*注意

ゆっくりいじめ描写無し。人間いじめ含む。








「こんにちは」
「………………」
「こんにちは」
「………………」
「ハロー・ニーハオ・ボンジュール」
「………………」
「さて、どうする、参謀? ワット・ドゥ・ユー・ドゥ?」
「言い直さなくていいです。私としてはちょうど良かったように思いますが、時期的に」
「クリスマスプレゼントか。天に召されるにしてもいい日ではあるな」
「観点が違いますよ、わざとでしょうけど」
「いや、そういう見方もできるということだよ。そう悪意でばかり捉えられると困るな」
「これまでの行いを省みることですね。ともかく調理班を呼ぶのが適当かと」
「うん、妥当だな。まあ、そうだ」
「長には、何か懸念でも?」
「いや、確かにこれは据え膳だろう。他の動物や妖怪に横取りされる前に、とどめを刺して解体するのが当然だろうな。ゆっくりは動物であり妖怪でもある存在だ」
「当然というより自然ですね。摂理に合ってます」
「それに、この衰弱具合では胃にも腸にも入っているものは何一つないだろう。臭みが取れていて美味いだろうな」
「そうですね。では、何が問題なんです?」
「意地が悪いな。本当はわかって聞いているんだろう」
「わかってはいますが、理解できないだけです」
「殺す人間を選り好みするのは、逆に生命を冒涜している……ということかな?」
「言いたいことの一つはそうですね」
「残りの理由は?」
「意地が悪いですね。本当はわかって聞いているんでしょう?」
「おぉ、言葉を返されるとは思わなかったな。というより、」
「『自分の意見を最小限にとどめて、相手の言葉を引き出す会話法を使っているね、さっきから』、ですか?」
「ハハッ、素晴らしい、その通り。いやいや、ますます可愛くなくなるね。売れ残りのクリスマスケーキも幾星霜を経れば、逆に価値が出るものなのかい?」
「それはお互い様ですから、ご自分の胸に聞くのが一番早いでしょう」
「本当に芯が強くなったなあ。もういっそお前さんが長をやったらどうかな。代わりに俺が参謀になろう。通り名はチビ黒参謀」
「そうですね。では引き継ぎを行いたいので、とりあえずどこかのお寺にこもってください。焼き討ちに行きますから」
「下剋上か。是非も無し。しかし、それではたった三日の天下だぞ」
「『鳴かぬならどうでもいいやホトトギス』」
「投げやりだな」
「では長もやり逃げはしないでください」
「責任は取れ、ということか。OK、認知しよう」
「ええ」
「俺の責任の下に、俺が命じよう」
「ではお考えをお聞かせ願いたく」
「まず、食糧に困ってない」
「困ってますよ」
「確実に餓死するほどではないだろう。備蓄にやや不安があるだけだ」
「流入してきたゆっくりが多すぎます。そのほとんどが冬眠もできず、食域も狭いです」「外部からの移民は晩秋初冬の風物詩だろう。予測した上で食糧は溜めておいた」
「それでも何かしらトラブルがあれば厳しいことになります。少しでも余裕があった方がいいでしょう」
「そう、それは認める。だが、絶対的に必要というわけでないのも事実だ」
「まあ……それは、その通りです、確かに。しかし、外部活動をする者たちからは不満も漏れ始めていますよ。『働かざる者が食うなんて』という旨のことです」
「それについては、食糧を前借りするのは正当な権利だと伝えておくことだな。それに流入者が下手に外部活動できるのでなくて、却って良かったのじゃないか? 外での活動が結局は一番糧秣を食うわけだしな」
「……ええ。少し話がずれてしまいましたね。苦しいところはあれど食糧は足りているという点で、長と私の意見は一致します」
「うん。それで、後の理由だが、お前さんの言う通り『選り好み』だよ」
「基準がわかりません。一体何ですか?」
「俺は面食いだ。彼は好みのタイプだ」
「なるほど」
「納得したか」
「はい」
「そうか」
「はい」
「………………」
「………………」
「すまない。俺が悪かった」
「早く話を進めてください」
「ん、基準の話だったな。上級の妖怪と同じ基準でこちらもやりたい」
「は? それは、ええと、確か」
「うん、生きるに値しない人間を選んで食べるということさ」
「『生きるに値しない』……というのはどういうことですか?」
「その辺りはまた話が長くなるな」
「しかしはっきりさせてくれないと困ります。ごく稀に私はそのことで酷く混乱するんですから」
「俺が不在の時は参謀の基準で行ってくれればいい。さっきの俺の基準は、群れにとっては最優先事項でないからな」
「確かにこれまでは問題なく処理できています。群れにおいても疑問視する声は聞かれません。けれど、曖昧にはしておきたくないんです。明確な基準とその意味をはっきりさせておきたいです」
「言い分はわかる。当然と言えば当然だ。わざわざ人里に入って人間を食い殺したと思ったら、今度は山で行き倒れた人間を助けたりするなんて、矛盾を感じてもおかしくはないな」
「え……? ……っ! 助けるつもりなんですか!?」
「そのつもりだ」
「信じられません。突発的かつ手前勝手な慈愛の精神に目覚めたのですか? このまま凍死にせよ、餓死にせよ、死ぬに任せておいてから解体するつもりだと思ってました。これなら殺さずに食糧を確保できます。でも、それでさえ理解できないというのに……」
「いやいや、理解できなくていいよ、そっちのつもりはないから。それに、通常なら殺してしまって問題ないというのはさっき言った通りさ。ただ、条件が揃っているなら、何かしら施してやってもいいだろうとは考えている」
「条件?」
「そう、彼我のね。さて、殺さない理由と生かす理由の有無を検証してみようか」
「…………………っ……」
「おや、ナイスタイミングかな? では、彼我の彼を確認してみよう。あー、アンニョンハセヨ?」
「普通に言ってください」
「…………だ、……ぇ」
「この界隈に群れを形成しているゆっくり、その長だ。初めまして。聞こえているかな?」
「…………ぅ……」
「そうか。では早速で悪いのだが、この縄張りから出て行ってもらえるかな。お前さんの存在は何かと物議を醸しているんだ」
「……べ…ぉの…」
「食べ物か。確かにその衰弱ぶりでは、自力で出て行けはしないな。しかし、こちらの台所事情も逼迫気味でね、その要求を満たすのはやや難があるかな。まあ、横にいる健啖な参謀は、是非とももてなしたいと言っているんだけどね。クリームと酢と塩を擦り込んだ上で」
「宮沢賢治じゃありませんよ」
「化け猫でなくて、化け饅頭だしな。──さて、人間、今のやり取りでお前さんを助けることが決定された。しばらく待っていてくれ」

「長、ちょっと待ってください」
「うん、手短にな、あの男が事切れる前に」
「私はまだ完全には理解できていないのですが」
「理解できたところまで話してくれ」
「人間の存在が問題になるのはわかります。何もせずに放置するのはありえません。特に群れの中でのことですから」
「そう、殺しもせずに死ぬのを待つのでは、虐待と変わらない。群れの教育上よろしくないな」
「しかし、そこから先がわかりません。助けられないならひと思いに介錯してあげるべきです。しかし、長は『助ける』と言った。『人間に渡せる食べ物はない』という台詞と共にです。矛盾していませんか」
「二点見落としているな」
「はい?」
「『彼我の彼の条件』は何かな」
「え、と、その話ですか。ええと」
「彼は殺されてしかるべき人間ではないようだ。よだれを垂らして飛びかかってくるようなら、むしろ話が早くて良かったのだけどね」
「正当防衛は使えない、そして彼の人柄は……。『彼我の彼における殺さない理由』はわかりました。私の目には、ただのお人好しにも映りますが」
「生命の危機に際しても、手軽に食えるゆっくりに手を出さないからな。特に参謀は食い出があるのに」
「長は煮ても焼いても食えませんけれどね。ともかく、彼は少なくとも生を弄ぶような人間ではない」
「そう、俺の基準で言えば、彼は殺したくない部類の人間だ」
「一つは片付きました。そして後一点、私が見落としているのは、『彼我の我における生かす理由』です。これがなくては、どんなに長が殺したくなくても、殺さざるをえなくなる」
「いや、何が何でも助けたいわけではないよ。助けられるから助けるのであって、そうでなければためらいなく殺すさ」
「やはり、見落としているのは食糧のことですね。それこそが彼を助けるものですから。しかし、だからこそわかりません。私の疑問符はどう外されるのですか?」
「単純なことだよ。まず参謀は俺の台詞を誤解している。俺は『難がある』と言ったのであって、『できない』とは言ってない」
「同じ事では? ギリギリの状態なのに、外部の者に譲渡する義理はありませんよ」
「非常時でもなければ食べない物があるだろう。与えるのはそれだ」
「……え? いえいえ、まさか。人間の食域はゆっくりのそれに比べて、格段に狭いはずです、少なくとも私たちの群れにおいては」
「今やそうなっているね。古参のゆっくりはみんな悪食のプロフェッショナルだからな」
「長がそう仕向けたんでしょうが、まったく。とにかく、群れの誰にも食べられないものが人間に食べられるはずがありません」
「それは事実だ。ただ何事にも例外があってな」
「例外、ですか?」
「さて、参謀。俺とくじ引きをしよう」

「本当に何とお礼を言ったらいいか」
「何度も言うが、気にしなくていい。成り行きでしたことだからな」
「そんなことはない。君たちは命の恩人だ。必ず借りは返すよ」
「いや、こちらとしてはお前さんが『何もしない』のが最善なんだ。気持ちだけ受け取っておく、とさえも言えない。ともかく、お前さんには早くここから出て行ってもらいたい」
「ああ、わかった。それからもう二度と群れには近づかないでおくんだね」
「そう願う」
「約束するよ。本当にすまないね、群れには食糧が無かったのに分けてもらって」
「本来は捨てるはずのものだ。そんなものを食べさせたんだが」
「だけど、そのお陰でこうして生きていられる。感謝するよ。わざわざ温めてもらって、暖も取れた」
「それは勘違いだな。加工したてだから温かかったんだ。いつもは廃棄するものだから、備蓄はない」
「あれは加工品の廃棄物なのか。なかなか美味しかったよ、素朴な味わいで。何て言う物なのかな」
「お前さんは丼物を知っているかな」
「ああ、鰻丼とか親子丼とか」
「では、鉄火丼も知っているね」
「『てっか』……? いや、初耳だよ。あれが?」
「まあ、具だけだがな。それもいらない部分を寄せ集めたものだ」
「そうか、あれが……。作り方を聞いてもいいかな。村に帰ったらもう一度食べてみたいんだ」
「残念だがそれは無理だ。人間と食料を争奪することになりかねない。だから、今回のことは他言無用とお願いしているわけだよ。察してもらいたいな」
「ああ、わかった。約束するよ。……貴重な食材なんだね」
「最寄りの村はこの先にある。お前さんが来た村とは別だが、冬が開けるまで世話になるといい。案内はできない。最近村人が妖怪に食い殺されてね、ゆっくりに対しても絶賛警戒中なんだ」
「ありがとう。お礼しか言えない自分が恥ずかしいが、心から感謝するよ。ありがとう」
「さあ、早く行ってくれ。『ここでは何もなかった』。いいな?」

「これにて一件落着と。さて、俺たちも昼食にしようか」
「………………」
「ん、どうした? 何か心配なのかな。大丈夫だろうさ、あの人間は。身体に差し障りがあるはずがない。栄養価も悪くないし、毒性なんてあるはずもないのは検証済みだ。現にあれだけ回復していたじゃないか」
「………………」
「味も香りも不快なものではなかったろう。感謝していたわけだしな、家畜人ヤプーほどじゃないにせよ」
「………………」
「それとも、彼が事実を知ることを畏れているのか? 鉄火丼を知らなかったんだ、幻想郷には海がないから、普通に生きている限りは一生知ることはないさ。だから、海亀のスープみたいなことにはなりえないよ」
「………………」
「それにしても、我々にとってはトラブルでも、彼にとっては運が良かったな。いや、運だけでは命を繋ぐことは不可能だったろう。最後まであきらめない根気、そしてくよくよと細かいことに囚われない良い意味での鈍さ。すなわち『運根鈍』が彼を救ったんだ。そして、彼が食べたのは──」
「それ以上は黙ってください」
「何だ、せっかくオチを付けようと思ったのに」
「冗談じゃないです! 何で私があんなこと!」
「おいおい、厳正なるクジ引きの結果じゃないか。正規の業務の外なのだから、俺と参謀にしかできないことだったわけだしな」
「一軒一軒回って、あんな、あんなお願い……っ」
「涙目になる程のことかな。ちょっと変な目で見られたくらいだろう」
「くらいじゃないですよ! くらいじゃ! あぁ、もう私どんな顔してみんなに会えばいいの……」
「明日から子供たちのヒーローだな」
「長っ!」
「じゃあオチを付けるぞ。彼が食べたのは」
「長ァッ!」
「駄目か? じゃあウンコ丼は止めて、ホカ便にしようか」
「いい加減にしてください!!」
「参謀だったらどっちがいい? アンコ味のウンコか、ウンコ味のアンコか」
「ッ! 失礼しますっ!!」
「あ、参謀! ちょっと待ってくれ! 参謀! おい! …………参ったな……」

「……最後はクソクラエと罵倒してほしかったんだが」


黒ゆっくり4



過去作
fuku2894.txt黒ゆっくり1
fuku3225.txt黒ゆっくり2
fuku4178.txt黒ゆっくり3

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最終更新:2022年05月04日 22:50