ある男の家に、一匹の赤ちゃんれいむがいた。
これは、ゆっくり愛好家である男の家に暮らしていたゆっくり一家の末子である。
一家が親子水入らずでハイキングに出かけたある夏の日、里一帯は午後から急な夕立に見舞われた。
それ以来、ゆっくり一家は帰って来なかった。
男は信じたくなかったが、おそらくは隠れる場所の無いところで雨に降られ、全滅したのだろう。
しかし生まれて間もないこの赤れいむだけは、部屋の物陰で寝過ごしており、
ハイキングに行きそびれて運良く生き残ったのであった。
家族がいつまでも帰って来ないことに、赤れいむは夜通し泣きじゃくり、男もつられて涙をこぼした。
男は、一家の忘れ形見であるこのれいむだけでも大切に育てようと思った。

さて、ある程度育ったゆっくりならいざ知らず、赤ゆっくりの育て方を男は良く知らなかった。
なので、母ゆっくり達がいた頃の飼育法を見よう見真似でやってみるしかなかった。
赤ゆっくりは食べ物をうまく消化出来ないことがある。
なので、食べ物は親ゆっくりが一旦咀嚼し、ある程度餡子に変えた状態で与えるのだ。
少なくとも、男が見ていたゆっくり親子はそのようにしていた。
男もそれに倣い、野菜など歯ごたえのあるものは、自分が咀嚼して吐き出したものを与えた。
本来ならすり鉢などですり潰せば良いだけだろうが、今は自分が親代わりなのだ。
ゆっくりなりの親子のコミュニケーションというのを体験させた方が生育上良いと思った。
赤れいむも、そうして与えられた物を喜んで食べた。
餡子には変わっていなかったが、噛み砕かれた食べ物は赤れいむでも消化出来たようだった。
そのように男は一つずつ、親ゆっくりから学び取った赤ゆっくりの育て方を実践していった。

半年が経ち、男の世話の甲斐あって、れいむも立派なゆっくりに成長した。
すでにバレーボールほどの大きさがある。親に似た、心豊かなゆっくりである。
度々外に遊びに行っていたので、運動能力も充分。虫を追いかけて捕まえることも出来た。
ある日れいむは、男に対してこのように言った。

「おにいさん、いままでれいむをゆっくりさせてくれてありがとう!
 れいむはもうひとりでもいきていけるよ!だからもりにいってみようとおもうよ!
 ばっぢがあるともりのゆっくりとゆっくりできないから、ばっぢをゆっくりとってね!」

突然の申し出に男は驚きつつも、言われた通りに飼いゆっくり証明バッヂを取ってやった。

「本当に行くのかい? ずっと家でゆっくりしていっても良いのに」
「ゆ!でもれいむは、おかあさんやおねえちゃんたちをさがしてみようとおもうよ!
 もうしんじゃったかもしれないけど、もしかしたらいきているかもしれないよ!!」
「そうか……一緒にいられないのは残念だが、そういうことなら仕方ない。
 餞別にお菓子を持たせてあげよう。それと雨には気をつけるんだよ」
「ゆっ!おにいさんありがとう!れいむはいってくるよ!!」

またいつでも帰って来いよ、と言って男は旅立つれいむを見送った。
れいむがもらったお菓子は飴だった。れいむは飴を一粒舐めながら道を歩いていった。
しばらくして、近くに川の流れる林道に出た。この辺りはお母さんと一緒に一度来たことがある。
そう思って歩いていると、口から飴をこぼしてしまった。道を外れ、なだらかな坂を転がっていく飴玉。
れいむが目で追っていると、坂の下にいた二匹のまりさ達が飴を拾って舐めていた。
「しあわせー!」と言っては吐き出し、二匹で回し舐めしている。
そしてれいむと目が合った。せっかくなのでれいむも坂を下り、まりさに話を聞くことにした。

「ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!」」
「このへんではみないれいむだね!」
「れいむはにんげんにかわれていたんだよ。でもさっきひとりだちしてきたんだよ。
 そのあめもにんげんがくれたんだよ」
「ゆっ!もっともってたらまりさにちょうだいね!」
「いいよ!でもれいむのしつもんにこたえてね!
 はんとしぐらいまえ、このあたりでゆっくりのいっかをみなかった?ばっぢをつけてるいっかだよ!」
「ゆゆ?まりさはむかしのことなんておぼえてないよ!」
「そういうのはぱちゅりーにきいてね!」

ということで、れいむはまりさ達の群れに案内され、群れの長であるぱちゅりーの前に通された。
ぱちゅりーは他のゆっくりに比べて知能が高く、記憶力も良いらしかった。
れいむが事情を話すと、すぐに答えが返ってきた。

「むきゅ!たしかにみたわね!このもりをぬけたはらっぱでゆっくりあそんでたわ!」
「ゆゆゆっ!ほんとう!?」
「ゆん!でもおおあめにふられて、みんなとけちゃったみたい。これがそのときのこったばっぢよ!
 にんげんよけになるかとおもったけど、ゆっくりだけではつけられないからとっておいてるの」

そう言うとぱちゅりーは、巣の奥から沢山の飼いゆっくりバッヂを運んできた。
ちょうど家族の人数分あり、親姉妹達のもので間違いなさそうだった。
れいむは親たちが生きているというわずかな可能性を断ち切られ、意気消沈した。

「ゆ~・・・やっぱりれいむのおかあさんたちはもういないんだね」
「ゆっ、れいむ!げんきだしてね!」
「まりさたちがともだちになってあげてもいいよ!!」
「むきゅ、そうね!いくあてがないなら、わたしたちのむれでゆっくりしてもいいのよ!かんげいするわ!」
「ゆっ!そうさせてもらうね!これからよろしくね!」

しかし家族の死を確認出来たことは、前へ進むために過去を吹っ切ったという意味も持っていた。
れいむは森の群れの中で、野生ゆっくりとしての新しい生活を始めた。
他のまりさと仲良くなってつがいになり、ゆっくりしたかわいい赤ちゃんを沢山産んだ。
時には他所の一家の親が狩りに行っている時、その子供の面倒を見たりもした。
長ぱちゅりーが体調を悪くした時も、群れのみんなで交代して看病をした。
家族を失ったれいむにとって、群れというコミュニティでの生活は、心の充足をもたらした。
れいむはとてもゆっくりできていた。


れいむが群れに馴染んで来てしばらくした頃、群れの中である奇病が報告された。
突然口の中が痛いと言い出すゆっくりが現れたのだ。
しかし一見口の中に怪我などはなく、原因は不明とされていた。
一応、ぱちゅりーが薬草として知られている草をいくつか食べさせたが、効果は薄かった。
発症したゆっくりの痛みは日に日に増していくようだった。

「ゆぎい゛ぃぃぃぃぃぃ!!いだい!!いだいよぼおおおぉぉぉ!!」
「まりさ!おちついてね!ごはんをたべてゆっくりねたらきっとなおるからね!!」
「いや゛だびょぉぉ!!ごばんだべだぐないぃぃぃぃ!!だべるどいだいのぉぉぉ!!」
「ゆゆっ・・・どうずればいいのお゛ぉぉぉぉぉ!?」

あるまりさの一家などは大パニックであった。大黒柱である親まりさが奇病を発症し、
三日三晩のた打ち回った挙句、やがて餡子を吐き出して死んでしまった。
それはれいむが初めてこの群れに来た時、友達になってくれたあのまりさであった。
こうなると群れは恐慌状態である。やがてその家の子まりさまでもが痛みを訴え出した。

「ゆ゛~!ゆ゛~!いちゃいよおかあしゃん!」
「ゆっくりでぎないよぉぉぉぉ!!」
「ゆゆゆ!みんながまんしてね!ゆっくりなおってね!なおらないとまりさおかあさんみたいにしんじゃうよ!!」
「「ばりざじにだぐないよぉぉぉぉぉ!!」」
「むきゅ・・・もしこのびょうきがどんどんうつったら、むれのみんながゆっくりできなくなってしまうわ。
 かなしいけど、なおすほうほうがみつかるまでどこかにでていっていてもらうしかないわね」
「どぼじでぇぇぇぇ!?まりざだちなんにもわるいごどしでないよぉぉぉぉ!!」
「うるさいよ!おまえたちはいるだけであぶないんだよ!」
「まりさたちといるとゆっくりできないよ!ゆっくりでてってね!!」

病気を恐れた群れのゆっくりたちは、一家を追い出して隔離してしまった。
れいむは心苦しかったが、群れを守るためだと自分に言い聞かせ、みんなと一緒に病気の家族を追い立てた。

さて、そうなると事態は深刻である。痛みを訴えれば、病気の感染者として群れから隔離されるのだ。
事実、その後も激しい痛みを訴えたゆっくり達が、家族ごと群れから追い出され、森の奥へと隔離されていった。
そんな雰囲気の中なので、口の中が痛み出したゆっくり達も、しばらくは痛みを我慢して黙っていた。
発症するのは子ゆっくりや赤ゆっくりが多かったため、両親は喚くわが子の口を封じるのに一苦労である。
中には自分達が追い出されない為に、痛みを訴える子供達を巣の奥に押し込めておく親ゆっくりもいた。
それだけならまだしも、痛みに暴れまわるわが子を思わず押し潰してしまう親までいたのだ。
また今は健康な他のゆっくりも、どこから感染し、いつ自分も発症するかわからない。
自然とゆっくり同士のコミュニケーションは減り、群れの縄張りは静かになっていった。
今や群れ全体がゆっくり出来なくなっていたのだ。

「ゆぅ・・・なんだかむれがばらばらになっていくよ。これじゃゆっくりできないよ」
「みんながもっとゆっくりできればいいのにね・・・」

れいむたち夫婦も、巣に篭もってごはんをもそもそと食べていた。
群れ全体を包む緊張感の中での食事は、ちっともしあわせではなかった。
もうすぐ冬がやってくる。越冬の為にみんなで協力し合わなければならない時に、こんな調子では……
その時、子れいむの一匹が木の実を食べて「ゆ゛っ」と呻いた。

「おかあさん・・・なんだかおくちのなかがいたいよ・・・」
「ゆっ!?」
「まりさも!まりさもいたいよ!!」
「なんだかゆっくりできないよ!」
「ゆ゛ゆ゛っ!!おちついてね!!きのせいかもしれないよ!」
「ぎのぜいじゃないよ!!いだいよ!!ごはんだべられないよ!!」
「な゛んでぇぇえ゛ぇぇ!?でいむおながへっでるのに゛ぃぃいいぃぃ!!」
「い゛ぎぎぎぎぎぎぎぎっ!!!」

次々に騒ぎ始める子ゆっくりたち。痛みを感じていない子ゆっくりも、病気のことは知っているのだろう、
痛みを訴える姉妹たちから離れ、親にすがりつくようにして震えている。
れいむはどこか他人事だと思っていた脅威が、とうとう自分達の家族を襲い始めたことに戦慄した。
そして何より、自分の口の中にも何か違和感があることに気付いてしまったのだ。
いや、以前から気付いていたはずだ。しかし無意識のうちに気付かないフリをしていたのだ。
いたいいたいと泣く子供達を見ているうちに、その違和感が痛みに変わっていくのを感じた。

「ゆゆゆゆ!れいむもなんだかいたくなってきたよ!!」
「ぞんなぁぁぁ!れいむまでびょうきになったら、まりざどうすればい゛いのぉぉぉぉ!!」
「おかあしゃん!いたいよ!こわいよ!!」
「ばりざじにだぐないよぉぉぉぉぉ!!」
「なにごれぇぇぇぇ!!れいむなんにもわるいごどじでないのにぃいぃぃぃぃ!!!」
「ゆ゛っぐりざぜでよぉぉぉおおぉぉ!!」

巣の中はパニック状態だ。痛み自体はまだそれほどでもないのだが、家族が群れから追い出され、
ゆっくり出来なくなるというビジョンの恐怖が、混乱に激しく拍車をかけていた。
そしてやがて待っているのは、苦しみのた打ち回った末、餡子を撒き散らして死ぬ運命である。
あまりの恐怖に錯乱した一匹の子まりさが、叫びながら巣から飛び出していってしまった。

「ゆゆっ!ゆっぐりまってね!!いまそとにでちゃだめだよ!!」
「ばりざぁぁぁぁあのあかちゃんをづがまえでえぇぇぇ!!でいぶだぢゆっぐりじだいよぉぉぉぉ!!」
「ゆっ・・・わかったよ!!みんなはここで静かにまっててね!!ゆっくりなおってね!!」
「ゆ゛っ・・・ゆ゛っ・・・ゆ゛っ・・・」

錯乱状態のれいむに頼まれ、親まりさが飛び出した子まりさを連れ出すことになった。
親まりさが巣穴の外に出てみると、辺りに他のゆっくりの姿は見当たらない。どこも同じような状況なのだろうか。
しかしそれなら好都合だ。他のゆっくりに見つかる前に連れ戻してしまえば、追放は免れるかもしれない。
足跡を辿って子まりさを追っていくと、林道に差し掛かった辺りで一人の若い男に捕まっていた。

(ゆゆっ!?あれはにんげんだよ!ゆっくりにげるよ!!)

もう親まりさの頭の中は、子まりさを見捨てて恐ろしい人間から逃げることで一杯だった。
しかし腐っても我が子のことなので、もう少し遠巻きから様子を見てみる。
人間は、掴み上げた子まりさに何やら話しかけているようだ。

「おいおい、全然ゆっくり出来てねえゆっくりだな。血相変えてどうした」
「ゆががががが!!ゆっくりはなじでね!!ぐぢのなががいだくてゆっくりでぎないんだよ!!」
「口の中? 口内炎かなんか出来たのか? どれ、ちょっと見せてみろよ」

と言うや、男は子まりさの口を顎を外すような乱暴さで、上下にがばっと開いた。
子れいむは「ゆ゛ぎっ」とうめきを上げ、親まりさも一瞬恐怖した。

「あ~あ、こりゃひでえ。見事な虫歯だな」
「ふ、ふじば?ひゃにひょれ!?ぶっふりえぎる?」
「何言ってんのかわかんね。口の中っつーか歯が痛いんだろ? 虫歯は歯の病気だよ。
 しかしゆっくりも虫歯になんてなるんだなあ。歯磨きどうしてるんだ? お母さんが磨いてくれなかったの?」
「ゆぶっ!だじがにはがいだいよ!!ふしばってなあに?はみあきなんてきいだごどあいよ!!」
「お母さんも歯磨きしてないのか? とするとゆっくりにはそもそも虫歯という概念がなかったのかな。
 確かに俺も結構色んなゆっくりを見てきたけど、虫歯の心配してる奴なんかいなかったな。
 ま、お前らのことだからどうせ人間の食べてる物でも横取りして食ったんだろ。
 人間の口には虫歯のばい菌がいるからね。それで移ったんだ。自業自得だね!」
「ゆ゛ゆ゛!!ばりざにんえんのものなんへとっへないお!!もうゆっふりはなしへね!!」」
「まあまあ、せっかくだから俺が虫歯抜いといてやるよ。そらっ」

そういって男は、子まりさの口から歯を一本ブチッという音を立てて抜き去った。
それも一本だけではなく、太い歯を何本も何本も。
抜かれるたびに子まりさは「い゛があああああああああああ」と悲鳴を上げていたが、男はケタケタ笑うだけだ。
歯茎に空いた穴から餡子が噴き出し、男の手を汚す。
結局5、6本の歯を抜いてから、男は子まりさをべしゃっと投げ捨てた。

「い゛がい・・・・いだいよぉ・・・」
「は~あ、元から苦しんでるゆっくりを虐待しても面白くないね。
 まあ良い悲鳴聞けたし、もう帰っていいよ」
「ゆぎぎぎいぃぃ!!しね!!ゆっくりできないにんげんはゆっくりじね!!」
「ゆっくりはてめえらだけでしてろ、カス」

悪態をつく子まりさを男は爪先で蹴飛ばし、道を去っていく。
吹っ飛んできた子まりさは親まりさに激突し、二匹は「ぶげっ」とうめいて餡子を吐いた。

「お、おがあざんんんんん!!どうじでだずげてぐれながっだのぉぉぉぉぉ!!」
「じがだないでじょおおおぉぉぉぉ!!にんげんにづがまっだらしんじゃうんだよおおぉぉぉぉ!!」
「がわいいごどもをだずげるのはとうぜんでじょぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!」

としばらく言い争ってから、親まりさは本来の目的を思い出し、
他のゆっくりが現れる前に、子まりさを巣へと連れ帰った。
巣ではれいむと子供達が痛みと恐怖に震え続けていた。帰って来た二匹を目に留めたれいむは慌てて駆け寄る。

「ゆゆっ!ほかのみんなにはみつからなかった!?」
「だいじょうぶだよ!でもまりさのこどもはにんげんにつかまっていじめられたよ。はをいっぱいぬかれたよ」
「にんげんに!?ころされなくてよかったね!!」
「ゆぐ・・・ゆ゛ぐぅ・・・」

れいむが帰って来た子まりさを見ると、口元を餡子まみれにして涙ぐんでいる。
しかし家を飛び出す前と違って落ち着いているようだ。痛みはどうしたのだろうか。

「ゆっ?まりさ、もうおくちはいたくないの?」
「いだいよ・・・でもにんげんにはをぬかれたらすこじおさまっだよ。
 まりさはおくちじゃなくてはがいたかったんだよ」
「は?」

そう言われると、口の中でも特に歯が痛むような気がしてくる。
ゆっくり達が歯の痛みに気付けなかったのは、ゆっくり特有の鈍感さ、大雑把さに加え、
虫歯というものを知らなかったので、歯が痛むという感覚に馴染みが無かったからだ。
しかし言われてみれば段々そんな気がしてきたのだ。

「ゆゆっ!たしかにはがいたいきがしてきたよ!!」
「れいむ・・・れいむはにんげんにかわれてたっていってたよね?」
「ゆ?そうだけど、それがどうかしたの?」

親まりさのれいむを見つめる不穏な目つきに、れいむはたじろいだ。

「さっきのにんげんは、まりさのくちがいたいのは“むしば”だっていってたよ。
 ゆっくりはむしばにならないのに、にんげんからうつったんだっていってたよ」
「ゆ・・・?なにいってるの?むしばってなあに?」
「とぼけないでね!!」

いきなり親まりさはれいむに体当たりした。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったれいむは簡単に吹っ飛ばされ、
後ろにいた子ゆっくりもれいむにぶつかって転がっていった。

「きっとれいむがにんげんのくちについたものをたべたからいけないんだよ!!
 れいむがかみくだいたあんこをたべたあかちゃんたちにもむしばがうつっちゃったんだよ!!
 れいむがむしばをむれのみんなにうつしたんだよ!!」
「ゆゆ!?」

そういえば、お兄さんはゆっくりの親がするように、一度噛み砕いて柔らかくしたものをれいむに食べさせてくれた。
そして自分も同じように、自分の家族だけでなく群れの赤ちゃんたちに、噛み砕いた餡子を食べさせていた。
更にこれはれいむも覚えていないことだが、最初に痛みを訴え出したまりさはれいむの落とした飴玉を拾って舐めていた。
これにより、そのまりさの家族および仲が良い家族の赤ちゃんなどは細菌に感染していくことになる。
本来ゆっくりはミュータンス菌などの虫歯の原因になる細菌を保持していないので、
どのような生活を送っても虫歯に苦しむことはない。しかし、一度何かの原因で他の動物から細菌に感染してしまえば、
食べている側から食べ物を餡子に変換するゆっくりである、虫歯が進行していくのはあっという間なのであった。

「れいむのせいでむれのみんなはゆっくりできなくなっちゃったんだよ!!
 にんげんにかわれたきたないゆっくりはゆっくりしね!!」
「ゆゆっ!!?どうじでぞんなごどい゛うのぉぉおお゛ぉぉぉぉ!!」
「ゆ゛ぅぅぅ!!まりざだぢのはがいだいのもおがあざんのせいだよ!!」
「きちゃないおかあさんからうまれたかられいむたちもゆっくりできないんだよ!!」
「ゆっくりできないおがあざんはゆっぐりぢねぇぇ!!」

親まりさは親れいむに激しい体当たりを始め、子供達もそれに便乗した。
家族によって巣から追い立てられ、やがて森の広場まで追い込まれたれいむ。
いつの間にか一匹の子供がぱちゅりーを呼び出しにいっており、その報を聞いた他のゆっくりも集まっていた。
れいむはまりさや子供達に叩かれ続けながら、ぱちゅりーに涙目で訴えた。

「だずげてばぢゅりぃぃいいぃぃ!!でいむのかぞくがいじめるのぉぉぉ!!」
「むきゅ!れいむ、こんなことになってほんとうにざんねんだわ!」
「!?なにいってるのぱちゅりー!?はやくみんなをとめてね!!」
「うるさいよ!びょうきをもちこんだれいむはゆっくりしんでいってね!」
「おまえのせいでみんなゆっくりできなくなったよ!!」
「おお、きたないきたない」
「ゆっくいしんえね!」

大小さまざまなゆっくりがれいむを取り囲み、罵詈雑言を浴びせていた。
みんなの怒りの渦の中で、れいむの思考は真っ白になっていった。どうしてこんなことに?
れいむは今まで群れの為によく働き、みんなとも仲良く出来ていたはずなのに……

「れいむ!あなたのせいでむれはめちゃくちゃよ!
 にんげんのかいゆっくりなんてなかまにしたのがまちがいだったわ!!」
「なんでばぢゅりーまでぞんなごどい゛うのぉぉぉぉおおぉぉぉ!?
 でいぶなんにもわるいごどじでないよぉぉぉぉおお゛ぉぉぉぉ!!」」
「むぎゅうう!みぐるしいわ!!おまえをむれにおいていくわけにはいかないのよ!!
 ゆっくりしないででていきなさい!!ころされないだけありがたくおもってね!!」
「ぞんなああ゛ぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁ!?」

普段は温厚なぱちゅりーからは考えられないほどの暴言であった。
それもそのはず、実はぱちゅりーの歯も数日前から痛み出していたのだ。
虫歯の痛みとそこから来る怒りが、ぱちゅりーから冷静な思考力を奪っていた。
ぱちゅりーの合図で何匹ものゆっくりが飛び出し、れいむにボコボコと体当たりを仕掛けた。
れいむはそのまま巣の縄張りから押し出され、「にどとはいってこないでね!!」と唾を吐かれ、
ボロクズのように捨てていかれた。辺りには小雨が降り出していた。

「ゆぐうぅぅぅぅ・・・どぼじでごんなごどにぃぃぃぃ・・・」

れいむはまたしても家族を失ったのだ。それもみんなに憎まれるという最悪の形で。
残ったのは全身の傷と、口の奥底から無限に湧き上がってくる虫歯の痛みだけ。
とにかく、雨を凌ぐためにゆっくり出来る場所を探さなくてはならない。
れいむはべちょべちょになりながら、森の中を這うように跳ねて行った。
やがてれいむは、木の下に住居を構える一匹のまりさの姿を見つけた。

「ゆ!あめがやむまですこしやすませてね!」
「いいよ!ゆっくりしていってね!!」

まりさは快くれいむを受け入れてくれ、れいむにはそれが心に沁みて嬉しかった。
木の下の巣はとても暖かく、雨の冷たさに感覚を失ったれいむの肌をじわりと癒していった。
まりさはまだ少し小さいようだったが、他の家族の姿は見当たらなかった。
狩りにでも出ているのかと思ったが、この天気なら帰って来ても良さそうだし、巣の中も家族がいるにしては質素だった。

「いまからごはんにするところだよ!いっしょにたべようね!」
「ゆ~?まりさのかぞくはいないの?」
「ゆ・・・おかあさんもおねえちゃんもみんなおくちのびょうきでしんじゃったよ!」
「ゆ゛!?」
「まりさはげんきだけど、かぞくのびょうきのせいでむれからおいだされたんだよ。
 だからほかのゆっくりとゆっくりするのはひさしぶりでうれしいよ!ゆっくりしていってね!」

一人で集めたであろう、とても多いとは思えない備蓄かられいむの分もご飯を並べ、
無垢な笑顔を向けてくる子まりさ。れいむは愕然としていた。このまりさは自分達が群れから追い出したまりさの子供であった。
そしてこんなに優しいまりさから家族を奪い、ゆっくり出来なくしたのは自分なのだ。
その自覚は、みんなにお前のせいだと喚き立てられるよりも、ゆっくり確実にれいむの心を苛んでいった。

「ゆっくりたべてね!」
「ゆっ・・・むーしゃ、むーじゃ、じあわぜぇぇ~~!!」
「ゆゆっ!そんなにおなかすいてたの?」

れいむの滂沱の涙に、驚きつつも楽しそうに笑う子まりさ。
れいむの歯は相変わらず痛んだが、そんなものは心の痛みに比べれば大した痛みではなかった。
食後も二匹は互いに頬ずりしたり、巣の中で飛び跳ねたり、お歌を唄ったりして過ごした。
子まりさとれいむにとって、久々に思う存分ゆっくりできる時間であった。
結局雨は夜まで降り続き、子まりさはれいむに泊まっていくよう促した。れいむもその言葉に甘えた。
二人は寄り添うようにして寝床に就いた。だが子まりさのゆぅゆぅという寝息が聞こえても、れいむは寝つけなかった。

「ゆ・・・なんでこんなことになったのかな・・・」

ゆっくりの口癖であるこれは、必ず物事の責任の所在をどこかに見つけ出すことで、
自分がゆっくりすることを正当化したがるという習性に由来するものである。
れいむはゆっくりの中では聡明な方であったが、所詮ゆっくり。餡子脳の限界には勝てなかった。
今までは自分が悪いのだという気がしていたが、断続的に自分を苛む虫歯の痛みが、
自らも理不尽な暴力の犠牲者であるというような被害意識を刺激し続けていた。
その感情はやがて、自分のかつての恩人であるお兄さんへの恨みへと転化していった。

そうだ。あのお兄さんが自分にばいきんを移したから、自分は今激痛に苦しまされている。
しかも仲が良かった群れをめちゃくちゃにし、この子まりさや自分から家族を奪い、不幸のどん底に追い込んだ。
全部あのお兄さん……いや、ばかなにんげんのせいではないか。
そのせいで自分は、多くのゆっくりの恨みを買い、要らぬ良心の呵責と歯の痛みに苦しまされているのだ。
自分には何の責任も無い。いやしくもゆっくりの親の真似などした、あの人間が全て悪いのだ。

朝になって目覚めた子まりさの隣に、れいむの姿は無かった。


小雨の夜のことである。
あるゆっくり愛好家の男の家の戸を、何者かが激しくどんどんと叩いた。

「誰だろう? こんな夜中に……」

夢の入り口から引き戻された男は、開ききらない眼を擦りながら玄関へと向かった。
新たに飼い出したゆっくりれいむも目が覚めてしまったらしく、不安そうに玄関を眺めている。

「ゆぅ・・・おにいさん、なんだろう?」
「ちょっと様子を見てくるから。れいむはそこでゆっくりしててね」

男の家は村の外れにある。通りがかりの旅人が訪ねて来たり、急病人に軒を貸すことも少なくない。
今回もその類だろうかと思いつつ、男は玄関の扉を開いた。

「ゆ゛がぁぁぁぁああ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!? ゆ、ゆっくり?」

飛び込んで来たのは、憤怒に顔を歪ませたれいむであった。
大きく剥かれた歯は虫歯によってガタガタに変形し、顔全体の禍々しさを一層増している。
そんなゆっくりの恐ろしい形相に男は気圧され、思わず腰を抜かしてしまう。
すかさず飛び掛り、激しく連続で踏みつける虫歯れいむ。

「おまえがっ!!おばえのぜいででいぶはぁぁぁぁっ!!」
「ちょ、ちょっと痛い痛い!」
「じね!じね!!ばがなにんげんはゆっぐりじないでじねぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!」
「ゆっ!おにいさんにらんぼうしないでね!!」

その様子を見ていた飼いれいむは、闖入者に体当たりをぶちかまし、家の外まで吹っ飛ばした。
水を吸ってぬかるんだ地面に叩きつけられた虫歯れいむは、泥まみれになりながらも起き上がり、男を睨み付けた。
その形相の異常さと、ゆっくりなんてどれも変わらんという理由から、男はそれがかつて飼っていたれいむだとは微塵も気付かなかった。

「ふぅ、びっくりしたなあ……有難う、れいむ」
「ゆっ!こんなにやさしいおにいさんをいじめるゆっくりなんてゆるせないよ!ぷんぷん!」
「ゆ゛ぎぃぃぃぃぃ・・・」

虫歯れいむは更に腹が立った。新しい飼いれいむは丸々と育っており、普段のゆっくりぶりが見て取れた。
自分が与えられていた幸せを取られたというような錯覚、何も知らずにゆっくりしている飼いれいむへの理不尽な恨み、
そして自分のことを完全に忘れ、新たな被害ゆっくりを生み出そうとしている男への怒り。
様々な感情が入り混じって、虫歯れいむの肉体は無意識のうちに全身全霊のタックルを繰り出していた。
これまで狩りでどんな大きな獲物を仕留めた時も、捕食種と戦いになった時も、このような攻撃は出来なかった。
そのような生涯最大の攻撃だった。これに当たって無事でいられる者はいない。そう確信できた。
男は玄関に立て掛けてあったつっかえ棒で、飛んでくる虫歯れいむを叩き落した。

「ゆ゛びぇっ!!」
「何があったのか知らないけど、人間に危害を加えるゆっくりを放っておくわけにはいかないな。
 村の人達がゆっくりを危険視して、罪のないゆっくりまでも駆除されてしまう」
「ゆっ!ゆっくりのてきだね!ゆっくりしないでしね!」

軒先に飛び出し、虫歯れいむを容赦なく踏みつける飼いれいむ。
しばらく餡子を吐きながらうめき声を上げていた虫歯れいむだが、何度目かの踏み付けで、完全に潰れて絶命した。

「お疲れ様、れいむ。餡子の匂いがするとゆっくりが怖がるから、ちゃんと片付けておこうね。
 もう遅いから、お前は先に寝床に戻って早く寝なさい」
「ゆぅ~~、おにいさん、れいむなんだかねむくなくなっちゃったよ。ねるまえにおはなしきかせてね!」
「ははは、しょうがないなあ。じゃあ今日はどんなお話をしようか」

飼いれいむと談笑しながら、死体を手際よく片付けていく男。
やがて玄関の戸が閉まると、後には何も残らなかった。


終わり


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最終更新:2022年05月03日 15:25