黒蜜
by ”ゆ虐の友”従業員
ほのかに甘い匂いの立ち上る、里の菓子職人の家。
その裏庭に忍び寄る二つの影があった。
「そろーり、そろーり」
「ゆっきゅり!しょりょーり!」
ゆっくりにとっては重い木戸を、れいむの親子は力を合わせて動かす。
「ゆっふ!ゆっふ!」
「ゆきゅー!ゆぴぃぃー!!」
ほんのわずかずつ、木戸が横に滑っていき、やがて子れいむが体をねじこめるだけの隙間ができる。
子れいむは人間の家に入る。
「ゆっくりあまあまたべゆよ!」
「ゆぐぐぐぐ……ちびちゃん、おかーさんがまだだよ!ゆっくりまっててね!」
「まてないよ!れいみゅはさきにいきゅよ!」
「ちびちゃん!?あぶないよぉぉぉぉぉ!!??」
子れいむはどんどん跳ねていく。
大きくてぴかぴかな什器(じゅうき)の並ぶ厨房は甘い匂いで一杯だ。
「ゆゆー!」
子れいむは、一つの鍋の前で止まった。甘い匂いのほとんどはそこから発されている。
鍋の中を覗き込むと、黒く滑らかな液体が一杯に入っている。
「しゅ……っごくゆっきゅりしちぇるよぉぉぉぉぉぉ!!」
その時、親れいむが追いついてきた。
「ゆゆ!おちびちゃんおてがらだね!!これはきっと、すごくゆっくりしたあまあまだよ!!」
「ゆっきゅりたべゆよ!!」
子れいむは鍋に飛びこんだ。
* * * *
俺が家に帰ると、ゆっくりが跳ねてきて
「おぢびぢゃんをゆっぐりだずげでね!!」
と言ってきた。
「何だお前……」
よく分からないままゆっくりに案内されて厨房を進むと、
「ゆぃぃぃぃ!!ゅ……きゅぃぃぃぃぃ!!!」
と泣き叫ぶ小さなゆっくりがいた。
「おや」
そいつがのた打ち回る付近には、ひっくり返った鍋と、床を汚す黒いどろりとした液体。
俺は状況を理解する。
「あのな、それは黒蜜だ」
俺はゆっくり達に説明する。
「どおじであまあまたべたらゆっぐりでぎなぐなるのぉぉぉぉぉぉ!?」
「その黒蜜はな、濃いんだよ。使うときに水で薄めるの。
濃縮してあれば、その分ひとまとめにたくさん置いておけるからな。
そのまま食べたりしたら喉が焼けるのは当たり前さ」
俺も徒弟時代にこいつを舐めてひどい目を見たことがある。
「ほれ、水」
俺はゆっくりに水をくれてやる。
「ごーく、ごーく………
って、どぼじでれいむにのまぜるのおおおおお!!!???
おぢびぢゃんにゆっぐりのまぜでね!!」
ぴょんぴょんと垂直に跳ねて泣く大きいゆっくり。
「美味そうに飲んでたくせに……」
大きいゆっくりは叫び続ける。
「いいからさっさとおちびちゃんをたすけてね!ゆっくりはやくしてね!!」
「うるっせえよ、何様だ」
「ゆひっ!?」
俺は大きいゆっくりを手で捕まえる。
「ほれ、水飲め、水」
「ゆぼ!ゆびゆぼゆぼ!!」
「さて」
充分に水を吸ったゆっくりで、俺は床にこぼれた黒蜜のふき取りを始める。
「ゆごぇぇぇぇぇぇ!!!やめでね!!!ゆっぐりでぎないよ!!!!」
「ゆっくりしている暇なんかあるものか。
ほれ、ちゃんと綺麗に舐め取れ。そうじゃなきゃお前の子供に水はやらん」
「やだよ!ごのあまあまはゆっぐりでぎないっておにーさんがいったんでしょぉぉぉぉぉ!
たべたらゆっくりできなくなるよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「あ、そ」
俺は大きいゆっくりを一旦放し、小さいゆっくりを手に取る。
「ゅひゅぃぃぃ、ゅゅぅ……」
「お母さんはお前がいらないんだとさ」
「ひゅ……?」
「いらなぐないよ!!おにーざんがむちゃいうからだよ!!!はやくあかちゃんたすけてね!!!」
「ひゅ、ひゅぅ……」
「無茶はどっちだ、人ん家に勝手に上がりこんでおいて。ほら、お前がわがまま言ってるから……」
わずかな口論の間に。
「ひゅ……ゅっきゅり……った……」
その小さな饅頭から、魂は抜け落ちていた。
「おじびぢゃああああああああんんんん!!!!」
「お前が、早く、しないから、ちびちゃん、死んじゃったよ?」
「ゆっ!ゆっ!ゆぎっ!ゆぎっ!」
俺はゆっくりの底部を使って、力ずくで黒蜜を拭く。
「黒蜜も、固く、なっちまったろうが」
「ゆぎ!ゆぎぃ!ゆゆゆゆゆ!!!」
やがて、底部を真っ黒く染めたゆっくりが出来上がり、床は多少見られるようになる。
「ゆああああ……でいぶのあんよ……でいぶのあんよがぁぁぁぁぁ……」
「いくらか残っちまったか……ちくしょう、洗剤出さなきゃ……」
俺は洗剤を台所から持ってきて後始末をした。
まったく、黒蜜は減らされる、洗剤は減らされる、時間は食わされるで最悪だ。
「おにーざん!!おにーざんん!!ゆるざないよ!!よぐもよぐもでいぶのあがぢゃんをぉぉぉぉ!!!!!」
「なんだお前まだいたのか……って、足(?)が固まって動けないのか」
ゆっくりは動けないようで、その場で伸びたり縮んだり膨らんだりしながら口汚くわめきたてる。
「ともかく、折角掃除した床がまた汚れるから……とっとと出てけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺は窓を開け放つと、そいつを全力で放り投げた。
* * * *
「ぱちゅりぃ?あれはなんだぜ?」
まりさは遠くに不思議なものを見つけて、つがいのぱちゅりぃに問いかけた。
「むきゅ、ぱっちぇのちしきによれば……あれはれいむよ!れいむにちがいないわ!」
「それはわかってるんだぜ……」
そのれいむは天に向かって伸びたり縮んだりしながら、滂沱の涙を流して叫んでいる。
「なんにしても、ゆっくりしてないやつだぜ……」
ゆっくりの世界には、ゆっくりできないことはいくらでもある。
関わりあうまいと二匹はその場を去っていった。
「いくのぜ、ぱちゅりぃ」
「むきゅ!」
その時れいむはこう言っていたのだ。
「やめでね!!!ありざん!!でいぶのあんよをだべないでね!!
ゆああああああああ!!!!!いだいぃぃぃぃ!!!!いだいよおおおおおおおお!!!!」
おしまい。
最終更新:2008年12月09日 18:21