私には、ゆっくりしていないゆっくりなど見当も付かないのです。私は長く柔らかなコケの生えた暖かいおうちで、ゆっくりとしたまりさとれいむの間に生まれましたので、他のゆっくりを見たのは子ゆっくりになってからでした。
初めて見たゆっくりは葉っぱの包みをくわえたゆっくりれいむで、私を見た途端包みが落ちるのにもかまわず「ゆっくりしていってね!」と呼びかけてくれました。餡子に刻まれていたのか、その挨拶がとてもゆっくり出来る事のように思えた私は呼びかけに応え、おひさまの直接見えるところでれいむと並んで何をするでもなくのびることにしました。こうすると餡子の芯までぽかぽかしてくるのです。そうしてしばらく、程よくゆっくりしてきた頃にれいむは勢いよく飛び跳ね
「れいむおなかすいちゃったよ!
ゆっくりごはんにするね!」
奇妙なことを口走りました。
意味を理解できていない私の目の前でれいむが葉っぱを広げると、中に閉じ込められていた黄色や赤の原色をした蛾や芋虫、百足たちが現れ、間接を折り曲げ折り曲げ体躯を操り、地獄の責め苦を味わっているかのごとくのたうち回りました。
れいむはそれに近づくとパクリと一口、食べました。目を線にして「むーしゃむーしゃしあわせー」と咀嚼し、飲み込んではまたパクリ。口の周りにリンプンと小さな翅をいっぱいにつけながら、れいむは”ごはん”を進めてゆきました。
私はその行為に何の意味も見出せず、ただ口をあけてれいむを見ているだけでした。虫とは眺めるもので、葉っぱで動きを奪ったりあまつさえ潰したりするものではないと思っていたのです。
そんな私の姿がれいむの目には腹をすかせているように見えたのでしょう。一匹、特にはちきれんばかりの芋虫をくわえると私に差し出してきました。
「ゆっ!まりさもおなかすいてるんだね。
れいむのむしさんわけてあげるから、いっしょにむーしゃむーしゃしようね!」
そう言ったれいむの口から伸びた明るい色の芋虫は、頭をもたげ私をしっかりと見据えると、ゆらゆらと威嚇するかのように首を揺すりました。とてもれいむのようなまねはできないと感じた私は自分はいいからと断ったのですが、れいむはしつこく食い下がり、ついには虫の残骸塗れの顔で口移しまでしようとし、おおきな岩の周りを何週も追いかけてきたのです。
逃げながら聞いた事を整理すると、れいむは「ごはんをたべないとゆっくりできなくなる」と思っているらしいことがわかり、自分はおうちでゆっくりしているから大丈夫だと伝えると、れいむはようやく止まってくれたのでした。
その後はまた元のようにゆっくりしていたのですが、おひさまが沈むと捕食種が来るからまた明日とれいむは帰ってしまいました。満点のおほしさまを見ずに帰ってしまうれいむは少しもったいないと思いつつ、私はひとりゆっくりしてからおうちに戻りました。
それからおひさまが3回昇った頃、私はおおきなまりさと一緒にいるれいむを見かけたので、初めて会ったときのあの挨拶をしたところ
「「ゆっくりしていってね!」」と二人一緒に返事を返してくれました。ついでれいむに何をしていたのか尋ねると
「まりさおかあさんにかりを教えてもらってたんだよ!もうごはんはひとりでとれるよ!」
恐らく、ごはんというのはこの前の虫のことでしょう。ゆっへんと胸を張るまりさの帽子にはクモの巣が引っかかり、れいむの髪の毛は埃っぽく木の枝が絡まっています。
「そうだ!まりさにも見せてあげる!れいむいっぱいかりできたんだよ!」
おかあさん、れいむが呼ぶ声に私は嫌な予感がしましたが、止める間もなくぽとん、とおおきなまりさのぼうしが落ちました。
大きな大きなとんがり帽子、その中はこの前と比べ物にならない阿鼻叫喚が繰り広げられていました。詰め込みすぎたのか共食いをするもの、相手に噛み付かれビチビチと痙攣しているもの、羽を広げ鎌を掲げるもの、首のないもの、ねばねばした巣を作るもの。
あまりの惨劇に目をそらすと、おおきなまりさの頭に瀕死の虫たちが絡まっているのが見えます。よく見るとれいむの髪に絡まっているのも虫の脚でした。
私は、もう耐えられませんでした。思えば最初、出会った時に言っておくべきだったのかもしれません。
ゆっくりしていない、と。
それを聞いた二人の様子は必死でした。
「「どぼじでぞんなごどいうのぉぉおお゙お゙お゙!?
ごんな゙に゙むじざんどれるな゙んでゆっぐりじでるでじょうがぁぁああ゙あ゙あ゙!!」」
虫がいるのも構わず跳びはねたせいで、二人のあんよは緑色の汁でマーブル模様に染められ、甲殻のせいか皮はズタズタになっています。その姿を指摘すると
「「ぞんなのがんげいないぃぃいい゙い゙!!
ゆっぐりはみだめじゃな゙い゙の゙ぉぉおお゙お゙お゙!!」」
何か甘い匂いのする黒いものを吐き出しながら叫びます。あまりにゆっくりしていない様子に、私には彼女たちが化け物のように見えました。しばらくすると跳ね疲れたのか、顔を垂れさせて静かになりました
「まりさ……れ、れれれれいむ、まま、ま、まりさのこと、す、すき……だったのに……
は、はじめてあったときから……すご、すごくゆっくり、ゆっくりしてて…………なのに……」
「……」
「「もっとゆっくりしたかったよ……」」
何故、今になってそんなことを言うのか。
私にはやはり、ゆっくりしていないゆっくりのことがわかりません。
だから、私はゆっくりするのです。
それはゆっくりに対する、最後の求愛でした。
最終更新:2009年01月02日 15:53