暗闇の誕生


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「「すっきりー!!」」


れいむとまりさは顔を見合わせた。
どうしよう。あんなに固く約束したのに。
れいむの頭に茎が生え、そこに4つの実がなった。
苦い顔ををする2匹の周りに、初雪がちらちらと舞い始めた。







季節は秋の終わり頃だった。
どのゆっくりも食糧をひたすら採ったり、巣の補修を行ったりしていた。冬ごもりの準備だ。
れいむとまりさの2匹も、協力して準備を進めていた。
このつがいは1月ほど前に結婚したばかりだった。2匹での越冬は初めてなので、
結婚当初に地面を掘って作った巣を拡張する必要があった。食糧の貯蔵スペースを確保するためだ。
片方が巣の奥の土を歯で削り取って掘り進めていく。もう片方はその間に狩りに行くという分担をしていた。
ずっと土を噛み続けていたら顎と歯がバカになってしまう。交替しながら、せっせと働き続けた。

れいむもまりさも、そこそこ賢明なゆっくりだった。2週間ほど前から計画的に準備を進め、
今では巣は大きく広がり、食糧は2匹にとっては満足できる量が集まった。

「ゆっ!これでふゆもゆっくりできるね!」
「れいむたちがんばったからね!これで・・・まりさといっしょに・・・しばらくゆっくりできるんだね!」
「ゆゆぅん!うれしいよれいむぅ!すーりすーり」
「れいむもうれしいよぉまりさぁ!すーりすーり」

賢明な2匹は事前に約束していた。冬を越すまで、絶対に“すっきり”はしない。
子供を作るのは、雪が溶けた春になってからだ。

「すーりすーり・・・」
「すーりすーり・・・」

しかし、所詮はゆっくりだった。頭と欲望に対する弱さは折り紙付きの生物だ。

「れれれれいむうううううぅう!!」
「ままままりさあああああぁあ!!」








そして冒頭の場面に至る。ごらんの有様である。
浮かれてすりすりなんてするものではない。
まだ火照っている2匹のほおに雪の粒が張り付き、一瞬で水滴に変わった。

「と・・・とにかくおうちにはいろう・・・れいむ」
「うん・・・そうだね・・・」

まりさは身重になったれいむを巣に導き入れたあと、入口を土で簡易的にふさいだ。
一つしかない入口をふさぐと、もう光の入り道はない。
完全に真っ暗になった巣の中で、れいむとまりさは悲嘆に暮れた。

「どうしようまりさ・・・あかちゃんが・・・いっぱいできちゃったよ・・・」

前々からの労働のおかげで、住まいの広さは申し分なかった。しかし、食糧については危うい。
4匹も家族が増えるとなると、どうにも不安が残ると言わざるを得ない。

「ゆ・・・ごめんね・・・まりさがすーりすーりなんてするから・・・」
「ゆ!まりさのせいじゃないよ!・・・れいむにもせきにんがあるよ・・・」

ここで大抵のゆっくりは責任転嫁に走る。ひどいゆっくりだとそのまま流血ならぬ流餡沙汰に発展するが、
この仲睦まじいれいむとまりさは互いに責を分かち合った。
暗闇の中で、まりさはれいむにピタリと寄り添った。

「ゆゆ・・・ごめんね・・・れいむ・・・」

れいむもまりさに体を預けた。

「ゆ・・・れいむも・・・ごめんね・・・」

触れ合った場所から相手の暖かさが伝わってくる。
その暖かさは、自分の勇気に変わった。まりさはそんな気がした。

「ゆっ!だいじょうぶだよれいむ!あしたからまりさひとりでまたかりにいってくるよ!」

れいむは息を呑んだ。

「ゆっ!?だ、だめだよまりさ!もうゆきさんがふってきてるよ!?ゆっくりできなくなるよ!」

ゆっくりは雪に弱い。跳ねて移動する生物なので、足場の悪さは移動能力の著しい低下を招く。
また、小さな体はすぐに冷える。雪に包まれるとあっという間に行動不能になるまで体温を下げられてしまう。

だが、そんなことを言っている場合ではなかった。

「このままじゃかぞくぜんいんでゆっくりできなくなるよ・・・むりでもいくしかないよ」
「ゆ・・・ゆぅ・・・」
「なるべくとおくへはいかないようにするよ。あんまりいいものはとってこれないかもしれないけど・・・
 まりさにまかせてほしいよ!れいむとまりさと、あかちゃんたちでゆっくりするよ!」
「・・・うん。わかったよ・・・むりしないでね・・・」

2匹は寄り添ったまま眠りについた。




そして翌日。昼頃を見計らって、まりさは巣の入口を崩した。巣の中に半日ぶりの光が満ちる。
まず目に入ったのはうっすらと積もった雪だった。まりさは顔をしかめたが、太陽は天高く上がっていた。
雪はやんだようだ。これなら狩りに行ける。

まりさは振り返り、心配そうな顔をしているれいむに行ってきますを言った後、巣を飛び出した。

もう蝶などの虫が飛んでいるはずもない。花も巣周辺に咲いていたものは狩り尽くされていた。
近場には雑草しか生えていないが、それで我慢するしかない。木陰の雪から逃れた地点の草を片っ端から口と帽子につめていった。
足が冷たい。動きづらい。疲労の度合いは段違いだ。でも休むわけにはいかない。れいむのため、赤ちゃんのため。

3~4時間は跳ね回っただろうか。口と帽子の中をパンパンにして、満身創痍のまりさは巣に舞い戻った。

「た・・・ただい・・・ま・・・」
「まりさ!おかえりなさい!」

れいむは冷え切ったまりさの体をすりすりして暖める。
前日はこの“すりすり”で失敗したが今日は違う。
劣情など湧いてくるはずもなかった。ボロボロの伴侶をいたわる気持ちでいっぱいだった。

「・・・れいむ・・・ありがとう・・・あったかくなってきたよ・・・」
「まりさ・・・!よかった・・・!」

まりさがある程度回復したので、2匹はすりすりを止めた。

「けっこうとれたよ・・・くささんだけだけど・・・」
「うん・・・!うん・・・!ありがとうまりさ!」
「だから・・・あしたも・・・これくらいとってくるよ・・・」
「ゆっ!もういいよ・・・まりさ・・・このままじゃまりさが・・・」
「ううん・・・まだたりないよ・・・あかちゃんはたくさんたべないと・・・ゆっくりしたこになれないよ・・・」

まりさはれいむの頭に目をやった。ゆっくりの胎児の成長速度は速い。
もう種族はおろか、目や口が見て取れるくらいまで成長していた。
あと2日もすれば生まれ落ちるだろう。

「ゆっ・・・れいむがさんにんと・・・まりさがひとりだね・・・」
「うん!ゆっくりしたいいこたちだよ!」
「そうだね・・・あしたもがんばらないとね・・・」
「まりさ!だからもう・・・・・・まりさ・・・?」
「すー・・・すー・・・」

まりさは疲れのあまり、寝息を立て始めた。
れいむは感謝の念が溢れて止まらなかった。加えて、何とかしてまりさを止めたい、と強く願った。
れいむ自身で巣の入口をふさいだ。暗闇の中、まりさに寄り添って眠りについた。




すると翌日のこと。まりさが出て行くことはできなくなっていた。
巣の入口をくずすと、勢いよく雪が吹き込んできたのだ。外は猛吹雪だった。あわてて土を積み直した。
さすがにこれでは狩りに行けない。九分九厘帰って来られなくなるだろう。

「ゆ・・・これじゃあ・・・むりだね・・・」
「きをおとさないで、まりさ!きのうとってきてくれたぶんだけでおおだすかりだよ!」

れいむは内心ほっとしていた。これでまりさが辛い目を見ることはない。
いや、あとあと見るかもしれないが、その時は自分も一緒なのだ。
まりさと一緒なら、飢えだって何だって乗り越えられる。

「それより、すをしっかりふさごうよ!それがおわったらゆっくりできるよ!」
「・・・うん・・・うん!そうだね!ゆっくりしようね!」

まりさも気持ちを切り替えることにした。
これから生まれる子どもたちに、くよくよした姿を見せることはない。
まりさは入口にがっちり土を詰めた。巣の中に入る光量がゼロになった。これから数ヶ月間は、この暗闇の中で過ごすことになる。

れいむとまりさは、食糧はゆっくり食べて節約していこう、と改めて誓い合った。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」




また翌日。れいむは頭の先に違和感を覚えた。

「ゆっ!まりさ!うまれるよ!」
「ほんとう!?がんばってね、れいむ!」

頑張ると言っても、植物型の出産は体力を消費しない。これは今の状況から言ってとても幸運なことだった。
プツッ、というちぎれる音の後に、ポテッ、と言う何かが落ちる音。

「ゆっくちしちぇいっちぇね!」

真っ暗な空間に、生まれ落ちた赤ゆっくりの産声が響いた。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」

両親はそれに嬉々として答えた。こんな状況でも、子供が生まれるというのはこの上なく嬉しいものだ。

しかし、やはりできれば春の方がよかった。

「ゆ?おかーしゃん?どこ?」

赤ゆっくりは目を開けて辺りを見回したつもりだったが、視覚が全く役に立たないこの暗闇の中では意味がなかった。

「おかーさんはここだよ!こっちだよ!」

れいむは優しく声をかけた。赤ゆっくりはその方向へゆっくり向かった。

「ゆゆっ!おかーしゃん!すーりすーり」
「ゆっ!おちびちゃんはれいむだね!すーりすーり」

親れいむは抱擁により、赤ゆっくりの飾りが帽子ではなくリボンであることを確認した。長女はれいむ種のようだ。

「そうだよ!れいみゅはれいみゅだよ!すーりすーり」
「れいむ!れいむはれいむおかーさんだよ!すーりすーり」

人間が聞いたら訳がわからなくなるような会話だが、ゆっくりはゆっくりだけがわかるニュアンスの差で名前を呼び分ける。
同じ「れいむ」という三文字でも、ゆっくりにとっては千差万別の魔法の言葉なのだ。

その後、立て続けに3匹が生まれ落ちた。順番はれいむ、れいむ、まりさだった。

「「「「ゆっくちしちぇいっちぇね!」」」」
「「ゆっくりしていってね!」」

新たに6匹の家族となったゆっくり達は、喜色満面で挨拶を交わし合った。
誰もその顔を見ることはできなかったが。



赤ゆっくり達は親れいむの頭から落ちた茎を食べ始めた。栄養満点かつ甘くておいしいという夢の食べ物だ。
両親も貯め置きの食糧の山をまさぐり、虫を数匹持ってきて食べた。
当然、腐りやすいものから食べていかなければならない。
そうなると、最初に食べるべきはゆっくりにとって最高級のごちそうである虫類だった。

「ちあわちぇー!」と「しあわせー!」の声が飛び交った。

しかし、虫類が無くなったら次に食べるものは花や木の実に変わる。そしてそれもなくなったら昨日急遽採ってきた雑草だ。
要するにだんだんグレードダウンしていくのだ。これも越冬の辛いところであった。


食事を終えると、1匹の赤れいむが口を開いた。

「ゆぅ・・・なんでこんにゃにくらいの?おとーしゃんも、おかーしゃんも、おかおがみえにゃいよ・・・」

他の赤ゆっくり達も「ゆぅ・・・」と残念そうな声を上げる。
親れいむと親まりさは申し訳なさが募る一方だった。

「ゆぅ・・・ごめんね・・・いまはふゆだからだよ・・・」
「でも・・・!はるになったらみんなのおかおがみえるよ!それまでゆっくりまってね!」
「どのくらいちたら、はるににゃるの?」
「ゆ・・・それは・・・しばらくしたらだよ・・・」
「ゆぅ・・・はやくみちゃいよ・・・」

そう言われても、どうすることもできない。
せめてできるだけゆっくりして欲しいと思い、子守歌を歌ってあげた。

「ゆぅ・・・おかーしゃんのおうたはゆっくりできるねぇ・・・」
「ゆぅ・・・ゆぅ・・・」

赤ゆっくり達が寝静まった後、両親はやりきれなさにため息をついた。




真っ暗な中で一週間ほどを過ごした。
食糧は後々のことを考えてかなり少なめに配分されていた。
最初はそのことで赤ゆっくり達は悲しがった。

「ゆぅ・・・おにゃかへっちゃよ・・・」
「すくにゃいよ・・・もっとたべちゃいよ・・・」

両親は謝ることしかできなかった。
しかし、ゆっくりにしては賢い頭脳と温厚な性格は赤ゆっくりに受け継がれていた。
暴言を吐くこともなく、全員が限られた空間の中で最大限ゆっくりするように努力していた。

「おとーしゃん、おうたうたって!」
「ゆっ!いいよ!ゆ~ゆゆゆ~♪」

「おかーしゃん、すーりすーりちていい?」
「もちろんだよ!こっちにきてね!」

とてもなごやかな、ゆっくりした家族の団欒だった。

そして赤ゆっくりは、視覚以外の感覚が異常に研ぎ澄まされてきていた。

「ゆっ!おかーしゃん!むししゃんおとしたよ!」
「ゆっ?ほんとう?」
「ほんとだよ!ほら!」
「ゆっ!すごい!れいむ、まっくらなのにどうしてわかったの?」
「ゆ?うーん・・・なんとなくだよ!」

ひとえに生まれたときから視覚を遮断されていたからだ。
近くにある物体は感覚的に把握できるし、家族なら相当離れていても気配だけで識別できるようになった。
日に日に暗闇の生活に馴染んでいき、食糧についての文句もなくなった。




1ヵ月程が経過し、赤ゆっくり達は一回り二回り大きくなった。
食べ物は虫類から花や木の実にシフトしたが、聞き分けのいい赤ゆっくり達は素直に受け入れた。

そんなある日のこと。1匹の赤れいむが親れいむに尋ねた。

「おかーしゃん、ききちゃいことがあるよ!」
「ゆっ!なに?」
「おとーしゃんは、どんなおかおをしちぇるの?」
「ゆっ?まりさ?」
「うん・・・れいみゅ・・・なんとなくおとーしゃんのからだや、おぼうちはおぼえちぇるんだけど・・・
 おかおはどうちてもおもいだしぇないんだよ・・・」

植物型胎児は、生まれ落ちる前から目が開いたり、耳が聞こえるようになったりすることがある。
どうやらこの赤れいむは、親まりさの輪郭をおぼろげながら視認していたようだ。
親れいむはすぐ答えた。

「ゆっ!まりさはとってもかっこいいよ!
 めはきりっとひきしまってて、おくちはとってもだんでぃだよ!
 とってもゆっくりしたおかおだよ!」

最終的に「ゆっくりしている」という、ゆっくりにおいては一番の賛辞である言葉を使った。
熱の入ったれいむの説明を、他の家族も聞きつけてきた。

「おとーしゃん、かっこいいんだって!」
「ゆー!しゃすがれいみゅたちのおとーしゃんだね!」
「れ・・・れいむ・・・まりさ、はずかしいよ・・・」
「ほんとうのことだからしょうがないよ!」
「ゆ・・・おちびちゃんたち!れいむだってとってもかわいいんだよ!」
「ゆ!?な、なにいってるのまりさ!」
「めはきらきらひかってて、おくちにもきひんがあふれてるよ!
 すごくゆっくりしてるんだよ!」
「ゆー!しゃすがれいみゅたちのおかーしゃんだね!」
「ま・・・まりさ・・・れいむ、はずかしいよ・・・」
「おかえしだよ!ゆっくりはずかしがってね!」

赤ゆっくり達は楽しそうに笑っていた。

「はやくおかおがみちゃいね・・・」
「うん・・・れいみゅ、おかーしゃんみちゃいなおかおかな・・・?」
「ゆっ!きっとそうだよ!」
「たぶん、おちびちゃんたちはみんなれいむとまりさにそっくりだよ!」
「ゆゆー!!」

こうして、子ども達は親や自分の顔に期待をふくらませつつ暗闇の中を過ごしていくようになった。





それから2ヵ月が経過した。
食糧については相変わらず節約を心がけていたが、たくさんあった花や木の実も残り1割まで減った。
子ども達は、本来ならもう子ゆっくりと呼ばれる大きさになっているはずだった。
しかし十分に食べられていない赤ゆっくり達は、まだどちらかというと赤ゆっくりの大きさだった。

「ゆ・・・おなかすいちゃよ・・・」
「きのみさんはもうあきちゃよ・・・」

収まっていた不満も、再び噴出し始めた。
親まりさは辛かった。子ども達の不満ももっともだ。春が待ちきれない。
だが親まりさの今までの経験は、春はまだまだ先だと告げていた。少なくとも、1ヵ月は雪が溶けることはないだろう。
試しに入口の土を押してみたが、カチンコチンに凍り付いていた。

そして親まりさを一番心配させたのが、親れいむの様子がおかしいことだった。
話しかけても何か考え込んでいて、答えてくれないことも多い。食事もろくに口にしなくなった。

「れいむ・・・ごはんだよ・・・」
「・・・・・・」
「れいむ?れいむ!」
「ゆっ・・・?ああ、まりさ・・・ごはんはいいよ・・・おちびちゃんたちにあげてね・・・」

親まりさはおろおろするばかりだった。




数日後。とうとう花や木の実の貯蔵が切れた。
親まりさが最後の日に集めてきた、ただの雑草しか無くなってしまったのだ。

「むーしゃむーしゃ・・・ふちあわちぇー・・・」
「・・・・・・ゆっくりしたいよ・・・」

それからの1ヵ月は長かった。
もともと少なかった一食の量をさらに少なくした。
子ども達はしゃべることもなく、ただ眠るかじっとしているかになった。
親れいむも食事を全く取らなくなり、目をつぶって鎮座するだけだった。
そんな家族を親まりさは励まし続けた。もう少しでゆっくりできると。

実際、親まりさは春の到来はすぐそこだと踏んでいた。
栄養失調で昏倒する赤ゆっくりが出てきた。親まりさも朦朧とした意識の中で、ひたすら早く、早くと祈った。



しかし、冬はなかなか明けなかった。
冬の妖怪が大暴れしているのか、誰かが春を集めているのかは知らないが。



ついに雑草も残りわずかとなった。未だに入口の土はカチンコチンだ。
親まりさはこの異常な冬を呪った。あとちょっとで、あとほんのちょっとでみんなゆっくりできると思っていたのに。
食糧が切れた後のことは、あまり考えたくないことだった。まず、体力の少ない赤ゆっくり達から事切れるだろう。
そして、そのあとに残った死骸を目の前にして、まりさは――どうしてしまうのだろう。
もしかしたら、まりさは、自分の子どもを口に――いや、それ以前に、もしかしたら、赤ゆっくりが死ぬ前に――

「まりさ」

そこまで考えたとき、親れいむの声が聞こえた。

「れ・・・れいむ・・・?」

しばらくぶりに聞いた、か細い妻の声。親まりさは息を呑んだ。

「れいむは・・・もう・・・だめだよ・・・」
「そ・・・そんなこといっちゃだめだよ!あとちょっとで、みんなでゆっくりできるよ!」
「おちびちゃんたちは・・・ねてる・・・?」

会話がかみ合っていない。
赤ゆっくり達は空腹でほぼ意識を失っていた。

「ねてる・・・よね・・・まりさ・・・おねがいがあるよ・・・」
「な・・・なに・・・?」
「れいむの・・・おりぼんをとって・・・れいむが・・・ゆっくりできなくなるまえに・・・」

親れいむはとつとつと語り出した。
れいむはもう助からない。
だから死ぬ前にリボンを外してほしい。
死んだゆっくりの飾りからは死臭が漂う。それを避けるためだ。
そして、れいむが死んだら――

「れいむを・・・たべてね・・・」
「・・・!!」
「おちびちゃんたちにわからないように・・・なんとかして・・・みんなで・・・ゆっくりしてね・・・」
「そ、そんなのだめだよおおおおっ!!」

親れいむは微笑んだようだった。

「もう・・・これしか・・・ないんだよ・・・まりさ・・・
 おちびちゃんたちを・・・たすけてあげて・・・ね・・・」
「れいむ!れいぶううう!!」
「れいせいになって・・・まりさ・・・はやく・・・おりぼん・・・」

親まりさは頭の中がぐちゃぐちゃだった。言われるままに、手探りでれいむのリボンを取ってしまった。
それを確認した親れいむは、満足そうに息をついた。

「だいすきだよ・・・」

そう言って、親れいむは暗闇のさらに奥まで旅立った。




親まりさは泣いた。れいむはこうなることを予測していたのだ。
絶食という辛い方法を使って、自己を犠牲にして、そこまでしてでもまりさと子ども達を助けたかったのだ。
自分が情けなかった。れいむは独りで戦ってたのに。
それを見抜けなかった自分も、何をするわけでもなかった自分も、ただただ情けなかった。

だが、これからはそうではいけない。

親まりさは泣きやんだ。
れいむがくれたチャンスを、無駄にしてはいけない。絶対に。
子ども達を守らなくてはならない。たとえ自分がどんなに辛くても。

親まりさは、親れいむの亡骸を貯蔵庫に運んだ。
地面に降ろした後、勢いよく飛びかかった。
痩せた親れいむの体は、簡単につぶれた。破れた皮の間から、パサついた餡子の山が現れた。
これだけあれば大丈夫だ。栄養価は雑草なんかと比較にならない。
親まりさはその上で跳びはね続けた。皮がボロボロに破れ、無数の細切れとなって餡子の中に混ざり合っていく。
れいむだったものを、れいむだとわからなくなるように潰していく。
親まりさのほおに、また一筋の涙が伝った。


「おちびちゃんたち!あまあまだよ!」
「・・・ゅ?ぁ・・・ま・・・?」

作業が終わると、餡子はすぐさま赤ゆっくり達の所へ運ばれた。
瀕死の赤ゆっくり達は口を開ける気力もない。
親まりさが口移しで流し込んでいった。

「ち・・・ちあわちぇー・・・」
「おいちいよ・・・」

弱々しいながらも歓喜の声があがった。
そして、赤ゆっくり達はだんだん元気を取り戻していった。

「ゆー!あまあましゃんおいしかったよ!」
「おとーしゃん!だしおしみしちゃだめだよ!ゆっくりできなくなるところだったよ!ぷんぷん!」
「・・・ごめんね!ちょっとまたせすぎちゃったよ!
 これからはずっとあまあまがたべられるよ!ゆっくりしていってね!」
「「「「ゆっくりしちぇいっちぇね!」」」」

暗闇の中に、再び希望が芽生えた瞬間だった。

しかしその後、赤ゆっくりは当然の疑問を抱いた。

「おとーしゃん!おかーしゃんはどこいったの?」
「ゆ!・・・れいむは・・・」

親まりさは言葉に詰まった。
少し考えた後、思いきってこう言った。

「・・・れいむは、おそとでゆっくりしてるよ!はるになったらあえるよ!」
「ゆっ!?おしょとで!?」
「れいみゅもおしょといきたい!」
「だめだよ!れいむみたいなりっぱなゆっくりじゃないと、おそとでゆっくりできないんだよ!」
「ゆっ!そうなの?」
「はるまでいいこにしてたら、れいむみたいなりっぱなゆっくりになれるよ!」

論理の破綻した苦しい嘘だった。いずれ絶対にばれるだろう。
しかし、ここで真実を知るのは衝撃が強すぎる。

「ゆっ!れいみゅ、いいこにするよ!」
「はるになったら、おしょとでゆっくりするよ!」

赤ゆっくり達には十分通用した。


それからの日々、親まりさは親れいむのことを繰り返し話して聞かせた。

とってもきれいな顔をしている。顔だけじゃない。体はスマートで、肌は張りがあり、太陽の下では光って見える。
髪の毛もサラサラで、すれ違ったゆっくりは皆振り返る程だった。
そして何より、思いやりがあり、優しい。
とにかく、素敵なゆっくりだ。

親まりさは、子ども達にれいむのことを忘れて欲しくなかった。
あのような母親を持ったことに誇りを持って欲しかったのだ。
どれだけ素晴らしいゆっくりかということを、少々誇張しつつも子ども達に伝え続けた。
赤ゆっくり達は嬉しそうに聞いていた。

「ゆっ!れいみゅたちも、おかーしゃんみたいになれるよね!」
「もちろん!れいむのおちびちゃんだもん!れいむそっくりになれるよ!」

それは、親まりさの願いでもあった。

「ゆっ!まりしゃも、おとーしゃんみたいになりたいよ!」
「きっとなれるよ!まりさのおちびちゃんだもん!」

それもいい。れいむの分も合わせて、この子達に全てを捧げて育てていこう。
立派な親になるんだ。親まりさは決意した。




また1ヵ月が経った。
子ども達は大量の餡子のおかげで赤ゆっくりの域を脱し、れっきとした子ゆっくりの大きさになっていた。

そしてついに、長かった冬は終わりを告げた。



入り口の土を崩し、這い出る親まりさ。
しばらくぶりの光に目を細めつつも、外を見回す。
雪はほとんど溶け、あちこちに緑が芽吹き始めていた。

「ゆっ!おちびちゃんたち!はるだよ!おうちからゆっくりでてきてね!」

子ゆっくり達も慎重に這い出てきた。
親まりさと違い初めて見る光に、なかなか目を開けられないようだ。

「まぶしいよ!」
「ゆー!」

そんな中でも、帽子を持つ子まりさは一番早く目を開けることができた。
目を開けた先には、巣の中で幾度となく思い描いていた父親の、本当の姿があった。

「ゆ・・・ゆっ!?おとー・・・さん・・・?」

親まりさも、子まりさの顔を見ることができた。
そして、率直な感想を述べた。

「ゆっ!やっぱりまりさは、まりさとそっくりだね!」













「うそだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!」

親まりさにとって予想外の返事が返ってきた。
目をこれでもかというほどに見開き、子まりさが絶叫したのだ。

「まりさ、こんなぶさいくじゃないいいいいっ!!!
 おねーちゃん、うそだよね!
 まりさ、こんなのとそっくりじゃないでしょおおおおっ!?」

3匹の子れいむ達も何とか目を開けていた。
親まりさと子まりさを見比べた後、残念そうに口を開いた。

「そっくりだよ・・・」
「まりさ、ごしゅーしょーさま・・・」
「まりさ、ぶさいくだったんだね・・・」




「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!う゛ぞだ、う゛ぞだ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」



親まりさは呆然としていた。
この子達は何を言っているんだ?この子まりさは、とっても引き締まったいい顔をしているのに。
よく理解できないまま、れいむ達の方を見やった。

そこで3匹の子れいむを見て、親まりさは感動の涙が出そうになった。
3匹が3匹、れいむの面影を色濃く背負った相当な美ゆっくりだったのだ。
なので、思った通りを口にした。

「ゆっ!れいむたち・・・みんなれいむにそっくりだよ!」

それを聞いた子れいむ達は、向かい合って姉妹の顔を確認した。
そして、絶叫した。

「ゆう゛う゛う゛ええええっ!?」
「うぞだあああああああ!!」
「ゆぎゃあ゛あ゛あ゛あああ!!!」

4匹の口から、絶望の悲鳴が次々とぶちまけられた。

「れいぶごんなにでぶじゃないよおおお!もっどずまーとだよおおおお!」
「ごんなへんなおめめかっこわるいいい!きりっとしてないいいい!!」
「おはだがまっくろだよおおおおお!」
「ぼさぼさのかみのけいやあああああ!」
「おぐちががばがばだよおおおおっ!」
「うそだ!うぞだあああああ!!」
「ゆああ!こないでね!ぶざいくなでいぶはちかづがないでね!!」
「おねーちゃんだってぶざいくでしょおおおおお!?」
「ぜんぜんゆっくりしてないいいい!ゆ゛わ゛あ゛あ゛あ゛ん!」


「みんなどぼじでぞんなごどい゛う゛の゛お゛お゛お゛お゛!?」

親まりさには理解できなかった。
みんな、とってもかわいいゆっくりなのに。
なんでこんなに泣き叫んでいるのか。

親まりさは理解していなかった。
子ども達が親からの情報を基に組み立てた想像は、現実とは大きく食い違っていたことを。
何ヶ月もその想像を繰り返した結果、子ども達には覆すのが困難なほど濃いイメージが染みついてしまったことを。


そんな親まりさは無理やり結論を出した。
そうか。長い土中の生活で、みんなからだが土まみれだ。お世辞にもきれいとは言えない。
だからこんなにショックを受けているのだろう。だったら――

「ゆっ!みんな!いまから、みずうみさんにいくよ!」
「み・・・みずうみ?」
「みずうみさんにいけば、からだをきれいにできるよ!
 あと、みずうみさんにはじぶんのからだがうつるんだよ!
 きれいになったおちびちゃんたちを、じぶんでみれるんだよ!」
「ゆーっ!」

父親の提案に、子ゆっくり達は色めき立った。
そうか。みずうみさんに行けばきれいになれるのか。
そりゃそうだ。いくらなんでも自分たちがこんなに不細工だなんてあり得ない。

「みずうみさんにいくよ!」
「きれいになりたいよ!」
「ゆっ!じゃあゆっくりついてきてね!」

湖はゆっくりの足で10分くらいの場所にある。
5匹は移動を開始した。



移動中、親まりさは考え込んでいた。
さっきの光景は、まりさ自身も結構ショックだった。みんなあんなに悲しがるなんて。
「ぶさいく」という言葉も聞こえた。しかし、それはおかしい。
ただ体が汚れているだけなのだ。不細工というのは的はずれだ。
もし子ども達が、特に子れいむ達が不細工だというのなら。
あのれいむも不細工と言うことになる。
それは違う。そんなの、絶対に認めない。
早く誤解を解かなくては。

知らず知らずのうちに、親まりさの足どりは速くなっていた。

「ゆっ・・・!おとーさん・・・まってよ・・・!」
「もっと・・・ゆっくりしてよ!」

子ゆっくり達はついていけず、引き離されていた。
それに気づいた親まりさは振り返る。

「ゆっ!ごめんねおちびちゃん・・・たち・・・?」

親まりさがそこに見たのは、子れいむ3匹と子まりさ1匹・・・ではなく、
子れいむ3匹と、帽子の無い金髪の子ゆっくりだった。

親まりさの進むスピードが速すぎて、必死について行こうとした子まりさは帽子を落としてしまったのだ。
帽子やリボンといった飾りは、ゆっくり同士の個体識別部位となっているとても重要なものだ。
飾りの無いゆっくりは、「ゆっくりできないゆっくり」として攻撃対象にされる。


親まりさにとって、帽子のない子まりさは最早自分の子どもではなかった。
見たこともない「ゆっくりできないゆっくり」が、自分の子どもの中に紛れ込んでいる。

「ゆゆー!!ゆっくりできないゆっくりはおちびちゃんからはなれてね!」

そう叫んで金髪の子ゆっくりに飛びかかろうとしたが、それはできなかった。

「ゆっ!?まりさになにするの!?」
「おとーさん!ふざけないでね!」

子れいむ達が子ゆっくりを守るように取り囲んだのだ。

「ゆ、ゆぅ!?」

親まりさは困惑した。また、この子達は何を言っているんだ?
この見知らぬ金髪の子ゆっくりが、我が子のまりさだって?


これも親まりさは知る由もなかった。
実は暗闇で生活してきたせいで、子ども達は声色や気配のみで個体識別をするようになっていた。
加えて、親や自分の顔の想像を繰り返すうちに、子ども達は帽子に対する意識が薄まっていった。
幾度となく行われた想像が、ゆっくり特有の本能を塗り潰してしまったのだ。
子れいむ達にとって、子まりさは帽子を失っても子まりさのままだった。


れいむにそっくりな6つの瞳が、怒りと疑惑を孕んで親まりさを睨んでいた。
親まりさは金髪のゆっくりに手を出すことはできなくなった。

「ゆぅ・・・じゃ、じゃあ・・・とにかくみずうみさんにいくよ!」

訳がわからないまま、親まりさはとりあえず移動を再開した。






湖に着くと、親まりさは湖岸に近づき、水を吸い上げて口に含んだ。
それを子れいむ達に吹き付けてやる。土汚れがどんどん落ちていった。

「「「さっぱりー!!」」」

子れいむ達は喜びの声を上げた。

「ゆ・・・おとーさん・・・まりさも・・・」

帽子の無い子まりさは吹きかけてもらえなかった。
先ほど襲われかけたせいですっかり萎縮してしまっている。
控えめに訴えたが、親まりさはそれを黙殺した。
もう無視することに決めたのだ。気にもかけずに、子れいむ達に声をかけた。

「おちびちゃんたち!よくみてね!これがおちびちゃんたちだよ!」

凪いだ湖面は、そばに立ったものを映し出す。
湖岸に導かれた子れいむ達は、汚れを落とした自分の姿をのぞき込んだ。
どれほどきれいになっているだろうかという、淡い期待を抱いて。



そこに映っていたのは肌の土汚れが落ち、先ほどよりは小綺麗になった小さなれいむだった。
しかし、子れいむが想像していたようにきらきら光った肌ではない。くすんだ肌色だ。
肝心の目や口は、ちっとも変わらずそのままだった。

ぜんぜん、きれいになってない。






「ゆ゛う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「やっぱりぶざいくだよ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

2度目の絶望が始まった。

「ひどいよ゛お゛お゛お゛!こんなのひどいよ゛お゛お゛お゛!!」
「うぞだ・・・うぞでしょ?みずうみさん、うそでしょお゛お゛お゛!?」
「ゆがっ・・・ゆぶふっ・・・ゆぐあ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ゆうう!みんなぶさいくなんかじゃないよ!みんなかわいいゆっくりだよ!」

親まりさは本格的に訳がわからなかった。
一応慰めの言葉をかけてみたが、効果はなかった。

「どおみてもぶざいくでしょお゛お゛お゛っ!おどーざんのうぞづぎ!」
「うぞづきなおやはだまっててね!」

その言葉は親まりさの頭の中を真っ白にした。
ちがう。まりさは嘘なんてついてない。まりさは、まりさは――

「ぶざいくなでいぶはじね゛え゛え゛え゛っ!!」
「ゆ゛ーっ!おでーちゃん!やべでね゛!!」

ヒートアップした次女れいむが三女れいむに襲いかかった。

「ゆーっ!なにじてるの゛お゛お゛っ!」

長女れいむが慌てて仲裁に入ったが、遅かった。
三女れいむのほおはパックリと割れ、中から餡子が流れ出していた。

「う゛あ・・・れいぶのほっぺがぁ・・・」
「どぼしてごんなごどずるの゛お゛お゛お゛お゛!?」
「うるざい!ぶざいぐなでいぶはみんなじね゛え゛え゛っ!!」

長女と次女は激しくもみ合い始めた。

ここで親まりさは我に返った。
いけない。れいむの1匹がケガをしている。

「れいむうう!」

急いで三女れいむの所へ向かう親まりさ。
必死の形相で跳ねていく。



それを三女れいむはうつろな目で見ていた。
醜い顔の親が、さらに醜い表情で向かってくる。

「しっかりしてね!いまぺーろぺーろしてあげるからね!」

傷口に生暖かい感触が広がる。赤いぬめぬめしたものが視界に映る。
なんだろこれ。おとーさんの舌か。傷口をぺろぺろされてる。
      • そういえば、この口から水を吹きかけられても、全然きれいにならなかった。
まだ舐められ続けてる。
やめて。きたない。はなして。とける。つばでからだがとける。しんじゃう。


「やべでえ゛え゛え゛え゛!!」

三女れいむは声の限りに叫んだ。
何とかして逃れようと、体をよじって逆方向に這う。

「ゆっ!?おちびちゃんどこいくの!?」

親まりさは追ってきた。

「ごないでね!でいぶ、じにだくな゛い゛い゛い゛い゛っ!」

また叫んで、気力を振り絞って跳んだ。

跳んだ先に、地面はなかった。






長女れいむは次女れいむに精一杯の体当たりをかました。

「ゆ゛べっ!」

次女れいむは地面に思い切り叩きつけられ、少し餡子を吐き出した。

「ゆっ!でぃーぶいれいむはそこではんせいしててね!」

そう吐き捨てて、長女れいむは三女れいむを介抱しようと向き直った。
しかしその瞬間に見たのは、
親まりさが三女れいむを追い込み、湖に落としたところだった。









湖面に広がる波紋を見て、親まりさは呆然と立ちつくすしかなかった。
今日立て続けに起こった全ての出来事が、親まりさの理解の範疇を超えていた。

「うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

親まりさの後ろから雄叫びが聞こえた。反射的に振り返る。
跳びかかってきた長女れいむの歯が、親まりさの左目に食い込んだ。

「ゆぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!なにずる゛の゛お゛お゛お゛お゛!!」
「こどもをころすおやはさっさとじねええええ!!」

親まりさの左目は完全につぶれてしまった。
焼けるような痛みが左半身に広がる。連続して跳びかかってくる長女れいむの姿が歪む。

「うそつきっ!うぞづぎっ!でいぶだちにあやばっでね!おとーさんのぜいだよ!」

帽子に噛みつかれた。ビリリと音を立てて、中腹から大きく裂けた。

「ゆっくりりかいじでね!おとーさんだちがうぞづくがらこんなごどになったんだよ!」
「ばりざ・・・うぞなんでづいでないよ゛お゛お゛お゛っ!みんなでいぶにぞっくりな・・・」
「ぶさいくなおかーさんなんてしらないよ!わかったらさっさとじね゛え゛え゛え゛え゛!」





親まりさの中で何かが切れた。
もう我慢の限界だった。

「じね゛っ!!」
「ゆびゅっ!?」

跳んできた長女れいむを空中ではたき落とす。
べちゃりと音を立てて長女れいむは地面に落ちた。

「こ・・・こな゛いでね!あっちいってね!」

長女れいむの顔には怒りと怯えが混ざり合っていた。
親れいむとそっくりなその顔。
しかし、もう親まりさには関係なかった。

「こない・・・ゆぎゅっ!」

親まりさは迷うことなく踏みつぶした。
こんな奴られいむじゃない。
あのれいむとそっくりな顔をしてるだけの、全く別のゲスゆっくりだ。
いや、ゆっくりですらない。
帽子の無いゆっくりを擁護し、自分を不細工だと言って暴れ回るゆっくりなんて見たことがない。

地面に張り付いた次女れいむを見つけ、その方へ向かう。

「ゆっくりごろしの・・・ぶさいくなまりざは・・・じね゛え゛ぇ・・・」

こちらの表情は憤怒で満ちていた。
その顔も親れいむとそっくりだった。

「じね゛・・・じ・・・ゆぎゅ」

だがやはり同じように、容赦なく踏みつぶした。




湖辺に静寂が訪れた。地面には子ゆっくり2匹分の餡子が花を咲かせていた。

そんな中、親まりさはうつむいて体を震わせていた。
やった。殺した。れいむの偽物は全部、殺した。
親まりさは口を歪めて笑っていた。心の中で達成感と喪失感が渦巻いていた。

突如、親まりさは別方向からの声を聞いた。

「ゆ・・・ゆっ!ゆっくりにげるよ!」

帽子の無い子まりさが、親まりさに背を向けて逃げていくところだった。
なんだ。さっきのゆっくりできないゆっくりか。
親まりさは、ぼやける視界の中で跳ねて逃げていくゆっくりを追いかけた。
ちょうどお腹が空いてきたところなので、食べてしまおう。

「いや゛あ゛あ゛あ゛あ゛!こないで・・・むぎゅっ!」

楽々追いつき、舌を伸ばして絡め取った。
躊躇無く咀嚼する。

「もぎょっ!・・・と・・・ゆっぐ・・・しぎゃっ・・・」

甘くて、おいしい。親まりさはそう思った。







親まりさは考え始めた。これからどうしようか。
子まりさをどこかへ置いてきてしまったような気がするが、もうどうでもいい。
どうせあれも不細工だなんだと喚き散らすのだろう。放っておこう。
そうなると、もうすることが無くなってしまった。
ふと、すぐそばの湖を右目だけでのぞきこんだ。

そこには、ひどいゆっくりがいた。
片目はぐちゃぐちゃ。残ったもう片方も死んだようなうつろな目。
帽子は大きく裂け、その裂け目からのぞく髪の毛は泥まみれ。
全身に餡子の飛沫を浴び、口は奇怪な形に曲がっている。
どう見ても、ゆっくりしてないゆっくりだった。


まりさは、つかれてしまった。
れいむに会いたい。あのつぶらな瞳と、やわらかいほおと、優しい声が愛おしかった。

もっとゆっくりしたかった。
れいむといっしょに。









まりさと、まりさとそっくりなゆっくりの顔同士が近づいていった。
湖面に、波紋が広がった。







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あとがき
よく考えたら冬眠中の巣の中って真っ暗じゃね?というところから書き始めました。
あっさりしたものを書こうと思ってたんですが・・・
いつのまにかこんなに膨らんでしまいました。なんて恐ろしい。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


過去作品

  • ゆっくりバルーンオブジェ

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最終更新:2022年05月19日 12:57