中編から

※読みにくいです


それから仕事支度をしている間も、れいむはずっと「ゆっくりしてね!ゆっくりしていってね!」と言いながら傍について回った。
お兄さんは一つ溜息をついた。まだ会社に行くには時間に余裕がある。

「……れいむ、久しぶりに外、出掛けるか」
「ゆっくりして・・・・ゆ?おそと!?」
「ここんとこずっと家の中だったからな。色々ストレスも溜まってんだろ」
「ゆゆ!!れいむおでかけしたいよ!!」

れいむがお兄さんにお外に出してもらったのは、今まで精々2~3回。
ゆっくりにとって外の世界は危険過ぎるため、あまり家から出さないようにしていたのだ。
しかしれいむが見た外の世界は、爽やかに吹き抜ける風や、視界一面に広がるお空、
まりさやありすなどの他のゆっくりなど、おうちではお目にかかれない珍しいものが沢山あり、とてもゆっくり出来た。
あまり催促などはしないでいたが、またいずれ外に出たいと思っていたのだ。

(もしかしたらおにいさんは、だいすきなれいむをなかせちゃったことをわるいとおもってるのかもしれないよ。
 おにいさんはわるくないよ。でもやっぱりおにいさんはすごくゆっくりしているよ。れいむはおにいさんがだいすきだよ)

れいむはお兄さんの口には出さない気遣いに深く感動し、身を打ち震わせた。
「おたべなさい」なんてしなくても、れいむとお兄さんは充分ゆっくり出来るんだ。
食べてもらえないのは悲しいが、それでもお兄さんに嫌われるよりは、ずっとずっと幸せだった。
そしてお兄さんの用意してくれた外出用のバスケットにすっぽりと身体を収める。

「狭くないか?」
「ゆゆ・・・だいじょうぶだよ!おにいさんはおもくない?」
「まあ、お前ら見た目より軽いからな」

やがて扉の開く音が聞こえ、バスケットの細かな網目から外の涼やかな空気が流入してくる。
れいむは内心、このバスケットがあまり好きではなかった。
外の様子がちっとも見えないからだ。せっかくの外出、移動中の景色というのも楽しみたい。
しかし、中からお外が見えるようなクリアケースとなると、どうやら少し手に入れるのが大変らしい。
わがままを言って外出自体を禁止にされてしまっては元も子も無い。
れいむはお外に出られるだけよしと思い、このバスケットで我慢していた。

やがてお兄さんは電車に乗る。れいむも電車のことはテレビなどで知っている。
少し遠くに行くようだ。おうちの近くだけでも凄くゆっくり出来るのに、遠くに来たらどれほどゆっくり出来るのだろうか。
れいむはウキウキし、お兄さんに迷惑がかからない程度に箱の中で身体を上下に揺すった。
お兄さんの家は、会社から電車で一時間ほどの距離にある。
この電車はいつも使っている通勤路線の、その中途から延びている支線だ。
やがて彼は、目的の駅で下車する。そこは都市郊外の、自然豊かな風景と住宅街が広がる静かな地域だ。
彼は駅からまたしばらく歩き、大きな公園に辿り着くと、ようやくバスケットかられいむを出してやった。
れいむは喜び勇んで土の地面に飛び降りると、目をキラキラさせて辺りを見回した。

「ゆゆーーー!!ゆっくりできそうなものがいっぱいあるよ!!」
「おー、存分にゆっくりしろ」
「おにいさんもいっしょにゆっくりしていってね!!」

あまりの嬉しさに、ゆぅゆぅ鳴きながら辺りをでたらめに跳ね回るれいむ。
すると近くの茂みから、ガサガサと音を立てて何かが現れた。

「ゆっくりしていってね!!」
「お?」
「ゆゆっ、まりさ!」

ゆっくりまりさだった。
身体や帽子が土で汚れてはいるが、なかなか栄養状態の良さそうな、ゆっくりしたまりさである。
ペットショップで何度か見たことはあったが、こうしてまりさと出会うことはれいむにとって初めてのことだった。
まりさは物珍しげに、飼いゆっくりであるれいむを眺めている。

「れいむはどこからきたの?」
「れいむはおにいさんといっしょにきたんだよ!」
「ゆゆ!まりさはれいむといっしょにゆっくりしたいよ!!」
「会話になっているのかいないのか……」

一緒にゆっくりしたいと言われ、れいむは戸惑う。今日はお兄さんとゆっくりするつもりだったのに。
しかしやはり自分の分身などとは違い、正真正銘の他ゆっくりを見ていると、一緒にゆっくりしたくなってくる。
確かにこの欲求に従えば、自分は今までとはまた違ったゆっくりを楽しむことが出来るだろうが……
まりさと一緒にゆっくりしてしまっては、連れてきてくれたお兄さんに悪くはないだろうか?

「ゆゆ・・・おにいさん!まりさとゆっくりしてもいい?」
「ああ、構わないよ。好きなだけゆっくりして来い」
「ゆゆーーー!!おにいさんありがとう!!まりさとゆっくりしたらかえってくるからここでまっててね!!」
「れいむ、ゆっくりあっちにいこうね!とってもたのしいあそびばがあるよ!まりさのおともだちもいるよ!」

ゆっゆっと談笑しながら、れいむとまりさは仲良く公園の奥へと跳ねていく。
お兄さんはれいむが見えなくなるまで、その姿を見送る。
そしてさっさと踵を返し、駅へと歩き出す。れいむ用のバスケットは途中のゴミ収集場に廃棄した。
待ってなどいられるわけがない。彼にはこれから仕事があるのだから。尤も、後で迎えに来るつもりなども無かったが。

「そう、ゆっくりして来いよ……好きなだけな」

れいむが遊んでいる公園は、有名なゆっくり捨て場だった。
大きな公園にホームレスの人々が無断で集落を築くように、あの公園も一角をゆっくりの群れが占拠しているのだ。
最初は何匹かのゆっくりがゆっくりプレイスにしていたのだが、次第に捨てゆっくりが集まって大きくなった。
ここにゆっくりを捨てる人々は、「ここのゆっくり達はそこそこに幸せそうだ。他のところに捨てるよりずっと適切な処置だ」
と自分に言い聞かせ、飼いゆっくりに自らの手元を『卒業』させていく。
電車に乗ってここまで来る途中、何度も自問し、それで本当に良いのかと考え直した。
けれどやっぱり彼もまた、そういった人々の一人となった。
彼はプランターで育てた花を公園の土に植え替えるような気持ちで、れいむを捨てた。

れいむは、もう「お食べなさい」をしないと誓った。以前と同じようにゆっくりしたいと言った。
だがもう遅かった。一度でもあんな様を見せられては、あんな激情を内に抱えている事を知らされてしまっては、
彼にはもはや、れいむと以前のようにリラックスした関係を続けることは不可能になっていた。
彼はそういった感情の激しい動きを嫌っていた。
常に平穏でいたい、というある種の子供っぽい願望をずっと抱えているのだ。
友人と本気で喧嘩したこともないし、恋に燃え上がったこともなければ、親類の葬式で泣いたこともない。
そんな彼が、饅頭のくせに自分の為に泣いたり感動したり、自らの命まで絶ったり、死の際まで自分のことを叫び続けるような、
そんなれいむと付き合い続けるということは、とてつもなく大きなストレスに思えてならなかった。
最早れいむは救いなどではない。自らの心の平穏……ゆっくりを阻む存在でしかなくなっていた。
あれなら、何の意味も意図も無しに「ゆっくりしていってね!!」を連呼するだけの存在の方が遥かにマシだった。
れいむのいなくなった部屋は、少し広く感じるかも知れない。
何者かの温もり恋しさに、懲りもせずにまたいつか新しいペットを購入するかも知れない。

「ま……その時は、もっと薄情な奴を飼わないとな」

彼は電車に乗り込んだ。今日も職場に向かわなければならない。
俺には孤独が似合ってるぜ、などと吐いて自分を茶化そうかと思ったが、彼はやめた。



公園にいた沢山のゆっくり達と、とても楽しくゆっくりした時間を過ごしていたれいむ。
気付けばお空は赤く染まり、どこからか「おうちに帰りましょう」というチャイムと放送が聞こえてくる。

「ゆゆ!ひがくれちゃったよ!!」

れいむは慌てる。いくらなんでもゆっくりしすぎた。お兄さんは怒っていないだろうか。
名残惜しいが、まりさやありすに別れを告げなくてはならない。

「みんな、きょうはとってもゆっくりできたよ!れいむはそろそろおにいさんのところにかえるよ!」
「ゆゆ!?やだよ!もっとゆっくりしていってね!!」
「だめよまりさ、わがままいわないでね!れいむはおにいさんとゆっくりしたいのよ!」
「ごめんねまりさ!またあそびにくるからね!」
「ゆぅ・・・じゃあゆっくりおみおくりをするよ!!」
「ゆっくりおねがいするよ!!」

まりさはれいむを先導し、公園の入り口まで案内する。出来るだけ長くおしゃべりできるように、ゆっくりとした跳ね方だ。
しかしそこで待っているはずのお兄さんは、影も形も無かった。

「ゆ!?おにいさんがいないよ!」
「ゆゆ!?れいむのおにいさんどこいっちゃったの!?」
「ゆっくりさがすよ!」
「まりさもてつだうよ!!」

れいむとまりさは、「おにいさーん!おにいさーん!」と叫びながら、辺り一帯を跳ね回った。
次第にれいむの心にこみ上げて来る焦燥。瞳にはうっすらと涙が溜まっていく。
あまりに叫びすぎて、近くを通ったおじさんに「うるせえ!」と怒鳴りつけられて「ゆぐっ」となり、溜まった涙が流れた。
しかしそこまでしても、お兄さんはとうとう姿を見せることはなかった。

「どうじでおにいざんいないの゛ぉぉぉ!!!!」
「ゆっ!れいむをなかせるなんてひどいよ!ゆっくりできないおにいさんだね!!ぷんぷん!!」
「やべでね!!れいぶのおにいざんをわるぐいわないでね!!まりざでもおごるよ!!!」
「ゆ・・・ご、ごめんねれいむ・・・」
「むきゅ、なにごとかしら」

泣き出すれいむを前にまりさがオロオロしていると、騒ぎを聞きつけたぱちゅりーがやってきた。
ぱちゅりーは元飼いゆっくりで、知恵を生かして普通のゆっくりに比べて長生きしている。
経験や知識も豊富で、群れの中では一つ抜けた判断力を持っている。この公園に住む群れの長老的存在と言えた。

「ゆゆ、ぱちゅりー!れいむをつれてきたおにいさんがいなくなっちゃったよ!」
「むきゅ・・・それじゃすてられたのね」

ぱちゅりーは事も無げに言い捨てる。ゆっくりが捨てられてくる事など、この公園では日常だ。
そしてぱちゅりーの群れは、そんな捨てゆっくりが問題を起こさないよう、また真っ直ぐ生きていけるよう、
常に受け入れと生活の支援を行っている。ぱちゅりーが捨てゆっくりと話すのは慣れっこなのだ。
どうせこのれいむも、そんな有象無象の中の一個に過ぎない。そう判断したのだ。
しかし当然、れいむが黙ってはいない。

「どうじでぞんなごどいうの!!おにいさんはれいむをすてたりじないよ!!!
 おにいざんはとってもやさしいんだよ!!れいむをゆっくりさせてくれるんだよ!!
 いつもれいむといっしょにゆっくりじでたんだよ!!これからもずっとゆっくりずるんだよ!!!」
「むきゅ・・・きもちはわかるわ。でもそんなふうにおもいあがるのが、ゆっくりのわるいくせよ。
 じぶんはあいされてとうぜんだとおもいこんで、けっきょくにんげんのふきょうをかってすてられるのよ」
「ぢがうもん!!ぞんなんじゃないぼん!!でいぶとおにいざんはずごくゆっぐりじでるぼん!!」
「でもこのこうえんには、そんなおもいこみからこうせいして、じぶんのちからでゆっくりしているゆっくりがたくさんいるわ。
 すてられたいじょう、みんなでたすけあうことがだいじなのよ。あなたもぱちゅについてきなさい」
「いやだよ!!!でいぶはおにいざんとゆっぐりおうちにがえるよ!!!
 おにいざんはまちくたびれておさんぽにいっちゃっただけなんだよ!!すぐにもどっでぐるよ!!」
「むきゅー・・・れいむ、げんじつを・・・」
「うるざいよ!!それいじょうおにいざんをばかにじだらゆるざないがらね!!!
 れいむはここでおにいさんをまづよ!!おにいざんはぜっだいむがえにぎてくれるがらね!!」

そう叫ぶと、れいむは公園入り口近くのベンチに飛び乗り、一歩も動かなくなってしまった。
まりさはますますオロオロし、ぱちゅりーに助けを求める。

「ぱ、ぱちゅりー・・・」
「むきゅむきゅ、しょうがないわね。あたまがひえるまでほっときましょう。
 おなかがすいたらなきついてくるわ。まりさもあんまりかまっちゃだめよ」
「ゆっ・・・わかったよ・・・じゃあね、れいむ・・・・・」

涙を流しながらベンチに仁王立ち(?)するれいむを残し、ぱちゅりーとまりさは群れのゆっくりプレイスに帰っていった。
やがて夜になり、公園内はとても冷え込んだ。ゆっくり達はゴミ捨て場から拾って来た古い毛布に身を包み、家族で暖を取った。
まりさは寒さを堪えてれいむの様子を見に行ったが、れいむは険しい表情のままずっとそこにいた。

翌朝になっても、れいむはそこにいた。今度は笑顔になっていた。お兄さんが帰って来た時ゆっくりさせてあげるためだ。
それから何度かの朝を迎え、まりさは何度も様子を見に行き、笑顔のれいむが動いていないことを確認していた。
もしかしたら、れいむはごはんを食べていないんじゃないか。
そう心配して、おいしい野草や生ゴミを差し出すと、れいむは力なく「むーしゃ、むーしゃ・・・」と咀嚼した。

「まりさ、おいしいよ・・・・でもおにいさんのくれるごはんはもっとおいしいんだよ・・・・」
「れいむぅ・・・まりさといっしょにくらそうね・・・もうおにいさんはこないよ・・・」
「ありがとうまりさ・・・でもれいむはおにいさんとゆっくりしたいんだよ・・・・・」
「ゆぅぅぅ・・・・れいむ・・・・・」

まりさはれいむとしばらくすりすりし、日が暮れるとおうちに帰っていった。
そして更に数日後、まりさがいつもの場所に行くと、そこにれいむはいなかった。どこにいってしまったのだろう。

「ゆっ・・・きっとおにいさんがむかえにきてくれたんだよ。
 れいむがだいすきなおにいさんなら、きっとゆっくりできるひとだよ。れいむはいまごろゆっくりしてるよ」
「むきゅ・・・そ、そうね。れいむとおにいさんはほんとうのおともだちだったのね・・・・・
 このぱちゅりーにもみぬけなんだわ・・・・むきゅきゅ・・・・・」

ホロリと涙を流すまりさを前にぱちゅりーは、近くのゴミ箱にれいむが捨てられていたことを黙っていた。
ずっとじっと待っていたため、風雨に吹かれ、鳥や虫にかじられ、全身ボロボロになっていたれいむは、
通りかかった人間にとって大きなゴミにしか見えなかったのだろう。ゴミをゴミ箱に入れるのは当然だ。
ゴミ箱の底に落ちたものを取り出すことはゆっくりには出来ず、おはかを作ってもあげられない。
ぱちゅりーは、一刻も早くゴミ回収の市職員が来て、れいむをここから連れ出してくれることを祈った。


おしまい

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年05月19日 12:21