注意
- なんか現代の日本です。
- ゆっくりは悲惨な目に会いますが描写は薄いです。
- もしかしたら人間のほうがもっと酷い目に会います。
明日は華壇が降り注ぐ
災害は、いつだって唐突に訪れる。
株式会社ガーデニング・ラヴァー(GL)は、千葉県の南程に位置する地方都市で、
急激に成長を成し遂げた、園芸・造成をその基幹とする企業だった。
この、GL最大の事件について、発端をどこに置けばよいのだろうか。
初代社長が、趣味の盆栽を高じらせて、その事業を興したことだろうか。
風流課長と呼ばれた伝説の管理職が、工業部門の利益進捗率1200%オーバー
を、5年連続で叩きだしたことだろうか。
有り余る現金剰余を背景とした、横浜地方再開発計画を推し進めたことだろうか。
それとも、今日、この日に、災害が発生したことだろうか。
計画について簡潔に語るとすると、「横浜を飾ろう」である。
横浜の港を、色とりどりの花で埋め尽くす。ただそれだけの計画であった。
風流課長――社長に上り詰めていたが、彼は未だこう呼ばれることを喜んだ――
は、何しろ風流だ。
計画にGOサインを出したのは風流課長だったし、一番乗り気だったのも彼であった。
であるから、彼が高揚した面持ちで「横浜を飾ろう……一夜の内に!」と述べたその
時、その空気に水を差す者はだれもいなかった。園芸会社であると言うのに関わらず。
横浜は、新年最初の日に、花とゆっくりによって飾り付けられることになった。
そもそもGLにおける事業における最大の特色と言えば、色とりどりな飾り付けた
ゆっくりを、苗床に花壇にと使用・販売を行ったことであろう。
ゆっくりはどうやら自分達を栄養に生える各植物に何らかの愛着を持っているら
しく、また育て主の話し相手ともなるため、この事業は概ね好評ではあった。
硬化剤を投与しているため動きが抑制されるし、自らの意思で繁殖も出来ない。
とは言え体内に埋め込まれた栄養剤が時間と共に溶け出すため、常に栄養状態は十
分であり、また満腹感で満たされている。彼女達からしても、この状況はとてもゆ
っくり出来るのであった。
最低限必要な資材以外は、作業日当日に運び込まれることとなった。
木更津に程近い袖ヶ浦の倉庫を借り切って、完成した一級品の花壇を保管していた。
何しろ風流課長がこだわるプロジェクトである。出来合いの花壇とは言え、手を抜
くことなどできようはずもない。
風流課長の視察の日、積み上げられた花壇は約1200個、平均して1つの花壇に
使用されたゆっくり――新素材の耐火レンガを埋め込まれたもので、1匹あたりの重
量は約18.2kgもある――は12匹となった。
彼女らは自らが花壇となり、自らを土壌として、横浜に華を咲かせることになるのだ。
青田を背景に積み上げられる、高級レンガゆっくりを箱根細工のごとく組み合わせた、
職人直作りの花壇を目の当たりにして、よほど感動したのだろう。
風流課長は急遽、記念撮影を行った。
約262トンものゆっくり花壇の山をバッグに取られたその写真の中で、心の底から嬉し
そうに微笑む彼の姿は、誰よりも印象的で、牧歌的だった。
この写真が、悲劇の象徴であるとも知らず。
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そして時は過ぎて、今日。
かつてない巨大な竜巻が発生した。
千葉の片田舎、横浜との主幹道路が接続されているとは言え、発生場所が日本最大
級の農業地帯と言うことであれば、人的被害はさほどではない。
はずであった。
そこに、彼女達さえいなければ。
プロジェクトのために用意された花壇は、総計12万1212個。
そのうちの約半数が巨大竜巻に飲み込まれ、その時に舞い上がり切らなかった約600個
分の花壇が、進路脇の姉ヶ崎沿岸を直撃した。
7万2千個ものゆっくりレンガの直撃を受けた工業地帯は、多数を化学工場が占めていた
こともあり、地獄絵図と化した。
どがりどがりと降り注ぐ紅い流弾、吹き上がる青白い閃光、真っ赤に立ち上る爆発煙。
周囲に響くのは人の怒号ではなく、ゆっくりから発せられる絶望の声。
体内に埋め込まれた耐火レンガにより軒並み耐久力を引き上げられた彼女達は、真空に近い
大気の渦に放り込まれ、地表にたたきつけられ、火に撒かれてもなお、安易に絶命することが
許されなかった。
「ごろ……じで……」
「どぼ……ごんな……」
「あづうううう! あづびいいいい!」
体内に埋め込まれたレンガにより這いずることすらできず、さりとて苦痛と絶望の中で自ら
を殺すことすらも出来ず、彼女達はただ只管に心を失うことを望んだ。
彼女達が真に救われるためには、ただ飢餓による死を待つしかないのだろう。
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現在の死亡者数は推定約6千人、重軽傷は数知れず。
深夜であるため、状況の見極めすら困難を極めた。
原因が竜巻と、それよりも花壇であると判明したのは、被害の端緒から2時間を経過した
頃であった。
その頃には現場から避難する人の様子などがニュースで映し出され、ようやく自衛隊が出動
するに至り、今回の被害が単なる「
おまけ」でしかないこと、本当の災害は明日、首都を襲い尽
くすであろうことが、誰の目にも明らかとなった。
巨大竜巻の進路は、東京へ向かっていた。
被害地域の人間の1割が死亡したと見込まれるこの災厄は、明日東京を訪れる。
約5万の花壇を、600万匹もの華のようなゆっくりの弾丸を、叩き付けるために。
かつて、風流と呼ばれたこの俺は、ただ死ぬためだけに、東京湾にいた。
幸せの象徴で、また悪夢の象徴に成り果てたあのポートレイトを胸に、俺は東京の空を睨みつけた。
深い空の向こうを、のたうつゆっくりが蔑み笑うように、暗い華で染め上げていた。
明日は華壇が降り注ぐ。
最終更新:2008年12月31日 18:45