「おおおにいさん!! きょきょきょうは、れれれいむをぎゃくたいしてね!!!」
翌日、れいむは男の足音が聞こえてくるや、男の言葉を待たずして、精一杯の声でそう叫んだ。
そうでもしないと、奮い起した勇気がいつ萎んでしまうか分からないからだ。
現に、今のれいむは朝から一度も震えが止まらなかった。
しかし、言ってしまった以上、後戻りはできない。する気もない。
自分の存在意義がかかっているのだから。
「ほう、ようやくお前の出番が来たか。待ちくたびれたよ」
男はさも嬉しそうに、扉越しに声をかける。
対して、まりさとありすは、何を馬鹿な事を!! と言わんような口調で、れいむに詰め寄ってくる。
「れいむ!! なにをいってるの!! ゆっくりばかなことはいわないでね!!」
「そうよ、れいむ!! れいむがぎゃくたいされることはないわ!! ここは、まりさととかいはのありすに、まかせておけばいいのよ!!」
まりさもありすも、予想通り、れいむを止めにかかる。
しかし、ここで虐待を止められるわけにはいかないのだ。
まりさと対等になるためにも。
ありすより先に、まりさにプロポーズするためにも。
「まりさ、ありす、ゆっくりありがとう!! でもれいむはへいきだよ!! きょうは、ゆっくりしていってね!!」
「ゆぅぅ!! うそつかないでね、れいむ!! こえがふるえてたよ!! れいむがいじめられることなんてないんだよ!! きょうはまりさにまかせてね!!」
「もうきめたんだよ、まりさ!! それに、いつまでもまりさとありすにたよってばっかりじゃいられないよ!! ゆっくりりかいしてね!!」
「れいむこそゆっくりりかいしてね!! れいむがいじめられること、ないんだってば!!」
「なんといわれても、れいむのかんがえはかわらないよ!! おにいさん!! ゆっくりはやく、れいむをつれていってね!!」
埒が明かないと感じたれいむは、さっさと男に連れて行けと要求する。
いつまでもまりさやありすと話をしていると、せっかく奮い立たせた勇気が萎えてしまいそうになるのだ。
そのため、多少強引ではあったが、れいむは二匹との会話を切り上げた。
「ふふ、久しぶりに、れいむを苛め倒すことが出来るよ。楽しみで仕方がないぜ」
男はれいむの部屋の鍵を開けると、扉を開けた。
その手には、一月ぶりに見る、恒例の箱が収められている。
この部屋と虐待部屋を行き来するのに、かつて男が使っていたものだ。
れいむはそれを見るや、体が委縮してしまう。これから虐待をされるのだと、否応なしに思い知らされるのである。
「さあ、れいむ。この箱の中に入れ」
男が木箱の蓋を開けて、命令してくる。
両壁からは、突然まりさとありすの声が聞こえなくなった。
何を言っても無駄だと気づいたのだろうか?
それはそれで好都合だが、いざ声が聞こえてこないと不安になってくるのも事実だ。
生物(?)の心理とは、本当に不思議なものである。
れいむが完全に入ったことを確認した男は、木箱の蓋を閉める。
そして、れいむに一言言葉をかけた。
「お前だけは、利口なゆっくりだと思っていたのに、どうやら俺の見込み違いだったようだな」
利口なゆっくり。
この場合、頭がいいという意味ではなく、卑怯・狡猾という意味であろう。
二匹に虐待を任せ、一匹気楽に過ごしていたれいむに対する皮肉であろうか?
何とでも言うがいいと、れいむは心の中で反発した。
男は知らない。
虐待されることこそが、れいむの望みであることを。
これこそが、自分がこれから生き残る上での最善の方法であることを。
虐待されることは、すなわち将来への布石なのだといういことを。
自分が勝者だとおもっているであろう男は、れいむから見たら自分に従って動くピエロのようなものであった。
男の規則正しい足音が聞こえ始めた。移動を開始したのだろう。
これから一か月ぶりに、れいむは虐待を受ける。
れいむは、再度耐えしのぐ決意を固めた。
およそ一月ぶりに受けた虐待は、予想通り、死んだ方がマシといえるほど苦しいものであった。
それでもれいむは必死に歯を食いしばり、男の責苦に耐え続けた。
悪魔の拷問ような一時間が過ぎた時、れいむはあまりの激痛に意識を手放してしまった。
それでも男はきっちり時間どおり終えて、部屋に戻してくれた。
れいむが目を覚ましたのは、翌日の朝方であった。
虐待を受けてから、丸々20時間近く眠っていたことになる。
昔は虐待を受けても、ここまで長く休息を取ったことはなかった。
やはり、久しぶりの虐待に、体が付いてこなかったのだろう。
れいむは起き上がると、未だ痛みの引かない体を引きずりながら、ドッグフードと水の置かれている部屋の隅に向かい、もそもそと食べ始めた。
まりさとありすはまだ寝ているのか、物音一つ聞こえなかった。
少し残念ではあるが、れいむももうひと眠りしたいので、好都合でもあった。
何しろ、れいむは今日も男の虐待を受けるつもりなのだから!!
まりさやありすに言えば、絶対に反対されるだろう。昨日の様子を見て入れば、考えるまでもない。
しかし、虐待を一回受けた程度でまりさと対等になったなどというおこがましいことは、さすがにれいむも考えていなかった。
まりさの受けた回数と同じとまではいかなくとも、少なくとも一週間分くらいは虐待を受けなくては、まりさと同じ位置に並べない。
だからと言って、ありすがいつまりさに告白するか分からない以上、三匹で順番に虐待されるなんて、悠長なことは言っていられない。
ほんの一月前までは、毎日のように虐待をされ続けてきたのだ。
それでも、れいむは生きている。悔しいが男の加減は、それだけ正確なのだろう。
これで障害が残ったりするなら考え物だが、そんなこともない以上、れいむは今日も明日も明後日も虐待してもらわなければならない。
そのためには、まず体力を回復させることが、何をおいても重要である。
れいむは食べ終わると、再び男がやってくるまで、眠りについた。
「れいむ!! いいかげんにやすんでよ!!」
「そうよ、れいむ!! これいじょうむりはやめてね!!」
れいむが虐待される決意をしてから、一週間が経過した。
まりさとありすは、2〜3日はれいむを説得し続けたが、れいむが以前のありすのように意志を曲げないと分かると、次第にれいむの心意気をくんでくれるようになった。
しかし、それでいて二匹のこのセリフ。れいむを行かせまいと必死で止めている。
納得したというのに、二匹がれいむを止める理由。
それは、れいむがこれで一週間連続で虐待をされ続けているためである。
どんなに止められようと、れいむは虐待され続けた。
男もそんなれいむの狂気じみた様子に、何か思うところがあったのだろうか? れいむの言い分を聞いて、毎日虐待をし続けてくれた。
しかし、虐待を受けているというのに、れいむは嬉しかった。
自分の思い通りに事が運んでいることに満足していた。
れいむにどんなにやる気があろうと、目下最大の懸念は、男がれいむを指名してくれるかというものであった。
如何に自分から名乗り出ようと、れいむを心配するまりさとありすも必ず名乗りを上げてくる。
心配してくれるのは嬉しいのだが、この時ばかりは、二匹のお節介も鬱陶しいと思わざるを得なかった。
気分屋の男だ、その日の気分次第ではれいむを虐待してくれないかもしれない。まりさやありすを選ぶかもしれない。
しかし、れいむには時間がないのだ。最短でまりさと対等にならなければならないのだ。
それを男は見据えているかのように、れいむを虐待してくれる。
れいむは、すんなりと事が運ぶことに満足し、今日も虐待の痛みに必死で耐えた。
虐待が終わり、れいむは部屋に戻された。
いつもなら食事をしてすぐに寝付くのだが、今日のれいむは中々寝られなかった。
嬉しかったのだ。
れいむの目安としていた一週間が終わったのだ。
これでやっとまりさとありすに、負い目を感じることはなくなる。
まりさと同じ高さに立てる。
そう考えると、ついついニヤケ面になってしまい、体の痛みも忘れてしまいそうになる。
そんなれいむに、両隣から声が掛って来た。
「れいむ!! だいじょうぶなの!?」
ありすの声である。
余程心配だったのだろう。
れいむの企みを知らぬありすは、必死にれいむの名を呼び続けてくる。
「れいむ!! あしたはぜったいにまりさがぎゃくたいされるからね!! これいじょう、れいむがいくんだったら、ぜっこうだよ!!」
まりさの言葉。
絶交とは、温和なまりさがよく口にしてきたものである。
危なかった。ノルマが達成した後で助かったものだ。
まりさと一緒になるために頑張っていたのに、そのまりさに嫌われてしまっては、本末転倒である。
「ゆっ……わかったよ、まりさ……あしたは……まりさにまかせる…ね……」
「ゆっ!?」
今まで頑として、まりさの言葉に耳を傾けなかったれいむが、いきなり素直になったのを受け、まりさは言葉を詰まらせた。
しかし、れいむの言葉はまりさにとっても、嬉しかったのだろう。
久しぶりに、まりさの声が落ち着きを取り戻した。
「ゆうぅ!! やっとれいむが、まりさのいうことをきいてくれたよ!!」
「ごめんね……まりさ………しんぱいばっかり……かけて」
「まったくだよ!! ゆっくりはんせいしてね!!」
「ゆっくり……はんせいするよ……」
「れいむ!! あしたはまりさだけど、そのつぎはありすがいくからね!!」
「ゆっ……ゆっくり…りかいしたよ……ありす……がんばってね……」
「まったく、しょうがないわね!! あとはとかいはにまかせなさい!!」
「おねがいね、ありす……でも……そのつぎは………またれいむがいく……からね」
「なにいってるの、れいむ!! れいむはしばらくおやすみよ!!」
「そうだよ、れいむ!! あとは、まりさとありすにまかせてね!!」
「だめだよ……れいむだって……まりさとありすの……やくにたちたいよ……ゆっくりなかまはずれは……やめてね」
「ゆぅぅ……やっぱりれいむはいじっぱりだよ!!」
まりさは最後に困ったような言葉を吐きながらも、最終的にはそれを認めてくれた。
元々、れいむが虐待をされることに反対だったわけではなく、れいむの行き過ぎる行いに対して苦言を呈していたのである。
れいむがしっかりと順番を守ってくれるのなら、まりさはれいむの意志を尊重してくれるつもりなのだ。
やはり、まりさは最高のゆっくりである。
この一週間、地獄の苦しみに耐えたかいがあったというものだ。
これで、準備は整った。
後はありすより先に、まりさに告白をするだけ。
しかし、物事にはタイミングというものがある。
少しでも確率を上げるためにも、その時に告白するのがベストだろう。
あの呑気でお人よしのれいむは、この時もうすでに存在していなかった。
世の物事すべてを損得の計算で考えられるように変わってしまったのである。変わらざるを得なかったのである。
それだけこの異常な空間が、れいむを変えてしまったのである。
しかし、れいむは自分が変わってしまったことに気付きもしない。いや、例え気づいていても、どうも思わないだろう。
すでに賽は投げられたのだ。
もう振り直しは出来ない。どの目が出ようと、突き進無以外道はない。
れいむは、そのまま少しの間二匹とお喋りをし、その後すぐに意識は深い深い海の底に落ちていった。
自分の成功を信じながら。
れいむの無茶苦茶な一週間が終わり、まりさとありすを含めて、三匹でサイクルを組んで虐待される日々が始まった。
すでにまりさ→ありす→れいむと一回り虐待は終了しており、今日はサイクルが始まってから、れいむが二回目の虐待を受ける日であった。
それと同時に、れいむが例の作戦を実行に移し出すと決意した日でもあった。
今日、男の虐待から戻ってきたら、まりさに告白しよう。
れいむはそう決めていた。
そのタイミングを選んだ理由はいくつかある。
一つ目は、虐待帰りだということである。
普通に告白をするより、虐待を受け心身ともに疲れている方が、まりさの気を買えるだろうという、れいむなりの考えである。
それなら、虐待一週間を終えたすぐの方がいいのではと思うかも知れないが、これについても、れいむなりに思うところがあった。
あの場で告白してしまったら、れいむの考えを見透かされる可能性があったからである。
見透かされるとは、虐待を受け続けた理由が、まりさに告白するためだとバレテしまうことを意味する。
そんなことを知られては、計算高いゆっくりだと、逆に引かれてしまいかねない。
しかし、数日置けば、さすがにそこに結びつけることはなくなるだろう。
二つ目は、あまり悠長に構えている時間もないということである。
作戦はただ告白するだけでなく、ありすより先にするというのが根幹の部分にある。
れいむも出来ることなら、もっと時間を置きたいのだ。
虐待のノルマを達成したといっても、それは所詮れいむだけが考えていることである。
まりさからすれば、れいむなんてまだまだ苦しんでないよと感じられるかもしれない。
だからこそ、今後もっと虐待を受け続けていけば、それだけまりさに近づくことが出来るのである。
しかし、悠長に構えていてありすに先を越されてはたまらない。
そういった様々な要素を考えまとめ、れいむは今日まりさに告白することを決意したのである。
男に虐待部屋に連れてこられ、今日も虐待が始まった。
その日れいむに怯えはなかった。
いざ告白を決意しても、ちゃんとまりさに伝えることが出来るか不安でいっぱいなのだ。
それに、ちゃんと告白できたとしても、まりさがれいむの告白を受けてくれるかどうかも分からない。
その気持ちが、虐待の不安を押し退けてしまったのである。
体が虐待に慣れてきたことや、虐待内容が以前行われた事の繰り返しであるということも、れいむにあまり不安を与えない要因となったのだろう。
れいむは、虐待の痛さに必死で耐えながらも、頭の中では今後のことばかりを考えていた。
虐待は終了し、れいむは部屋に帰された。
いよいよ告白の開始である。
痛さと疲れはあるものの、ゆっくりのくせにアドレナリンでも出ているのか、れいむはそれをほとんど感じなかった。
ゆっくりは思い込みの生物であるという学説がある。
思考のすべてを今後のプロポーズに費やしたれいむは、自分が痛いということを忘れてしまい、それが体にも影響しているのかもしれない。
ある意味羨ましい体である。
と、れいむがどういうふうに切り出すか悩んでいると、当のまりさの方かられいむに声をかけてきた。
「れいむ!! ゆっくりだいじょうぶだった?」
「ゆぅ!! ゆっくりだいじょうぶだよ!! ぜんぜんへっちゃらだよ!!」
いつも通りのやり取りであるが、れいむは言葉にしてからしまったと思った。
虐待後を狙ったのは、苦しみながらも告白することで、まりさの気を最大限引き寄せる効果を狙ってのつもりだったのに、うっかりと普通に話をしてしまった。
考えに夢中で痛さを感じないのも良しあしである。
こうなったら作戦実行日を変えるか?
いや、やはりそれは出来ない。
ありすがいつ告白してくるか分からないのだ。あまり時間はかけたくない。
それに、せっかく今日に計画を合わせてきたのだ。
れいむは気持ちの面でも最高潮に達している。今なら、れいむの有りっ丈の気持ちをまりさに伝えきることが出来る。
れいむは、無駄な事を考えることは止めた。
最初から出鼻を挫かれたのだ。もう怖いものなどありはしない。当たって砕けろ!! いや、砕けたくはないけど、そんな意気込みで言え!!
本心をまりさにぶつけることにした。
「まりさっ!!」
「ゆっ!? なあに、れいむ?」
「れいむは、まりさがだいすきだよ!! まりさのことを、ゆっくりあいしているよ!! れいむといつまでもゆっくりしていってね!!!!」
「!!!」
言った!! 言ってしまった!!!
もう後には引けない。賽は投げられた。
れいむの愛の告白に、まりさは何も返事を返してくれなかった。
しかし、一瞬、言葉に詰まった様子を見せた。相当驚いているのだろう。
こんな場合だというのに、告白なんてしてくるんだ。無理もない。
れいむは緊張で、喉(?)が乾いて仕方がなかった。
一刻も早く、水を飲みたい。
しかし、まりさの返事を聞くまでは、なんとか我慢するつもりだった。
壁越しの告白のため、姿は見えないのだが、水を飲んでしまったらまりさに振られる気がしたのだ。
様は願掛け、気分の問題である。
30秒が過ぎ、一分が経過しても、まりさは一向に口を開かなかった。
さすがにれいむも焦りだした。
やはり、まりさはれいむのことを好きじゃないのか?
れいむじゃ、まりさには釣り合わないのか? 様々な感情が去来する。
しかし、ようやくまりさが口を開いて来た。
考えが纏まったのだろう。
「れいむ……れいむのきもちはうれしいよ」
「ゆっ……」
「まりさもれいむがだいすきだよ……」
「ゆゆっ!!」
「……」
そう言って、まりさは再び沈黙してしまう。
大好きだよ。
愛の告白をして大好きを言われたのだから、普通に考えれば、れいむの気持ちを受け止めたと考えていいのかもしれないが……
その後の間が嫌な気分にさせる。
なんとか傷つけないように断る手段を考えているような気分を感じさせる。
れいむは、やはり自分ではダメだったのかと弱気になった。
しかし、次の瞬間……
「だから!! だから、まりさといっしょに、いつまでもゆっくりしていってね!!!」
……
………
…………
れいむは唖然としてしまった。
もう十中八九、玉砕を覚悟していた。
それなのに、まりさはれいむの気持ちをしっかりと受け止めてくれた。
れいむは、ただただ感情を整理できず、言葉を詰まらせた。
「れいむ、どうしたの?」
何も話してこないれいむが気になったのだろう。言葉をはさんでくる
そんなれいむの心情に気付かないのが、まりさらしいと言えばまりさらしい。
れいむは、とにかく何か話さなければ、言葉を掛けなければと、考えを纏め上げようとしたが……
「ゆ……ゆゆ………ゆゆ……」
「ゆっ?」
「ゆ……ゆあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあぁぁ――――――――――――んんんんんん!!!!!!!」
「れ、れいむ!! どうしたの!!」
一気に感情が爆発してしまった。
爆発は涙となって、れいむの目から止めどなく溢れてくる。
嬉しかった。まりさが自分を選んでくれたのが。
嬉しかった。あの虐待された日々が、無駄ではなかったことが。
嬉しかった。れいむにはっきりと居場所が出来たことが。
れいむは、今までの自分の行動を振り返り、延々と泣き続けた。
「れいむ、なきすぎだよ!!」
「ゆぅ……ゆっくりごめんね、まりさ!! でも、れいむ、すごくうれしかったんだよ!!」
「まりさもうれしかったよ!! れいむがすきといってくれて!!」
「まりさ!!」
「れいむ!!」
ようやくれいむは泣きやんだ。泣きやむまで、実に10分もの時間を費やしてしまった。
れいむは水が飲みたかったことも忘れ、まりさとの話に興じ始める。
「れいむ!! いまはできないけど、けっこんしきはここをでられたらゆっくりしようね!!」
「ゆぅ!! そうしようね!!」
「それから、れいむはまりさのおうちにゆっくりくるといいよ!!」
「ゆゆっ!? いいの!!」
「あたりまえだよ!! れいむのおうちはまだできていないんでしょ? それに、れいむはまりさのおよめさんだもん!! いっしょにくらすのは、ゆっくりあたりまえだよ!!」
「ありがとう、まりさ!!」
「まりさのおうちはおっきいよ!! にんげんさんのおうちみたいにおっきいから、ゆっくりたのしみにまっててね!!」
「ゆっ!! ゆっくりたのしみだよ!! ゆっくりはやく、まりさのおうちにいきたいよ!!」
「あと、おちついたら、はねゆーんにもいこうね!!」
「ゆっくりたのしみにしてるよ!!」
人間のお家と同じくらい大きいとは、まりさも大げさに出たものだ。
まあ、所謂物の例えだろう。
しかし、れいむは「うそつかないでね!!」なんて、無粋なセリフを吐くつもりはない。
まりさは、れいむを喜ばせるために言っているのだろう。れいむだって、そのくらい分かるつもりだ。
こんな幸せなひと時を、自分から壊す必要はない。
自分の居場所が出来たばかりか、出会ったときからずっと好きであったまりさと、これからは永遠にゆっくりすることが出来るのだ。
れいむの頭の中は、まりさとの会話でいっぱい幸せいっぱいで、何にも考えられなかった。
しかし、次にまりさが言った言葉が、れいむに重要なことを思い出させた。
「ありす!! ありすも、まりさとれいむを、ゆっくりしゅくふくしてね!!」
「!!!」
そう、作戦が完璧なほどに決まったことで浮かれまくってしまい、すっかりありすのことを忘れていたのである。
れいむはなんと言葉をかければいいか分からなかった。
そもそも勝者であるれいむが、敗者であるありすにかける言葉なんて、どれも陳腐に聞こえるだろう。
裏切ったれいむの言葉なんて、都合のいい言葉としか感じないだろう。
事実、れいむの心の中は、ありすへの優越感で満たされている。
何とか考えずにいようとしても、すぐに思考の中に入り込んできてしまう。
とても甘美な麻薬のようなものだ。
れいむの口から出る言葉も、自然とありすを見下すものになってしまうだろう。
しかし、ありすへの背信行為をしておきながらも、ありすとは親友でいたい。嫌われたくない。
これもまたれいむの本音だった。
それは、勝者だからこそ持ち得ることが出来る、自分に甘く都合のいい考えである。
ありすのことを全く考えてない、自己中心的な思考である。
しかし、例えそれが分かっていようと、れいむはありすとの友情も諦めきれなかった。
それだけありすのことが好きだったのだ。
ありすは、まりさの言葉に、なかなか返事を返さない。
一体、どんな心中でいるのだろう。
自分を裏切り、まりさを手に入れたれいむに、仕返しでも考えているのだろうか?
それとも、まりを諦めきれず、虎視眈々とまりさを奪う算段でも整えているのだろうか?
何とかありすに言葉を掛けなければならない。
親友でいてもらうためにも。
れいむが、なんて声をかければいいのだろうと、頭を悩ませていると、ようやく当の本人から反応が返ってきた。
「おめでとう!! れいむ!! まりさ!!」
その言葉に、特に棘があったようには聞こえなかった。
いつものやさしさに満ちたありすの声に聞こえたきがする。
心から祝福しているような気がする。
「ゆっ!! ありがとう、ありす!!」
まりさが祝福を受け、感謝の意を示す。
「けっこんしきには、ぜったいにありすをよんでね!!」
「あたりまえだよ!! ゆっくりかならず、ありすをよぶよ!!」
「ゆっくりれいむをたいせつにしてね!!」
「ゆっくりやくそくするよ!! れいむをいつまでもかわいがるよ!!」
その後、まりさとのやり取りを終えると、ありすはれいむにも声をかけてきた。
「れいむ、おめでとう!! まりさとゆっくりしてね!!」
「ゆっ……ありがとう、ありす……」
「けっこんしても、ありすとはしんゆうでいてね!!」
「ゆぅぅ……」
ありすはれいむを祝福してくれた。
そればかりか、れいむに対して、親友でいてくれとまで言ってくる。
れいむは自分でありすを裏切っておきながら、ありすの寛大な態度に居たたまれなくなった。
それと同時に不審に思った。
ありすは悔しくないのだろうか?
悲しくないのだろうか?
れいむがありすの立場なら、決して自分を許さないだろう。
なのに、ありすは祝福してくる。れいむが最も望んでいた言葉をかけてくる。
腑に落ちなかった。自分に都合がよすぎる。
昔のれいむなら、その言葉に何ら疑問を抱かなかっただろう。
しかし、今のれいむは、物事を計算で見るようになってしまっている。
ありすの言い分は、そんなれいむを納得させるには、あまりにも納得の出来ない言葉だった。
折角想いに想っていたまりさと一緒になることが出来たのだ。
なのに、つまらないことで将来への希望を壊されるようなことは、絶対にあってはならない。
本当にありすは自分たちを祝福してくれているのか?
何か不穏当な考えを持っているのではないか?
もしありすが何らかの手で自分を陥れようとしているのなら、何が何でも防がなくてはならない。
例え、今後ありすとの友情が壊れようと。
れいむは、ありすの真意を測ることにした。
一夜明けた翌日、今日はまりさが虐待される日である。
男はまりさを虐待部屋へと連れていった。
今がありすと話す絶好の機会である。
れいむは、ありすのいる壁際の方に行くと、真意を質すべく、核心をぶつけた。
「ありす、おきてる?」
「ええ、ゆっくりおきてるわ!!」
「ありす!! れいむ、ききたいことがあるよ!!」
「なにかしら?」
「きのうのことだよ!! ありすは、れいむにまりさがとられて、かなしくないの?」
「……」
「まりさがすきじゃなかったの?」
「……」
「れいむをうらんでいないの?」
「……」
「ねえ、どうなの、ありす!!」
れいむの問いに、ありすは中々反応を示さない。
れいむはゆっくりとありすが言葉を出すまで待ち続けた。
ようやくありすが口を開いて来たのは、一分後であった。
「……くやしいわよ!! かなしかったわよ!! ありすはまりさがすきだったんだもの!!」
ありすは、自分の隠していた感情のすべてをぶつけるかのように、大きな声で叫んできた。
これには、さすがのれいむも、少なからず動揺した。
ありすがこうまで生の感情を出してくるとは思わなかったのだ。
「それじゃあ、どうして……」
「……だって、しょうがないじゃない!! これはこいのかけひきなんだもの!!」
「ゆっ?」
「れいむは、じぶんのことをどうおもってるの? ありすのことをうらぎったとおもってる?」
「ゆぅぅ……それは……」
「さいしょはありすもそうおもったわ!! れいむにうらぎられたって!! でも、じっさいはそうじゃない!!
まりさはだれのものでもないんだもの!! まりさにこくはくするのは、れいむのじゆう!! それをうけるのもまりさのじゆう!!
そこのありすのはいるよちはないわ!!」
「……」
「ありすがまりさにさっさとこくはくしなかったのもいけなかったしね!! まりさのあいてが、れいむならなっとくだわ!!
それに、まりさはれいむのことがすきだったみたいだから、こくはくしてもたぶんふられていたけどね!!」
「ありす……」
「だからありすはあきらめたの!! かこをふりむかないことも、とかいはのたしなみよ!! だから、れいむがきにすることはないわ!! これからもありすのしんゆうでいてね!!」
「……ありす!! ありがとう!! ありがとう!!」
「かんしゃすることなんてないわよ!! ここからでられたら、まりさいじょうにすてきなゆっくりをみつけてやるんだから!!」
「ありすならきっとみつけられるよ!!」
「ありがとう、れいむ!!」
れいむはここに来て以来、三回目の衝撃を受けた。
自分はなんて小さいのだろう。ありすと言葉を交わし、嫌というほど思い知らされた。
自分は決してそんな風に考えられない。
ありすの立場なら、絶対に嫉妬をせずにはいられない。
しかし、ありすはどこまでいってもありすだった。
優しく他人を思いやれるゆっくりだった。
本当に心の底から、れいむとまりさを祝福してくれていたのだ。
れいむは、ありすを疑ったことを悔いた。
そして、同時に感謝した。
こんな最高のゆっくりと知り合えたことを。
ありすと親友になれたことを。
「ありす!! れいむとありすはいつまでもしんゆうだよ!!」
「もちろんよ!!」
れいむは、今最高に幸せだった。
隣には愛するまりさと、親友のありす。
例え姿は見えなくても、スリスリ出来なくても、心が繋がっている。
それが感じられるだけで満足だった。
しかし、今日の幸せはそれだけに留まらなかった。
まりさが虐待を終えて帰ってきた。
それと同時に、壁越しに男からとんでもない一言が飛び出してくる。
「お前たち。今日でお前らの虐待は終了する」
「!!!」
突然の男の発言に、れいむは驚きのあまり、餡子を吐いてしまいそうになった。
何とか飲み込んで、事なきを得たが。
「ゆっ!!! ほ、ほんとうなの!?」
「ああ。飽きてきたしな。明日、部屋から出してやるよ!!」
「ゆうううぅぅぅぅぅぅぅ―――――――!!!!!」
れいむが雄たけびを上げる。
まさか、婚約した翌日に、この辛く苦しい虐待まで終わることになるとは!!
人間でいえば、盆と正月とクリスマスがいっぺんに来たようなものである。
「やったああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――!!!!」
遂に、遂にここから出られるのだ。
まりさとありすに会えるのだ。
スリスリ出来るのだ!!
隣では、二匹とも感無量なのか、一言も言葉を発しなかった。
「それじゃあな」
そう言って、男の足跡は遠ざかっていく。
れいむは、すぐさま二匹に声をかける。
「まりさ、ありす!! でられるんだよ!! やっとここからでられるんだよ!!」
「ゆう!! ながかったよ!!」
「やっと、ここからでられるのね!!」
「まりさ!! あしたはいっぱいすりすりしようね!!」
「ゆっ!! そうだね。れいむ!!」
「あしたがたのしみね!!」
「ゆっくりたのしみだよ!!」
れいむの頭の中には、男が嘘を付いているという考えは一切ない。
別に昔の純粋なれいむに戻ったという訳ではなく、単に嬉しすぎて頭が回らないのだ。
もっとも、男はちゃんと出してやるつもりなので、考えたところで、れいむの杞憂に終わるのだが。
早く明日が来ないだろうか?
れいむは浮かれて、なかなか寝付けなかった。
最終更新:2022年06月03日 21:52