永遠亭には沢山の兎と少しの人間が住む。
兎達を束ねるリーダー的存在、因幡てゐ。彼女には最近ちょっとした楽しみがあるのだった。
幻想郷で急に現れ爆発的に増加した煮ても焼いても生でも食える生物、
ゆっくり。
一見可愛らしい顔立ちから、一部では愛玩動物的な扱いを受けているが
その外見上の可愛らしさを補って余りある憎たらしさからペットとして飼う者は少数派に過ぎなかった。
てゐは、最近そんな少数派の一人になったのである。
「れいむー、まりさー」
永遠亭の周囲に広がる竹林の一角で声を上げるてゐ。
かつては竹林にも多くのゆっくりが住んでいたが、三ヶ月ほど前からその数を減らしていた。
捕食種も何も居ないこの竹林は、ゆっくりを放し飼いにするには優れた環境だった。
ゆっくりれいむとゆっくりまりさが、てゐの声に応じてやって来る。
「「ゆっくりしていってね!!!」」
「あはっ」
単純で、どこか愚鈍なゆっくりが、てゐは好きだった。食事の残り物を持ってきては二匹に与え、
うめえうめえと貪り食うのを眺めるのは、てゐにとって至福の時と言っても良かった。
だがそんな楽しく幸せな日々にもいつかは終わりが来る。
ある時いつものようにゆっくり達を呼んでも一向に現れない。
まさか、と思い永遠亭の地下研究室に向かう。
この研究室を管理しているのは八意永琳。永遠亭に住む数少ない人間の一人である。
最近の彼女は、突如として現れた謎の生命体であるゆっくりの研究にご執心なのだった。
その研究の一環として、様々な実験を行っていると、てゐは永琳の弟子である鈴仙から聞いていた。
とても見るに耐えないような実験も、行われていると聞く。もしあの二匹がそんな事になっていたら―――!
良くない将来を想像してしまい、全速力で研究室に向かうてゐ。
「あ、ちょっとてゐ!そっちは師匠の研究室……ちょ、待ちなさい!!」
途中で擦れ違った鈴仙が追いかけてくる。でもそんなのは関係ない。とにかく、二匹の安否を確認しなくては!
研究室に入ってすぐに、ゆっくりれいむがいつも付けているリボンと、ゆっくりまりさがいつも被っている帽子を発見した。
周囲には無数の小さな檻。餡子が飛び散っている物もあれば、まだ生きているゆっくりが入っている物もある。
「ああ二人とも。丁度良かったわ。面白い物が出来たの。見ていかない?」
「し、師匠!いらしたんですか!」
「面白い物って何ですか?」
「見れば分かるわ。こっちよ」
永琳はそう言って、部屋の奥にある扉を開ける。中からは漂ってくる生暖かく、甘ったるい空気が二人をむかつかせる。
「師匠……この匂い、何ですか?」
「…………餡子、じゃないですか?」
「ふふふ……」
意味深な笑みを浮かべながらどんどん奥へ向かう永琳。一番大きい檻の前に立つと、
「これが、私がゆっくり達で作ろうとしていたものの、一応の完成品よ。漸くここまで安定したわ」
そう言って檻にかかっていた大きな布を取り払い、明かりを点ける。
檻の中には表面がでこぼこな大きな球体が入っていた。
よく見ればそれらのでこぼこは、一つ一つがゆっくりの顔だった。様々な種類のゆっくりが、目線だけで二人を見据える。
「ひっ!」
鈴仙はたまらず声をあげる。てゐはと言えば、無言で、無表情にそれを眺めている。
「ゆっくり、していって、ね」「ゆっく、りして、いってね」「ゆっくりしていってね!」「ゆゆゆゆっくりりりりしてててて」
沢山ある顔の一つ一つが一斉に喋りだす。流暢に喋れる者もいれば上手く喋れない者も居る。
「これは私が集めて固めた大量のゆっくりの餡子の塊に、生きたゆっくりを一部の皮だけ剥がして癒着させたものなの。
単独では低い知性しか持てないゆっくりでも、こうやって餡子を沢山集めてやれば高い知能を持てるかもしれないと思ったのよ。
まあ知能はそこまで向上しなかったけどね。50匹分の餡子をかき集めても通常のゆっくりと大差は無かった。
ただ、記憶容量は飛躍的に増大したし、こうして癒着させたゆっくり達の感覚を統合するという思わぬ機能も発揮したわ。
一つの胴体に複数の頭が生えた人間をイメージしてくれればいいわ。私はこれを合成饅頭(キメラ)、と名付けたわ。いい名前でしょう?」
「キメラ……」
「凄い……こんな事が可能だなんて……」
呆然とする二人に向かって更に説明を続ける永琳。
「こう見えてもこいつらは一つ一つが明確な自意識を持ったままなのよ。
ちょっと試してみましょうか。いい皆?この人は鈴仙よ。鈴仙・優曇華院・イナバ。覚えた?」
「れい、せん」「うどんげいーん!」「いな、ばうあー」「うどん、げ」「うどん」「つきみ」「きつね」「あかい」
「ちょっと師匠。大丈夫なんですかこれ?」
「まあまあ、所詮ゆっくりの知能よ。次はこっちの人。この子は因幡てゐ」
「い、なば」「てゐ」「いなば、てゐ」「うさて、い」「てゐつかうなって」「はら、ぐろ」「うーさぎー!」
「……やっぱりこれ駄目なんじゃないですか?」
と、呆れた顔で永琳に抗議の視線を送るてゐ。その時。
「お、ねえ、ちゃん」「ゆっくり、あそ、ぼうよ」
「……師匠」
てゐが平坦な声で呟く。なあに?と優しく答える永琳。
「…竹林で捕食種のゆっくりを見かけなくなったのって、いつ頃からでしたっけ?」
「ええと…三ヶ月くらい前からね」
「通常のゆっくりすら全く見かけなくなったのは」
「……二ヶ月前くらいからね」
「もう一つ質問いいですか。私が飼ってたれいむとまりさは何処に行きました?」
「!」
「……貴女の様な勘の良いガキは嫌いよ」
その言葉を聞いた瞬間、驚くべき速度で永琳に掴みかかるてゐ。ゴン、と壁に頭を打ち付けて呻く永琳。
「てゐ!!」
「ええそういう事よ!この女…やりやがったねこの女ぁ!!」
「『二年前はてめぇの妻を。そして今度は娘と犬を使って合成獣を練成しやがった』?」
部屋に美しい声が響いた。かつて数多の男達を狂わせてきた美貌の持ち主にしてこの永遠亭の主。
蓬莱山輝夜である。
「どこかで聞いた事あるやり取りだと思ってたら……それ、外の世界の本に載っていたのと同じよね」
「姫、遅いですよ。もっと早くツッコんでくれないから頭を打ってしまいました」
「でもちょっと面白かったですよ」
「コラてゐ。そういう事は思ってても言わないの」
先程までの張り詰めた空気とは一転して和やかな雰囲気になった。
「私に内緒でハ○ガレンごっこをやるなんて……いきなりイナバに呼び出された時は何事かと思ったわよ」
「申し訳ありませんでした、姫」
「まあいいけど。それで、こいつは本物なの?」
「勿論本物です。先程の説明も全て事実ですよ」
「あれとあれが私が飼ってたゆっくりですよ。よく見ると接着面が新しいでしょ?」
「あぁ本当だ。って、てゐ。あんた師匠の遊びの為にあの二匹まで使ったの?
「うん。だってもう飽きちゃったし。あいつらいっつも同じような事しか言わないし、我侭なんだもん」
「それは私に対する誉め言葉ね?」
「うっ…あー、そうですとも姫様!」
「そ。まあいいわ。それより面白そうじゃないこいつ。これで遊んでも別に良いのかしら?」
「勿論です姫。これは姫の為に用意した娯楽ですから」
「まあ嬉しい。有難う永琳。やはりあなたは最高だわ」
「お褒めに預かり光栄です」
檻に近付く輝夜。永琳から鍵を受け取って中に入り、たまたま目が合った一匹の目に指を突き刺した。
「ゆ゛っぐぐぎゅう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」
物凄い悲鳴を上げる。先程までの生気の欠片も無い様子とは大違いだ。更にその後連鎖反応のように他のゆっくりも叫ぶ。
「い゛だい゛い゛い゛い゛い゛!!」「め゛があ゛、あ゛、あ゛、あ゛」「だず、げ、でえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
「まあ素敵。たった指一本でこんなに大きな合唱が起きたわ。ねえ永琳。私は今指揮者よ」
「姫。どちらかと言えば奏者と言うべきでは」
どちらでも同じよ、と上機嫌に言い返しながら更に指を深く突き刺す。その度に凄まじい悲鳴が室内を覆う。
永琳もてゐも鈴仙も、そんな檻の中を心底楽しそうに眺めている。よくよく見れば永琳など興奮のあまり脚をもじもじさせている。
三人ともそんな永琳の様子には気付いているが、こういった変態的な嗜好を見て見ぬフリをする情けが永遠亭の住人にも存在した。
「凄い波長……こんなに痛くて、苦しくて、気が狂いそうな鮮烈な波長は私初めてです」
「凄いよね……私の能力程度じゃとても救えない位だよ、これ」
「ふふっ二人にも楽しんで貰えてるみたいで親としては嬉しい限りだわ」
しばらくの間、輝夜が適当なゆっくりの目を抉ったり舌を引きちぎったり顔を剥がしたりし、
それに合成饅頭が数十倍の悲鳴で応えるというやり取りが続いた。
やがて満足したのか、輝夜は檻から出てきた。
「ああ面白かった。また遊びに来るわね」
そう言って上に戻ろうとする所を、永琳が呼び止める」
「せっかくですからこの後も見ていかれては?これから合成饅頭の繁殖実験を行う予定ですよ」
「繁殖?この塊が?それは楽しそうね。是非見せて貰うわ」
「ウドンゲ、例のケージを持ってきて」
「分かりました師匠。少々お待ち下さい」
大急ぎで最初の部屋に置いてあった中で一番大きい檻を運んでくる鈴仙。
その檻の中には二十匹程のゆっくりアリスが入っている。
「では種馬入りまーす」
合成饅頭の檻の中にゆっくりアリス達を解放し、素早く外に出て扉を閉める鈴仙。
中では早くも発情したゆっくりアリス達がそれぞれの意中の相手に襲い掛かっている。
「ま゛っま゛っま゛り゛さああああああああん!!」「れいむ!かわいいよれいむぅ!」「ちぇええええぇぇぇぇぇぇん!!」
「ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛お゛お゛お゛!!」「や゛べで!はな゛じでええ!!」「わ、わからないよ!わからないよー!」
檻の中は饅頭の乱交パーティ状態だった。全てのゆっくりアリスが激しく興奮状態にあり、襲われるゆっくりは殆どが泣いて嫌がっている。
だが段々事が進むにつれ、少しずつ目をとろんとさせる者も出てくる。
「これだけならただの繁殖ですが姫。ここから先が合成饅頭の面白い所ですよ」
自身も興奮気味に説明する永琳。頬を少しだけ赤く染めた輝夜は曖昧な返事をする。
後ろに居る二人は半ば呆れた様な顔をする。ひょっとしたら蓬莱人独特の価値観なのかもしれない。
「んっほ!んっほ!んほほおおおおごごごごご!!」「んぎいいぃぃぃぃっぐうぅぅ!!」「わ゛がっだ!わ゛がっだよおおお!!!」
襲われているゆっくりも、そうでないゆっくりも凄まじい表情で嬌声を上げる。
通常の交尾ではまずあり得ない位の乱れようだ。
「これは……そうか、感覚を共有してるって事は……」
「そうです。複数同時に快楽を与えられれば、全てのゆっくりがそれら全ての快楽を感じるのです。
あぁほら、あのゆっくりまりさが感じてる快楽は通常の数百倍には達すると思いますよ。感覚は足し算ではなく掛け算ですから」
「そんなものかしらね……ねぇ永琳。私ちょっと貴女に用事ができたのだけれど」
「あら奇遇ですね姫。私もそろそろそう言おうかと思っていた所です。それじゃあ部屋に行きましょうか。ウドンゲ、後よろしく」
「えっ!あ、ああはい分かりました!どうぞごゆっくり!!」
慌てて二人を見送る鈴仙。てゐはそんな鈴仙には目もくれずに、ある変化に注目していた。
既に数匹のアリスが交尾を終えている。普通のアリスならばその後他のゆっくりに襲い掛かりそうなものだが、その兆候は無い。
よく見れば、襲われていなかったゆっくりの頭からも蔓が伸び始めている。
「ちょ、ちょっと鈴仙!あれ見てよあれ!」
「どうしたのてゐ、そんなに慌てて……!これは…記録を取っておかないと!」
そう言うと慌ててノートを取り出して目の前の様子を記入する鈴仙。
真面目に仕事をする鈴仙をよそに、てゐは楽しげにゆっくり達の狂った乱交パーティを観察し続けるのだった。
数時間後、その檻の中には巨大なこげ茶色の塊が鎮座していた。
元々何であったかもはや判別すら不可能なそれからは、沢山の蔓が伸びていた。
それらの蔓一つ一つには、やがて下の塊と同じようなカタチにされてしまうであろうちびゆっくりがすやすやと眠っている。
鈴仙が交尾で飛び散った破片等を片付けていると、一つのゆっくりまりさの顔が剥がれ落ちた。
中を見れば、普通ならパサパサに乾ききっている筈の餡子が未だ瑞々しさを保っている。
不思議に思い、試しに自分の実験用ゆっくりれいむをそこに植えつける。途端、
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
皮を剥がした時とは比較にならない位大きな悲鳴を上げるゆっくりれいむ。
三十分も叫び続けて漸く静かになったそれに、鈴仙は質問する。
「どうしたの?何があったの?」
「あ゛、あ゛り゛すが……あ゛り゛すが……だじゅげで……だじゅげでよ゛お゛ね゛え゛ざん……」
鈴仙は理解する。あれらのゆっくり達は皆一つの巨大な餡子の塊に埋設されていた。
つまり全員で一つの餡子を共有していた事になる。
もし、あの餡子がただの大きな塊となった後でもゆっくりの中身としての機能を全て維持していたとしたら。
永琳の言った「記憶容量の増大」とはこういう事でもあったのだ。
この、永琳の技術によって生きたまま保管されている巨大な餡子はそのままゆっくりの外部記憶媒体としての役割も果たすのだ、と。
この数十のゆっくりから取り出した餡子の塊―――それこそが合成饅頭と呼ばれるものの本質だったのだ。
これから先はもっと楽しい実験が待っているだろう。
狂気を操る鈴仙は、楽しい楽しい実験の日々を思い、静かに哂い続けていた。
CHIMERA REPORT END
作:ミコスリ=ハン
最終更新:2008年09月14日 11:11