男は見慣れた蓮の群生地に、珍しい客がいるのを見つけた。
「おわ!」
蓮の上にありすが乗っている。
どこかの図鑑に載っていたカエルならともかく、なんでありすが?
性欲や行動、何をとっても一番情動に突き動かされるはずのありすが。
平静な顔で目を閉じ、静かな空気さえ纏いながら蓮の上に鎮座していた。
水面はゆるやかに光を返し、近づきがたいオーラさえ出してるのではないかと思うほどだ。
比較的陸に近い場所でそのありすは目を閉じていたため、彼は楽に近寄れる。
成体手前程のありすだ。
そして蓮の方は、このありすの体重を楽に支えられる類の蓮ではない。
とにかく微動だにしないのだ。
動かなければ大丈夫という物でもない。
最初これにどうやって乗ったのかが気になってしまった。
「なんじゃこりゃ」
「なにかよう?」
ありすが喋るが、水面には波紋一つできない。
「おわ、何で近づいたのがわかったんだ?」
「いましゃべったでしょ?」
「あ、ああ、まぁ……」
「おどろいてるの?」
「あ、ああ、まぁ……」
「そうよね。とかいはのありすでもこんなことはしらないわ」
「勝手に喋り出したなこの子」
「うんうん。びっくりするのもやぶさかではないわ。わたしたちはとかいはのうえをいくとかいは、はすありすなのよ!」
なのよ!と大きな声を出した時、蓮は盛大に揺れ、ありすは水に落ちた。
とても緩やかで優美な落ち方だった。落ちるのがわかっているのに止められない、正に
ゆっくりとした落ち方だった。彼はその美しさとばかばかしさに目を奪われた。
水の中では先ほどとは打って変わってありすがじたばたともがく。
「どぼぢで!?どぼぢでな゛の゛ぉお゛お゛お!!!!!」
「喋ったからじゃないの?」
「わっ、わがら゛な゛いわぁぁあ゛あ!だづげでね゛!ゆっぐりだづけでね゛!!!」
「ああ、暴れるなって、どんどん遠くに行っちゃうよ!もう蓮には乗れないの!?」
「のれないわ!はすにはゆっくりのらないといけないのよ!だづげでぇえ゛え゛!」
「助けたらどうやって乗るか教えてくれる?」
「おっ、おじっ!!!」
ありすはぶくぶくと沈んでしまった。
彼はざぶんと湖に入ってありすを探したが、とうとう見つからなかった。
そこで少しひっかかったありすの言葉を思い出す。
「あっ!ああぁあ!あのありす、たちって言った!わたし達って!他にもいるんか、蓮ありす!さーがそっと!」
彼は予定を変更して、蓮ありすを探す旅に出た。
そしてそのまま行方不明になったという。
最終更新:2009年02月14日 04:25