「おかあさん、だいすき!」
――ああ、これは娘の声だ。
目の前をぴょんぴょん飛び跳ねている赤ちゃんゆっくり霊夢は、目の中に入れても痛くないほど可愛い存在だ。
愛しい、愛しい、まりさの子供。
それが、七人。
皆、元気があって、頭も良くて、何よりすごくゆっくりしている。
まりさは、それだけが嬉しかった。


まりさは五人姉妹の末っ子として誕生した。
父はゆっくり魔理沙、母はゆっくり霊夢。
自分以外の姉妹の種族はゆっくり霊夢種。
自分だけがゆっくり魔理沙種。
だけど、家族皆仲の良い、本当にゆっくりした家族だった。


だが、その生活は一変する。
おうちが胴体付きのゆっくりれみりゃに襲われたのだ。
すると父親であるゆっくり魔理沙は、家族を犠牲にして逃げ出した。
最低のゴミクズだった。
幸いにも、ゆっくりれみりゃはまりさたちを無視し、家族の中で一番太っていて美味しそうなゆっくり魔理沙を追いかけていった。
家族は全滅の危機を逃れた。
ゆっくり魔理沙がどうなったかは、誰も知らない。
ただ、近くで帽子だけが見つかったから、きっと死んだのだろう。
もし生きてまりさたちの前に現れたとしても、帽子がないから父親だと認識出来なかっただろうが。


そんなことがあって以来、まりさは姉妹たちにいじめられるようになった。
まりさが家族を捨てて逃げ出したゆっくり魔理沙と同じ種族だから、理由はそれだけだった。
母はそれに気付いていたようだったが、止めることはしなかった。
それどころか、あからさまに食事の量を減らされるようになった。
少ないと文句を言うと、末っ子で一番身体が小さいんだから我慢しろと逆に怒られた。
なんでまりさがこんな目に合わなくちゃいけないの?
まりさは酷く悲しかった。
そして、もし自分が親になることがあれば、絶対に、何があろうとも、家族だけは守ろう。
そう誓った。


目の前を、七人のゆっくりが飛び跳ねている。
愛しい、愛しい、まりさの子供。
そのうちの一匹が、突然眼前から姿を消した。
「……ゆっ!?」
慌てて周囲を見渡す。すると、遠く離れたところに、黒い霧のようなものの中に引っ張り込まれている赤ちゃんの姿があった。
「おかあさん、たすけてー!」
赤ちゃんが泣いている。
急いで助けないと。
だって、まりさはお母さんなんだから。
あのゴミクズの父親とは違う、ちゃんと子供を守るお母さんなんだから……


でも、あと一歩というところで、黒い霧は子供をすっぽりと飲み込んでしまい、そのまま掻き消えてしまった。
「ま゛りざのあ゛がぢゃんがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
まりさは悲しくて咽び泣いた。
ふと、気配を感じて後ろを振り向く。
するとそこには、残り六人になった姉妹たちが、感情のない目でまりさを見上げていた。
「み、みんな……」
「どうしてころしたの?」
一人のゆっくりが、ぽつりと呟いた。
「ま、まりさはころしてないよ!?」
「うそだよ。ほら、うしろをみて」
背後を振り向く。
するとそこには、先程消えてなくなってしまった赤ちゃんの無残な死体が転がっていた。
「あ、あがぢゃぁぁぁぁぁぁん!!?」
「れいむたちのいもうとをころすなんてひどいおやだね」
「ゆっくりできないよ」
「ゆっくりできないおかあさんはゆっくりしんでね」
「や゛めでぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇ!!! ぞん゛な゛ごどい゛わ゛ないでぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇ!!!」
可愛い子供に罵られ、まりさは慟哭の声を上げた。
違う。
まりさはやっていない。
やったのは、あの黒い霧だ。
まりさは悪くない。
まりさは悪くない。
まりさは悪くない。
まりさは……
「この後に及んで、まだ言い訳か」
突然、どこからかそんな声が聞こえた。
そして、まりさの意識は薄れていった。





「ねえ、お兄さん……」
「ん? どうした?」
最後の赤ちゃんゆっくり霊夢が死んで、数時間が経った。
未だに夏の暑さが続く気怠い昼を迎え、少しでもスタミナが付くようにと知人の夜雀が経営している屋台で購入したまま保存してあった八目鰻を食べていると、ペットのゆっくり霊夢がおずおずといった様子で話しかけてきた。
「まりさ、そろそろ許してあげてほしいよ……」
「なんだ、またその話か」
おかずの野菜を食みつつ、俺はぴしゃりとゆっくり霊夢の進言を跳ね除けた。
「駄目だ駄目だ。許してやるわけにはいかん」
「でも……」
「あのな、ゆっくり霊夢」
箸の先をぴしっとゆっくり霊夢に突き付ける。
「悪いことしちゃいけないってのは、知ってるだろ?」
「知ってるけど……」
「俺はな、人間や妖怪、ゆっくりに関わらず、悪いことしたやつは大嫌いなんだ。悪いことをするやつには当然、裁きが与えられる」
「ゆ……」
「あのゆっくり魔理沙たちは悪いことをした。だから、あんな仕打ちにあった。当然の結果だ」
ゆっくり霊夢は納得しかねる、といった顔をする。
言いたいことは分かるがやりすぎだ、そう言いたいのだろう。
だけど俺は気付かなかったフリをして、食事を進めることにした。
確かにあれは、どう考えてもやりすぎだった。
何故なら、八割以上が俺の趣味だったから。
『涙目で必死なゆっくりが見たい』
そのために、俺はあらゆる手段を尽くした。
そして、目論見は成功したと言って良い。
あの時間は夢のような時間だった。願わくば、もっかいやってみたい、とも。
ただ、そのためにはまた悪いゆっくりを捕まえなければならない。
流石に善良なゆっくりをいじめて悦に浸れるほど、罪悪感の欠片も持っていない人間ではないんだ、俺は。
いじめというのはやってはいけない行為。
それをやるからには、正当な理由が必要とされる。
だから俺は、悪いゆっくりしかいじめない。
元々、ゆっくりは可愛いと思ってる人間だ。
あいつらがきちんと礼儀良くしていたのなら、俺は大層歓迎していたことだろう。
だから、悪いのはあっち。
俺は悪くない、うん。
偽善者なのは分かってるよ。
きっと地獄行きだろうね。
でもゆっくりいじりは止めない俺。
「ゆっくり霊夢も悪いことするなよ。もし悪いことしたら、『ゆっくり出来ないようにする』からな」
「ゆっ!?」
ゆっくり出来ないようにする。
それはゆっくり霊夢のトラウマを抉る禁句だ。
かつて悪いことをしたせいで、地獄のような苦しみを体験した一週間。
それを思い出し、ゆっくり霊夢はぶるぶる震えだした。
「れ、れいむは悪いことなんてしないよ! きちんとゆっくりしてるよ!?」
「分かってるよ。可愛いなぁ、ゆっくり霊夢は」
優しくゆっくり霊夢の頭を撫でてやると、ゆっくり霊夢は複雑そうに微笑んだ。






ゆっくり魔理沙は目を覚ました。
だが、目を覚ましたという表現が正しいのかどうか、ゆっくり魔理沙には判断がつかない。
そこは暗かった。
星明りも届かぬ夜の世界、それよりも更に深い暗闇が身を包んでいる。
そして、今までゆっくり魔理沙が味わっていた圧迫感が続いていた。
自分はまた閉じ込められたようだ。
ここはどこだろう。
確か、自分はお兄さんに、自分を殺して欲しいと頼んで……
そこからの記憶が定かではない。
あの後、自分はどうしたんだっけ?
「……」
思い出そうとして、面倒になったので止めた。
もう、どうでもいい。
大好きだった赤ちゃんを守れなかった。
原因は、自分自身。
自分が赤ちゃんを殺したのも同然。
これから先、例え生きて森に帰れたとしても、心の底からゆっくりすることなんて出来ないだろう。
なら、もういい。
ゆっくりしないまま、死が訪れるのを待つだけだ……

――――

「?」
右隣から、何者かの息遣いが聞こえる。
生きることに億劫になったゆっくり魔理沙だったが、疑問に無関心になったわけではない。
純粋な興味につられ、右を振り向こうとして、
「……ゆ……」
振り向けない。
思ったより自分を包む箱(?)は狭く、身動きが取れなかった。
ようやく気付いたが、息苦しさも今までより遥かにキツい。
仕方なく、ゆっくり魔理沙は唯一自由に動かせる視線だけを右に移した。
するとそこには、

「……ぅー……ぅー……」

「!!?」
眠りこけるゆっくりれみりゃの姿があった。
先刻、自分の子供を無惨に殺害したゆっくりれみりゃと同種と認識。
だが復讐の炎が燃え上がることはなく、逆に本能的な恐怖が瞬時に湧き上がり、ゆっくり魔理沙は先程まで死が訪れるのを待っていた自分を忘れて悲鳴を上げた。





か細い声が風に乗って耳まで届いたので、俺は腰を上げた。
ようやくゆっくり魔理沙がお目覚めらしい。
妙に元気の無くなってしまったゆっくり霊夢を残し、玄関から庭に出る。
縁側なんて洒落たものは存在しない。
そもそもこの家自体借金して建ててもらったもので、未だ返済は終わっていない。
返済するためには働く必要がある。
働けば時間がなくなり、ゆっくりをいぢる機会が減ってしまう。
これでは俺の心が満たされない。
この幻想郷の何処かには日々の全てをゆっくりいじめに費やしている人間がいるらしいが、どうやって彼らは日々の時間と生活費を同時に捻出しているのだろうか。
俺も噂に聞いた幸せを呼ぶチェンジリングのゆっくりでも探してみようかねぇ……
などと取り留めの無いことを考えているうちに庭に到着。
そこには、地面に不自然に刺さった竹が一本、異様な存在感を放っていた。
俺はその竹の真上に陣取り、竹穴に耳を近づけた。
すると、
「いだい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! ま゛りざをだべな゛い゛でぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 
待ちわびたゆっくり魔理沙の悲鳴が。
俺が想像していた通り、ゆっくりれみりゃに身体を齧られたようだな。
俺はにやにや笑いを隠すことなく、竹の中に声を響かせる。
「おーい、ゆっくり魔理沙ー」
「ゆ゛っ!?」
ギクリと身を強張らせたような声。
だがすぐに痛みが戻って来たのか、穴から涙声が返ってきた。
「おね゛がい゛じまずっ、ま゛りざをだじでぐだざい゛ぃ゛ぃ゛ぃぃぃぃ!!!」
「死にたいんじゃなかったのか?」
「い゛だいのや゛だぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!!! ごろ゛ずん゛な゛ら゛はやぐごろ゛じでぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「そんなこと言わずに、ゆっくりしていけよ」
「ごれじゃゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉぉ!!! ゆ゛っぐり゛ざぜでぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
顔が見れないのは少々残念だが、簡単に想像は付くのでまずは満足。
装置は完全に機能しているようだ。


俺は二つの透明な箱を用意し、片方にゆっくり魔理沙、片方にゆっくりれみりゃを入れた。
二つの箱は、少し位置がずれるように連結。ゆっくりれみりゃの口が丁度ゆっくり魔理沙の頬の部分に当たっている。
そして、その部分の壁に穴を開け、排除。
ゆっくりれみりゃの入っている箱は大きくてゆとりがあるが、ゆっくり魔理沙の入っている箱はかなり狭いので、どうしても隙間である穴から頬が押し出てしまう。
つまり、頬がゆっくりれみりゃの口の部分に侵入する。
だから、ゆっくりれみりゃはゆっくり魔理沙の頬『だけ』を齧ることが出来、完全に食べることは出来ない。
そしてゆっくり魔理沙を入れた箱の天井に更に穴を開け、そこに空気穴兼言語伝達用の竹(デカい)をセット。
ちなみにゆっくり魔理沙はこの竹穴が丁度口の部分になるよう位置を調節してある。人間でいうなら仰向けの状態だ。
口の部分は不用意に閉じられないよう、鉤で広げたまま固定。
これで全ての準備は完了。
俺はこの装置を重力で餡子が漏れ出ない程度に斜めにして地中に埋め、二匹が起きるのを待っていたのだった。


「は、はやぐごろじでよぉぉぉぉ……はやぐ、てんごくのあがぢゃんだぢのどごろに……」
ゆっくり魔理沙が少し落ち着いた様子で懇願してくる。
どうやら、食べられる部分の頬を全て齧りとられてしまったようだった。
今頃、ご飯が全然足りないゆっくりれみりゃが不満気にうーうー唸っているのだろう。
「まぁまぁ、その前に食事と行こうじゃないか」
俺は懐に用意してあったオレンジジュースを取り出し、竹の中に流し込んだ。
ただのオレンジジュースではない。
永淋さん特性のゆっくり回復促進剤を混ぜられたジュースだ。
「ゆぐぐぐっ!!?」
突然振ってきた液体に驚いた様子のゆっくり魔理沙の声。
だが口は開かれたまま固定してあるので、零れることなく口の中へと収まっていく。
「ご、ごーくごーく…………ゆ!? 痛いのがおさまってきた……よ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
流石永遠亭特性の妖しい薬、効果は抜群のようだ。
オレンジジュースを飲んだゆっくり魔理沙の傷は瞬時に癒える。
癒えた身体は箱の質量を超え、ゆっくりれみりゃ側の箱にはみ出る。
それを嬉々としてゆっくりれみりゃが食べる。
ゆっくり魔理沙はまた激痛を感じる。
これが俺の考えた『強制無限激痛発生装置』だ。
後は適当に飢えないよう餌をやりつつオレンジジュースを飲ませればいい。
雨が降っても大丈夫なように、傘を作る必要もあるな。
俺が飽きるまで、この拷問は永遠に続く。
暗い闇の中、何も変化のない世界で、ただゆっくりれみりゃに食べ続けられるだけの毎日。
それは一体、どんな苦しみなのだろうか。
「や゛め゛でぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ゆ゛っぐりじだい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉ゛ぉぉ゛ぉ゛ぉぉぉ゛っ!!!」
これ以上ないくらいの、ゆっくり魔理沙の悲鳴。
俺は胸の中から溢れて垂れ流さんばかりの快感に包まれ、ひとしきり笑い続けるのだった。





ゆっくり霊夢は全てを見ていた。
ゆっくり魔理沙の家族が死んでいく様を、ずっと見てきた。
いつも優しく、自分をゆっくりさせてくれる主人。
赤ちゃんゆっくり霊夢たちを嬉々として殺害していった主人。
どちらが本当の主人なのだろうか。
分からない。
ほんのちょっと遊んだだけの仲だったが、ゆっくり魔理沙は友達だった。
加工所から引き取られ、主人の家でずっと暮らしてきたゆっくり霊夢には、友達と呼べる存在はいなかった。
だから初めて友達が出来て、とても嬉しかった。
でも、その友達は……
主人はゆっくり魔理沙が悪い、だから罰を与えている、と言った。
でも、あそこまでやられるほど、悪いことをしたのだろうか。
それとも、自分が無知なだけで、あれくらい普通なのだろうか。
自分も悪いことをすると、あんなことをされるのだろうか……
以前の『お仕置き』を思い出して、ゆっくり霊夢はギュっと目を瞑る。
ゆっくり魔理沙。
きっと、数日もすれば、顔も思い出せなくなってしまうのだろう。
何故なら、自分たちゆっくりは、そういう風に出来ているのだから。
余程の強い刺激がない限り、ありとあらゆる物事を忘却してしまう。
主人に感じた『恐怖』も忘れ去り、また主人との楽しい日々に戻るのだろうか。


ゆっくり霊夢は生まれて初めて、自分がゆっくりであることを呪ったのだった。


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最終更新:2022年05月03日 17:14