ出したまりさを追い、すぐさま追いついた。そして、一匹のふらんが帽子を噛んで持ち上げた。
「ゆ゛あ゛あ゛、おぼうじがぁ!」
まりさの大切なお帽子をくわえたふらんが、嬉しそうに「うー!」と鳴いた。他のふらんは少し悔しそうにそれに唱和した。
れいむと子供たちのために一生懸命集めた食べ物がぶちまけられる。その中には、ふらん種が食べるものも入っていたが、当然、一番の御馳走があるのだから、そんなものは無視である。
「ゆっくりしね!」
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛」
次々にふらんがまりさに噛み付く。力の強いふらん種といっても、子供である。大人ゆっくりのまりさは容易に持ち上がらなかったが、帽子をくわえていたふらんが、それをぺっ、と吐き出して加わると、とうとうまりさの底部は地面から離れてしまった。
「や゛べぢぇぇぇぇ! はなぢでえええええ!」
必死に暴れるまりさだが、ゆっくりに牙を突き立て中身の餡子を吸い出すことができるふらんの噛む力は強い。四匹のふらんはぶんぶんと振り回されながらも、決してまりさを離そうとはしなかった。
「うー!」
「ゆ゛っ゛」
ふらんたちが甲高い嬉しそうな声を上げるのと同時に、まりさのただでさえ緊迫していた顔が、さらに切羽詰ったものになる。
「ず、ずわないでえ、ぢゅーぢゅーしないでえ」
遂に、ふらんたちがまりさの中身を吸出し始めたのだ。
子供とはいえ、四匹に一辺に吸われたのだからたまらない。まりさは見る見るうちにしぼんでいってしまった。
「もっどゆっぐり゛じだがっだ……でいぶ……あ゛がぢゃん゛」
もはやこうなっては覚悟を決めるしかなかったが、どうしても断ち難い未練は、自分の帰りを待つ愛するゆっくりたちであった。
まりさを襲った出来事は、確かに不幸には違いなかったが、それでもふらん種に捕食されたゆっくりにしては楽に死ねた方であったろう。
あまり空腹ではないふらんは、捕まえたゆっくりをいたぶって殺すことが多いからだ。
「うー、おちびたち、あまあまおいしかったかー
死の寸前、まりさの視界が捉えたのは、おそらくこの子ふらんたちの親であろう、胴付きふらんであった。その掌の上に乗っているさっきの赤まりさを見て、まりさはもう一度、二度と会えない子供たちのことを思い出した。
子れいむと子まりさが二匹ずつ、赤れいむが二匹、赤まりさが三匹の子供たち。友達のぱちゅりーとありすには、無計画にすっきりしすぎだと怒られたけれど、まりさが頑張って狩りをして一度も飢えさせたことはない。
しかし、自分が死ねば、自分ほど狩りが得意ではないれいむに同じだけの食べ物を集めることは不可能だろう。それが、どうしても未練だった。
胴付きふらんが、赤まりさを乗せた掌の上に、もう一方の掌を被せた。
――ああ、あの赤ちゃんもたべられちゃう。ゆっくりさせてあげたかったよ。
そう思った次の瞬間、まりさの意識は途絶えた。限界を超えて中身を吸い出されてしまったのだ。
だから、その後に起こったことをまりさが見ることはなかった。見たら、とても信じられなかっただろう。ふらんは捕食種、まりさは被捕食種、その常識を覆す光景だったからだ。
「うー、いいこいいこー」
優しい顔をした胴付きふらんが、優しく優しく、赤まりさの頭を撫でていた。
赤ちゃんまりさは、自分の家族が大好きだ。
やさしいおかあさんと、いっしょにあそんでくれるおねえさんたち。
そして、なんといっても嬉しいのは、狩りを成功させた時におかあさんが頭を撫で撫でしてくれること。その瞬間、まりさはとってもゆっくりできるのだ。そのために、まりさは狩りのお手伝いをしていた。
「なんでばりさがふら゛んどいっじょにい゛う゛のぉぉぉぉ!」
狩りの獲物にはよく言われる。しかし、なんでと言っても、そんなの家族だからとしか答えようがない。
「うー、そろそろふゆさんがくるの、きょうもあまあま狩りにいくよ」
おかあさんの号令に、姉妹たちはパタパタと飛び回る。狩りは生活のためであると同時に楽しみであった。
飛べないまりさは、おかあさんの掌の上に乗って狩りに出発だ。
「ゆぅ、暗くなってきたよ……」
れいむは、不安そうに呟いてハッとして後ろを見た。
「ゆっくり! ゆっくり!」
「ゆっくち! ゆっくち!」
お姉さんたちの声に合わせて舌足らずだが、元気一杯の声を上げる赤ちゃんたち。自分の弱気な言葉が聞かれていなかったことに、母れいむは安堵した。
「おうちまでもう少しだよ、ゆっくりするのは後にして、すこしだけ急ぐよ!」
まだ、おうちは遠い。このままでは帰り着く前に完全に陽が落ちてしまう……。そんな内心の不安を表に出さずに、母れいむは子供たちを励ます。
「おうちに帰ったらゆっくりしようね!」
あくまでも、ゆっくりするために家路を急ごうと促す。こういう時、暗くなったられみりゃがくるよ! ふらんがくるよ! などと下手に脅かすと、子ゆっくりはともかく赤ゆっくりはパニクって動けなくなるだろうから、この判断は賢明であった。
急ぐだけ急いで、赤ちゃんが疲れたらおくちの中に入れて行こう、それでなんとか間に合うはず。と、母れいむは算段する。
「ゆわぁぁぁん、もうあるけにゃい~!」
しかし、赤ちゃんたちが母れいむの計算よりも遙かに早く音を上げてしまった。このれいむは賢いゆっくりだったが、餡子脳の限界と言うべきか、未来予測がどうしても楽観的過ぎた。
「ゆゆっ! おちびちゃんたち、おかあさんのお口にはいってね!」
予定よりは早いが、母れいむはそれでもまだ楽観論者であることを止めようとはしない。急げば間に合う、急げば間に合う、と思い続けていた。
赤ちゃんたちは大喜びで母れいむの口の中に入る。れいむが二匹、まりさが三匹、みんなが入ったところで口を閉じて、ぴょん、と一飛び。
「ゆっ!」
これは行ける、と確信して、母れいむはゆっくりとした笑顔になる。
口の中に赤ゆっくりがいるために、小刻みに跳ねていると、やがて口の中から、赤ゆっくりたちの寝息が聞こえてきた。
「ゆぴぃ~」
「ゆゆぅ……ゆゆぅ……」
ゆっくりしたおねむの声を聞きながら、母れいむはますますゆっくりした笑みを浮かべた。
しかし……
「ゆぅ~、もう歩けないよ……」
「つかれたよ、あんようごかないよ」
やがて、子ゆっくりたちまでもがもう進めぬと訴え始めるに至って、母れいむはようやく自分の見込みが甘かったことを悟った。母れいむの算段では、子ゆっくりたちはおうちに着くまで元気に飛び跳ねていられるはずだったのだ。
「ゆぅ……おちびちゃんたち、がんばって進んでね、くらくなるよ」
母れいむの激励に応えようとはする子ゆっくりたちだが、苦しそうな顔をしている。母親に甘えているのではなく、本当に疲労困憊してしまっているのだ。
「くらくなったら、れみりゃとかふらんがくるよ、ゆっくりできなくなるよ!」
とうとう、控えていた脅し言葉を口から出すが、子ゆっくりたちは恐怖をあらわに必死に跳ねようとするものの、すぐに止まってゆひぃゆひぃと荒く息をついたり、転んで泣いたりする。
「ゆゆぅ……」
母れいむは困ってしまって唸るばかり。
口の中の赤ゆっくりたちを外に出して、子ゆっくりたちを口に入れようかとも考えるが、子れいむ二匹と子まりさ二匹はさすがに入らない。
妙案は浮かばず、思いつくのは泣き言ばかりだ。
「ゆぅ、まりさがいてくれたら……」
番のまりさがいてくれたら、子ゆっくりたちを運んでくれただろう。まりさはお帽子を被っているので、半分を口に入れ、半分をお帽子に入れることが可能だ。
そもそも、こんな追い込まれた状況になっているのは、番のまりさが行方不明になってしまったことが原因である。
行方不明――と、言っても、ほぼ十中八苦死んでしまっているだろうことは母れいむにはわかっている。まりさは、自分や子供を捨ててどこかに行ってしまう無責任なゆっくりではない。強くて優しくて、自分がゆっくりする時間を全て削ってでも、大勢の子供たちの腹を空かせまいと夜明けから日没まで狩りに励んでいた立派な大黒柱だったのだ。
子ゆっくり四匹に赤ゆっくり五匹を養うのには、その優れたまりさの能力と献身が必要だった。れいむには、まりさほどの食べ物を集めることはできなかった。備蓄はすぐに尽きた。
友達のありすとぱちゅりーは狩りに行っている間に子供の面倒を見てくれたり、色々とよくしてくれたが、彼女たちもそれぞれ家族があり、食べ物の援助などはやはり最低限のものにならざるを得なかった。
遠出の狩りに、子ゆっくりはともかく、五匹もの赤ゆっくりを伴ったのは、どう考えても失敗であったと言わねばなるまい。赤ゆっくりたちは、ありすとぱちゅりーに預けるべきであった。
しかし、ゆっくりを全てに優先させるゆっくり脳である。まりさがいなくなってからというもの、必死に得意でない狩りに一日を過ごし、ろくに子供たちとゆっくり遊べずに眠り起き、狩りに出かけることを繰り返していた母れいむは、赤ちゃんたちがそれに不満を漏らして「もっちょおかあしゃんとゆっきゅちちたい!」と訴えたのに心動かされてしまったのだ。
「それじゃあ、きょうはみんなでゆっくりと狩りにいこう!」
と、母れいむが言ってしまったのが、今朝のことだ。もちろん子供たちは大喜び、狩りとは言っても、実態はピクニックみたいなものであった。
一家は幸い外敵にも遭遇せずに、元気に愉快に森を進んだ。そして、草花が咲き乱れ、虫さんたちが這い回り飛び回り、おひさまが照りつけるゆっくりプレイスを発見し、そこで思う存分ゆっくりした。そのあまりの居心地のよさに、この近くに引っ越してもいいのではないかと思ったほどだ。
結果、ゆっくりとし過ぎた。正に、ゆっくりとした結果がこれである。
母れいむを擁護してやるならば、彼女は心の底から今日の子供たちとのゆっくりを活力に明日からまた頑張ろうと思っていた。しかし、そんな擁護もなんの役にも立たない。明日を迎えられるかが危うくなりつつあるのだから。
「ゆぴゃぁぁぁぁん! おきゃーしゃーん!」
「ゆゆっ!」
赤ゆっくりらしき泣き声が聞こえてきたのはその時だ。
一瞬、母れいむはそれが自分の口の中の赤ちゃんのものかと思ったが、声の聞こえてくる方角から、すぐにそんなことは無いとわかった。
「おかあさん、赤ちゃんがゆっくりしていないみたいだよ」
疲れる体を引きずるように動かしながら、子供たちが言う。
「ゆゆぅ、ゆっくりしてるばあいじゃないけど、赤ちゃんがないてるのはほうっておけないよ」
声のする方は、おうちへの最短距離からは少しズレてしまうのだが、やさしい母れいむは、そちらへとあんよを向けた。
「ゆえーん、ゆえーん」
「あ、いた。まりさだね」
泣きじゃくる一匹の赤まりさを見つけて、そばに行くと叫んだ。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆ? ……ゆっきゅり、ちて、いっちぇね!」
餡の繋がらぬ他ゆっくりでも、赤ちゃんの舌足らずな挨拶には、見聞きするゆっくりをゆっくりさせる効果がある。母れいむも、それに遅れて跳ねずにずーりずーりとやってくる子供たちも、赤まりさの挨拶にゆっくりと微笑む。
「どうしたの? まいごになったの?」
「あんよがいちゃくてあるけにゃいの!」
話を聞くと、おうちの場所はわかるのだが、歩けないので帰れずに途方にくれていたらしい。
「ゆゆ? おうちはすぐちかくなの?」
「うん、ありゅければ、しゅぐにつくよ!」
赤まりさがそうならば、相当に近いのだろう。母れいむはこの子を送ってあげることにした。
「おちびちゃんたち、ゆっくりおそとにでてね」
口を開けて、体を傾けると、ころころころりと口内で寝ていた赤ゆっくりたちが転がり出る。もちろん、優しく衝撃を与えぬようにしているし、そこは心得たものでおねえさんの子ゆっくりたちが赤ゆっくりたちを受け止めて上げる。
「ゆゆ? もうおうちにちゅいたの?」
「このおちびちゃんをおうちに送ってくるから、少しここで待っててね! おねえさんたちの言うことを聞いてね!」
「ゆっ!?」
そう言われて、家族以外の赤まりさがいることに気付く。
「ゆっきゅちちていっちぇね!」
「ゆっきゅちちていっちぇね!」
赤ちゃん同士の挨拶に、とってもゆっくりした気分になった母れいむだが、ゆっくりしている場合じゃないことを思い出し、赤まりさに頭の上に乗るように促す。口の中に入れては、道案内をしにくいからだ。
子ゆっくりたちに手伝ってもらって、赤まりさは母れいむの頭上に乗った。
「ゆゆーん、おしょらをとんじぇるみちゃい~」
「ゆぅ、いいにゃあ、いいにゃあ」
「ゆっきゅちちてるね! うらやまちぃね!」
おかあさんの頭上で楽しそうな赤まりさを羨望の眼差しで見つめる赤ゆっくりたち。
「すぐにかえってくるから、おうちにかえろうね。おうちにかえったらゆっくりあそぼうね」
母れいむがそう言って赤ゆっくりたちを宥める。
「みんにゃのおうちはどきょにゃの?」
頭上の赤まりさが尋ねる。ちょっとここからは遠くて、今から急いで帰っても真っ暗になる前に着けないかもしれない、と言うと、赤まりさは言った。
「しょれなら、まりしゃのおうちにおとまりしゅればいいよ!」
「ゆゆっ」
そう言われてみれば、そうすることができるのならば、願っても無い申し出である。詳しく話を聞くと、赤まりさの家族は、子供は赤まりさだけで、両親ゆっくりとの三匹家族。その上におうちが広いのでスペースがかなり余っているらしい。
「しょれに、おとーしゃんもおきゃーしゃんも、かりのめーじんなんだよ! おうちにはおいちーあまあまがたーくしゃんありゅよ!」
さらに、この言葉である。
おうちに帰るのに精一杯で、食料の備蓄も乏しい事情から、今晩のごはんはおうちの近くに生えている美味しくない草さんを食べるしかないと覚悟していた母れいむの心を動かすには十分過ぎた。
「あまあま!」
「あまあまちゃべたいよ!」
「ゆっきゅちおとまりしよーよ!」
もちろん、子供たちの心は一気に赤まりさのありがたい申し出を受ける方に傾く。
「まりしゃをおうちにつれていけば、おとーしゃんもおきゃーしゃんも、おれいにあまあまをくれりゅよ」
「ゆっ、それじゃえんりょせずに、ゆっくりおとまりさせてもらうよ」
状況が状況であるから、母れいむもありがたく受けることにした。母れいむがこの赤まりさの両親の立場だったとしたら、大事な子供をおうちに連れてきてくれたゆっくりには精一杯のおもてなしをするのが当然と思う。きっとこの赤まりさの言うように、両親は快くゆっくりと歓迎してくれるに違いない。
「それじゃあ、おうちのほうを教えてね!」
「ゆー、あっち!」
赤まりさがそう言いながら、母れいむから見てやや右斜め前方を向くが、頭の上に乗っているために、母れいむからはそれが見えない。
「こっちだよ!」
「きょっち、きょっち!」
しかし、子供たちがそれを見て、そっちの方へと跳ねて行くので、それを見て、母れいむは方向を知ることができた。……当初は自分だけで送って行こうとしていたのだが、そうしたら方向がわからなかっただろう。その辺は餡子脳である。
まだまだ遠い道のりと思えば、余力が残っていても、それを振り絞る気力が無くなってしまいがちだ。すぐそこでゆっくり休めて美味しいものも食べられると知って、子ゆっくりたちは先ほどまでの疲れを吹き飛ばして、ぴょんぴょんと跳ねていく。おかあさんのおくちの中で休んだ赤ゆっくりたちもすっかり元気になっていた。
「きょきょだよ!」
赤まりさの言った通り、おうちはすぐだった。
「それじゃ、ゆっくりおじゃまします」
「ゆっくりおじゃまします」
「ゆっきゅちおじゃましみゃす」
礼儀正しく、挨拶しておうちに入っていくれいむ一家。おうちは、天然の洞窟で、中は確かに凄く広かった。一家がおとまりしても、それでもなお広いぐらいだ。
「ゆわわわわ!」
「あみゃあみゃだー!」
そして、さらに、おうちの隅にこんもりと積み上がった、とっても甘い臭いのする大量のあまあま!
黒い山、白い山、黄色い山と、色とりどりのそれはどの色もとっても美味しそうだ。
「ゆっくりしてね! まだたべちゃだめだよ!」
今にもそのあまあま山の登山を開始しそうな子供たちを、母れいむは制止する。大事な赤ちゃんを送り届けたれいむたちへのお礼に御馳走してくれるだろうことは全く疑っていなかったが、それでも一応、両親に許しを得るべきであろうと思ったのだ。この辺り、母れいむはゆっくりとしてはだいぶ自制心がある方だ。
「おとうさんとおかあさんはいないの?」
しかし、その許可を取るべき両親が見当たらない。おそらくは、赤まりさを探しに出ているのであろうが、いつ帰ってくるのかわからない。
「ゆぅ、赤ちゃん……」
おうちの入り口の所にいる赤まりさへと声をかける。とりあえず子供たちは母の制止に従って、よだれをダラダラと垂れ流しつつも、おとなしくあまあまの山を見つめているが、あれだけの御馳走を目の前にしては、そう我慢は続かないだろう。
だから、赤まりさの許しを得ようと思ったのだ。もちろん、赤まりさが、
「まりしゃをおうちにつれてきてくれちゃみんにゃにごちそーすりゅよ!」
と、言ってくれることは疑っていない。
「……ゆびゃっ!」
しかし、それどころではないものを赤まりさの背後に見てしまい、母れいむは短く絶叫して硬直してしまう。
その声を聞いて母れいむを見て、その硬直ぶりを見て母れいむの視線の先を追った子ゆっくりと赤ゆっくりたちも同じく、
「ゆぴぃ!」
「ゆああ!」
「ゆ、ゆゆぅぅぅぅ!」
と、震える声で叫んで硬直し、すぐにガタガタ震え出し、赤ゆっくりたちは全員残らずしーしーをもらした。
「うー!」
赤まりさの背後、つまりおうちの入り口の所に、胴付きのふらんが立っていた。
すぅ、と右足を上げる。その先には赤まりさがいる。
――潰される!
母れいむたちは、もちろんそう思った。しかし、ふらんは大きく足を踏み出して、赤まりさをまたいだ。
ほっ、としたのも束の間、ふらんがそうやっておうちの中に入ってくるのと同時に、その背後から四匹の子ふらんが羽をパタパタさせて現れる。
「ゆあああああああ!」
「ふ……ふらんだあぁぁぁぁ!」
「きょわいよー!」
「おきゃーしゃーん!」
たちまち恐怖の叫びが上がり、子供たちは一斉に母親の元へと集まっていく。
「ゆびぃぃぃ……」
もう完全にビビりまくって涙ぐんでいた母れいむだが、そうやって子供たちに頼られて、なけなしの勇気を総動員した。
「おちびちゃんたち! いそいでおくちに入ってね! ゆっくりしたらだめだよ!」
あーん、と大口を開けて、子ゆっくり四匹と赤ゆっくり五匹をその中に受け入れる。口の中がパンパンになるが、すぐに母れいむは、ぷくーっ、と空気を吸いこんで膨れた。
これは、威嚇であると同時に、口の中のスペースを広げて、子供たちがぎゅうぎゅう詰めになって苦しむのを防ぐ効果があった。
――おちびちゃんたちは、れいむが守るよ!
声は出せないが、れいむは心中で叫んだ。ちらりと赤まりさを見た。
……かわいそうだが、この状況ではとても助けられない。とってもゆっくりとした赤ちゃんなので心は痛むが、しょうがない。
胴付きふらんが、後ろを振り返って赤まりさを掴み上げた。
自分が子供たちを口の中に隠してぷくーっと威嚇したので、とりあえず赤まりさを捕獲したのだ、と母れいむは思った。
「うー、いいこいいこー」
「ゆ! ……」
だがしかし、思わぬ光景に、声を出すまいと決意していたのに、少し声を上げてしまう。それはそうだろう。凶悪さで知られる捕食種ふらんが、赤まりさの頭を撫でて、あろうことか、赤まりさがとってもゆっくりした笑顔で言ったのだ。
「おきゃーしゃん!」
と。
「……」
――ど、どぼい゛う゛ごどな゛のぉぉぉぉぉぉぉ!
と、叫び散らしたいのを必死でこらえる母れいむ。
「うー、よくやったー」
「うー、たいりょー(大漁)」
「うー、うー」
子ふらんたちも、そのまりさの周りを飛んで、彼女を誉めている。まりさは、とても嬉しそうだ。
――なんで? なに? なんなの? なにがどうなってこうなってるの?
母れいむは、全く事態を把握できない。餡子脳ゆえではなく、通常種ゆっくりの常識とあまりにも乖離した事態だからだ。
まりさは、産まれた時のことを今でも覚えている。
「ゆ、ゆっきゅちちていっちぇね!」
本能に従って、生まれ落ちた瞬間に元気に挨拶した。
「うー!」
目の前には、パタパタ飛び回るおねえさんたちがいた。でも、はじめはそれをおねえさんとは認識できなかった。
「ゆゆ?」
このゆっくりたちは誰だろう? まりさと餡の繋がった姉妹たちはどこにいるのだろう?
「ゆべ!」
後ろから、そんな声が聞こえた。ゆっくりと振り返ると、そこには飛び回るおねえさんたちと同じ顔をして、胴体と手足がついたゆっくりがいた。
「うー! ゆっくりしていってね!」
「ゆ! ゆっきゅちちていっちぇね!」
まりさは、心の底からわき上がるゆっくりとした気分を吐き出すように、元気に答えた。
「うー、ゆっくりしろ」
飛び回っていたゆっくりたちも、そう言ってまりさを祝福してくれているようだった。
「うー、これたべる」
「むーちゃ、むーちゃ、……ち、ちあわちぇぇぇぇ!」
彼女たちがくれた黒っぽいものは、信じられないような美味しさだった。
狩りをしたのは、生後すぐだった。わけがわからず、その辺に放置されてしまい、悲しくて泣き喚いた。ゆんゆん泣いていると、一匹の大人のまりさがぽよんぽよんと跳ねて来た。
はじめて見る同類だった。一緒に住んでいるふらんというゆっくりたちよりも自分に似ていることに、まりさは親近感を抱いた。
「ゆゆ、赤ちゃん、どうしたの?」
だが、そう言って近付いてきたその大人まりさは、ふらんたちが現れると目を見開いて絶叫し、後ろを向いた。しかし、後ろにもふらんがいることを知ると右左と視線を走らせ、そちらにもふらんの姿を見出すと、泣き喚いてその場で動けなくなった。
まりさには、それが不思議だった。何をそんなに怖がっているのか? ふらんたちは、とてもやさしいのに。
そのやさしいふらんたちが大人まりさをなぶり殺すのを、まりさは呆然と眺めていた。
「うー、まりさ、これたべろー」
大人まりさの中に入っていた黒っぽいもの。そうか、あれはそういうものだったのか、と思った。普通ならば、そんなものは食べられないと思うところだが、まりさは何しろ生まれて初めて食べたものがそれで、しかもその美味は忘れ難いものであった。
「ゆ、ゆっきゅちたべるよ!」
戸惑いながらも、食欲のままに食べてしまった。
胴付きふらんを、おきゃーしゃん、胴のついていないふらんたちを、おねーしゃん、と呼んで、まりさに似たゆっくりや赤いリボンをつけたゆっくりなどの中身を食べて暮らしているうちに、まりさは、自分が姿こそ違えどふらんたちの側――つまり、帽子やリボンのゆっくりたちを捕食する側――であり、姿こそ同じだが、帽子をかぶったゆっくりたちが捕食される側であると認識していった。
狩りのお手伝いについてもゆっくりりかいした。最初は寂しくて泣いていたが、その内に、意識してわざと泣くようになった。
獲物たちは大概、まりさがふらんと一緒に暮らしていて、その狩りを手伝い、ゆっくりを食べていることを口を極めて非難した。おかしい、ひどい、ゆっくりしてない!
「まりしゃ、ゆっきゅちちてるよ」
だが、とってもゆっくりしているまりさはいささかの痛痒も感じない。そのゆっくりとした笑顔に、獲物たちは絶望する。本当にゆっくりしているいい笑顔だからだ。
まりさは、すっかりふらん一家の一員であることの幸福を喜び、ゆっくりするようになっていた。なにしろ、ふらんは、家族たちは強い。ゆっくりたちは、その姿を見ただけでしーしーちびって泣き喚くほどである。
生物として相当弱い部類に属する赤ゆっくりとしては、そんなふらんに頼もしさを感じ、それを恐れ抵抗らしい抵抗もできずになぶられ食われていくゆっくりに軽蔑を感じざるを得ない。
見た目こそ同じだが、まりさはあいつらとは違う。強い強いふらんたちの仲間なのだ。そのことへの幸運に感謝する。
まりさは、この家族の一員であることを当然だと思っていた。だって、ゆっくりできるのだから。
胴付きふらんは、成果に満足していた。生まれたばかりの四匹の子供たちのためにゆっくりれいむを狩って来た。頭からは茎が生え、その先には五つの赤ゆっくりがゆっくりと誕生の時を待っていた。
「うー、やった。ごちそう」
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
当然、れいむは泣き喚いているが、ふらんの力には到底かなわない。
おうちに帰ると、早速、赤ゆっくりたちを収穫して一匹ずつ子供へと与える。ふらん種の本能か、子供たちは教えられずとも、赤ゆっくりたちを軽く殺さない程度に痛め付ける。
と、言っても、まだ生まれる時期でないところを無理に茎からもぎ取られた赤ゆっくりだから、すぐに死んでしまった。
「……うー!」
胴付きふらん、最後に一匹残ったまりさを見ていて思いついた。
元々、ふらん種はゆっくりの中でも知能が高い方である。同じ捕食種で性質や能力も似ているれみりゃが馬鹿で、そこを衝かれると通常種に敗北することもあるのに対し、ふらんにそのような例が稀であるのはそのためだ。
その胴付きふらんは、かつて自分の親が、一匹の赤ゆっくりをすぐに殺さずにその辺に放置して、その泣き声を聞いてやってきたゆっくりたちを捕獲していたのを思い出し、自分もそれをやってみようと思った。そして、親が囮に使った赤ゆっくりをすぐに食べてしまったのに対し、すぐ殺さずに囮として使い続けようとした。
子供たちが襲わないように、これは姿形は違えど妹なのだ、と言って聞かせた。それでも、殺されてしまったらしょうがないと思っていたのだが、幸い、子ふらんたちは赤まりさを妹として扱っていた。赤まりさを囮にした狩りが順調で、一度たりとも空腹にさせたことがないせいであったろう。
親ふらんも、この赤まりさには、人間が使い馴染んだ道具に持つのに似た愛着を抱いていた。いざとなれば、真っ先に食料にすることは動かなかったが。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛」
ぷくーっと膨らみながらも混乱の絶頂の母れいむ。ふらん一家は、赤まりさを誉めるのにかかりっきりでれいむたちのことを忘れてしまったかのようだ。
――いまならゆっくりしなければにげられるかもしれないよ。
母れいむは、ぽよん、と全力の跳躍をした。口の中に子供たちがいるので、当然その飛距離は悲しいほどに短い。
もちろん、ふらんたちはれいむのことを忘れていたわけではない。ただ単に、出入り口を完全に塞いでいるから逃げられっこないと判断していたので平気で目を離していただけだ。
「ゆ゛う゛う゛う゛」
母れいむも、逃げ道が完全に絶たれていることにたちまち気付いた。
ぷくーっ!
膨れる。それぐらいしかやれることが無いのだ。
「ゆゆぅ、ぎゅうぎゅうしてるのがすこしきついけど、ゆっくりしてるよ!」
「さすがのふらんも、おかあさんのぷくーにはなにもできないんだね!」
「しゃすがおきゃーしゃん!」
「ゆっきゅちできるよ!」
「しゅーり、しゅーりしようにぇ!」
特に何も起こらないので、口の中の子供たちは、母れいむの威嚇にふらんたちが恐れをなして手出しができない素晴らしい情景を想像してゆっくりしている。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ」
喋ったら、ぎゅうぎゅう詰めの子供たちが零れ落ちそうなので、母れいむは唸ることしかできない。
「うー、そろそろちいさいあまあまであそびたい」
「うー」
やがて、恐れていた瞬間が来た。子ふらんたちに言われて、親ふらんが母れいむの方へと向かってきた。
「うー、くちのなかのあまあまよこせ」
「ゆ゛ーっ!」
母れいむは頑として拒否する。
無造作に親ふらんのパンチが母れいむを叩く。凄まじい衝撃。ごろんと転がった母れいむの口の中に子供たちの悲鳴が響き渡る。
「ゆっくりできないよ! なんなの!」
「おかーさん! どうしたの! ゆっくりさせてね!」
「ゆあああ、いちゃいいいい」
「ゆべっ」
「お、おねーしゃんがしんじゃうよ!」
一匹の子れいむは、丁度殴られた所にいたため、母れいむの頬越しとはいえ衝撃をモロに食らってしまった。
口の中に、甘い味がしたのに、母れいむは恐怖する。中の子供たちが負傷か、或いは餡を吐いたかに違いないからだ。
「うー、うー、うー」
ぼこ、ぼこ、ぼこ、と滅多打ちにされ、母れいむの頬は腫れ上がる。口の中の悲鳴も一層大きく、切迫感のあるものになっていった。
「いぢゃい゛ぃぃぃぃぃ!」
もう、痛みを訴えるしかできなくなったようだ。それでも、母れいむは口を開けなかった。
「うー」
親ふらんは、少し迷った。このまま殴り続ければ口を開かせることはできるだろうが、その時には、中の子供たちは死んでいるだろう。ただ食べるだけならそれでもいいが、食べる前にあそぶのがふらんの習性であり、子ふらんたちもそれを楽しみにしている。
「うー、ればてぃん!」
子ふらんの一匹が言った。
「うー、おかーさんのればてぃんみたい」
「うー、みたいみたい」
他の姉妹たちも、それに唱和し出す。
「うー」
親ふらんは頷いて、奥の方に行った。そこには狩りの途中で見つけた色々なものが置いてある。その中から、ればてぃんを取り出す。
胴付きふらん種は、棒状の武器を使う時にそれを「ればてぃん」と呼称することがある。
ただの木の棒だったりすることが多いが、この親ふらんが持っているのは、人間がキャンプをした時に忘れていったナイフであった。
「ゆ゛っ!」
親ふらんが離れたので一息ついていた母れいむは、その光に本能的な恐ろしさを感じてずりずりと後ずさった。
しかし、そんなのお構い無しに親ふらんはずんずん近付いてきて、母れいむを押さえつけた。左手一本でだ。それほどに胴付きふらんとごく普通のゆっくりれいむの間には力の差がある。
突き刺しては中の子供を傷つけてしまうので、母れいむの頬を軽く切った。一度目は浅すぎて表面が切れただけだったが、何度かやっているうちに、切れ目が頬に口を開けた。
「うー!」
切れ目に指を突っ込んで左右に思い切り広げる。
「ゆ゛びびび」
右頬にぱっくりと口が開き、震える子供たちが丸見えになった。
「うー」
親ふらんは手を突っ込んで、どんどん子供たちを取り出していってしまう。
「うー、あそぼあそぼ!」
「うー、なにしてあそぶ?」
「うー、ぽんぽん」
「うー、ぽんぽんやろー」
たちまち、子ふらんたちが群がって来て、一匹の子れいむをくわえて行ってしまう。
「おぢびぢゃんがああああああ!」
「おねーさんつれてかないでええええ!」
「ゆわーん、きょわいよー!」
残された母れいむと子供たちは、それを見ていることしかできない。子供たちはダメージと恐怖で動けないし、母れいむは子ふらんたちの邪魔をしないように、親ふらんが押さえつけている。
子ふらんの一匹が子れいむをくわえたまま飛び上がり、他の三匹が地面に降りる。
「うー!」
子ふらんが、くわえていた子れいむを離した。
「ゆっ、おそらを、ゆべ」
とんでるみたーい、とお決まりの台詞を続けようとした子れいむだが、その前に、衝撃を受けて中断。
衝撃は、地面への衝突によるものではなく、下にいた子ふらんが羽で叩いたためであった。
「うー!」
ぽーんと飛んでいった子れいむの先にいた子ふらんが、羽で子れいむを叩く。後は、その繰り返しだ。最初に上から子れいむを落とした子ふらんも地上に降りてそれに加わる。
ぽんぽん、と子ふらんたちが呼んでいる遊びだ。いわば、ゆっくりを使った蹴鞠のようなものか。
「うー!」
「いぢゃい!」
すぐに殺さないように、それほど強くは叩かないが、それでも子ゆっくりには相当な激痛だ。一定の間隔を置いて連続して加えられる痛みというのも精神へのダメージは大きかった。さらには、子ふらんが打ち返し損なえば、地面に落ちて痛い目を見る。つまりは、なにがどう転んでもこのまま子れいむは死ぬまで痛みを感じ続けるのだ。
「うー、こいつもうおしまい」
しばらくすると、子れいむが悲鳴を上げなくなった。まだ生きてはいるのだが、このぽんぽん遊びは打つ度に上がる悲鳴も楽しみの一つである。
「ゆっ、しょれたべちぇいい?」
子ふらんたちのぽんぽん遊びをゆっゆっと楽しそうに見ていた赤まりさが涎をたらしながら、尋ねる。
「うー、いいよ」
「ゅゅゅ、や……め……ちぇ……」
「ゆわーい、むーちゃむーちゃ、ちあわちぇー」
「うー、おいしいか」
半死半生の子れいむの言うことなど全く聞く耳持たずにそれを貪り食らう赤まりさ。地獄のような光景を見る子れいむの姉妹たちの目に浮かぶのは一様に恐怖、というわけでもなく、そこには恐怖を上回る羨望があった。
――なんで、あのまりさはあんなにゆっくりできているの。
強いふらんたちにいじめられるどころか可愛がられて、むーちゃむーちゃして、ちあわちぇで、自分たちと同じ通常種のゆっくりなのに、どうして自分たちはふらんになぶられ殺され食べられるのを恐れてゆっくりできないのに、なぜあのまりさはその逆なのだ。
「うー、べつのでやろー」
「うー、まだまだたーくさん」
「うー、ぽんぽんできるおおきいの三ついる」
子れいむ一匹が鬼籍に入ったが、まだ子れいむ一匹、子まりさ二匹がいる。赤れいむ二匹と赤まりさ三匹もいるが、これは小さいので数に入れていない。あまり小さいと打ち返すのが困難で地上への落下で死んでしまうことが多いため、ぽんぽん遊びには適していないのだ。
「うー、こんどはくろいの」
「ゆびぃぃぃ、やべで! やべでええええ!」
くわえられた子まりさが絶叫して懇願する。おそらをとんでるみたい、などと言う余裕も無かった。さっきの子れいむのようになぶられ生きながら食べられて殺される。そんな運命を受け入れられるわけはない。わけはないが、それに抗うことなどできない。聞く耳持たれぬに決まっている懇願を繰り返すだけ。
そして、子まりさもまた当然同じ運命を辿った。ただ、子れいむと少し違ったのは、途中で帽子が脱げてしまったことだ。
「うー」
「いぢゃい! おぼ!」
「うー」
「おぼうじ! いぢゃ!」
「うー」
「ばりざのおぼ!」
「うー」
「おぼ、いぢゃ!」
痛みへの悲鳴と、帽子を求める悲鳴が混ざり合ってわけのわからぬことになり、この悲鳴には子ふらんたちは大喜びであった。
「うー、こいつもおしまい」
「うー、こいつはたのしかった」
「うー、おぼうしかえしてやろうか」
「……ばりざ……の、おぼ……がえじで……」
死に掛けの状態だというのに、帽子をくわえてきた子ふらんに向かって懇願する子まりさ。
「ゆー! そのおぼうちちょうらい!」
だが、ふらん一家の赤まりさが言うと、子ふらんは赤まりさの方へと帽子を落とした。そもそも、帽子を返してやろうというのは気紛れ以外のなにものでもなかったのだから、家族の「妹」である赤まりさの方を優先するのは当然と言えた。
「うー、これくしょんにするのか」
「ゆん! このおぼうちカッコいいにぇ!」
人間の目からは全く同じに見えるゆっくりの装飾具だが、ゆっくりたちはこれで個体識別をするので、違いがわかる。それゆえに、ゆっくりの目から見ると、中にはカッコいいと分類されるものもある。この赤まりさは、自分と同じまりさ種の帽子で気に入ったものをコレクションしていた。もちろん、死ぬ前にまりさから離れて死臭がついていないものに限ってだが。
「ゆ゛ぅぅぅ」
赤まりさが嬉々として自分のお帽子を持ち去ってしまうのをなす術なく見ながら、子まりさは絶命した。
最終更新:2011年07月29日 18:05