ゆっくりいじめ系222 ゆっくり記念日(前編)

ゆっくり記念日」(前編)






飼い犬に手をかまれた、というか、飼いゆっくりに手をかまれたと言うべきなのか。
とにかく僕は、上昇する怒りのボルテージに打ち震えていた。

「ゆ!!おにーさん!!おかえりなさい!!」「きょうもゆっくりしていってね!!」

目の前で跳びはねているのは、ゆっくりまりさとゆっくりありす。
その声色は、こっちがイラつくぐらいにうれしそうだ。
だが、そいつらの姿は僕の目には入ってこない。僕は…別のものを見ていた。

「こ、これは…」

倒された花瓶。本棚から投げ出された本。
割られた皿。ばら撒かれた食料。フローリングの床にブチまけられた庭の土。
挙げればきりがない。これでもかというぐらい徹底的に、僕の部屋は荒らされていた。

そして…僕が最後に目にしたもの。それは…ちょうど一年前の写真だった。
その写真には一年前の僕と、まりさ、そしてありすが横に並んで写っている。
しゃがみ込んだ僕がまりさとありすに挟まれるようにして、3人にこやかな表情をしていた。
今でも覚えてる。手持ちの三脚ではまりさとありすが写らないので、わざわざ小型の三脚を買ってきたのだ。

『おにーさん!!これなあに?』
『これはカメラといってね、写真を撮るものだよ』
『しゃしん!?しゃしんってなあに?ゆっくりできる?』
『あぁ、ゆっくりできるとも。あのカメラに向かってにっこり笑ってごらん』

パシャッ!

『ほうら、見てごらん』
『ゆゆ!!まりさかわいい!!』『ありすもかわいいよ!!』

出来上がった写真を見せてやると、2人はとても喜んでいたっけ。

『3人でずっとゆっくりしようね!!』

そんな3人が出会った日の、思い出の写真。ちょうど一年前の、思い出の写真。


その写真が、無残にも破かれていた。

僕の顔も、まりさの顔も、ありすの顔も、念入りに破かれていた。


ご丁寧に写真立てを破壊して、中から取り出して、踏みにじるようにくしゃくしゃにして。
何度も何度も繰り返し引きちぎって、細切れにして…そんな風に、破かれていた。
そんなバラバラになった写真を見て、僕は一年間のまりさたちとの思い出が…踏みにじられたような気がした。

「おにーさん!!まりさたちのおうちでゆっくりしていってね!!」
「ありすのとかいはのおうちだよ!!ゆっくりくつろいでね!!」

2人の、いや…2匹の“自分の家”宣言で我に返った。
こいつらはこの写真を見て何も思わなかったのだろうか?
一年前の、僕らの写真を見て…感慨にふけるとか、懐かしいとか、そういう感情を抱かなかったのだろうか?
これまでこいつらに接してきて、僕は不思議でならなかった。

この2匹は以前の飼い主の教育の結果か、野生とは比べ物にならないぐらい礼儀正しく、
他人に対して思いやりのある心を持ったゆっくりだった。
まりさとありすは、互いを尊重しあっていた。喧嘩をしたり、貶しあったりなど絶対にしなかった。
まりさは生来のずる賢さを持っていたが、それが原因でありすを傷つけることなどなかった。
ありすは発情期になっても鋼の理性を持ってまりさに接し、決して強引な交尾をすることはなかった。
それら全ては、まりさとありすが愛し合っていたからこそだ。

2匹は信頼し合い、飼い主である僕をも信頼していた。
そして、僕も2匹を信頼していた。

今日のつい数分前までのことであるが。

「僕は間違ってるのか?」
「ゆ!?おにーさん!!げんきだしてゆっくりしてね!!」

僕が間違っていたのだろうか?
こいつらに、一年前の写真を見て懐かしむとかいう…そういう人間らしい感情を期待した僕は間違っているのだろうか?
間違っていたのだろうな。そうでなければ、この写真はこんな状態では存在していないはずだ。

「そうか、僕の勘違いか」
「おなかすいたよ!!ゆっくりごはんよういしてね!!」

あまりにもこいつらの出来がいいので、勘違いしてしまった。
僕の中に一種の幻想があったのだ。思い込みという名の幻想が。
こいつらとなら、きっと理解し合える。こいつらは、普通のゆっくりとは違う。
それは勘違いだったのだ。こいつらには人間らしさなど欠片もない。
所詮は、ただの畜生だったのだ。ただの、ゆっくりだったのだ。

「……出て行けよ」
「ゆっ!?」

それはある意味、こいつらを思いやっての発言だった。
このまま2匹がこの家に居座るなら、僕はこいつらを殺しかねない。
そうならないための、僅かながらの配慮だ。

「まりさのおうちでゆっくりしていってね!!まりさたちもここでゆっくりするからね!!」
「それよりもおなかすいたよ!!おにーさん!!とかいはのごはんをちょうだいね!!」
「いいから出て行けよッ!!」

目の前で自分の家宣言し、さらに食料まで要求し始める始末。
今もなお、どすんどすんと荒れ果てた部屋の中で楽しそうに跳びはねている。

「まりさとありすはここでゆっくりするよ!!おにーさんもゆっくりしていってね!!」
「おにーさんひとりじめしないでね!!ありすだってここでゆっくりするんだからね!!」

こんなのを…こんなのを、僕は一年間も飼っていたっていうのか…?
…あぁ、もういいや。こいつらは畜生に成り下がったのだから…僕も畜生に対する接し方をすればいいや。

「ゆぎゅえぶうううぅぅ!!!」

その瞬間、ありすの隣からまりさが消えた。
直後通過する僕の足。その風圧で、ありすの金髪が靡いた。

「ゆ?」

ありすは、何が起きたのか理解できていない様子。
僕は親切に、後ろを指差してやった。
そこには、壁に張り付いて口から餡子を吐き出しているまりさがいた。

「ゆ!!……ゆべえ゛え゛え゛ぇぇぇぇぇぇ!!」
「まりさア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

壁から剥がれ落ちたまりさに駆け寄って、傷をなめるありす。
まりさはびくびくと痙攣しているが、死には至っていない。

「お゛……おにーざん゛……どうぢで…?」
「おにーさん!!まりざになにずる゛の゛!!そんなのどがいばのずるごとじゃないよ゛!!」

涙目になって訴えるありす。僕は無表情のまま、そいつらを見下していた。

「そうか…じゃあ、お兄さんの部屋をこんな風にするのは、都会派のすることなのか?」
「ゆ!そ、そうだよ!!おにーさんのおへやをとかいはのこーでねーと」
「もうウンザリだ!!さっさと出て行けよッ!!」

僕の怒鳴り声に、ありすの言葉が止まった。
さっきから開け放たれたままの窓。僕はその外を指差した。
外は既に夕方。街灯なんて親切なものはない。
周りは森林に囲まれていて、いつ野生生物に襲われるかもわからない。

「いやだあ゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!おにーざんどゆっぐりずるのおおおぉぉぉ!!」

都会派らしからぬ、ありすの駄々のこねっぷり。
くねくねと身体をひねっている。本当に気持ち悪い。
そうこうしているうちに、まりさが回復してぷくっと膨れて威嚇してきた。

「おにーさん!!ゆっくりあやまってね!!いまならゆるしてあげるよ!!」
「まりさのいうとおりだよ!!とかいはのありすが、とくべつにゆるしてあげるよ!!」
「同じことを何度も言わせるな。お兄さんは出て行けと言っているんだ」

威嚇を続けるまりさに歩み寄って、上から鋭い目で見下す。

「それとも、一生ゆっくり出来ないようになりたいのかな?」

“一生ゆっくり出来ない”
それは、ゆっくりすることを最大の目的として生きているゆっくりにとって、最悪の未来。
僕の言葉の意味を正確に捉えたのか、“ゆっくり出来ない”の部分だけ理解したのか、どちらかわからないが。

「ゆ、ゆっくりしたいよ!!おねがいだからゆっくりさせてね!!」
「ありすもゆっくりするの!!とかいはのひとはゆっくりしてすごすんだからね!!」
「もう、一度しか言わない。ここから出て行け。出て行かないなら、二度とゆっくり出来なくしてやる」

そこらへんに転がっていた灰皿を手に取り、大きく振り上げる。
まりさとありすは、その僕の動作を見て一瞬震えた後…お互いの顔を見合わせた。

「ゆぅ!ここじゃもうゆっくりできないね……おにーさん!!さようなら!!」
「さようなら!!ずっとゆっくりしていってね!!」
「あぁ、二度と戻ってくるなよ」

やっと出て行く気になったらしい。
やつらは僕に背を向けて庭に飛び出し、そのまま去っていく。
時折こちらを振り向いて名残惜しそうにしているが…しばらくすると、2匹の姿は完全に見えなくなっていた。
ゆっくりと…振り上げた灰皿を下ろす。
さて、まずはこの部屋の片づけをしないとな。



大体部屋を片付け終えたのは、2匹を追い出してから2時間後だった。
部屋の惨状のわりに、壊れていたものはそれほど多くなかったので、そういった意味での損失は最小限で済みそうだ。
残されたのは、テーブルの上の写真だけだ。破られたままの破片を一箇所に集めただけだが。
いまさら繋ぎ合わせる必要も無いな。後で捨てよう。

外は雨が降っている。驚くことは無い、予報どおりだ。
予報によればこれから明日にかけて強い雨が降り続けるらしい。

そして、3時間後。
豪雨の音に混ざって別の音が聞こえたので、庭のほうで耳を澄ましてみると…

「おにーさん!かえってきたよ!!」
「あめがふってきてゆっくりできないよ!!ゆっくりおうちにいれてね!!」

5時間程前に追い出したはずの、まりさとありすだった。
先ほどまでそこらへんでゆっくりしていたが、雨が降ってきたので帰ってきたということだろう。
その声を聞いた瞬間、静まりつつあった怒りが再燃するのを感じた。

「おにーさん!!ぬれちゃうよ!!ぬれたらゆっくりできないよ!!」
「ゆっくりなかにいれてね!!なかにはいらないとぬれちゃうよ!!」

しばらくの間放っておくことにする。
僕の怒りが伝わっていなかったようなので、この機会にゆっくりと理解してもらおう。

「なかにいれてよ!!このままだとしんじゃうよ!!」
「とかいはのありすは、あめのひはおうちのなかですごすんだよ!!だからなかにいれてね!!」

なかなか喧しい声が止まない。諦めて去っていく気配も無い。
こいつらは、『二度と戻ってくるな』という僕の言葉をたった5時間で忘れてしまったのだろうか。

「ながにいれでぇ!!ごのままじゃゆっぐりできなぐなるう゛!!」
「おねがいじまずうぅぅぅ!!!ながにいれでぐだざいいい゛い゛い゛!!」

だんだん必死になってきた2匹。
僕は沈黙したまま、2匹の声に耳を傾ける。

「も、もうだめえええぇぇぇぇ!!!ゆッぐりでぎなぐなるうううぅぅぅぅぅ!!!」
「おにーさん!!まりさが!!まりざがああああぁぁぁぁぁ!!」
「もっと…おにーざんのおうぢで……ゆっぐりじだがっだよぉ…!」

数分後には、2匹の声は聞こえなくなった。
この豪雨なら2匹の残骸も綺麗に流してくれるだろう。

そう、僕と2匹の思い出と共に…



翌朝。カーテンの隙間から差し込む日差しで、僕は目を覚ました。
どうやら雨はもうあがったらしい。ガラス越しに眺める空は、見事に晴れ渡っていた。

「さて…」

朝食後にやらなければならないことがある。
まりさとありすの残骸がどうなったか、確認することだ。
あれだけの豪雨だったから、少量の餡子など綺麗に洗い流されているはずだが…

ガララララ!

窓を開け放った途端、僕は唖然とした。

そこには…どこから持ってきたのか、泥水で濡れた透明なビニールシートが敷かれている。
不自然にバレーボール大の2つの盛り上がりが出来ていた。
そして…中から飛び出してきたのは、昨日のまりさとありすだった。

「やっとなかにはいれるね!!」
「おうちのなかでゆっくりしようね!!」

一体何が起きたのか、わからなかった。
こいつらは昨日の豪雨で、綺麗に流されたんじゃなかったのか?
僕がぼーっとしているうちに、2匹は跳びはねながら意気揚々と中に入ってきた。

「やっとまりさたちのおうちでゆっくりできるね!!」
「おにーさんはいじわるだね!!でもごはんをもってきたら、とくべつにゆるしてあげるよ!!」

まったく悪びれる様子もなく笑うまりさと、ぷくっと膨らんで威嚇してくるありす。
だが、僕の驚きはこれで終わりではなかった。

「いまだしてあげるからね!!そとでゆっくりしようね!!」
「ゆっくりでてきてね!!ここならみんなでゆっくりできるよ!!」

そう言って、2匹は口を大きく開けた。
すると、2匹の口の中からそれぞれ5匹ずつ…合計10匹の赤ちゃんゆっくりが出てきたのだ。
内訳は、ちょうどまりさ種とありす種が5匹ずつ。

「ゆっきゅりー!」「ゆっくいー!!」「ゆっくいしていってね!!」
「ありしゅ!ゆっくりちていってね!!」「まりしゃもゆっくりちていってね!!」

広い部屋に興味津々の赤ちゃんゆっくりたちは、それぞれ気の赴くままにゆっくりし始めた。
どうやら、豪雨の深夜にビニールシートの下で交尾をして、早朝に出産したらしい。
口の中に入れていたのは、はしゃぎ回ってビニールシートから出てしまうのを防ぐためだろう。

開いた口が塞がらない僕のもとへ、親である2匹がにこにこしながら跳ねてくる。
昨日までは僕の心を和ませていたその笑顔が、今はとてつもなく憎たらしい。

「まりさとありすのあかちゃんだよ!!ゆっくりかわいがっていってね!!」

その赤ちゃんはというと…
部屋中に四散して花瓶の花をかじったり、灰皿をひっくり返して中の灰をばら撒いたり、
タンスを開けて僕の服を涎まみれにしたり、キーボードの上で跳びはねて壊したり…
一番僕の怒りをかきたてたのは、僕の財布からお札を取り出し、口に含んでは『まじゅいよ!!ぺっ!!』と
涎にぬれて千切れてしまった高額紙幣を吐き出した、2匹の赤ちゃんゆっくりだった。

…もうダメだ。なるべく穏便に終わらせようと思っていたが、我慢の限界だ。

「ありすのあかちゃんかわいいでしょ!!とくべつに、ゆっくりかわいがってもいいよ!!」
「お前ら…ふざけてるのかッ!!!」

バン!!とテーブルを強く叩く。
その音に、合計12匹のゆっくり親子は驚いて固まった。
ぽかんとした顔で僕を見つめている赤ちゃんゆっくりたちに至っては、
すっかり怯えてしまってその場で泣きはじめてしまった。

「ゆびゃああああぁぁぁぁぁ!!おにーじゃんがおごっだああああぁぁ!!!」
「ごわいよおおおぉぉぉ!!ゆっきゅりできないよおおぉぉぉ!!!」
「ゆっ!!なかないでね!!おかーさんがゆっくりさせてあげるからね!!」

まりさは泣き喚いている赤ちゃんゆっくりをあやすために、部屋中を駆け回り始めた。
一匹を泣き止ませてはまた一匹、とバラバラの場所で泣いている赤ちゃんに一匹ずつ対応している。
もう一方の親であるありすは、再び身体をぷくぅっと膨らませて僕に涙目で抗議してきた。

「ひどいよおにーさん!!あかちゃんがこわがってるよ!!ゆっくりあやまってね!!」
「「「「「ゆっきゅりあやまってね!!」」」」」

ありすの抗議の後、赤ちゃん10匹による合唱が続いた。
どうやら、こいつらは自分達が悪いことをしているという自覚がないらしい。
ゆっくりするためなら何をやってもいい…こいつらの餡子脳は、そう思ってるに違いない。

…もう諦めよう。口で何を言っても無駄だ。
昨日まで仲良く過ごしてきたから、情が移っていてどうしても自分で手を下せなかった。
僕の中にそういう甘えがあった、それは事実だ。でもそんな考えは、もう捨てよう。

僕は、僕自身の手で…こいつらに最大限の罰を与えることにした。

「ゆ!?ゆっくりはなしてね!!」

いつの間にか子供たちとゆっくりしていたまりさを、頭の上から掴みあげる。
まりさはぷるんぷるんと身を揺らして、僕の手から逃げ出そうとするが…そんな力で逃げられるわけがない。

「おにーさん!!おかーさんをゆっくりはなちてね!!」
「これじゃゆっくいできないよ!!おかーさんになにするの!!」

「何って…楽しいことだよ」

そう言って僕が取り出した透明な箱を見て、ゆっくり一家は一箇所に固まって怯え始めた。



逃げ回る赤ちゃんゆっくりを捕まえるのは、決して難しいことではないが面倒だ。
僕はまず、両親であるまりさとありすを捕まえて、自作の透明な箱に閉じ込めてやった。
この箱には空気穴よりも大きな穴が開いていて、赤ちゃんゆっくりなら通り抜け可能だ。

「ゆぐっ!!ゆっくりここからだしてね!!いまならゆるしてあげるよ!!」
「とかいははひろいところでゆっくりするんだよ!!ここじゃゆっくりできないよ!!」

箱には数センチの余裕があるため、喋ることもできるし少しなら跳ねることもできる。
だが、ちょっと跳ねる事が出来たとしても…ゆっくりの数倍の重量がある箱を動かすことは出来ない。
そんな親の周りに群がって、赤ちゃんゆっくりたちも僕を見上げて文句を言い始めた。

「おかーしゃんをここからだちてね!!」「ゆっくりだちてあげてね!!」
「おにーさんとはゆっくりできないよ!!おかーさんをたすけたらどっかいってね!!」
「じゃあ、誰かお母さんと替わってあげる?誰かがあの中に入るなら、お母さんは出してあげるよ」

…途端に、赤ちゃんゆっくりたちは黙り込んでしまった。
何か言いたそうにお互い顔を見合わせているが、結局何も言わずに僕に視線を戻した。
そうだろうな。口では助けろとか言うけど、自分が犠牲になってまで助けたくないよな。

「そうかそうか、皆はお母さん達なんか放っておいて、自分達だけでゆっくりしたいんだな」
「ゆ!!そうじゃないよ!!おにーさんがおかーさんをたちゅければいいんだよ!!」
「じゃあ助ける代わりに、君があの箱の中に入ってよ。簡単なことでしょ?さあ入ってよ!」

そう言って、一匹の赤ちゃんまりさの背中を押して透明な箱に近づけていく。
中に入っているまりさとありすは、悲しげな目でその赤ちゃんを見つめていた。
赤ちゃんまりさは…耐え切れず、本音を漏らした。

「ゆっ……まりさははこのなかにはいりたくないよ!!おかーしゃんたちはずっとはこのなかにいてね!!」
「フフフ、そうだよなぁ。まりさはお母さんのこと嫌いだもんなぁ。だから助けたくないんだよなぁ」

赤ちゃんまりさを押す手を止めた。
両親はどこか安心したような、残念そうな、複雑な顔をしている。

「ゆっ……ゆぐっ…うぅ!!」

反論したいのだろうが、反論すればまた箱の中に入れと言われる。
分かっているから、赤ちゃんまりさは何も口答えしない。生まれたてなのになかなか賢いな。
それは周りの赤ちゃんゆっくりも同じだ。自分が抗議すれば、自分が代わりになれと言われるに決まってる。

すっかり静かになってしまった赤ちゃん達。
両親が箱の中から、ゆっくりしていってね、と静かに呼びかけても反応しなくなった。

「さて、皆はお母さん達のこと嫌いみたいだから、あんなの放っておいてゆっくりしようね!!」

僕が用意したのは、赤ちゃんサイズのゆっくりがぴったり収まるであろう、透明な箱だ。
蓋を開けて、横倒しにして床の上に置いておく。

「それじゃ皆で楽しく競争しようね!あの箱の中に一番早く入った人は、すっごくゆっくりさせてあげるよ!!」
「ゆ!ゆっくり!?」「ゆっくりちたいよ!!」「ゆっくりさせてね!!」

もう両親のことはどうでもよくなったのだろう、赤ちゃんらしいはしゃぎっぷりだ。
僕は床にテープを一直線に貼って、10匹の赤ちゃんゆっくりを横一列に並べた。

「ここがスタートラインだよ!お兄さんが『よーいどん!』って言うまでここから出ちゃダメだからね!
 ここからはみ出たズルい子は、ゆっくりできなくなっちゃうよ!」
「ゆ!まりしゃぜったいずるしないよ!!」「ありしゅもとかいはだから、ずるしないよ!!」

スタートラインに並んで、目的の箱を真剣に見つめる10匹の赤ちゃんゆっくり。

「それじゃ行くよ!……よーい、どん!!」
「ゆっくりぃーー!!!」「ゆっくりいそぐよ!!」「ゆっくりどいてね!!」

10匹の赤ちゃんゆっくりが一斉にスタートし、一目散に箱の中を目指す。
焦りすぎてこけたり、2匹のゆっくりが押し合って顔が面白く歪んだり…見ていて面白い。
箱の中の両親ゆっくりも、子ゆっくりが楽しそうにしている姿をみて暢気に微笑んでいる。
さっきまでの深刻そうな表情は、どこかへ行ってしまったようだった。

そして…

「ゆっくりいちばんだよ!!」

一匹の赤ちゃんまりさが箱の中に入った。僕は即座に蓋を閉じる。
2番目以降の赤ちゃんゆっくりは、勢いあまって箱に激突し、痛みに涙を滲ませていた。

「ゆぐぐぐ!!ずるいよ!!まりさがいちばんになるんだよ!!」
「ありすがゆっくりするのぉ!!だからゆっくりそこからでてきてね!!」
「ゆゆゆ♪ゆっくりぃ~♪」

文句を言い始める9匹の赤ちゃんゆっくり。それに対し、箱の中のまりさは余裕の表情。
こうして蓋をされた箱の中にいれば、箱のゆっくりに危害を加えられることもないからだろう。

「おにーさん!!あのこだけずるいよ!!まりさもゆっくりさせてね!!」
「ありしゅもゆっくりしたいの!!いっしょにゆっくりさせてね!!」
「そうかそうか、皆もゆっくりしたいか…じゃあ多数決で決めようか!!」
「たすうけつ?それってゆっくりできるの?」「そんなのいいから、みんなでゆっくりしようね!」

さすがに多数決という言葉は知らないのだろう。
箱の中の赤ちゃんまりさだけでなく、外の9匹の赤ちゃんゆっくりも首を傾げている。

「箱の中の子だけゆっくりするか、外の子だけゆっくりするか、皆で決める方法だよ!!」
「みんなできめるの!?すごーい!!」「それならゆっくりできるね!!」

何がすごいのか、何がゆっくりできるのか、僕には理解できない。
箱の中の赤ちゃんまりさも、これから何が起こるか分からないくせにわいわい喜んでいる。
別の場所で箱詰めされたままの両親も、危機感をまったく感じずにニコニコしている。
まったく、こいつらときたら…これから起こる悲劇も知らずに…

「じゃあ始めるよ!箱の中の子だけゆっくりすればいいと思う人は、ゆっくり跳ねてね!!」
「ゆっくりぃー!!」

すると、箱の中の赤ちゃんまりさ一匹だけがぴょんぴょん跳ね始めた。
外の9匹は『そんなのずるいよねー!』『ねー!』と言い合うだけで跳ねようとはしない。

「ゆゆ!!みんなもはねてよね!!まりしゃがゆっくりしゅるんだからね!!」

そんな身勝手な要求に応える赤ちゃんたちではなかった。

「“箱の中の子だけゆっくりする”がいい人はひとりだけ!うーん残念♪」
「ゆー!!ひどいよおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
「さて“外の子だけゆっくるする”のがいい人は、ゆっくり跳ねてね!!」
「「「「「ゆっくりぃー!!!!」」」」」

今度は、箱の中以外の9匹の赤ちゃん全員がぴょんぴょん跳ね始めた。

「はい決定!!多数決の結果、“外の子だけでゆっくりする”ことに決まりました!!」

僕が宣言すると、箱の外の赤ちゃんゆっくりがわいわいはしゃぎ始める。
そんな様子を見て、箱の中の赤ちゃんまりさは滝のような涙を流して喚き始めた。

「ぞんなのずるいいいいいぃぃぃぃぃ!!!まりしゃもそとでゆっぐりじだいいいいぃぃぃぃぃ!!
 ごごがらだじで!!まりざもゆっぐりずるの゛!!みんなだけじゅるいいいいいいぃぃぃ!!!」
「でも、皆で決めたことだから仕方ないよね!!」
「そうだよ!!まりさだけゆっくりするのはずるいよ!!」
「ねー!ありすだってゆっくりするんだから!!」

先ほどとは立場が正反対になってしまった。
一番に箱の中に入ったまりさは、多数決で『ゆっくりできない』と決められてしまったのだ。
さっきまで自分だけがゆっくりできるはずだったのに…酷い話である。
ま、しょうがないよね!皆で決めたことだもんね!と、僕は箱に収まった赤ちゃんまりさを持ち上げた。

「ゆ!?ゆっくりだしてね!!まりしゃもゆっくりするよ!!」
「残念ながら君はもう二度とゆっくりできないよ」

言いながら、僕は箱の蓋を開けて赤ちゃんまりさを片手で掴んだ。
そして、未だ箱に収まっている両親にもよく見えるように振り上げて…

「せーのぉ…」
「いや゛あ゛!!ゆっぐりはなじでぇ!!!!あぎゃーぢゃあああああああああん!!!」




作:避妊ありすの人

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最終更新:2008年09月14日 06:25
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