例えば、りんごを真っ二つにしたとする。
どっちがりんごかと問われれば、「どっちもりんごだ」と答えるのが普通だと思う。

では、あなたが指を一本切り落とされたとする。
切り落とされた指と、あなたの顔を指して、どちらがあなたなのかと問われたら、あなたはどう答える?
きっと、大多数の人は指でなく、自分自身を指差すに違いない。

では、ゆっくりれいむを適当な比率―――5:5とか7:3に切り取ったとする。
痛みに悶えながらも、それら2つの破片はどちらも動いている。
……ならば、いったいどちらがれいむなのだろうか?

人間である私には分からないので、同じゆっくり種に聞いてみることにした。




「どっちがれいむ?」




―― 1 ――


清々しい朝である。
見上げれば、雲ひとつない青空。日差しは強いが、暑くはない。
山へピクニックに出かけるのには、最適な日だと思う。

だが、私がこうして草原へとやってきたのは、ピクニックが目的ではない。
ちょっとした疑問を解決するために、あるものを探しているのだ。

相手が野生の動物だったら、警戒されぬように、草むらに身を潜めるなどの工夫が必要なのだが…
今回の場合、その必要はまったくない。
何故なら、“そいつら”は警戒のケの字も知らぬ、暢気な生物(ナマモノ)だからだ。

なだらかな丘を、周囲を眺めながら上っていく。
“そいつら”を見つけるのに、そんなに時間はかからないはずだ。

「ゆっ~♪ ゆんゆ~♪」

もう、見つけた。
一面緑色の草原のど真ん中に、ぽつんと浮かぶ肌色の球体。
“そいつら”の身なりには、自然に溶け込もうという工夫が一切みられないので、とても目立つ。

そいつ―――ゆっくりれいむは、歌を歌いながら草原を跳ね回っていた。
太陽の光をいっぱいに浴びながら、時折跳ねるのをやめて草を食んでいる。

「むーしゃむーしゃ!! しあわせ~♪♪」

実に幸せそうな笑顔である。ゆっくりライフを満喫している者の笑顔だ。
思わず抱きしめて、撫でてあげたくなる。そのやわらかい頬を、思い切り引っ叩きたくなる。
だが、今回はそれが目的ではない。私はぐっと堪えた。



れいむがはしゃぎ回っているのを遠目に眺めながら、私は身をかがめて少しずつれいむへと近づいていく。
基本的に警戒心は皆無なので、遮蔽物のない草原でも容易に近づく事が出来る。
実際、およそ20メートルぐらいのところまで近づいたが、まだれいむは私に気づいていなかった。

そこへ、れいむの背後―――丘の向こう側から、もう1匹のゆっくりが跳ねてきた。
真っ黒なトンガリ帽子がトレードマークの、ゆっくりまりさである。
まりさはれいむの姿に気づくと、一目散にれいむのほうへと跳ね始めた。

「れいむー!! ゆっくりしていってね!!!」
「ゆゆっ!? ゆっくりしていってね!!!」

これがゆっくり式の挨拶である。出会い頭によく交わされる言葉だ。
『おはよう』も『こんにちは』も『こんばんは』も、全てこの一言で済ませるのだ。

45度に真っ直ぐ眉毛を吊り上げたれいむ。
ふてぶてしい笑みを浮かべるまりさ。
2匹は頬をすり合わせながら、弾けるように一斉に叫んだ。

「「ゆっくりしていってね!!!」」

面識のないゆっくり同士でも、この言葉一発で友達になれる。
れいむとまりさは、互いに新たな友を得て、再びゆっくりし始めた。
実にゆっくりしている。あの2匹なら、私の疑問を解消する手助けをしてくれそうだ。

私はすっと立ち上がって、身を寄せて微笑みあう2匹のもとへと向かった。
3メートルぐらいまで近づくと、2匹は私の存在に気づいて大きく跳ねて声をそろえて叫んだ。

「「ゆゆっ!! ゆっくりしていってねっ!!!」」
「…………」


……試しに、返事を返さずじっと見つめてみる。


「「…………」」

2匹は最初の笑顔を崩さぬまま、私を見上げたまま固まっている。
いつ見ても、イライラさせられる笑顔である。だが、そんなところも含めて愛くるしい。
純朴な笑みを浮かべていた2匹だったが、10秒ほど経ってその笑顔に陰りが出てきた。

「ゆゆぅ…?」
「ゆっくりぃ…?」

口はへの字に曲がり、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
ゆっくりしていってもらえないのが、そんなに悲しいのだろうか。
2匹の挨拶から20秒ほど遅れて、私は返事をした。

「…ゆっくりしていってね」
「ゆ? ゆゆっ!! ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりー!! ゆっくりしようね!!」

すると、先程までの暗い表情は一瞬で消し飛び、2匹は私の周りを跳ね始めた。
私も一緒にゆっくりしてくれると思っているのだろう。とても嬉しそうだ。

「ゆっくりできるよ!!」
「みんなでいっしょにゆっくりしようね!!」

とても愛らしい反応である。
強く抱きしめて、そのまま抱き潰してしまいたくなる。
でも、今はその時ではない。私は衝動を必死に抑えながら、優しく2匹に話しかけた。

「ねぇ、お姉さんのおうちでゆっくりしない? とてもゆっくり出来るよ?」
「ゆゆ? ゆっくりー?」
「ゆっくりできるの? ゆっくりしたい!!」

王道中の王道とも言える誘い文句に、ゆっくり2匹はあっさりとかかってきた。

「そうでしょう? 皆で遊んだらとてもゆっくり出来るよ」
「ゆゆー!! おねえさんのおうちでゆっくりしたい!!」
「まりさも!! まりさもいっしょだよ!!」

こうも簡単に騙せるなんて……
私だからよかったものの、悪い人に騙されたらどうするのだろう。
とにかく、2匹は快く誘いに乗ってくれたので、私は2匹を自宅へと案内する。



―― 2 ――


「ゆゆー! つかれたけどゆっくりするー!!」

草原から我が家まで20分。ゆっくりにとっては、少々辛い距離だったかもしれない。
戸を開け、れいむとまりさの背中を押して促すと、2匹は弾かれたように家の中へと飛び込んだ。
目に映る全てが新鮮なのだろう。瞳を輝かせながら、きょろきょろと周囲を見回している。

「ゆゆー? ゆっくりー?」
「これはゆっくりできるもの? ゆっくりできないもの?」

冷蔵庫、電子レンジ、食器棚……2匹には、用途も目的も想像できない代物だろう。
驚きの声を上げている2匹を、私は奥の部屋へと案内した。

「はい、ここでゆっくりしようね」

私が2匹を導いたのは、家具や家電など何も置かれていない部屋だ。
普段から掃除はしているが、日常生活の中ではこの部屋は殆ど使っていない。
何故なら、この部屋は“こういう時”のために空けてあるからだ。

「ゆゆー!! ゆっくりぃー!!!」
「とてもゆっくりできそうだよ!!!」

12畳はあるであろうその部屋の中を、れいむとまりさは縦横無尽に駆け回る。
草原のほうがもっと自由に駆け回れるはずなのだが、それを上回る好奇心が2匹を満たしているのだろう。
ゆっくりにとって、目新しいものは全てゆっくり出来るものに見えてしまうのだ。

しばらく部屋中を見回った2匹は、最終的に部屋の隅に身を落ち着けた。
そして意味もなく『ゆっくりしていってね!!!』と叫ぶと、互いにすりすりと身体を擦りあい始めた。
普段から狭い巣で暮らしているから、適度な閉塞感があったほうが安心できるのだろう。

「おねえさんありがとう!!!」
「とてもゆっくりできるよ!!!」

部屋の隅にいる2匹のゆっくりは、数メートル離れた部屋の真ん中の私を見上げて、そう叫ぶ。
そして2匹はそれぞれ独特の笑みを浮かべ、見つめ合うと再び『ゆっくりしていってね!!!』と鳴いた。

「ゆゆー!! おねえさん!!! いっしょにあそぼうね!!!」
「みんなであそんだら、とてもゆっくりできるよ!!!」

皆で遊んだらゆっくりできる。そう言って2匹を誘ったのは、私だ。
けれど……たぶん、いや、絶対……この2匹は、ゆっくり出来ない運命にある。
残念だけど、申し訳ないけど、私についてきた時点で、この2匹の幸福な時間は終わっているのだ。

私は、2匹の元へ歩み寄ると、れいむを抱えあげた。

「ゆゆ? ゆっくりー!!!」

私の手によって持ち上げられたれいむは、暢気な鳴き声をあげた。
遊んでもらえると信じて疑わない、無垢な笑顔。キリッと吊り上った眉。すごくウザい。すごく可愛い。
足元では、ぴょんぴょん跳ねながら、まりさが私の足に纏わりついてくる。

「まりさも!! まりさもあそんでね!!」
「ゆ!! ゆっくりしていってね!!!」


けれど、その笑顔も、もうじき崩れ去る。私の好奇心を満たすために……


「ゆっ!? ゆびっ!? ゆっぐりいいぃいいぃぃぃぃぃいいぃ!!!」

私は、れいむの両頬をがっしりと掴み、勢いよく横に引き伸ばした。
じゃれ合うとか、軽くいじめるとか、そういう目的ではない。
私は、れいむを真っ二つに引きちぎるために、全力をもって引っ張った。
だが……思いのほか弾力性があるれいむの身体は、千切れることなく伸びていく。

「いだい!! いだいよー!!! ゆっぐりじでえええーーーー!!!!」
「おねえさん!!! れいむがいたがってるよ!!! ゆっくりやめてあげてね!!!」

足元で、まりさが喚く。
友達が酷い目に遭っているのだから、当然である。
でも、私は手を止めない。まりさの泣き顔をうっとりと眺めながら、れいむを横へ引き伸ばす。

「ゆっぐ…りぃ!! や…べ……でぇ!!! べ…ゲベベベベベベエエェェ!!!!」

形が著しく歪み、れいむは危険な悲鳴をあげ始める。
しかし、引きちぎれない。真っ二つに分離しない。
この方法では駄目だと考えた私は、ギャーギャー騒ぐまりさを残して、れいむを抱えたまま台所へと向かった。

れいむを左脇に抱え、刃渡り50cmを超える大型の包丁を右手にとる。
マグロなど大型魚を捌くための包丁だが、私は一度もマグロを捌いたことなどない。
何故なら、この包丁は“いざというとき”のために用意しておいたものだからだ。

「ゆ゛っ!? ゆ゛っぐり゛ぃ!!! ゆ゛っぐり゛い゛い゛ぃい゛い゛ぃぃぃっ!!!」

蛍光灯の光を反射して、きらりと光る巨大な包丁。
野生のカンなど持ち合わせていないと思われたれいむも、流石に危機感を抱き始めたようだ。
くねくねと身体を揺らしながら、必死に私の腕から抜け出そうとしている。

「ふふふ♪ ゆっくりゆっくり!」

れいむの真似をして、私も鳴いてみる。
いい年の大人なのだが、長年の疑問が解決できると思うと嬉しくて、どうしても我慢できなかった。

「ゆ゛ぅ? ……ゆ、ゆっぐりぃ! ゆ゛っくり゛してい゛ってね゛!!」

すると何を勘違いしたのか、れいむは涙を浮かべたまま、ぎこちない笑みを浮かべた。
涙声ながらも、『ゆっくりしていってね!!』と繰り返し声を上げている。

…あぁ、そうか。
私が笑顔で『ゆっくり!』なんて呼びかけたから、それで自分がゆっくり出来ると勘違いしてしまったのか。
だとしたら、悪いことをした。れいむがゆっくり出来るなんて、絶対にありえないのに。

だって、これからすごく痛いことをするんだから。



―― 3 ――


先程の部屋に戻ると、まりさが目に涙を浮かべながら、ふくらはぎに噛み付いてきた。
私からしたら、噛み付かれるというより纏わりつかれるという感覚なのだが、邪魔であることに違いはない。
適当に脚を振って、まりさを振り払った。

「ゆべっ!! ここはゆっくりできないよ!! れいむとおうちにかえる!!!」

べしゃっと音をたてて床に落ちたまりさは、ひるむことなく私を見上げ、声高々に主義主張を展開する。
よっぽどこのれいむが大切なのだろう。ならば、この2匹を選んだのは正解だ。
何故なら、2匹の絆が深ければ深いほど、私の“実験”の成功率は増していくのだから。

「ゆっくりー♪ ゆっくり~のゆ~♪」

必死なまりさとは対照的に、れいむは浮かれた笑顔で歌を歌っている。
現実を理解させてあげようと思い、私はれいむの目の前に包丁の刃先をちらつかせた。
すると、れいむは『ゆひっ!』と叫んで再び身をぐねぐね揺らして暴れ始めた。自分の状況をやっと思い出したのだろう。

「ゆゆー!!! おねえさんどっかいってね!!! れいむをはなしてね!!!」

諦めることなく体を揺らし、私から逃れようとしているれいむ。
目からは滝のように涙を流しているのだが、口は絵に描いたような『への字』なので、あまり怖がっているようには見えない。
もしかして、誘っているのだろうか。

「嫌だよ。どこにも行かないよ。
 これから凄く痛いことをするからね。ふふふふ♪」
「もうやだ!!! いたいのやだっ!!! ゆっぐりざぜでえぇぇえーーーー!!!!」

れいむを仰向けの状態で床に押し付け、空いた右手でれいむの顎下に包丁をあてがう。
さっきまでがむしゃらに暴れていたれいむは、冷たい刃が触れた瞬間、全ての挙動を静止した。

「やめ…て……ゆっくりしたい……ゆっくりしたいの……」

震える言葉とは裏腹に、顔は相変わらず笑っているのか泣いているのか分からない。

一方まりさは精一杯空気を吸い込み、威嚇のポーズをとっている。
私が何をしようとしているのか、理解したのだろう。そして、まりさの力では私を止められぬことも。
そして何より、私が握っている大型の鋭い刃が恐ろしくて、近づく事が出来ないのだろう。
だから威嚇することによって、暴力を用いずに私を止めようとしているのだ。

「ぷくぅーっ!! れ、れいむをはなしてね!!! ま…まりさは…つ、つつつ、つよいんだよ!!」

この文言は、ゆっくりの威嚇の定型文だ。
でも、目に涙を浮かべて震えながら言われても、まったく説得力がない。そして、すごく可愛い。

「へぇ、まりさって強いんだ。だったら、お姉さんなんか簡単に倒せちゃうよね。
 ほら、かかってきたら?」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛……ゆ゛っぐり゛ぃーっ!!! ぷくぅーー!!!」

かかってこい、と私は言ったのに、まりさは威嚇を止めようとしない。
私が怖いのだ。私が握っている包丁が怖いのだ。だから、言動が一貫しない。
強いのなら勝てるだろうに、勝負を挑まない。何故なら、勝てないと分かっているから。
泣きながらの威嚇なんて、威嚇でもなんでもない。

「ふふふ、怖いのなら怖いって言えばいいのに」

まりさの相手をするのもほどほどにして、れいむへの処置を開始する。
処置と言っても、難しいことではない。ただ、れいむを真っ二つにすればいいのだから。

「さて、れいむ? 今から凄く痛いことするけど、我慢してね」
「ゆーーーーーっ!!!! いやーーーーーー!!!! ゆっぐりざぜでぇーーーーー!!!!」

れいむがどんなに叫ぼうと、私は止めるつもりはない。
ほんの数グラム力を加えれば、れいむは真っ二つになる。
きっと、物凄く痛いだろう。恐ろしいだろう。自分の半身が失われるのだから。
母の名を呼んで、パートナーの名を呼んで、助けを求めるに違いない。
自分の身が真っ二つにされるとは、そういうことだ。

でも、やめない。やめてあげない。
私は僅かに包丁に力を込めて、ピッと走った皮の切れ目から餡子が盛り上がるのを見た。

「ゆひぃー!! ゆひいいぃぃーーーー!!! おねえさんおねがい!!! れいむを―――

ごめんね、れいむ。
お姉さんは、好奇心には勝てないの。



ストン。

大型魚を捌くための包丁は、いとも簡単にれいむを割き、床に到達した。



「ッ!!!!!! ーーーーーーーーーッ!!!!!!!!
 ゆびいいぃいいぃぃぃいいぃぃ!!!! ゆぎいいぃいぃぃいいぃぃぃ!!!!」



二つに切断されたれいむは、どちらも同じように暴れている。

「おがぁざああぁぁぁん!!! まりざああぁあぁぁぁ!!!! だずげでええぇぇぇえええぇ!!!」

上半分は頭に浮かんだ最愛の2匹の名を叫び、下半身は無言でびたんびたんと暴れまくる。
呼ばれたまりさは、恐怖が勝っているためか、れいむに近づく事が出来ずにいる。ただれいむに向かって叫ぶだけだ。

「れ、れいむぅ…!! ゆっくり!!! ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしてよぉ!!!!」

まりさにとっては、さぞやゆっくり出来ない光景だろう。
とても可哀相だ。素直にそう思う。
でも、こんな実験の過程で苦痛に表情を歪めるれいむや、恐怖に咽び泣くまりさが、たまらなく愛おしい。
それはもう、実験なんてどうでもよくなるぐらいに。

「ねぇ、まりさ? どっちがれいむか選んでくれる?」
「ゆっ!? ゆっくり!?」

私の言っている事が理解できず、硬直するまりさ。
難しいことは要求していない。“どちらがれいむなのか選ぶ”だけでいいのだ。
何もおかしいことは言ってない。

1匹のれいむが、2つに分離した。
もとは1匹なのだから、分離しても1匹であるはずだ。ならば、2つのうちどちらか一方だけが“れいむ”だ。
それをまりさに選んで欲しいだけなのだ。それが、今回の私の実験である。

「さぁ、あなたがおうちに連れて帰りたい“れいむ”はどっち?」

こういう風に言えば、まりさは正しい答えを導くに違いない。
まりさが一緒にゆっくりしたいと思ったれいむこそが、正しいれいむなのだ。
問い方を変えると誤解を招く恐れがあるが、実験の趣旨を説明するより現実的だ。

「ゆゆっ!? ゆゆぅっ!? ゆゆうううぅぅぅうううぅぅぅ!?!?!」

れいむの上半分と下半分との間で、視線を往復させるまりさ。
数秒の後、泣き喚くれいむの上半分に駆け寄り、宣言した。

「こっち!! こっちだよ!!! れいむはこっち!!!」
「ゆっぐりいぃいいぃぃぃ!!! まりざあぁああぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」

お椀をひっくり返したような身体になってしまったれいむ。
まりさは眼を潤ませながら『ゆっくりおうちにかえろうね』と、頬を寄せて呼びかけている。
体が半分になってしまったけど、一緒にいればゆっくりできる。そんな風に思っているのだろうか。

残念だけど、半分で終わらせるつもりは毛頭ない。
れいむとまりさは、まだおうちに帰れないのだ。

「おねえさんおねがい!! れいむをなおしてあげてね!!!」

れいむを真っ二つにした張本人にそれを言うなんて……きっと、頭の中が春真っ盛りなんだなぁ。
私は2分の1れいむを手に取った。その瞬間、安堵の表情を浮かべるまりさ。
れいむもそうだったが、ゆっくりというのは物事を都合よく解釈してしまうから困る。

私はその場にしゃがみ込み、床に固定した2分の1れいむの頭頂部に刃をあてた。
ガラリと表情を変え、言葉にならぬ叫びを上げながら私に飛び掛るまりさ。
命を懸けてでもれいむを助けようという、涙ぐましい努力。


「ばりざああぁぁああぁ!!! だずげで――――


でも、遅かった。
ほんのちょっと力を加えただけで……




ストン



「ピぎぃッ!?!?!?!」



2分の1れいむは、2つの4分の1れいむに分かれた。
恐怖と激痛に歪んだ、左右対称の顔。
悲鳴を上げることも出来ず、薄茶色の涙を流しながら、その目で私を見上げている。

「どうじでれいむをおおおぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」

数秒遅れて、正面から体当たりを仕掛けてくるまりさ。
重いぬいぐるみを投げつけられたような感じだ。私は僅かにバランスを崩し、尻餅をついた。

「どうだ!!! まりさはつよいんだよ!? ゆっくりこうさんして、れいむをなおしてあげてね!!! ぷくぅっ!!!」

今の私の動きを見て勝てると思ったのか、私に向かって再び威嚇を始めた。
その顔は、怒りに満ちている。獣のように大きく口を広げ、猛々しい雄叫びをあげる。

「ゆおぉーーーーーっ!!! まりさはつよいんだよ!!! ゆおぉーーーーーー!!!」

そんな表情すら、私は可愛らしく感じる。
“戦う”という概念から縁遠いから、実力差をはかることもできない。
ちょっと運よく有利になったくらいで、勝ちを確信してしまう。
そんなバカなまりさが、愚かなまりさが、惨めなまりさが、たまらなく愛おしい。

愛おしいから、ガマンするのが辛い。



「ゆっくりあやまってね!!! じゃないと、またいたいことするよ!!!」

まりさは、鼻息を荒げながら胸を張り、生まれつきのふてぶてしい目で私を睨みつけている。
本当に勝ちを確信しているんだ。バカだ。マヌケだ。思わずニヤついてしまう。これが笑わずにいられようか。
“いたいこと”って? さっきの体当たりが“いたいこと”なのか?
そして『まりさはつよいんだよ!!』って……もうワケが分からない。

「ぷっ…もう駄目…ふふふ…あはっ…あはははははははははははははは!!!!」

「ゆ゛っ!? わらってないであやまってね!!! そしてれいむをなおしてね!!! さもないと―――

その程度の威嚇と暴力で、私が悔い改めると思っているのだろうか。
まさか、私の口から『ごめんなさい』という言葉が出てくるとでも思っているのだろうか。

「まりさ」

「ゆっ?」


……やっぱり駄目だ、ガマンできない。


「痛い事っていうのは……こうやるんだよ」



右の拳を、思い切りまりさの顔面に叩き込んだ。

見晴らしのいい直線で、軽自動車と大型トラックが正面衝突する場面を思い浮かべてほしい。
どちらもかなりの速度超過をしていた。どちらも100km/hで走っていたから、相対速度は200km/hだ。
結果、軽自動車はペシャンコにつぶれ、乗員は全員即死。大型トラックの運転手は無傷。

今、まさにそれが、小さいスケールで起こったのだ。
軽自動車がまりさ。私の拳は大型トラック。違うのは、どちらも生きているということだけ。

「ぎゅピぃっ!?!?!」

悶絶し、声も出せずに震えるまりさ。
今の感触ならば、間違いなく前歯の3,4本と片目は失われただろう。
実際、腕を上げると、角砂糖で出来た前歯がパラパラと落ち、潰れた眼球が糸を引きながら蕩け落ちた。

「あは……あははははははは…!!!」

あぁ、ガマンできなかった。
でも、気持ちよかった。ずっとガマンしていたから、いつもより気持ちよかった。
性的快感によく似ているけど、何か違う。口では説明しづらいが、とにかく快感だ。

「いっ……ぎぃ……ど…じで………」

きっと『どうして?』と言いたいのだろう。今起こった事が理解できないのだろう。
謝罪の言葉、あるいは後悔の言葉を述べるはずのお姉さんが、突然自分を殴ったのだから。
まりさが今理解したのは、自分の強さが偽りであったという事実だけ。

顔面が崩壊したまりさを見て、私は余韻に浸るのもほどほどにし、仕事を再開した。
放られていた包丁を握り、放置されていたれいむをまりさの目の前に並べ、顔を覗きこんで静かに問いかける。
どうやら勝利の確信も、抵抗心も、完全に失われたようだ。



「痛かった?」

私は問いかける。
まりさは無言で頷く。

「痛いのは嫌?」

私は問いかける。
まりさは無言で頷く。

「痛くしないで欲しい?」

私は問いかける。
まりさは無言で頷く。

「じゃあ、お姉さんの言うこと聞いてくれる?」

私は問いかける。
まりさは無言で頷く。

「わかった、ありがとうね」

私は、まりさの頭を撫でてあげた。
まりさは『ごめんなさい』と一言呟くと、それっきり何も言わなくなった。
恐らく泣いているのだろうが、顔がぐしゃぐしゃなので判別不可能だ。

そんなまりさも、可愛らしい。
顔がぐしゃぐしゃでも、私はまりさがどんな表情をしているかがわかる。
だって、まりさが“そんな表情”をしているのは、私のせいなのだから。

「じゃあ聞くね。あなたがおうちに連れて帰りたい“れいむ”はどっち?」




―― 4 ――


十数分後、実験は終了した。

2等分されたれいむのうち、“正しいれいむ”をまりさが選ぶ。
選ばれたれいむをさらに2等分し、またまりさに選ばせる。
それを、5回繰り返した結果、れいむは32分の1まで小さくなっていた。

「れいむぅ……れいぶうぅうぅううぅぅ…!!」

今朝の草原にて、まりさを解放する。
目の前に小さくなったれいむを放り投げると、まりさは縋るようにれいむに泣きついた。
そのれいむに口はなく、目だけがギョロリと動いてまりさを見上げる。
動く事もできず、喋る事もできず。
餡子の混じった涙を流しながら、何かを伝えようと見つめている。

「ゆううぅうぅぅ……いっじょにおうぢにがえろうねぇ…」

真っ二つに分断されたリボンを口に加えて、れいむを引っ張るまりさ。
ボロボロになった身体に鞭打って、痛みに耐えながら這いずる。
私は何もせず、それをずっと眺めていた。

れいむの切断面からは、ぼろぼろと餡子が零れている。
あの調子では、まりさの巣についた頃にはれいむは皮だけになっているだろう。
その時、れいむはやっと解放される。ゆっくりとした死によって。

「ゆっぐりぃ……ゆっくりぃ……」

まりさは自身に呼びかけるように呟きながら、今朝越えてきた丘を登っていく。
時折ちらちらをこっちを振り返りつつ、ゆっくりと登っていく。
その目は、『追いかけてこないでね』と必死に叫んでいた。

そして、まりさは丘を越え、声は聞こえてこなくなった。



私は、れいむから落ちた餡子を辿って、まりさをゆっくり追い始めた。

れいむが死ぬ瞬間のまりさの顔を、この目で見たい。
眠りについて、今日の出来事が悪夢となってまりさを苛むのを、この目で見たい。
新たに出来た友達をまりさの目の前で殺して、その瞬間のまりさの顔を、この目で見たい。
悪夢に耐え切れず、発狂して同族を殺しまわる様を、この目で見たい。

まりさが泣いて、泣いて、悲しんで、怒って、泣いて、絶望して、泣いて―――
そして死ぬ。そのひとつひとつをこの目で見たい。

もう、実験などどうでも良かった。
私はあのまりさに惚れ込んでしまったのだ。

両思いになる日はきっと来ないけど。
片思いのまま終わると、分かっているけれど。

でも、私はまりさを逃がさない。



―― あとがき ――

やってる事は普通の虐待・虐殺。
れいむを刻んで、まりさを一発殴っただけ。
それでも、たまにこういうのをみっちり書きたくなるのです。

ゆっくりを真っ二つにしたら、どっちが本体なんでしょうね?
どちらにも意思がありそうだから、ややこしい。


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最終更新:2022年05月03日 16:09