「うぅーっ!」
満月の夜、ゆっくりれみりゃことゆっくりゃの悲鳴が森の中で木霊する。
獰猛な獣たちも寝静まった深夜、静寂が支配する世界で2匹の羽根が風を切り裂いていた。
「ゆぅぅうぅううぅっ!」
ゆっくりゃを追いかけているのはゆっくりフランことゆふらん。自分のテリトリーにのこのこと入ってきた大好物を追いかけている。早く口に入れようと、口は飛びながら大きく開かれ、ゆふらんの牙が月明かりを反射していた。
「うーっ! うーっ!」
前を行くゆっくりゃの目には涙。絶望的な状況に、必死に死を抗おうと、持てる全力で前に進んでいた。
ゆっくりゃにとって、ゆふらんと出会う事は死を意味する。飛行能力、身体能力、牙の鋭さ、どれをとってもゆっくりゃはゆふらんには適わない。唯一あるなら個体数だが、お互いにゆっくりでも群れを成さない種族。数が多くても1対1で相対しては意味がない。
ゆふらんとゆっくりゃの距離が徐々に縮まっていく。全てにおいて上をいくゆふらんがゆっくりゃに追いつけない道理はない。このまま行けば、笑顔で開かれた大きな口にゆっくりゃの体は収まるだろう。
では、なぜそれを知っているゆっくりゃは絶望しないのか。
ゆっくりゃの視界に、闇夜でも目を引く紫色が目に入った。
「うーっ!」
絶望に彩られたゆっくりゃの顔に笑顔が戻る。
そのまま前へ進んでいくと、紫色の正体がはっきりしてきた。
「むきゅーっ!」
それは、ゆっくりパチュリーの姿だった。
「うー♪」
「むきゅ~」
お互いに声を掛け合うと、ゆっくりゃはそのままゆっくりパチュリーことゆちゅりーの後ろへ隠れていく。
ゆちゅりーはその場に鎮座し、ゆっくりゃの脅威へと立ち向かう。
その様子に、いつの間にかゆふらんはその場に止まり、苦々しい表情でゆちゅりーを睨みつけていた。
「……う、ううぅううぅっ!」
ゆふらんはゆっくりゃだけでなく他のゆっくりも食べて過ごしている。ゆふらんを食べる捕食種も存在するが、その数は少なく、好物として狙われてはいないため、大きな脅威にはならない。ゆっくりの中でもゆふらんは天敵のいない、好き勝手できる強者といえた。
しかし、そんなゆふらんが動かない。
このゆふらんは同じ仲間と比べても随分長生きしていた。
だから知っていたのだ。このままゆっくりゃを追いかけても、捕まえられないことを。
「……ゆっくりしねっ!」
吐き捨てるように叫ぶと、そのままゆふらんは飛び去っていった。
ゆちゅりーの後ろから、ゆっくりゃが顔を出す。その顔に咲いているのは満面の笑みだ。
「うぅーっ♪」
上機嫌で、ゆっくりゃはゆちゅりーに声をかけた。
ゆちゅりーの目が遠くを見ていた。
「む、むきゅー……」
「うぅっ!?」
病弱なゆちゅりーに、夜風は体に悪い。
倒れそうに揺れているゆちゅりーを、ゆっくりゃは慌てて体全体で支えていた。
ゆっくりゃ達の飛んでいた森の中には、樹齢3桁を超えるような樹が数多く存在する。人が食べられる実を毎年実らせて生活を助けたり、30センチを超える大きな葉が秋になるとその身を黄色に染めて散り、人々を楽しませてくれる樹もあったりと、種類も千差万別だ。
そんな樹の中で、体を大きく蝕れ、大きな穴が空いた樹木がある。
その穴の中にゆっくりゃは飛びながら、ゆちゅりーは転がりながら入っていった。
「うーっ♪」
「うー♪」
「ぅぅーっ♪」
中に入った途端、樹木の中は賑わい始める。ゆっくりゃの声に、帰りを待ちわびていた子ゆっくりゃ達は感情を爆発させて出迎えた。
「むきゅーぅ……」
親と子、大小違いのある肉まんが飛び回って喜んでいるのを尻目に見て、ゆちゅりーは1人奥へと転がり進んでいく。
「むきゅー」
予め計っておいたかのような正確さで、自分の定位置に戻ると、息を吐いてゆっくりし始めた。脱力しているが、体に目立った変化はない。
子供達との騒ぎも終えて、ゆっくりゃが近づいてきた。
「うーっ♪」
体を擦り合わせ、お互いに幸せへ浸ろうとする。
「むきゅっ!」
「うぅっ!」
夢見るゆっくりゃを覚ますように、ゆちゅりーは体を揺れ動かした。
「……うぅーっ?」
「……」
ゆっくりゃの声にも応えようとしない。ゆちゅりーの気持ちがわからないゆっくりゃは、不安を声に滲ませながら窺い始めた。
「うぅっ」
「……」
「うぅ、ううっ!」
「むきゅっ!」
突き飛ばすように大きく声を上げる。普段から声も態度もトロいゆちゅりーにとって珍しい事だった。
「……うー……」
いくら言っても答えてくれないゆちゅりーに、ゆっくりゃは沈み始めた。飛ぶのを止め、丸い肉まんな体を地面に付け、羽根を畳んで下を見つめている。
「……ぅー……」
2人の一変した空気に、遠巻きから見ていた子ゆっくりゃ達の声も悲しみに満ちている。
「……」
沈んだ空気の中で、言葉を切り出したのはゆちゅりーだった。
「……むきゅぅ」
「うぅっ?」
「むきゅっ!」
体を転がして、ゆっくりゃに迫っていく。
「ぅぅっ!」
「ぅーっ!」
慌てた子供達が駆け寄ってくるが、ゆちゅりーの熱は収まらない。ゆっくりゃに近づき、無言の視線で責め続けていた。
ゆっくりゃがゆふらんに会うような行動を取るのは自殺行為だ。その脅威を知っているものは、外を出歩く際も最低限にとどめ、見つからないうちに帰るようにしている。特にこのゆっくりゃは、ゆちゅりーの助言と自身の経験から普通よりも多く危険な目に遭いながらもどうにか生き延びていた。
そんなゆっくりゃが、今夜はいつまで経っても帰ってこない。
心配して外に出ていたゆちゅりーにとって、すぐにこうして子供達と笑いあっているゆっくりゃの態度には腹が立った。
「……ゴホッ! ゲホッ!」
「うっ!」
「ぅぅーっ!」
激しく動いたからか、突然咳き込み始めるゆちゅりー。一端、ゆっくりゃから離れ、部屋の隅で咳を繰り返す。
「……」
向けられた背にゆっくりゃは飛びながら近づくと、背中を撫でるように体を密着させた。
「むっ……」
「うー……」
そのまま体を上下に小さく動かす。
次第に気分が落ち着いてきたのか、ゆちゅりーの咳は治まったが、ゆっくりゃは体を擦り合わせ続ける。求愛行動にみえるそれは、しかし求めるような激しさはなく、感謝と謝罪の込められた行動だった。
「……むきゅうー」
「うーっ」
「むきゅう」
「うーっ……」
ゆちゅりーはそっぽを向いたまま続く会話。端から見れば喧嘩にみえるが、2人に流れる空気は先ほどよりも険悪ではない。
「ぅぅっー?」
「ぅーっ?」
状況がよくわからない子ゆっくりゃ達は、お互い不思議そうに顔を見合わせるのだった。
「うぅぅううぅううぅっ」
唸るゆふらん、その声は風に乗り、辺りのゆっくり達に恐怖を振りまいている。
ゆっくりゃと同じく夜行性のゆふらんは、普段なら辺りを飛び回って新たな獲物を探している頃だ。しかしゆふらんは寝床に戻ると動こうとせず、ひたすら唸り声を上げ続けていた。
頭に浮かぶのは、紫色をしたゆっくりの姿。
「うぅうううぅううぅうぅっ!」
このゆふらんがゆちゅりーに狩りを邪魔されたのは1度だけではなかった。ゆふらんという天敵のいるゆっくりゃにとって、追い返してくれるゆちゅりーとの相性は良く、多くがペアで暮らしているからだ。
ゆふらんは初めてゆちゅりーと会った時を思い出す。庇っているゆっくりゃと2匹まとめて食べてやろうと息巻いて襲いかかり、ゆちゅりーのあまりの硬さに自慢の歯が通らなかった事を。
更に思い出す。別の機会ではゆちゅりーを持ち上げ、2匹をバラバラにしようとしたが、ゆちゅりーの硬さが捕らえた時のフックを甘くし、持ち上げる前に外れてしまった。
動きもトロく、空も飛べないそんなゆっくりに手も足も出せない事実がゆふらんを苛ただせた。
「うぅううぅうううぅうっ!」
更に声を上げるゆふらん。その体は大きく震え、体液が滲み出て来ている。
唸り声が憤怒から、いつしか苦痛を耐えるものへ変わっていた。
「ゆううぅううぅうっ!」
突然、体中に痛みが走り始める。初めての状況にゆふらんも動揺を隠せない。いつしか羽根を翻して飛び始める。
「ううぅううぅううぅっ!」
声はより大きくなり、ただただ辺りを意味もなく飛び回っている。
夜が明けるまで、ゆふらんの苦しむ声が森の中に響き渡った。
せせらぎの音がゆちゅりーは好きだった。
「むきゅー……」
住処の近くにある川辺で、静かに音を聞き入っている。しかし聞こえてくる音はせせらぎだけではない。
少し離れた所を、子ゆっくりゃ達が飛び回って遊んでいた。
「うぅーっ!」
「うー♪」
追いかけっこをしているのか、前にいる子ゆっくりゃをただひたすら追いかけている。
せせらぎに子ゆっくりゃ達の楽しげな声も加わって、ゆちゅりーは心ゆくまでゆっくりしていた。
近くにゆっくりゃの姿は見えない。ゆっくりゃは夜行性なので、今は住処で眠っている。しかし子ゆっくりゃは活動が不規則なので、昼間に起きている時はゆちゅりーがしっかりと面倒を見ていた。
のどかに過ごすゆちゅりーだったが、しかし次第に子ゆっくりゃの声が遠ざかっていく。
見てみると追いかけっこを止めた2匹は森の中へと入っていっていた。
「むきゅー……」
ゆちゅりーの口からため息が漏れる。昼間は天敵のゆふらんも寝ている時間なので危険度は落ちるものの、今度はゆちゅりーでも食べられるような動物たちが動き始める。なるべく動き回るのは控えるべきだが、子供達にそれを理解させるのは無理な話だ。
動きの遅いゆちゅりーに、素早い子ゆっくりゃたちを追いかけるのは骨が折れる。憂鬱になりながら、ゆちゅりーは森の中へと転がっていった。
しかしゆちゅりーの予想を裏切り、子ゆっくりゃ達はすぐに見つかった。
「ぅぅ~」
「ぅぅ~~」
樹に絡みついた蔓を口に咥え、飛び上がって引っ張っている。
「むきゅっ?」
子供達の変わった行動にゆちゅりーは困惑する。遠目からだとそれが何の茎なのかわからない、改めて近づこうと転がり始めた。
「ぅぅ~っ」
「ぅ~~……うっ!?」
土が盛り上がる。
ゆちゅりーが着くよりも早く、子ゆっくりゃはそれを掘り出していた。
「むきゅう~」
それは紫芋な子ゆちゅりーだった。
「ぅーっ!」
「ぅぅーっ!」
「むきゅー」
笑顔で声をかける子ゆっくりに、あまり表情を変えずに子ゆちゅりーは応えた。
ようやく転がり着いたゆちゅりーは、子ゆっくりゃ達と話している子ゆちゅりーを見て驚き戸惑った。
「むきゅー……」
たぶん子ゆっくりゃ達は子ゆちゅりーと一緒に住もうと思っている。だがそれは無理な話だ。
2人の子供を抱えた今でも危険は多い。ここに子ゆちゅりーが加わればなおさら危険度は上がるだろう。3人の子供を守っていける自信がゆちゅりーにはなかった。
ゆちゅりーは、子ゆちゅりーの頭とつながっていた茎を口で切り離す。
「むきゅっ?」
「むきゅー」
子ゆちゅりーに状況を伝えるゆちゅりー。土の中で育っている為、子ゆちゅりーは産まれたときから普通に動くことが出来る。運がよければ別のゆっくりゃと出会い、また特有の賢さを駆使して1匹生き抜いていけるだろう。それが唯一の慰めだった。
「むきゅー」
別れとお礼を告げて、そのまま転がっていく。
「ぅーっ!」
「ぅぅーっ!」
子ゆっくりゃが呼び止めようとするが、子ゆちゅりーは止まることなく転がっていく。
ゆちゅりーは思い出していた。
土の中で目覚め、ひたすら声を出して呼びかけていた事を。
暗く、じめじめした空気に徐々に気が重くなっていった事を。
叫ぶゆちゅりーの声を聞きつけ、頑張って自分を掘り出してくれたゆっくりゃの事を。
子ゆちゅりーの姿が見えなくなるまで、ゆちゅりーはじっとその場で見送り続けた。
「ゆぅううぅううぅうぅっ!」
ゆっくりれいむことれいむの悲鳴が響き渡る。
抵抗する間もなく頭からどんどん食べられていき、れいむはゆっくりゃのお腹の中に収まった。
「うー♪」
夜にのこのこと動いていた思わぬ大物を見つけ、ゆっくりゃは上機嫌だ。さらなるエサを探そうと、その場を飛び立っていった。
ゆちゅりーにエサを探すのは難しい。動きが遅いのもあるが、何よりその病弱さからすぐに咳き込み、頭痛に襲われるからだ。夜の外は危険でもエサ探しだけはどうしても欠かせなかった。
ゆっくりゃは飛び回る。夜行性ながら自由に動き回れないゆっくりゃにとってこれは唯一ストレス解消となる時間。エサを探しながら文字通り羽根を伸ばしていた。
何度か巣へエサを持ち帰り、自分のエサも先ほどのれいむで補えた。後は帰るだけである。
「うーっ」
ゆっくりゃは考えていた。昨日は軽率な事をしてゆちゅりーを怒らせてしまった。どうにかお詫びがしたい。ゆちゅりーの好物をたくさん取ってきて喜ばせてあげたい。
他のゆっくりや虫などを食べないゆちゅりーのエサは植物だが、その中でもゆちゅりーの好物である果実は樹に生えている為、採るのはゆっくりゃにしか出来ない。滅多に食べられない好物があれば、お詫びとしては充分だろう。
しかし、その樹の付近には必ずゆふらん達の目が光っている。他のゆっくりゃ達も同じ事を考えて採りにいくため、絶好の狩り場になっているのだ。
昨日追いかけられた記憶がゆっくりゃに蘇る。
「……」
しかしゆっくりゃが求めたのは、ゆちゅりーの笑顔だった。
「うーっ!」
迷いを振り切り、そのまま好物のある樹へと飛んでいく。
いくつもの樹の間を縫っていき、目的の場所へたどり着いた。
「う~♪」
上には満月が輝く中、真下に生える樹には赤い実がなっている。
「うっ?」
ゆっくりゃに影が差す。自然と上を見上げる。
その満月を隠すように羽根を広げ、ゆふらんが飛んでいた。
昨日、追いかけてきたゆふらんだった。
「うーっ!!」
「ゆっくりしね!」
慌てて赤い実をもぎ取り、飛び去っていくゆっくりゃ。追いかけるゆふらん。口に咥えた実が重いが、ゆっくりゃが口を開くことはなかった。
「うーっ! うーっ!」
「ゆっくりしねっ、しねぇええぇぇぇえぇっ!」
昨日と同じように縮まっていく距離。しかし昨日ほど巣からは離れていない。
ほどなくして、ゆちゅりーの姿が見えた。
「うー♪」
口を開かないように喜び、そして目を見開いて驚愕した。
「むきゅーっ!」
「ゆっくりしね!」
「しねっ!」
「しねぇえぇぇぇええぇっ!」
ゆちゅりーが3匹のゆふらんに襲われていた。ゆちゅりーは無事だが、たくさん囓られたのだろう。その体には擦り傷が無数に走っていた。
「うーっ!」
口から実を離すと、逆上したゆっくりゃが突進していく。
それを、後ろから追いかけ続けていたゆふらんが撃退した。
「うぅーーっ!?」
「ゆっゆっゆっ!」
後ろから体当たりを喰らい、地面へと転がっていくゆっくりゃ。
「むきゅーっ!」
ゆちゅりーの悲痛な声が響く。
ゆっくりゃの広げたままだった羽根は地面で擦れ、大きく痛んでいる。しばらくその場を動けそうになかった。
しかしそんな好物からゆふらんは目を離すと、そのままゆちゅりーへと近づいて来た。
「ゆー……」
「む、むきゅ……」
また囓られるのを恐れ、身構えるゆちゅりー。
しかしゆふらんは囓ろうとはせず、ゆちゅりーを捕まえた。
「むきゅっ!?」
「ゆっゆっゆっ」
同時に動くゆふらん達。4方向から捕まえられ、ゆちゅりーの体が宙を舞った。
「むきゅーーーっ!?」
「ゆっくりしねっ!」
ゆちゅりーの悲鳴にゆふらん達の大合唱が重なる。
この日初めて、ゆちゅりーは空を飛んでいた。
死刑執行へと向かう、飛行だった。
「むきゅー! むきゅー!」
周りを囲むゆふらんへ罵声を浴びせるゆちゅりー、しかし暴れることはない。既に周りの樹よりも高い所をゆふらんは飛んでいる。ゆちゅりーは、昔ゆふらんに落とされ、地面に跡形もなく飛び散ったゆっくりを思い出していた。
「むきゅー!」
声による必死の抵抗が続く。しかしゆふらんは何も言わず、ただ笑みを浮かべている。
次第に、大きな建物が見えてきた。
「むきゅ?」
同時に高度を下げ始めるゆふらん。
紅魔館の目の前までやって来ると、ゆふらん達はそのまま飛ぶのを止め、その場に停止した。
「む……」
初めて、ゆちゅりーの声に返事をする。
「ゆっくりしねっ!」
「むきゅぅうぅううぅっ!?」
初めて味わう落下に、思わずゆちゅりーの口から悲鳴が漏れた。
ゆふらん達が止まったのは紅魔館の門前。
ゆちゅりーを待っていたのは、扉から上に伸びた先の鋭い串だった。
「むきゅうぅうぅうぅうぅっ!!」
落下速度もあり、串はゆちゅりーの硬い体を1度に串刺しにしていた。
初めて味わう痛み。鉄の通り抜けるおぞましい感触とその激痛が、ゆちゅりーに余裕を失わせていく。
「い゛だい゛ぃいいいぃいいいぃいぃっ!」
泣き叫ぶゆちゅりー。ようやく聞けた断末魔の叫びに、ゆふらん達はお互いに飛び回りながら喜びを露わにしていた。
本来、我の強いゆふらん達が群れを成すことはない。
このゆふらん達は、同じゆふらんから産まれた分身だった。
長く生きたゆふらんは、次第に同じ思考を持つ分身が4つ産まれ、それからは4匹で行動し始める。違うもの同士ではない、同じもの同士だったからこそ成功した、ゆちゅりー捕縛だった。
「ケケケケケケケケケケケッ!」
1匹がゆちゅりーに体当たりする。
「むぎゅっ!」
突き刺さった串が中から体に食い込み、痛みがさらに増していく。
「や゛め゛でぇえええぇぇぇっ!! ゲホッ、ゴホッ!」
「ゲゲゲゲゲゲゲッ!!」
ゆちゅりーからの誓願な悲鳴に、ゆふらんの笑みがますます深くなる。
次へ次へと順番に体当たりしていき、ゆちゅりーの悲鳴が木霊した。、
「ゆっくりしねっ!」
「ゆっくりじねっ!」
「じねぇぇえぇえぇっ!!」
ゆちゅりーを中心にゆふらん達の宴が盛り上がっていく。
そこに大きな衝撃と共に邪魔が入った。
「うーっ!!」
「むきゅっ!?」
その光景に、一瞬ゆちゅりーは鉄の感触と痛みを忘れた。
ゆっくりゃが、ゆふらんに向かって突撃していた。
急加速で突っ込まれ、ゆふらんは遠くへ飛ばされていく。
しかし、残った3匹は躊躇無くゆっくりゃへ襲いかかった。
「しねっ!」
「ゆっくりしねっ!」
「むきゅうぅううぅううぅっ! やめ゛でぇええぇえぇぇえっ!」
悲痛な悲鳴が響く中、ゆっくりゃの体が囓られる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
気づけば残った2匹はゆっくりゃの後ろへ回り、羽根を囓ると、そのまま力任せに引っ張った。
布を裂くような音が響いた。
「ぎゃあ゛ぁぁあ゛ぁあ゛ぁぁっ!」
背中から肉汁があふれ出てくる。羽根を失ったゆっくりゃはもう飛び続けられず、そのまま地面に落下した。
「むきゅうぅうぅっ!」
「……うっ、うっ~」
地面にぶつかり体が跳ねたが、下に大きな石がなく、草の上に転がりながらゆっくりゃはどうにか息をしている。
その場に起き上がるゆっくりゃを見て、ゆふらんは静かに近づいていった。
「むきゅーーっ!」
危機を知らせようと叫ぶゆちゅりー。しかしゆっくりゃは、その場でただ跳び跳ね続けている。
やがてゆふらんがゆっくりゃにかぶりつくが、ゆっくりゃは飛び跳ねるのを止めなかった。
「ゆっくりしねっ!」
「う、うぅ~っ!」
意志の込められた声が響く。
「たすける。ぜったいたすけるっ!」
飛び跳ねていたのは、ゆちゅりーへ近づこうとする現れだった。
だんだんお腹の空いてきたゆふらん達は、食べられないゆちゅりーは放っておき、ゆっくりゃの方へと近づいていく。
「に゛げでぇええぇえぇっーーーーーーーっ!!」
突然、ゆちゅりーが今まで1番大きな声を上げた。
思わず振り返るゆふらんたち、振り向いた3匹全員の目が赤く光り、瞳孔が開いている。まだそんな元気があったのかと、虐待を楽しむ狂気の瞳だった。
3匹が引き返してきたのを見て、むちゅりーは覚悟を決めていた。
あのまま3匹がゆっくりゃの元にいけば、瞬く間にゆっくりゃは食べられてしまっただろう。
せめて自分が惹きつけている間に逃げて欲しい。ゆちゅりーはそう願っていた。
3匹が同時にゆちゅりーに突撃してくる。軋む体。体が硬いとはいえ、痛みは人と変わらない。中から割れそうな痛みに、ゆちゅりーの顔が歪む。
「ケケケケケケッ!」
「む゛ぎぁっ!」
間髪入れない攻めに、脳天まで響く痛みが走った。
痛みに体をしびれさせていると、ゆふらんからしばらく攻撃が来ない。
「……?」
不思議に思った瞬間、3匹に囲まれ、体を捕まえられていた。
「むきゅっ!?」
羽根を羽ばたかせ、またゆちゅりーを持ち上げようとする3匹。
串に中身が擦られ、ゆちゅりーの神経を刺激していく。
「むぎっ! ぎぅっ!!」
どうにか串からゆちゅりーの体が抜けた。
空いた穴から見える紫色の身。自分の体を通って空気が抜けるのが手に取るようにわかった。
瞬間、ゆちゅりーはまた浮遊感を味わった。
「むぎぃゅゅゆ゛ゅゅゆ゛ゅゅっ!!」
ゆちゅりーの体にまた串が刺さる。先に空いた穴を通るように2本目のトンネルが貫通した。
またゆふらん達がゆちゅりーの周りに集まっていく。
同じように引っ張り上げられ、また体が宙を浮く。
しかし落下していく際の光景には違いがあった。
目に見えていた串が、目の前まで迫り、そのまま見えなくなった事だ。
ゆちゅりーを持ち上げた3匹は、離す際にひねりを咥えることで、刺さる場所を変え、今回はゆちゅりーの右目に串が突き刺さった。
「む゛ぎゃあ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁ゛あ゛あ゛っ!!」
ゼリーで出来た目玉の欠片が、突き通った串全体を濡らしていった。
そうして持ち上げられ、穴が増え、体当たりをされ、ようやくゆふらんが疲れて来た頃、ゆちゅりーの意識はたゆたっていた。右目に空いた串の後が特に痛々しい。体を支配するのは痛みと、奥からこみ上げてくる嘔吐感、そして頭痛。病弱という体質が、ここに来てなおゆちゅりーをいたぶっている。
疲れから攻撃が止まり、ゆちゅりーの思考はわずかに正常に戻っていく。
ふと、何か違和感を感じた。
それがなんなのか確認する間もなく、ゆふらんからまた攻撃が開始される。もはや挨拶代わりになりつつある体当たりが、まず1度、2度、3度、4度……。そこでゆちゅりーは気づいた。
周りを飛んでいるゆふらんは、いつの間にか4匹になっている。
続けての体当たりに視界が歪む。飛びそうになった意識を何とか呼び戻し、ゆちゅりーは地面を見た。
ずっとゆっくりゃが飛び跳ねていた場所に。
ゆっくりゃの帽子が1つ、落ちていた。
「あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁぁぁぁあ゛ぁぁあ゛あ゛っ!!」
乾いた音が鳴る。
ゆちゅりーに、ヒビが入った瞬間だった。
子ゆっくりゃたちは静かに待っていた。
「ぅ~」
「ぅーっ」
住処である樹の中で、声を潜めながらゆっくりゃ達の帰りを待ちわびている。
今まで2匹が住処を離れていた事は何度かあるものの、これほどの長時間留守にすることはなかった。子ゆっくりゃに不安がよぎる。
しかし子ゆっくりゃ達は動かなかった。
帰りの遅いゆっくりゃに、探しに出たゆちゅりーからここを動かない事とよく言い聞かされていたからだ。
子ゆっくりゃ達にとって、産まれた頃から面倒を見てくれたゆちゅりーは誰よりも信頼出来る相手だ。お母さんのゆっくりゃがたまに逆らっているけど、どうして逆らう気になるのか子ゆっくりゃ達にはわからなかった。
子ゆっくりゃ達は、お互いの顔を合わせず、そのまま宙を見て過ごしている。顔を合わせると泣き出してしまいそうだ。
ふと入り口に、誰かの気配がする。見るとゆっくりゃらしき影が見える。
思わず、子ゆっくりゃ達は飛び上がった。
今までなかった強い不安から解放され、思わず、子ゆっくりゃ達は初めて人の言葉を喋っていた。
「おかえりなちゃい!」
「うー♪ ゆっくりしてねぇ!」
影は応える。
「ゆっくりしねっ!」
産まれて初めての言葉は、そのまま最後の言葉になっていった。
End
最後まで読んでくれてありがとうございます。
ゆっくりんかわいいよゆっくりんりんⅡを読んでやっぱゆちゅりーは虐待に向いているな! とあらためて思い、すげぇ数の暴力にぼこぼこにされるゆちゅりーが書きたくて書きました。変則すぎてごめんなさい。
しかもフランの分身や虐待方法はゆっくりフランの人と被ってるし、羽根千切ってるのはgifと被ってるし、目の玉がゼリーなのはどれが始めだったか思い出せない、スミマセン。
前からゆちゅりーは虐待したいなと思っていたんですが『ゆちゅりー虐待する → 病弱だから死ぬ』というのがあってどうにも虐待しづらかった。しかしよくよく考えたら『弱っても中身があるから死なない』って設定にすればいいじゃないかと気づき、今回のようになりました。
ただ硬くしたのはイマイチだった気がする。これのせいで結局虐待が中途半端になったような……しかし、どうしてもこれ以外にゆふらんを追い返せる理由が思いつかなくて……。あと、今回は本当にせっぱ詰まると日本語を喋るようにしていますが、これも何だか無駄設定だったかも。「むきゅー」「うー♪」で会話させたかっただけなんですが。
いっそ人間に捕まって蒸されて、スイートポテトと作ろうとそのまま少しずつこされていく話にすればよかっただろうか……ああ腹減った。
ムラのある文章で申し訳ないですが、少しでも、楽しんでもらえたら幸いです。
by 762
最終更新:2021年10月27日 00:53