「捕まえてごらん」
「ゆぅ……ぐっすりぃ…」
テーブルの上でぐっすり眠っている、握りこぶし大のゆっくりれいむ。
2週間前に、ペットショップからケージ等一式も一緒に買ってきた、僕のペットである。
やっと子ゆっくりと呼べる程度の大きさになったれいむは、まだまだ育ち盛り。
遊びに、睡眠に、食事にと大忙しだ。
「…ゆっくりしていってね!!」
「ゆ…ゆゆ?…ゆっくりしていってね!!!」
僕が一声かけてやると、すぐさまれいむは目を覚ます。
こればかりは本能なので、どうしても抗えないのだろう。
まだ眠いのか、瞼を重そうにしながら僕のほうへとぼよんぼよんと跳ねてきた。
「ゆゆぅ!ゆっくりねむってたのに、どうしておこすの!!ぷんぷん!!」
「いやぁ、ゴメンゴメン。れいむがあまりにも可愛かったからさ」
特に、成体になる前の手のひらサイズのゆっくりなんかは、抱きしめたくなるぐらい可愛い。
だから、寝ているのを無理やり起こしたり、ぷりっぷりの頬をつんつん突いたりして……
こんな風に優しく虐めるのが大好きなのだ。
「ゆゆ!!れいむはゆっくりねむるよ!!おにーさんはじゃましないでね!!」
「ふふふ、オヤスミ♪」
れいむは僕から十数センチ離れて、背中を向けたまま再び眠り始める。
そして、10秒ほど経ったらまた僕は例の声を発した。
「……ゆっくりしていってね!!」
「ゆ?…ゆっくりしていってね!!!……ぷくぅー!!!」
即座に目覚め、目をぱちくりさせて周囲を見回すれいむ。
そして僕のほうに視線を向けると、頬をぷくっと膨らませた。
「おにーさんっ!!どうしてれいむのぐっすりをじゃまするの!?ゆっくりおこるよ!!」
「アハハ、ゴメンね。れいむがあまりにも可愛いから、邪魔したくなっちゃうんだよ」
こんなやり取りは、何回目だろう。何度やっても全然飽きない。
やっぱりゆっくりというのは、こうやって愛で虐めるのが一番だよ。
とは言っても、れいむの方は何回も起こされて心底ウンザリしているだろう。
これ以上やると僕とれいむの関係を悪化させかねないから、今日はこれぐらいにしておこうか。
僕はポケットの中から、棒のような形をしたお菓子を取り出した。
そして、そのお菓子を左右にぶらぶら振りながら、れいむに見せ付ける。
「ほーら、れいむ。お前の大好きなお菓子だぞー」
「ゆゆ!?おかしだ!!!れいむにゆっくりたべさせてね!!!」
涎を垂らしながら、脇目も振らずお菓子に飛びつこうとするれいむ。
しかし、僕がひょいっとお菓子を持ち上げたので、れいむは口を大きく開けたまま顔面をぶつけてしまう。
ぷるぷる震えながら顔を上げると、目から滝のような涙を溢れさせながら泣き出してしまった。
「びや゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!!!どう゛じでい゛じわ゛る゛ずる゛の゛お゛お゛ぉお゛ぉお゛お!?」
「ふふふ、ゴメンね。れいむがあまりにも嬉しそうだったから、ついつい邪魔しちゃったんだよ」
僕の指使いひとつに翻弄されて、ころころと表情を変えるれいむ。
そんなれいむを気の向くままに弄ぶのが、僕は大好きだ。
だから、どんなにれいむが怒ったとしても、そう簡単に止められるものではない。
「ほら、れいむ。お菓子に追いついたら、このお菓子を食べさせてあげるよ」
「ゆ?ほんとう!?ゆっくりおいかけるよ!!!」
「よし、ゆっくり頑張ってね!」
れいむと僕の、追いかけっこが始まった。
僕がお菓子を手に持って操り、それをれいむが必死になって追いかける。
ここであまりにも差を開きすぎて、やる気を削いでしまっても面白くない。
僕はれいむから逃げることより、れいむと付かず離れずの距離を維持することに神経を集中させていた。
「ほーらほら!ゆっくりしてると、お菓子さんが逃げちゃうぞ!」
「ゆっ!ゆっ!おかしさん!ゆっくりまってね!!れいむにゆっくりたべられてね!!」
ぴょん!ぴょん!ぴょん!
一歩一歩、跳ねるごとに約一秒の静止時間が発生する。
一秒に一回の跳躍。目測で、だいたい秒速10センチメートルぐらいで進んでいるだろうか。
決して休んだりのんびりしているわけではない。れいむ自身はこれでも本気なのだ。
「ゆっく!ゆっく!まってよ!!おかしさんゆっくりしてよぉ!!」
その証拠に、れいむの表情は真剣そのもの。
僕にとってはただの遊びだが、れいむにとっては食料を得られるか否かが決まる一大イベント。狩りなのだ。
「ふふふ、やっぱり可愛いなぁ……あ、いいこと思いついた」
僕は進路を変え、そのままお菓子を直進させる。
れいむもそれに従って、真っ直ぐ跳躍を繰り返す。向かう先はテーブルの端。その先には何もない。
跳ね続けるれいむの視界には、甘くて美味しそうなお菓子しか入っていない。
自分がどこに向かっているのか。そこにたどり着いたら自分はどうなるのか。
そんなことは、一切考えていなかった。
「ほれほれ!早くしないとお菓子が逃げちゃうぞ!」
「ゆっ!?ゆっくりしていってね!!おかしさんゆっくりしてね!!」
跳ねるペースを上げて、お菓子に追いつこうとするれいむ。
その甲斐あって、お菓子とれいむとの距離は縮まりつつあった。
そして……
「ゆっ!もうすこしでおいつくよ!!……ゆっ?」
あと一歩でお菓子に追いつける。
そう思って、今までで一番の大ジャンプをするれいむ。だが大きく開いた口は、お菓子に届かなかった。
れいむは目を瞑って着地の衝撃に備えたが……いつまで経っても浮遊感が消えない。
不審に思ったれいむは思い切って目を開き、そして恐怖に表情を歪めた。
目前に物凄いスピードで迫るフローリングの床。その硬さをれいむは良く知っていた。
「ゆ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!ぢめ゛ん゛さん゛どひでえ゛え゛ぇえ゛ぇぇぇぇ!!!!」
べたぁん!!!
70センチの高さから、床に顔面ダイブしてしまったれいむ。
声にならない唸り声を上げながら、びくびくと痙攣している。
そう、れいむは気づかないうちにテーブルから飛び降りていたのだ。
周囲に気を配らず、目の前のお菓子だけを追いかけた結果がこれである。
「いびびびびぃ!!!い゛だい゛い゛い゛い゛ぃぃい゛いいぃぃ!!!ゆ゛っぐぢでぎな゛い゛い゛いいいぃいぃ!!!」
身動きが取れずにいるれいむを、僕は拾い上げてテーブルの中央に戻す。
顔面を真っ赤にしながら、れいむは口をへの字に曲げて大粒の涙をこぼしていた。
「おにーざんいじばるしないでよぅ!!おがしさんだべざぜでよおおおぅぅぅ!!!」
「アハハハ、そう言うなって。追いついたら、な。追いついたら食べさせてやるから」
その後、僕とれいむは『テーブルの外には逃げない』という約束を交わし、追いかけっこを再開した。
「ゆゆん!!おかしさんはれいむにゆっくりたべられてね!!」
跳躍するたびに、ぶるぶると震える頬。
なかなか追いつけず、目に涙を浮かべながら歯を食いしばるその表情。
泣くのを必死に堪えながら、れいむは何とか追いつこうと跳躍を繰り返す。
「ゆぐううぅううぅ!!!おかしさんどうしてゆっくりしてくれないのぉ!?」
「そりゃぁ、お菓子さんは食べられないでゆっくりしたいからさ」
れいむの全ては、僕の手のひらの上だ。
僕の些細な気まぐれで、弄ばれているに過ぎないのに……れいむはそうだと気づかずテーブルの上を跳ね回る。
あぁ、楽しい。僕の気分でひとつの命を持った可愛い生き物が必死になるのが、たまらなく楽しい。
「ゆぎゅうううぅううぅ!!!ゆっくりあきらめないよっ!!!」
「おぉ、頑張れ頑張れ!」
だが、れいむは気づいているだろうか?
テーブルの上には、れいむの身体より遥かに大きいコップや花瓶、先の尖ったナイフやフォークがあることを。
それらにぶつかったらとても痛い。ナイフやフォークが刺さったら滅茶苦茶痛い。そのことに気づいているだろうか?
そして、お菓子を凝視して追いかけながら、それらの障害物をうまく避ける事が出来るのだろうか?
結論を言うと、出来なかった。
「ひっぐ……ゆっぐぅ……ゆ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁあ゛あ゛ぁぁぁん!!!!!」
れいむの身体に刻まれた、数々の軽い切り傷と刺し傷。
移動速度がゆっくりしていたために、この程度の負傷で済んだ。
そして、花瓶やコップに衝突したときに出来た、打撲の跡も残っていた。
テーブルの上には、ナイフとフォークが散乱している。
コップは倒れているが、幸いなことに割れてはいない。花瓶に至っては倒れることすらなかった。
痛みと悔しさに挟まれて、れいむは顔を真っ赤にして泣き喚いている。
ぶるぶると身体を振動させながら、全力で声を張り上げている。
「びわ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あぁぁぁあ゛ぁぁ!!!ぶや゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛い゛い゛ぃぃい゛い゛!!!」
「ヒャアァ、楽しいなぁ!!」
楽しい。すごく楽しい。
こんな風に、れいむを愛で虐めるのがとてつもなく楽しい。
全ては僕の気分次第。僕の気まぐれが、れいむの感情を、ひいては命をも翻弄してしまうのだ。
こんな可愛い生物の生殺与奪を腕一本で自由に出来るのが、滅茶苦茶楽しい。
とは言っても、命を翻弄するレベルまでやってしまうと、もう愛で虐めではない。
僕はそこまでハードなことはしない。僕が好きなのは、あくまでも“愛で虐め”なのだ。
「もうやだ!!!おいかけっこしない!!!」
散々痛めつけられてさすがに学習したのか、泣き止んだれいむは膨れてそっぽを向いてしまった。
あぁ、これはちょっとやりすぎたかなぁ。ちょっと反省。
「そんなこと言わないで、もっと追いかけっこしようよ」
僕は、れいむの背中や頭を撫でながら優しく呼びかける。
ぷくっと膨れている状態の、れいむの身体の弾力が指に伝わって心地よい。
「いやだよ!!!おかしさんゆっくりしてくれないんだもん!!!」
「大丈夫だよ。さっきよりゆっくり逃げるから、追いかけっこしようよ」
「ゆゆぅ……ほんとう?」
こうでも言わないと、遊びに参加してくれないだろう。
本当は避けたかったのだけど、苦渋の決断である。
「本当だよ。お兄さんは嘘つかないよ」
「ゆっ!!わかったよ!!!おかしさんはゆっくりゆっくりにげてね!!!」
交渉成立だ。再びれいむと僕の追いかけっこが始まる。
「ゆっくりまってね!!ゆっくりれいむにたべられてね!!!」
「おぉ、もう少しで追いつけそうだな。頑張れれいむ!」
今度こそ追いつける、と自信満々の顔をしているれいむ。
だが、追いかけっこを再開して2,3分後に事件が起こった。
予兆はあった。でも、気づいたときには手遅れだったのだ。
「ハ……ハァ…」
「ハァッ、クションッ!!!!」
盛大なクシャミ。一瞬硬直する、僕の手に握られたお菓子。
「ゆゆっ!?おかしさんがゆっくりしてるよっ!?」
その隙を、れいむは見逃さなかった。
鼻を擦りながら目を開けると、お菓子にはれいむががっしり噛み付いていた。
はむはむと口を動かして、ゆっくりとお菓子を咀嚼している。
「むーしゃむーしゃ!!しあわせえぇぇ〜♪♪」
目に涙を浮かべて、笑みをこぼすれいむ。
大きく口を開けてパクッとお菓子に噛り付き、頬をぱんぱんに膨らませる。
そして、口の中に含んでいたものを一気に飲み込むと、その笑顔を僕のほうに向けてきた。
「ゆゆっ!おいかけっこはれいむのかちだね!!とてもゆっくりしたおかしさんだったよ!!」
喜びの声を上げるれいむに、僕は微笑み返し―――
その瞬間、僕の中で何かが切れた。
バアァアァン!!!!
僕の拳が、猛烈な勢いでテーブルを叩く。
テーブル全体が振動し、コップも花瓶もナイフもフォークもガタガタと音を鳴らして微かに跳ねる。
「ゆびぃっ!?いきなりなにするの!?れいむをおどろかせたおにーさんは、ゆっくりあやまってね!!!」
突然の大きな音に驚いたれいむは、ぷくっと膨れて僕のほうを睨む。
だが僕の顔を見た瞬間、その表情は一転して恐怖の色に染まった。
「ひいぃっ!?ゆ…ゆっくじして……ね?」
「アァ? 謝れって言ったのか? それ、本気で言ってんのか? ンン?」
すっかり怯え切って硬直しているれいむを、僕は左手で掴みあげる。
ぎりぎりと力を込めていくに従って、れいむが苦しみの声を上げ始めた。
「ぐ…ぐるじぃ……ゆっぐじ…させてぇ…!!」
「……なぁ? どうしてお菓子を食っちまったんだ?」
「ゆっぶ……だ、だってぇ……れいむはおかしを…た、たべたかったんだよ…!」
それを聞いた直後、僕はれいむを握り締める力を強める。
口や目から餡子が飛び出しそうになるのを、れいむはぎゅっと全身に力を込めて耐えている。
「どびゅぇっ……や、やべでぇ…れいぶがじんじゃうぅ……!!」
「お前が死ぬとか死なないとか、今はどうでもいいんだよ。食いたいとかどうとかいう欲望も、どうでもいいんだよ。
僕は追いかけっこを楽しんでたんだぞ? なのにどうして食っちまうんだよ!
食ったらそれで追いかけっこは終わりだろうがァッ!! この低脳クズれいむッ!!!」
ギュウウウウゥゥゥ!!!!
「ひびぃゅ!?びあ゛あ゛や゛や゛や゛あ゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……!!」
このれいむ、どうしようもない大馬鹿野郎である。
僕の楽しみの時間を、こいつは自分の欲求を満たすだけのために終わらせやがったのだ。
到底、許せるものではない。れいむには、自分が犯した罪の重さを、僕の怒りの深さを、ゆっくりと理解してもらおう。
とは言え、このままれいむを握っていると思わず潰してしまいそうなので、一旦テーブルの上に解放する。
「ゆふぅっ……おにーざん゛…こわいよ゛っ?……ゆっくりできな゛い゛よ゛?」
「はぁ? 僕の楽しみを奪っておきながら、自分だけゆっくりしようなんて……そんな勝手は通らないんだよ!!!」
「ゆひぃっ!!ごわ゛い゛い゛い゛ぃい゛ぃ!!!!」
バンバンバンとテーブルを繰り返し叩きながら、大声でれいむに罵詈雑言を浴びせる。
テーブルの上のれいむには、それに抵抗する気力は最初から無かった。逃げるという思考にすら至らないらしい。
目をぎゅっと瞑って俯いたまま、僕の言葉の暴力が止むのをひたすら待ち続けていた。
「オイオイ、食うもん食っといて黙ってりゃ済むと思うなよ?」
れいむの髪を鷲づかみにし、そのまま宙吊りにして高く持ち上げる。
頭皮に全体重が掛かって、尋常でない痛みがれいむを襲った。
「イガややい゛ア゛ア゛!?!やべでやめでやめれあだまがい゛だい゛い゛い゛あい゛い゛ぃいぃい!!!」
「そうかそうか痛いか。でもお兄さんの心はもっと痛んでるの。そこらへん、ゆっくりしないで理解してね」
胸に手を当てて泣くフリをしながら、れいむを握っている手をぱっと離す。
頭の痛みから解放され、一瞬表情を和らげるれいむだったが……
「ゆ?おそらをとんでるみた…い゛い゛い゛や゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁぁあぁああぁぁ!?!」
心地よい浮遊感を感じていられたのも、最初の0.2秒だけ。
先ほどテーブルから落ちたときの記憶が、鮮やかに蘇る。
普段なら有り得ないスピードで近づいてくるフローリングの床に向かって、れいむは力の限り叫んだ。
「ぢめんざんゆ゛っぐぢどい゛でえ゛え゛え゛え゛ぇぇえ゛ぇぇえ゛ぇぇぇぇえぶぎゅえ゛っ!!!!!」
びたぁん!!!!
顔面から床に激突し、ぐったりとして動かなくなるれいむ。
しばらくすると、びくびく震えながら痛みに耐えて起き上がった。
顔全体が真っ赤に染まり、ところどころ痣のように黒くなっている。
「いだいいぃぃいいぃ……ゆっぐぢでぎな゛い゛い゛い゛ぃい゛い゛ぃぃ……!!!」
れいむの周りに、涙が水溜りのように広がっていく。
僕はもう一度、れいむの髪の毛を引っ掴んで宙に持ち上げた。
「れいむぅ? 反省した?」
「ゆ゛ぅ……どう…ぢで?……れいぶはぁ……おがじぉ…」
「どうやら、僕の心の痛みをまだ理解してないようだね。お兄さんは悲しいよ」
手を放す。落ちる。結果はさっきと同じだ。
だが、体力は確実に削がれてきている。床に激突してから起き上がるまで、さっきより時間が掛かった。
そんなことを、れいむが喋らなくなるまで繰り返した。
自力では起き上がれなくなったれいむを、僕は同じように髪を引っ張り上げて宙吊りにする。
さっきと同じ問いに、再び答えてもらうためだ。
「どう? そろそろ反省したかな?」
「ゆぎひぃ……ごぉ……ふっ………ごめ゛ぇ」
「はい時間切れ。次行こうか、次」
れいむの深い反省を促すために、僕は台所の流し台の中にれいむを叩き込んだ。
ゴオオォンと響くステンレスの音が心地いい。
「ゆ゛ひっ!?……なっ……な゛にずる゛の゛……?」
ジャアァァァァーーー!!!
ボウルの中に水を溜めているのを見て、恐怖に震えながら問うてくるれいむ。
答える必要はない。すぐに、その答えを身をもって理解するのだから。
僕はれいむの両頬を掴んで持ち上げると、顔が下になるように向きを変える。
そして、水が満タンになったボウルの上に持ってくる。
ゆらゆら波立つ水を見て怯えるれいむの震えが、手に伝わってきた。
「じゃあ反省したら僕に言ってね。いつでも引き上げてあげるから」
「ゆっ!?やめてね!?おにーさん!?れいむがゆっくりできながぼbっぼbがぼあgぼあ!?!?!」
そして、入水。
出鱈目に暴れ狂うれいむだが、それで僕の拘束から逃れられるわけが無い。
それでも、れいむは息が出来ない苦しみから脱出しようと必死にもがき続ける。
「もごぉ!!もぼばがぼぼお゛ぼあ゛お゛あ゛ぼあ゛も゛ばぉ!?!」
何か言っているようだが、それは反省の言葉ではないらしい。
ここまでやっても反省しないなんて、なかなか強情なやつである。
「うごぉ!!……びゅぼあ゛お゛あ゛お゛ぼあ゛……!」
30秒ぐらい経過すると、だんだんれいむの暴れ方から力強さが失われてきた。
普通なら『ごめんなさい』の一言ぐらい簡単に口にするはずだが、水に顔を突っ込んだままのれいむはまだ意地を張っている。
ごぼごぼ訳のわからぬ事をほざくだけで、反省の色は欠片も見せようとしない。
このまま水に侵されて死なれても困るので、一度水から引き上げてやることにした。
「ゆばはぁぁっ!!!……ゆふぅ…ゆべぇっ!!……ゆひぃ…ゆひぃ……」
薄茶色に染まった水を吐き出して、青ざめた顔をこちらに向けるれいむ。
僕がれいむにこの質問をするのは、これで3回目だ。
「れいむ? もう反省した?」
「ゆぶぶぇ……ゆっぐじぃ……はんせい゛……」
「声が小さい。もっと深く反省してね」
僕は再び、れいむの顔をボウルの水の中に突っ込んだ。
最初、気が狂ったように暴れるれいむ。だが、1分ぐらい経っていきなり大きな泡を吐き出した。
もしかしたら、これが反省したというサインなのかもしれない。そう思った僕は、急いでれいむを引き上げる。
「反省した?」
「ゆひぃっ!!はひぃっ!!ごべ…ごべん゛な゛じゃい゛ぃ!!!ははっは、は、はんぜい゛じでばずう゛う゛う゛ぅぅぅ!!!」
「何を?」
「ゆっ!?そ…それは……!!!」
「反省の色、なし」
反省してくれないのなら仕方ない。
れいむが深く反省するまで、れいむには何度でも僕の心の痛みを疑似体験してもらおう。
「いやぁっ!!!おみずやだぁあぁあぁあぁもごおあ゛お゛あ゛も゛ぼも゛ごご!!?」
気が遠くなるほどの息苦しさと、それに比例して襲ってくる胸の熱さ。
それらから逃れようと、何も考えずにぐねぐねと暴れるれいむ。
このまま苦しみ続けた先に、きっと楽になれる場所があるんじゃないか。
いっその事、そこに行って楽になりたい!!
きっと、れいむはそう思っているに違いない。
だが、少なくとも今日のところは、れいむは“そこ”にたどり着けない。
れいむが動かなくなる直前に、僕が水から上げるからだ。
「反省した?」
「ゆごぇっ!!…は、はんせい゛してま゛すぅ!!!もうおにーざんにだまっでおがじだべばぜんっ!!!」
「発音が下手でわからないや。もっと反省してね」
「いぎゃあぁぁあぁぁぁやべでえええぇぇぇぇおみずい゛や゛だい゛や゛い゛や゛い゛や゛い゛や゛いあyだあああい゛あ゛!!!!」
パシャン
「反省した?」
「はひぃっ!!も、もう…おにーざんに…だまっで…おがじを……だべま゛せん゛…!!」
「感情が篭ってないね。もう一回」
パシャン
「反省した?」
「お、ぼおえぇっ!!…ご、ごめんなさいぃ……もう、お、おがじを…」
「あ、ゴメン。ラジオに気をとられて聞いてなかった。もう一回ね」
パシャン
「反省した?」
「ゆひぃ…ゆひぃ………ごめ、ごめんなs」
「腕が疲れた。下ろすね」
パシャン
50回目ぐらいだったか。
れいむがやっと、明瞭な発音で感情を込めて、謝罪の言葉を述べてくれた。
「ご、ごめんなざい゛ぃっ!!!!も゛っ…もうにどとおにーさんにだま゛っておかじをたべま゛ぜんっ!!!」
「そうか、反省しているのか。まぁ、誰にだって間違いはあるからね。しょうがないことだよね。
でも今度からは気をつけてね。お兄さんは、遊びを邪魔されるのは“大嫌い”だからね」
許してもらえたのがよほど嬉しかったのか、れいむは涙を流しながらぐてっと流し台の中に倒れこんだ。
れいむの身体をテーブルの上に上げてやり、ドライヤーで顔面を乾かしてやる。
顔の皮は水を吸って溶け始めていて、一部中の餡子が露出しているところもあった。
その部分に熱風が当たる度に、ゆひぃっと短い悲鳴を上げては跳びはねるれいむ。
だが、ドライヤーの風から逃げようとするやつが“大嫌い”だと告げると、れいむは途端に大人しくなった。
「れいむはもう二度と同じ間違いはしないよね? れいむはいい子だもんね?」
「ゆっ…ゆっくりいいこだよ……だからもう…ま、まちがわないよ…!」
どうやら、僕の心の痛みを本当に理解してくれたようだ。
僕がれいむに微笑みかけると、れいむはゆひぃっと悲鳴を上げた後、ぎこちない笑顔を返してくれた。
それから。
お兄さんとれいむは、いつもと変わらぬ暮らしを送った。
れいむは、いつもテーブルの上でじっとしていた。
自由に跳ね回ることも、おもちゃで遊ぶこともせず、じっとしていた。
予期しない原因で、再びお仕置きを受けるのが怖かったから。
何が原因でお仕置きを受ける羽目になるか、わからなかったから。
朝も、昼も、夜も。れいむは窓の外だけを見つめ続けた。
物思いに耽っているのだろうか? そうかもしれない。
外にあるというゆっくりプレイスがどんな場所なのか、れいむなりに想像しているのだろう。
そして消灯時刻になると、眠っている間に粗相をしないように、何にもぶつからないよう広い場所で眠りにつく。
今まで気にしなかったことにも、注意するようになった。
ご飯を食べるときは、その食べかす一粒一粒に至るまで神経を張り巡らせる。
テーブルの上を移動するときは、ナイフやフォークの音を鳴らさぬように這いずる。
れいむからお兄さんに話しかけることもしなくなった。
必ず、お兄さんから話しかけてくるのを待つようにしていた。
とにかく、お兄さんの“何か”を刺激してはいけない。
でもその“何か”がわからないので、れいむは実に非効率的な手段をとるしかなかった。
「さぁ、れいむ。追いかけっこするぞ〜」
お兄さんが、手にお菓子を握ってやってきた。
れいむの一番憂鬱な時間が、始まる。
「ほーらほーら、早く追いかけないとお菓子が逃げちゃうぞ〜」
「ゆぅ!ゆっくりおいかけるよ……!」
お兄さんが握ったお菓子が離れていくのを、れいむはひたすら追いかける。
コップとコップの間を縫い、ナイフとフォークを飛び越えて、ひたすら追いかけ続ける。
でも、決して追いついてはいけない。
何故なら、れいむは思い知らされたから。
これは、お菓子を食べさせてくれる遊びではない。
追いつかず、お菓子をずっと追いかけ続ける遊びなのだと。
これがお兄さんの楽しみであり、これを勝手に終わらせてしまった場合、酷いお仕置きを受けることになる。
れいむはお仕置きを一度しか受けた事が無いが、もう二度と受けたくないと思った。
「フフフ、楽しいなぁ」
必死にお菓子を追いかけるれいむを、ウットリとした表情で見つめるお兄さん。
(れいむはぜんぜんたのしくないよぅ!おかしさんむーしゃむーしゃしたいよぉっ!!)
目の前をふわふわ移動するお菓子。
ホワイトチョコレートが全体に掛かっていて、とても甘そうな大好物。
その気になれば、ぴょんと跳ねて一齧り。簡単なことだ。
でも、それができない。追いかけっこの終わりを意味するからだ。
「ゆぅ〜…ゆっくりぃ〜……まってぇ〜…」
気のない声をあげながら、今にも停止しそうなお菓子をゆっくりと追いかける。
昨日も、今日も、明日も同じ遊び。追いつけるのに追いついてはいけない、そんなかけっこをれいむは強制される。
毎日毎日、れいむが飽きてもお兄さんが飽きない限り、その遊びは繰り返し行われる。
れいむが風邪をひいても、怪我をしても、妊娠しても、臨終間際でも、お兄さんの気分次第で遊びは強行されるだろう。
「ほらほら、どうしたんだ? お菓子が逃げちゃうぞ? 今だ、一気に飛びつくんだ!」
「ゆぅ…おかしさんゆっくりしてね……れいむにむーしゃむーしゃされてねぇ…!」
そう言って、お菓子に飛びつくフリをするれいむ。
だが、届かない。分かりきっていることだ。
お兄さんがいつも、到底追いつけないスピードでお菓子を引っ込めてしまうのだから。
これは、儀式。遊びを終わらせる許可をもらう、儀式である。
以前までのれいむだったら、ここで落胆のため息をつくところだが…
今のれいむは違う。お菓子が視界から消えたことで、ほっと胸を撫で下ろすのだ。
「うーん、残念。今度は追いつけるといいね!」
「ゆ、ゆぅ……ゆっくりくやしいよ。こんどはおかしさんゆっくりしてね……!」
ゆぎぎと下唇を軽く噛み、れいむは悔しがるフリをする。
これはれいむにとって遊びではない。演劇だ。
まったく自分を表に出さず、『素直で追いかけっこ好きなれいむ』を演じる演劇だった。
悔しがるれいむの頭を、お兄さんはその感触を味わうように撫でてやる。
そして彼は最後に、お菓子をポケットに突っ込みながらこう呟いた。
「やっぱり僕は、“愛で虐め”が大好きだなぁ! あ、もちろんれいむも大好きだよ〜♪」
れいむの全身を揉みくちゃに撫で回すお兄さん。
その間、れいむは嫌がる素振りも見せず……ずっと、味気ない笑顔を張り付かせていた。
「あぁ、れいむは可愛いなぁ。明日も明後日も来週も来月も、ずっとずぅーっと追いかけっこして遊ぼうね♪」
れいむはきっと、二度と普通の遊びはできない。
お兄さんのペットを、やめないかぎりは。
(終)
あとがき
れいむを愛で虐めるためにれいむを虐待する、変なお兄さんでした。
作:避妊ありすの人
最終更新:2022年05月03日 16:09