(南の島に住むゆっくり 誰でも名前が皆「まりさ」)
「なあ、まりさ。」

「ゆ?なあに、おにいさん。」

「一つ聞きたいことがあるんだが。」

「いいよ。なんでもきいてね。」

「お前達ってさあ、皆同じ名前で同じ顔してるだろ。どうやって見分けてるんだ?」

「ゆ?おなじじゃないよ。みんなちがうんだよ。」

「じゃあ聞くが、あそこで居眠りしてる奴は何ていう名なんだ?」

「あれはまりさだよ。」

「・・・。それじゃ、むこうで追いかけっこしてる二匹は?」

「あれはまりさとまりさだよ。」

「・・・。じゃあ、あの木の下にいる奴らは?」

「あれはまりさとまりさとまりさとまりさとまりさだよ。」

「・・・。さっぱり見分けがつかん。一体どうやって区別してるんだよ。」

「ゆぅ・・・そんなこといわれてもせつめいできないよ。でもみんなちがうんだよ。
 おにいさんたちだって、みんなおなじかおしてるよ。おなじふくをきてたら、みわけがつかないよ。」

「ふーむ。双子なら確かに見分けるのは難しいかもしれないが、普通は分かるぞ。
 それに俺達はそれぞれ名前が違うからな。『イチロウ』とか『ジロウ』とか『サブロウ』とか。
 お前達は名前まで一緒じゃないか。複数いる中から一匹呼びたい時どうするんだ?」

「ゆ?だいじょうぶだよ。みんなちがうなまえだよ。まちがえたりしないよ。」

「ほう。じゃあ、ちょっとあいつらの中から一匹呼んでみてくれよ。」

「いいよ。まりさーーー!ちょっとこっちむいてねーーー!」

『ゆーーー!なあにーーー?どうしたのーーー?』

「ふむ。一匹だけ振り向いたな。」

「ごめんねーーー!なんでもないよーーー!
 いったでしょ。みんなちがうって。おにいさんにはわからないかもしれないけど、まりさたちはわかるんだよ。」

「分らんなあ。俺には分らんよ。だいたい、毎日顔を合わせてるお前の家族でも見分けがつかないんだ。
 精々分かるのは大きさの違いくらいだなあ。大きいの二匹が親で、小さいの五匹が子供だろ。
 お前の姉妹達の区別なんてつかないよ。」

「まりさはわかるんだけどなあ。」

「でも、皆まりさなんだろ。」

「うん。まりさおかあさんとまりさおかあさんと、いもうとのまりさとまりさとまりさとまりさだよ。」

「さっぱり分らん。」


(いらない子)
「俺もお前達の区別がつくようになったらいいんだけどなあ。
 俺が『おーい、まりさ』って呼んだら皆振り向くもんなあ。
 不便なんだよ。一匹だけ呼びたい時に。」

「じゃあ、れんしゅうする?」

「そうだな。とりあえず、お前の家族だけでも区別できる様に練習してみるか。
 じゃあ、お手本を見せてくれるか?お前の家族の名前を全員分言ってみてくれよ。」

「いいよ。まりさのかぞくは、まりさおかあさんとまりさおかあさんとまりさと
 いもうとのまりさとまりさとまりさとまりさだよ。」

「ん?ちょっと待った。もう一回。」

「ゆ?まりさのかぞくは、まりさおかあさんとまりさおかあさんとまりさと
 いもうとのまりさとまりさとまりさとまりさだよ。」

「もう一回。」

「まりさのかぞくは、まりさおかあさんとまりさおかあさんとまりさと
 いもうとのまりさとまりさとまりさとまりさだよ。」

「もう一回。」

「まりさのかぞくは・・・って、おにいさん!まりさのおはなしちゃんときいてよね!
 なんかいおなじこといわせるの!」

「いや、ちょっとおかしな事に気が付いた。確認するけどさ、お前達の名前は皆『まりさ』だよな。」

「ゆ。そうだよ。ちょっとちがうけどだいたいあってるよ。
 おにいさんのよびかただと、どのまりさのことをいってるのかまではわからないよ。」

「ふむ。つまり『まりさ』と一回言ったら『まりさ』が一匹いる訳だ。」

「ゆ?そうだね。」

「で、さっきお前は自分の家族の名前を言った訳だが、お前は八回『まりさ』と言ったな。」

「ゆ?はちかいいった?」

「言ったよ。」

「じゃあ、いったんだね。まりさははちかいまりさっていったよ。」

「八回『まりさ』って言ったという事は、八匹いるって事だ。」

「そうなるね。はちにんいるね。」

「おかしいじゃないか。」

「どうして?」

「お前達の家族は七匹の筈だろう?」

「そうだよ。まりさたちはななにんかぞくだよ。」

「どうして八匹いるんだよ。」

「ゆ?あれ?なんで?まりさはななにんかぞくのはずなのに、どうしてはちにんいるの?」

「おかしいよな。七匹家族の筈なのに八匹いる。いらない子が一匹いるな。」

「ゆ?ゆ?ゆ?なんで?なんで?いらないこなんていないよ。いないよ。みんなかぞくだよ。」

「良く思い出してみろ。お前の家には寝床はいくつある?」

「ゆ。まりさのおうちにはべっどはななつあるよ。ほしくさのふかふかべっどがななつだよ。」

「ほらみろ。一つ足りない。全員の分の寝床が無いじゃないか。やっぱりいらない子が一匹いるな。」

「ゆ?ゆ?ゆ?」

「いったい誰がいらない子なんだろうな?」

「ゆ!まりさじゃないよね!まりさじゃないよね!」

「どうだろう?ところでお前、家族全員の顔と名前覚えているか?」

「もちろんだよ。わかるにきまってるよ。」

「言ってみろよ。」

「まりさおかあさんとまりさおかあさんと、いもうとのまりさとまりさとまりさとまりさだよ。」

「六回『まりさ』と言ったな。六匹?おかしいじゃないか。七匹に一匹足りない。
 家族全員の名前も言えないのか?ひょっとしてお前がいらない子なんじゃないか?」

「ゆ?ゆ?ゆ?ゆ?ゆ?」

「かわいそうに。お前はいらない子だったんだな・・・」

「ゆーーー!!!まりさ、いらないこだったの!?いやだよ!そんなのいやだよ!」

「嫌だよ、って言ってもねえ・・・仕方ないじゃない。いらない子なんだから。」


(わたしはだあれ?)
「いやだよぉ・・・みんなと、みんなといっしょじゃないと・・・ゆっくりできないのぉ・・・」

「まあ諦めろ。今日からは他のゆっくりと一緒にゆっくりするんだな。
 この島にはまりさはたくさんいる。他の誰かと一緒に新しい家族を作ったらいいじゃないか。」

「ゆ・・・そうだね。そうするよ。まりさのおともだちにね、
 さいきんひとりぐらしをはじめたまりさがいるの。そのこといっしょにゆっくりするよ。」

「ふーん。いいじゃないか。そのまりさと一緒に暮らしたらいい。でもなあ・・・大丈夫か?」

「ゆ?なにが?」

「お前、その『お友達』とやらを見分ける事ができるのか?
 このたくさんのまりさ達の中から一匹のまりさを探し出す。お前にできるのか?」

「ゆ!なにいってるの!できるにきまってるよ!みわけれるにきまってるよ!
 きのうだっていっしょにあそんだんだよ!かおをわすれるわけないよ!」

「本当に?本当にできるのか?そいつの事を見分けられるのか?
 家族全員の名前も言えなかった、おバカないらない子のお前が?」

「ゆ!そんなことないよ!できるよ!きっとできる。できる・・・よ・・・」

「どうだかなあ。だって家族の事すら覚えてなかったんだぜ。本当にできるのかよ。
 その友達だってお前がそう思い込んでただけで、実は毎回違う奴だったりしたんじゃないのか?」

「え・・・」

「試してみるか。あそこで居眠りしてる奴、あいつは何て奴だ?」

「ゆ、あれはまりさだよ。」

「ん~?さっき言ってたのと違うくないか?なーんか違う様な気がするなあ。」

「そ、そんなはずないよ。そんなはずない・・・とおもう・・・よ。」

「そうか~?どうも俺にはそうは思えないが。それじゃあ、あの追いかけっこしてる二匹は?」

「まりさとまりさ・・・だとおもうよ・・・たぶん・・・」

「おやおや~?大丈夫かあ?これまた何か違う気がするぞ。」

「ゆ・・・」

「まりさの癖にまりさを見分けられないのかよ。お前、本当にまりさか?」

「ゆ?ゆ?ゆ?ゆ?ゆ?」

「だってそうだろ。まりさならまりさを見分けられる筈だ。それができないって事は・・・
 お前、まりさじゃないだろ。一体なにものだ?」

「まりさはまりさ・・・まりさのはず・・・まりさじゃない?・・・まりさは・・・まりさは・・・まりさ?
 ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆっくりできないよおおおおおおおおおおお!!!!!」

「あらら・・・」

「おにいさああああああん!まりさは、まりさはだれなのおおおおおお!!!
 おしえて!おしえてよ!ゆっくりできないよおおおおおおおおお!!!!!」

「そんな事言われても解らんよ。人間にはゆっくりの区別なんてつかないんだから。
 ゆっくりの事ならゆっくりに聞いたらいいじゃないか。ほら、向こうにいるまりさに聞いてきな。」

「まりさあああ!まりさあああ!!たすけて!ゆっくりできないよおおおおおお!!!
 まりさはだれなの!わからないよ!ゆっくりできないいいいいいいいいいいい!!!」

「(おーおーテンパっちゃって。俺が帽子を盗ったのにも気付いて無いや。)」



「まりさ!まりさ!まりさ!たすけてよ!!!」

『ゆ?まりさってだれのことをいってるの?』
『あなたのよびかたじゃ、だれのことをいってるのかわからないよ。』
『まりさたちにはなまえがあるんだよ。ちゃんとおなまえよんでね。』

「なにいってるの!ちゃんとおなまえよんだでしょ!
 まりさはまりさ、まりさはまりさ、まりさはまりさでしょ!」

『ゆう?なにいってるのかさっぱりわからないよ。』
『まりさのなまえはまりさだよ。まちがえないでね。』
『なんだかゆっくりできないこだね。みんな、あっちいこう。』

「まってよおおおおお!!!まって、まってったらああああああ!!!!」



「ゆぅぅぅ・・・まりさぁ・・・たすけて・・・たすけてよぉ・・・」

「あっ!まりさ!たすけて!まりさならわかるでしょ!まりさはまりさがだれだかわからなくなっちゃったの!
 おともだちならわかるでしょ!まりさはいったいだれなの!」

『ゆ?まりさはあなたなんてしらないよ。』

「ゆ!なにいってるの!まりさのおともだちのまりさだよ!」

『ゆゆ?そっちこそなにいってるの?まりさのおともだちのまりさはまりさだよ。
 あなたはまりさじゃないから、まりさのおともだちじゃないよ。
 へんなこ。ゆっくりできないこだね。ゆっくりできないこはこっちこないでね。』

「ゆうううううう!!!!どうして!どうしてわからないの!おともだちなのにいいいいいい!」



「ゆぅぅぅぅぅ・・・だれか・・・だれかおしえてよぉ・・・」

「まりさはまりさじゃないの?まりさはだれなの?」

「まりさは・・・まりさは・・・まりさは・・・」



「まりさ?まりさ?まりさってだれ?まりさってなに?」

「うふ、うふふふふふふ・・・」

「まりさ?まりさ?まりさ?まりさ?」

「うふふふふ・・・」

「まりさまりさまりさまりさまりさまりさまりさまりさ・・・・・・」


end

作者名 ツェ

今まで書いたもの 「ゆっくりTVショッピング」 「消えたゆっくり」 「飛蝗」 「街」 「童謡」
         「ある研究者の日記」 「短編集」 「嘘」 「こんな台詞を聞くと・・・」
         「七匹のゆっくり」 「はじめてのひとりぐらし」  「狂気」 「ヤブ」
         「ゆ狩りー1」 「ゆ狩りー2」 「母をたずねて三里」 「水夫と学者とゆっくりと」
         「泣きゆっくり」 「ふゅーじょんしましょっ♪」 「ゆっくり理髪店」
         「ずっと・・・(前)」 「ずっと・・・(後)」 「シャッターチャンス」
         「座敷ゆっくり」 「○ぶ」 「夢」 「悪食の姫」 「中学生のゆっくりいじめ(前編)」
         「中学生のゆっくりいじめ(後編)」 「ゆっくりできないあいつ」 「とかいはルール」


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最終更新:2022年05月19日 11:29