数日前からゆっくりまりさを飼っている。
というより、単に室内に軟禁している。
食べ物は一切与えていない。ある実験をする為である。
そして今日がその頃合。俺はまりさを閉じ込めていた部屋の戸をガラリと開けた。
「ゆっ・・・!おにいさん!まりさおなかすいたよ!!ごはんちょうだいね!!」
俺の姿を認めるや、すぐに擦り寄ってきて飯の催促。「ゆっくりしていってね」の一言も無い。
家に連れてきた時に比べ、まりさの体は大分やつれているように見える。
ぽよぽよと跳ねる動きも力無い。放っておけば今日あたり餓死しそうだ。
「はっはっは、まりさに言われたごはんの用意に少しだけ手間取ってね。ちょびっととは言え待たせてすまんね」
「ゆっくりしすぎだからね・・・もうまりさはおなかがぺこぺこなんだよ・・・おなかすきすぎていたいからね・・・」
野生で遊んでいたまりさに「好きな食べ物を食べさせてあげるから、うちにおいで」と誘ったのが事の始まりだ。
まりさの注文は、蜂の子入り蜂の巣の蜂蜜がけ。自然界でこいつらが手の届く範囲では、最も上等なご馳走だろう。
俺も子供の頃は痛みに耐えてよく食べたものだ。
まりさも以前に食べた時の味を思い返したのか、よだれを垂らして「ゆっくりはやくもってきてね!!」と騒いでいた。
それ以降俺はまりさと顔を合わせることをやめ、覗き穴から観察することにした。
まりさは俺がいない時でも「まだかな!まだかな!まだかな!」と連呼しながら、
少しでもごちそうを美味しく食べようと、部屋中を駆け回ってお腹を空かせようとしていた。
それが翌日になると、「ゆぅ〜〜〜!!ゆっくりしすぎだよ!!はやくごはんちょうだいね!!」と苛立ち始めた。
更に翌日になると「なにしてるのおにいさん・・・まりさおなかすいたんだよ・・・」と、か細い声が聞こえるだけになった。
その翌日ともなると、「ゆ・・・・ゆ゛・・・・・」と床にへばって呻き出した。
そこから更に二日間熟成させ、今の状態が完成したよ!
「さあ、約束どおりごはんを用意したよ。ゆっくり食べてね!!」
「ゆゆ!ゆっくりしないでたべるよ!!」
ゆっくり食べろっつってんだろうが。
ともあれ、ごはんがもらえると聞いてまりさの目に光が戻って来た。良いことだ。
さて、ここからが実験の本番である。
「ただし!!」
「ゆっ?」
「お前にはこの二つのどちらか一方を選んでいただく」
そういって俺が差し出したのは、それぞれ透明な箱を覆い被せた二つの食べ物。
透明な箱は非常に安定しており、ゆっくりに開けたり倒したりすることは不可能です。
「一方は完熟マンゴープリンだ! お前らより数段美味いもん食ってる人間様でも舌鼓を打つ高級品!
ほ〜ら、フルーティな芳香が鼻腔をムンムン刺激するだろう?」
「ゆ・・・・ゆゆゆゆゆゆゆ!!すっっっっっごくおいしそうだよぉぉ〜〜〜〜!!」
まあこいつ鼻無いけどね。
でも美味そうなオーラは伝わっているのか、まりさの口からは滝のようなよだれが溢れている。まだこんなに水分持ってたのか。
野菜などを盗んで食べたことがあるのだろう、人間の食べ物の美味しさを知っているらしいまりさの頭の中では、
この未知のごちそうに対する期待がハイパーインフレを起こしているに違いない。そんなご覧の有様だった。
「そしてもう一方はご注文の品、蜂の巣フルコースだ! これに目を付けるとはお目が高い!
かく言う俺も大好物、健康食としてのブームも起きているハチノコから、今日は良いとこばかり厳選したよ!」
「ゆ、ゆわあああああああああ!!!これはまりさのごはんだよ!!ぜっっっっっっったいにあげないよ!!!!」
まるまると太ったハチノコと琥珀色のソースを前に、まりさの思考餡子はショート寸前。
とうとう涙まで流し始めた。そりゃ数日間待ちに待ったごちそうが来たんだから無理もないだろう。
まあこいつの涙もよだれもベタベタした砂糖水には違い無いからどっちでも良いんだけどね。
「さあ今夜のご注文は、DOCCHI!?」
「ゆゆーん!どっちもたべるよ!!はやくたべさせてね!!」
「ブブー、ダメでーす。どっちか一方だけでーす」
「ゆゆ゛っ!?どうしてなの!!まりさおなかすいてるっていってるの!!
かわいそうなまりさをいーこいーこしないとだめでしょ!!おにいさんのぶんもちょうだいね!!」
自分に優しくしてくれない愚かな人間を前に、体を膨らませてぷんぷんと怒っている。
あー憎たらしいったらない。
「俺の分なんて無いでーす。俺さっきおせち料理たらふく食ったのでもうお腹一杯でーす。
選ばれなかった方はゴミ箱に捨ててきまーす」
「ど、どぼじでぞんなごどずるの!!すてるならちょうだいよ゛おおぉぉぉぉ!!」
「嫌でーす。ちなみにどっちも選ぶ気が無いならどっちも捨ててくる。で食べるの? 食べないの?」
「ゆ・・・ゆっくりえらんでたべるよ!!すてちゃだめだよ!!すてないでね!!」
ついに折れたまりさ。そりゃそうだよね。
物欲しそうに口をあんぐりと開き、「ゆっ・・・ゆっ・・・」とよだれを振りまきながら両者を交互に見ている。
マンゴーの輝き……蜂蜜の照り返し……
プリンのアール……ハチノコの丸まり……
芳醇な香り……懐かしき日のにほひ……
「ゆっ・・・どっちをたべようかな・・・まりさのおいしいおいしいごはん・・・・・」
未知の究極と既知の至高、両雄がまりさの餡子の中で一進一退の攻防を繰り広げる。
これは、まりさのごはんだ……しかしどちらかしか食べられない……どちらを食べるか……どちらもまりさのごはん……
まりさの思考は入り口のあたりでずっとループしていた。まあ人間じゃないんだからこんなもんである。
「ゆゆゆ・・・・どっちもすっっっっっっごくおいしそうだよおぉぉ〜〜〜!!
むーしゃむーしゃしたら、ぜったいしあわせ〜〜〜!!になれるよぉ〜〜〜〜!!ゆわわああぁぁ〜〜〜!!」
食べた時の幸福を想像しただけで、まりさの全身には凄まじいゆっくりが駆け巡っているようだ。
まりさの口内はよだれが溜まり過ぎて、金魚が泳げそうな様相を呈している。しかし目は笑ってないんだぜ。
金魚って砂糖水の中で生きられるんでしょうか? そんなくだらない疑問すら浮かんだ。
「ははははちのこさん、ゆっくりしていってね!!まんごーさんもゆゆゆゆっくりしていってね!!!!」
お、今日初めてのゆっくりコールが炸裂した。この声掛けの意味は全く解らないけどな。
しかし、まりさはしきりに両方のごはんに媚を売っている。
これは何かゆっくりなりの哲学に基づいた行動なのか? 全く解らない。ごはんの方に選んで貰おうと思っているのだろうか。
さて、そんな風にグダグダと悩み続けること数時間。
結論から言うと、まりさはどちらも選びきれずに餓死した。
彼女の姿を見て賢者は、「我々人類もこのゆっくりと同じだ。迷いを捨てなければ真の幸福は掴めないのだ」などとのたまう。
しかし俺は思う。奴は誇り高かったと。
どちらも譲れぬ、生の最期の瞬間までその信念を貫いた。
何かを生かすということは、何かを殺すということなのだ。
だから皆さん、時にはこんな選択肢があっても良いのではないでしょうか?
実験結果!
おせちも良いけどカレーもね♪
最終更新:2008年12月31日 18:44