あるところに一匹のドスまりさがいた。
 群れを出て行った、老ドスまりさである。
「ゆゆ~、これでやっとゆっくりできるよ」
 老ドスまりさがいるのは、若ドスまりさが生まれ育った深い森の中であった。
 老ドスまりさは若ドスまりさが歩いた痕跡を辿り、ここに辿り着いたのである。
 あれだけ愚かなゆっくりが、ドス級になるまで育つことの出来るような場所だ。少なくとも安全には違いないと当たりをつけていた。
 そう──老ドスまりさは、若ドスまりさの精神の未熟さを、正確に把握していた。
 その上で、若ドスまりさにあの群れを譲ったのである。
 正直なところ、老ドスまりさは人生に疲れていた。
 毎日毎日、愚かなゆっくりの相手をして過ごすことに、意味を見出せなくなってしまったのだ。
 そこにちょうどあの若ドスまりさが来たので、老ドスまりさは群れに対して一つのテストを行った。
 つまり、若ドスまりさに演説を行わせ、それに対し群れがどのように反応するかを試したのである。
 結果は明白。ゆっくり達は若ドスまりさの根拠のない自信を全面的に信用し、さっさと鞍替えしてしまった。
 あれほど人間は強く怖ろしいものだという老ドスまりさは教えていたのに、群れのゆっくり達は反省した様子もなかった。
 中には家族を人間に殺されたものもいたのに、である。
 ゆっくり達が自分の髪から躊躇なくリボンを解き、付け替えるのを目の当たりにするに至って、とうとう老ドスまりさは群れそのものを見限った。
 そして、群れを捨てる自分についてきてくれるパチュリーとアリス、子れいむ、れいむ一家とまりさ一家だけを連れて、老ドスまりさは旅立った。
 そこには微塵の後悔もない。
 あの若ドスまりさも、群れ自体も、もう知ったことではなかった。老ドスまりさは、ゆっくりという存在そのものについて諦めを抱いていた。
 そう思ったから、若ドスまりさに『協定』のことも教えなかった。
「どす、ながいあいだおつかれさま。これからはここでずっとゆっくりしていってね!」
 帽子から降りたありすが、老ドスまりさにそう言ってくれた。
「ありがとうありす。でも私はもうドスでもなんでもないよ。これからはただのまりさと呼んでね」
「むきゅ! わかったわ、まりさ!」
 ぱちゅりーの言葉に、老ドスまりさは目を細めた。
 ああ──これで本当にゆっくりできる。
 群れを捨てた立場であるというのに、こんな良いゆっくりが側にいてくれて、なんと自分は幸せなのだろうか。
 思えば自分の人生は、幸運によって導かれてきた。
 幼少期、家族がれみりゃに襲われて自分だけ生き残ったのも幸運だったし、その後ぱちゅりーに拾われ育てられたのも幸運だった。
 色々と苦難に塗れた時代もあったが、ドス級に至るまで大きくなれたのも、ひとえに幸運の賜物であろう。
 つがいになってくれるゆっくりと、リーダーを務めた群れには、生憎と恵まれなかったが。
 それでもこうしてようやくゆっくりできる時間が持てたのだから、自分は幸せなのだろう。
「…………♪」
「「「じゃお~……じゃお~……」」」
 少し離れた場所では、さっそくゆうかが新しい畑作りに取り組んでいるし、めーりん一家は木陰で眠っていた。
 子れいむはれいむ一家やまりさ一家の子供達と遊んでいる。とても微笑ましい光景だ。
 ここにどれくらいの餌があるか分からないが、しばらく食べ物に困ることはないだろう。
 老ドスまりさの帽子の中には、巣から持ち出してきた食糧が目一杯に詰め込まれていた。
 その量は、若ドスまりさにお祝いとして出した量の倍ほどもある。節約して生活すれば、かなり長いこともつだろう。
「ゆっくりしていってね!」
 老ドスまりさは、長らく心からは口にすることのなかったその言葉を、高らかに謳いあげた。





 もはや動くものとてない森の奥に、一匹のドスまりさが放置されている。
 あの若ドスまりさであった。
 若ドスまりさは、どうしてこのようなことになっているのか、理解できなかった。
 若ドスまりさは、自分の人生が幸運によって導かれてきたと思っている。
 あの森で暮らしていたとき、自分だけ生き延びたのも幸運なら、ドス級に至れるほどの豊富な食糧に恵まれたのも幸運だった。
 そして森を出てみれば、すぐに群れが自分のものとなる幸運にも恵まれた。
 これからもそのような生活が続くのだと、無条件に信じていた。
 その結果が、今の姿である。
 ……若ドスまりさは、確かに幸運であった。生き延びることが幸運と言うなら、確かに幸運であり続けた。
 だが若ドスまりさは、その幸運をひたすら無条件に享受し続けるだけであった。
 努力をしない者には、いつしか幸運の女神も愛想をつかすのだ。
 それを、若ドスまりさは今も理解していない。
「……まだ生きてるな」
 そんな愚かなドスまりさに、声をかけるものがあった。一人の人間の男であった。
「ゆぃいぃい……!! やべでぇええ、ぶだないでぇえええ……!!」
 散々殴られた恐怖から、ドスまりさは人間というだけで無条件に怯えた。
 男はドスまりさの言葉を無視し、言った。
「お前、ドスまりさじゃないな?」
「ゆ゛?」
「最近までここにいたドスまりさじゃないだろ。お前、違うドスまりさだろ?」
「……ゆっ!」
 ドスまりさは希望を見出した。ああ、やっと自分の言葉を聞いてくれる人がいてくれた。
 これで誤解は解ける。人間達も、あのドスまりさと自分が違うことを分かってくれる。
 事情を知らなかったわけだから、自分のことも赦してくれるだろう。そう思った。
 ドスまりさは必死に気力を振り絞って、目の前の人間に訴えかけた。
「ゆっ! そうなんだぜ! まりさはあのどすじゃないなぜ! だからたす「ウルセェエエエエエエエエエエ!!!!!」」
「ぎゃっびぇ!!!???」
 男の豪腕が、ドスまりさの肉体を一撃で揺らした。
 ドスまりさが何が起きたのか理解する前に、さらに拳が飛ぶ。
「お前のせいでっ! お前のせいでっ! お前のせいでっ!
 何もかもが滅茶苦茶なんだよォォォォ!!! よくも俺の獲物を逃がしてくれやがってよォォォォ!!!
 あのドスはっ!!! 俺が長いこと目ぇつけてたやつなんだよ!!!
 いつか虐待してやるって心に決めてたやつなんだよ!!!
 俺のっ、俺だけのっ、俺だけが虐めていいはずのっ!!! ドスまりさだったんだよォォォォォ!!!
 それをっ!
 それをッ!!!
 そ れ を ッ ッ ! ! ! ! !
 全部ブチ壊しにしてくれやがってェェェェェェエ!!!!!
 ナメやがってっ、ナメやがってッ!!! 一体どんだけ俺をコケにすりゃ気がすむんだ、この……

 腐 れ 餡 脳 ミ ソ が ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ! ! ! ! ! ! 」

「ゆっげびゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 秒間十二発の拳の猛打が、容赦なくドスまりさを痛めつける。
 男は筋金入りの虐待お兄さんであった。その証拠に、あれだけ殴られておきながら、ドスまりさの顔は全く破れていなかった。
「……ゆ……ゆ……」
「フーッ、フーッ……フゥゥゥゥゥゥゥ」
 最早反応を返さなくなったドスまりさを前に、ようやく虐待お兄さんは息を整えた。そして、
「……ま、いっか」
 ケロッとした表情で笑った。
「ドスを逃がしたのは残念だけど、代わりに今回の騒動でたくさんゆっくりを捕まえられたしな。
 あんだけいればしばらく楽しめそうだ。久しぶりだから、殺さないよう加減するのがちょっと難しいけど。
 ま、そういうわけだからさ、お前のことなんかもうどーでもよくなったわ」
 そう言って虐待お兄さんは踵を返した。
 良かった、とドスまりさは思った。何がどうなったか分からないが、ひとまず生き長らえたようだ。
 あとはどうにかしてこの縄を解き、逃げ出すだけだ。逃げ出せたら、故郷の森へ帰ろう。外は怖いことばかりだ。
 そうしたら、あとはずっとゆっくりし続けるのだ……そう心に決めていた。
 だが去っていく男の、無慈悲な言葉がドスまりさに突き刺さる。
「お前の処刑は、あのれみりゃとふらんがやってくれる!
 じゃあね、クソ饅頭」
 男がひらひらと手を振るのに答えるように、森の闇の中から、幾つもの飛行する影がドスまりさめがけて迫ってきていた。
「「「「うー! うー!」」」」
「ゆあ゛……あ゛あ゛あああああ……!!!」

 このドスまりさは、今夜のれみりゃとふらんのディナーとなるだろう。
 しかし体力に恵まれたドスまりさは、幸運にも、今夜を生き長らえることだろう。
 そしてゆっくりゆっくり数日かけて、その命全てをれみりゃ達に奪われていくのだ……
「もっどゆっぐりじだがっだああああああ…………!!!」














  • あとがき
 どんだけ面倒見のいい人でも、度を過ぎれば愛想つかすよねという話。

 前回(復讐のゆっくりまりさ)では、まだ若さの抜けきらないドスを書いたので、今回は老輩と若輩のドスまりさをそれぞれ書きました。
 ……書いたつもりです。
 自分は、ドスにもピンキリいると思います。
 そして実際、もしドスまりさが人間ほどの知能を身に着けていたら、さっさと他のゆっくりなんか見限って山に引きこもってると思います。
 人の面倒を好んでみるというのは、そこに利益があったり、単純に人が良かったり、支配する快感が得るためだったり、そういう理由がないと大変ですから。
 二匹のドスの設定は↓のような感じでした。

 ・老ドスまりさ:(ゆっくりとしては)凄く長く生きてる苦労人。いい加減人生に疲れている。
         それでも根が真面目なので、いきなり群れをほっぽりだすとかできなかった。
         話の開始時点で既に怒りが有頂天寸前。漢字をたくさん使って喋る。

 ・若ドスまりさ:図体がでかいだけで中身はただのゲスまりさ。
         豊富な栄養事情に支えられドス級に至るが、世間知らずなため傲岸不遜。しかも痛みに弱い。平仮名で喋る。

 今回は短い話のつもりで、かなり色んな部分を削ったんですが(老ドスの苦労話とか若ドスの馬鹿っぷりとか)それでもこの長さに……
 wiki編集者の方にはご迷惑をかけますが、適当なところで切ってくださると助かります。
 それでは、また。








  • 今までに書いたもの
 ゆっくり実験室
 ゆっくり実験室・十面鬼編
 ゆっくり焼き土下座(前)
 ゆっくり焼き土下座(中)
 ゆっくり焼き土下座(後)
 シムゆっくりちゅーとりある
 シムゆっくり仕様書
 ゆっくりしていってね!
 ゆっくりマウンテン
 復讐のゆっくりまりさ(前)
 復讐のゆっくりまりさ(中)
 復讐のゆっくりまりさ(後)

by 土下座衛門





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最終更新:2022年05月03日 15:11