TIE3
想像を絶する繁殖の仕方だったのは間違いないが。
それでも二回目の交尾にして僕の予想は的中した。
今回、親
ゆっくりは彼らのお家に待機してもらって
子供の2匹を机の上で交尾させた。これは二回目だ。
1匹のひたいを人差し指で小刻みに振動を与えると下部から突起が生え始める。
そこに消臭スプレーから取り出した液体を綿棒にしめらせ、突起にぬる。
すると
「ゆ、ゆひぃぇ……しゅっきりしだい……! ゆへ、ゆへっ……つーん。ゆへへぇっ」
スプレーを直接吹きかけるより効果的に発情する。
「ゆゆっ!? またしゅっきりしたいの!? もうゆっくりしたいよ。おちびちゃんに会わせてね」
『おっとと、逃げちゃだめ。まぁまぁ頼むよ』
僕は手で、発情していない方のゆっくりが逃げようとするのをとうせんぼすると
あっという間に発情したゆっくりにのし掛かられた。
この机の脇に厚紙の箱がおいてあり、箱の中には4匹の赤ん坊のゆっくりが純真無垢な顔で楽しそうに跳び回っている。
4匹はいずれも、れいむ種である。
次の交尾でもれいむしか生まれないのであれば僕の予想は外れることになる。
「しゅっきりぃ~しゅぅぅきぃりぃぃ」
「おもいよ。はなれてねつぶれちゃうからね!」
ゆさゆさ揺れる動作を続けた数秒後、動きが止まっていく。
満足そうな顔をして、事を終えたであろうゆっくりは離れていく。
役目を終えたので、この子も“お家”に帰す。
さて、種付けをされた方を見れば、二回目の“発芽”が始まっていた。
ひたいから伸びる芽に集中しているのか、見るからに痩せ始めていくゆっくりは目を閉じ動かなくなった。
伸びる一本の芽は8cm足らずでとまり、わずかな葉と実を成しはじめた。
実は6個。一度目より2つほど多い。瞬く間にふくれていく実はビー玉大にまで育つと顔と種類による特徴がはっきりわかる。
『上から、れいむ、れいむ、まりさ、れいむ、まりさ、れいむ』
れいむとれいむから、2匹のまりさが生まれた。
「メンデルの法則」である。
より体格の大きい母親と交尾をさせた方が安全とも考えていたのだが。
これをやりたかった。
交尾させた2匹は、れいむが母親で、まりさを父親としている。
メンデルの法則、優勢法則が通用するのであれば、
個体数の多いとされるれいむ:劣勢種に当るまりさ
その子、れいむとれいむでさらに孫を成すと
おおよその割合、3:1の比率でまりさが生まれるのではと予想をしていた。
どんぴしゃだ。
「お、ちびちゃ……にあわせてぇ」
もうすぐ動き始めるであろう新しい子達へ充分に養分(餡子だろうか)を送り込んですっかりしわくちゃになってしまったゆっくり。
幹をカッターナイフで切り取り、そっと1度目に生まれた子供のいる箱の中へと置いた。
しわくちゃなゆっくりも箱の中へ。
「おちびちゃ…っわだじの……」
「ゆっ」 「ゆー!」 「ままだー!」 「しわしわー」
「おちびっ……ゃ、ゆっくりしよ……うね」
ぐったりしながらも子供と会えてよろこぶゆっくり。
さすがに二回続けてはやり過ぎたかもしれないな。
飴玉をあげて体調が整うまでそうっとしておこうと僕は考えた。
『良く頑張ったね、今日は君だけひとつ多めにアメダマをあげよう』
「あま、あま……ちょうだ、い」
「ゆゆゆ!」「あまあまだー」 「ちょうだいちょうだいちょうだい!」
迂闊にも程があった。衰弱しきったゆっくりの真上からつまんだ飴玉を降ろし始めたのを見て
孫ゆっくりが4匹とも群がってきたのだ。
我先にと盲目的に飴玉へ飛び跳ねる孫達は、自分達の生みの親を踏み台にしていることに気付かない。
「やべで……、おじぶ…ちゃン……ぐるじ……」
はっとして僕は飴玉を引き離すも。
ぐねぐねにわが子に踏まれたゆっくりは、すでに動きそうになかった。
「ままー?」「ゆ、ゆゆ。どうしたの?」「あんこさんがでてる」
わずかに餡子を吐いている亡骸を囲むようにして呆然と見ている4匹の間をぬうように
新しく生まれた6匹の孫がちまちまと亡骸へと近寄り
生みの親であるのかも解らず無心に餡子を舐め始めた
僕はしばらくの間、言葉を失っていた。
幾日か経つ。
フローリングの床を楽しそうに飛び回る「親」1「子」1「孫」10 の3世代。
孫のうち2匹がまりさで、親はとても嬉しそうに「まりさまりさ」と可愛がった。
親は子も孫も「おちびちゃん」と呼んでいる。
このゆっくりは、自然の中に生きる普通のゆっくりよりも幾分か長生きしているのだろうと思う。
寿命はよくわからないのだが、日に日に体格が増え続けていて。動作がのろい。
顔の下部がとても大きく育ち、通常のゆっくりの体型とはまた別物にも思えた。
鳴き声も
「っ――――――――ゆふぅ!」
と、なかなか貫禄のある声を出す。
僕はこのRPGの中ボスキャラみたいな貫禄と
昔に遊んだ狩りをするゲームからとり
「ドス」と呼ぶことにした。
さらには
「にんげんさん、おちびちゃんに何か遊ぶものがほしいゆ」
『ボールで良いかな』
「やわらかいのならいいゆ」
会話らしい会話ができる。話せば話すほど達者になっていく。
キャリーバッグの“お家”に入れると、このドスだけで一杯になるので
ドスは部屋の隅に専用のクッションを用意してそこに座らせた。
体が重いのか、あまり動こうとしないのである。
『ここの近辺に、他の種類のゆっくりはいるのかい?』
「ゆふ、みょんが居たゆ。けど、山にいくって、それから見てないゆ」
みょん。という種類もいるらしい。
山か、自転車で1時間も掛からないところに。森のある山がある。
都市部からその山までゆっくりが行けるのだろうか。
行けるとしたら、生存能力が高い。
『よし、今度探しに行ってみよう』
「それがいいゆ。きっとみょんもよろこぶゆ」
(おや、こんな時間か)
『じゃあそろそ――』
「そろそろご飯の時間だゆ」
『……ああ、そうだね。あまあまを配る時間だ』
餌は飴玉で統一していたのだが、数が増えたので出費が馬鹿にならない。
1匹につき一日5個。ドスは7個必要らしい。
ゴミ袋にはお徳用の飴の袋がいくつも捨てられている。
「あまあまだー」「ゆっくりにもちょうだいちょうだい!」「だぜっ!」
飴の袋を持った僕の足に群がるゆっくり達に
きちんとひとつずつ渡して食べさせる。
12匹となると餌を与えるのにも一苦労。
ここで、最後の一匹に渡そうとすると……。
『あ、あれ?無くなっちゃった』
「ゆくりのあまあまはやくー」
『ごめんよ。切らしたんだ。すぐ買ってくるよ』
「ゆっくりのだけないぃぃ! ぴぎーーー!!」
『ごめん!! 待っててくれ。すぐだからさ』
泣き始めた。
さっさと買って来よう。そう思って、サイフを掴みドアを開ける。
と、丁度お隣さんが目の前を通っていた。
僕の部屋はアパートで、二階で両サイドに住人が居る。
特にこの町は静かだ。
騒音が無いという理由でこのアパートに引っ越してきたくらいだ。
そんな僕が。
『こんばんは』
「ねぇお隣さん。最近あなたの部屋から声が聞こえてうるさいの
どうにかならないかしら。少しくらいはいいんだけど。やっぱり夜中はもうすこし――」
『すみませんでした』
謝る他ない。現にペット厳禁であるのに飼っている。
それまで慎ましく生活していたのに、一変して喋るペットを複数飼い始めたのだ。
苦情も来て当然だ。
以前まで飼っていた猫は辺りと交渉の上、うるさくしないという条件の下で特別許可を貰い飼わせてもらっていた。
「ぴぎぃーーー!」
僕の部屋から泣き声が響く。
ドアを一瞥して、こちらをギロリと見てくるお隣さん。
「ほんとっ、頼むわね」
『はい、すみませんでした』
去っていくお隣さんに頭を下げたままの僕。
そうだとも、もっと静かに生活しなきゃいけない。
「ぴぎーーーー! ぴぎぃぃぃぃ!」
ドア越しに聞こえる泣き声が瞬きすら忘れた僕の耳に入り続ける。
TIE3 完
最終更新:2013年05月04日 21:27