「せまいよ!ゆっくりできないよ!」
「ここからだしちぇね!れいみゅをゆっきゅりさせちぇね!!」
 鳴いているのは、畑荒らしをしたれいむの親子だ。
 二匹は硝子(がらす)張りの箱に詰められている。
 箱を持った男は無言で道を歩いていく。
「おにーさん……?どこいくの……?」
「ひろいところでおきゃーしゃんとゆっくちちたいよぉぉ!!」

 やがて、箱から見える景色が霧に覆われる。
「にゃんにもみえにゃいよぉーー!!??」
「ちびちゃん、これはきりさんだよ!とってもゆっくりしてるからだいじょうぶだよ」
「ゆゆ!ほんとうだにぇ!!きりさんゆっくちちていってにぇ!!」

 霧が晴れた時、男は居なかった。
 そして、ゆっくりできない狭い箱からも解き放たれていた。
 二匹の目の前に広がるのは、とてもゆっくりした草原。
「ゆゆ?」
 なぜかは知らないけれど助かったようだ。
 二匹は感激し、頬を寄せ合って喜びを共有した。
「おきゃあしゃん!!!」
「おちびちゃん!!!」





 勝手に生えてくる
           by ”ゆ虐の友”従業員





 空はどこまでも青く、地平線まで続く原野には沢山の草があり、木も生えている。
 吹き抜ける風からは、温かい春の匂いがした。
 すごくゆっくりできそうな場所を見つけたゆっくりのすることは一つ。
「ゆっ!ゆっ!ゆゆっ!!」
「ゆゆゆぅ……!」
 二匹のれいむはあたりを跳ね回り、
「ゆっくりーーーー!!」
「ゆっきゅちーーーー!!」
 とてもゆっくりした気持ちになった。
「ここはれいむとおちびちゃんのおうちだよ!」
「ここはれいみゅとおかーしゃんのおうちだよ!」



 おうち宣言もすませて安心したので、親子は食事をすることにした。
「きのうにんげんさんのはたけでたべたおやさいたべたいよ!」という子れいむの要望で方々を探したが、
 野菜や果物に類するものはどうしても見つからない。
「あしたはもっととおくをさがそうね」
「ゆぅ~、しょうがないからくささんでがまんするよ」

 二匹はあたりに生えている草を食べ始める。
 しかし、草はかさかさと乾いていて、口に含もうとしただけでぽろぽろと崩れてしまい食べづらい。
 その上、苦辛くてゆっくりできない。
 喩えるならば、たんぽぽの茎から出る乳液をさらに煮詰めたような味だ。
「こんにゃのたべられないよ!!」
「ゆゆゆゆ……そうだね、このくささんはゆっくりしてないね」
 もう一度あたりを見渡しても、やはりおいしい作物は無い。
「このきをむーしゃむーしゃしようね!」
 親れいむは手近な木を見つけてかぶりついた。

「ゆぐっ……むぐっ……かだいよ……きさんゆっぐりたべさせてね……」
「おかーしゃん、がんばって~!!」
 樹木の外皮は子ゆっくりには消化できないので、親が咀嚼して与えてやらなければならない。
 子れいむの声援を受けてむーしゃむーしゃする親れいむだったが、はかどらない。
 これほど硬い木は、親れいむの生涯でもはじめてだ。しかも、先ほどの草と同じ、辛くて苦い味がするのだった。
「ぢびぢゃん……このきはたべられないよ……やっぱりくささんにしようね……」
「ゆぅぅ……おかーしゃんはたよりにならないにぇ……」
 親れいむの苦労を知らない子ゆっくりは不満顔だ。
 しかし、ほかに食べるものもない。なので小さなゆっくりにしては物分かりよく草を食んだ。
「からいよぉぉぉ…くささんゆっくちさせて……」
「がまんしてたべようね……あしたになったら……あしたになったらゆっくりしたおやさいさがそうね……」
 お腹が空いてはゆっくりできない。
 必死の思いで草を詰め込んだが、喉が渇くばかりであまり満腹感は得られなかった。
「ゆっきゅりねりゅよ!!」
「おやすみ、ちびちゃん……」
 眠りに落ちる瞬間、”どうして自分たちはこんなところに来てしまったのか”という疑問が浮かんだが、
 次の朝にはもちろん忘れていた。


 * * * *


 次の日も空は晴れていた。 
「ゆっきゅりいいてんきだにぇ!!」
「きょうもゆっくりしようね!!」
 体をすりあわせて、朝のゆっくり。
「きょうはおいちいごはんたべりゅよ!!」
「ゆ!そうだったね、さがしにいこうね」
 二匹は食べ物を探して跳ね始めた。


「ゆっ、ゆっ、ゆっ」
「ゆぅ……ゆぅ……おにゃかすいたよぉぉ……おかーしゃん、ゆっくりごはんちょうだい……」
「そんなものないよ……ちびちゃん、ゆっくりついてきてね」
 太陽が天頂に達し、西の空へ落ちるころになっても食べ物は手に入らなかった。

 空腹に耐えかね、しかたなく草を食べた。
「むーしゃ、むーしゃ……」
「むーちゃ、むーちゃ……おくちがかさかさするよ……」
”すぐにおいしいおやさいみつかるよ!ゆっくりしてないくささんなんかほんとはいらないよ!”と
 少量ずつしか食べなかったが、結局は二度も三度も立ち止まって食べなければならなかった。
「ゆゆぅ……おやさいさんどこぉ……」
「ゆっきゅちちたいよぉ~!!」
 どこまで跳ねても、成果は得られない。
「もうこんにゃのたべたくないよぉ!!」
 お腹がすいた。
 このままでは、またしてもこのまずい草をむーしゃむーしゃしなければならない。
 そう思うと涙が出そうになった。
「もうやだ!れいみゅおうちへかえるよ!!」
 ついに子れいむがぐずりだす。
「……ゆ!」
 それを聞いて親れいむにある閃きが走る。
「そうだよ!こんなゆっくりできないところにはいられないよ!!
 ゆっくりおうちへかえるよ!!」


 二匹は跳ね回って、おうちへと帰る道を探した。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
「ゆっ!ゆくっ!ゆくっ!」
 しかし、どんなに探しても、おうちへと帰る道は見つからない。
 空はどこまでも青く、緑はどこまでも続いている。
「どぼじでかえれないのぉぉぉぉぉ!!??」
「おうちにきゃえりたいよ!!おうちでゆっきゅりしたいよぉぉぉぉぉ!!!」

 日が落ちたのに、なぜか空は青い。
 帰りたいのに、どうしてか道はない。

 気がつくと辺りは霧に包まれていた。
「それはね、ここがお前たちの地獄だからさ」
 霧の中から誰かの声がする。
「だれ!?」
 それは男とも女とも、若いとも古いともつかない声だった。

「人間のおやさいを勝手に食べて死んだゆっくりは、
 ここでこうして、ずっとずっとずっと……おいしくない草木を食べて暮らすんだよ。
 勝手に生えてくるくささんをたべて、ゆっくりできないままいつまでも暮らすんだよ」
 その苦しさを誰よりも知る二匹はたちまち怒り出す。
「そんなのゆっくりできないよ!!だれだかしらないけど、れいむたちをゆっくりおうちにかえしてね!!」
「しょうだよ!!おかーしゃんのゆーとおりだよ!!」
「黙れ」


 * * * *


 霧が晴れると、今度は暗い土の中に埋められて居る。
「だずげでぇぇぇぇぇぇ!!ゆっぐりいきができないよ!!」
「れいみゅじにだくないよぉぉぉぉ!!!」
「こっちの方がお好みかな。野菜が勝手に生えてくるものかどうか、その身で知ると良い」
 何者かの声は言う。
「こんなぐるじいのはもっといやだよ!!れいむをゆっくり……」
 反論しようとする二匹に、別の声が聞こえてきた。
「あう~?ゆっくりのこえがするどぉ~?」
「ゆひっ!!」
「きょわいよぉぉぉぉぉぉ!!!」
 れみりゃの声と気配が土の上から伝わってくる。
「ゆっくりなんかどこにもいないのに、へんだっどぅ~」
「ゆぅ?……ゆゆ!」
 親れいむは状況を飲み込んだ。
 土の中にいるから、れみりゃには見つからずにいるのだ。
 こんなうんがいいのも、やっぱりれいむがかわいいからだね!!
「ちびちゃん!こえをだしちゃだめだよ!れみりゃにみつかっちゃうよ!」
「わかったよ!ゆっくりしずかにするよ!!」
「やっぱりゆっくりだっどー!どこにいるどぉ~?」
「………」
「………」
 土の上をどたどたと走り回る重い足音が聞こえる。
 二匹は必死に息を潜めた。
「(れみりゃもういったかな…)」
「(こわいよ…ぐるじいよ……)」

 親子は突然、額に痛みを感じた。
「ゆゆっ!?」 
 いつの間にか親子それぞれの額からは、
 子供の生る木、すなわちゆ木(ぼく)が生えており、それが土中から地上へと伸びているのだ。
「ど、どぼじで…?どぼじでれいむにあかちゃんできてるの……?」
「れいみゅにもあかちゃんいりゅよ!!」
 ともかく自分の体から、かわいい赤ちゃんが生っているゆ木が伸びているのは間違いない。
「れいむのあかちゃん!ゆっくりしていってねぇぇぇぇ!!」
「れいみゅのあかちゃーん!!!!」
 姿は見えないけれど、ゆ木を通して繋がっている小さな感触。
 それはとても愛おしいものだった。

 そこへれみりゃがもう一度やってきた。
「あう?ゆっくりのきがはえてるど?」
 れみりゃは地上ににょっきりと生えた二本のゆ木を、揺らしたり引っ張ったりする。
「ゆゆ?ゆらさないでにぇ?ゆっくりしゃしぇてにぇ!」
「おいしそうなゆっくりだどぅ~!たーべちゃーうどぅ~!!」
 我が子の危機に、れいむは必死に抗議する。 
「だめだよ!!ひっぱらないでね!!れいむのあかちゃんゆっくりさせてね!」
「れいみゅのあかちゃんたべたらしょうちしないよぉぉぉぉぉ!!!!」
「あう~♪ぷっちんだどー!」
「ゆぅぅぅぅぅぅ!!!」
「だめぇぇぇぇぇぇ!!!」
 ぷちん、と音を立てて、ゆ木(ぼく)が引き抜かれる。
「ゆっきゅちー!
…………ゆゆ?どうちて?おかーしゃんのえいようこなくなっちゃったよ……?
 おかーしゃん?どこ?」
「ゆああああ……」
「れいみゅのあがぢゃんんんんん!!!!!」
「おかーしゃ……」
 ぱくっ。
「ちっちゃいけど、おいちいどー!」
 小さな命はれみりゃのための甘味となった。

 それから、何度もゆ木は生えてきた。
「れいむのあたらしいちびちゃん!!こんどこそゆっくりしてね!」
「れいみゅのちびちゃんもゆっきゅりしていってにぇ!!」
 しかし、その度にれみりゃがやってきては、それを引き抜いてしまう。
「あう~!またゆっくりがはえてるどぅ~☆たーべちゃーうどぅ~♪」
「やべでね!!あがぢゃんゆっぐりざぜでぇぇぇぇ!!!」
「れいみゅのぢびぢゃんだべぢゃだめぇぇぇぇぇ!!!どぼじでぞんなごどずるのぉぉぉ!!!
 ばがなのっ、じぬの!?」
 れいむの必死の声に、しかしれみりゃは言うのだ。
「ゆっくりはかってにはえてくるんだどぅ~♪だからいいんだどぅ!
 かしこいおぜうさまがいうんだからまちがいないっどぅ♪」
「そんなわけないでじょおおおおお!!!!がっでにはえでぐるんじゃないんだよぉぉぉぉぉ!!!!
 いぎでるんだよぉぉぉぉぉ!!!!
 おねがいでずぅぅぅ!だずげてくだざいぃぃぃ!!!でいぶの、ぢびぢゃん……」
「そんなのしらないどー!ぷっちんおっもしろいどぉ~♪きょうもぷっちんするどぉ~☆」
「だめぇぇぇぇ!!!れいみゅのぢびぢゃぁぁぁんんんんん!!!!」 






 * * * *


 やあ、僕は虐待お兄さん!!今何をしてるかって?
 畑を荒らした悪いまりさに、紙芝居を読ませているところさ。今終わったけどね。

「……というふうになるわけだけど。
 君はどっちがいいのかな?
 ゆっくりできない食べ物しか食べられずに暮らすのと、
 君達が僕の畑から取って食べた野菜みたいに、”勝手に生えてくる”ようになって生きるのと」
「ゆぐっ、ゆぐっ……どっぢもいやでずぅぅぅぅぅ!!!!ゆるじでぐだざいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「いや、ほんとの話。
 どっちか決めとかないと、紙芝居のれいむ親子みたいに”どっちも”って事にもなりかねないよ?
 それでもいいの?」
「どっぢもはもっといやぁぁぁぁぁぁ………!!」
 まりさは箱の中で身悶える。僕は問いを重ねた。
「どっちがいい?どっち?」
「ゆぐぅぅぅぅぅぅんんんん!!!!」













 おしまい。


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最終更新:2022年04月16日 22:39