「ゆぅっ!ゆぐっ!ゆぁぁぁああああああああああ!」
「まりさ、がんばってね!もうちょっとだよ!」
れいむの声援を受け体当たりを続けているのは、すでにボロボロで涙目のまりさだ。だがまりさの体当たりを悠然
と受け止める赤髪のゆっくりを俺は見たことがなかった。
「じゃおーん!」
赤髪ゆっくりがひと声上げると、お返しとばかりにまりさにむかって体当たりをかます。まりさはその一撃で吹き
飛ばされてひっくり返った。
「ゆぎあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ばりざぁぁ!がんばっでねぇぇ!ぐずめーりんなんでやっづげぢゃっでねぇぇ!」
「うるさいよ」
いつまでも茶番劇を見ているわけにもいかないので、とりあえず喚き声がうるさい二匹をつかみ上げて近くにある
川の向こう岸に向かって放り投げる。おなじみの「おそらをry」という台詞もなく、妙に濁点の多い叫び声を上
げながら二頭は川向こうへ飛んで行った。
「……」
「じゃお」
扉の方に向き直ると、めーりんと呼ばれていた先ほどの赤髪ゆっくりがふてぶてしい顔で俺の行く手をふさいでい
る。他のゆっくりとは違い言葉を発することはできないようだが、うっとうしさはさほど変わらない。俺はひとつ
溜息をついて無言でそれを抱えあげた。
「じゃお?」
とりあえず扉の脇にどかし、ポケットから鍵を取り出す。
鍵はかけておいたとはいえ、自分の家をゆっくりから守ってくれたゆっくりを投げ飛ばすほど俺も恩知らずではな
い。
「待ってろ、お礼に食いもんでもやるから」
「じゃおーん!」
扉を開けようとしていたら突然衝撃をうけて俺は尻もちをついた。何かと思えばめーりんが勝ち誇った顔でこちら
を見下ろしている。
「じゃお!」
どうやら不意打ちで体当たりをくらったらしい。攻撃に成功しためーりんはなおも体当たりを続けている。
「待ってろって言ってんのに」
再びめーりんを脇にどかすが、めーりんはなおも俺に向かって体当たりを繰り返す。
「じゃお!じゃおーん!」
もしかしてこいつは、他のゆっくりと同じようにこの家を自分の家だと思っているのだろうか。先ほどの一幕も、
ただの縄張り争いだったということか。俺は少し落胆してぼふぼふと体当たりをしているめーりんをつかみ上げ
る。
「ちょっとでも感謝した俺が馬鹿だった」
そして思いっきり放り投げた。
「じゃおおおおおぉぉぉぉん!」
めーりんの悲鳴をを背中に聞きながら、俺は扉の鍵を開けた。
※※
夕飯の準備をしていると、家の戸をたたく音が聞こえた。
「はーい」
呼び鈴くらいならせばいいのにと思いながら戸をあけると、そこには誰もいなかった。いたずらかと思い戻ろうと
した俺の膝に何かがぶつかる。
「うぉっ!?」
「じゃお!じゃお!」
ボフボフと膝への攻撃を続けているのは、先刻のめーりんだった。まさか川を渡ってきたわけでもあるまいが、あ
ちこちがふやけ無数のかすり傷を負った満身創痍の姿だ。
先ほどの攻撃が俺に通じたと思っているようで、ボスボスと俺にぶつかってくる。実際他のゆっくりと違って皮が
厚いらしく、すねへの攻撃はそれなりに痛い。
「じゃお!じゃおっ!?」
「ええいこの」
ぶつかるタイミングを狙って足を引くとめーりんは顔面から地面に突っ込んだ。俺はそのまま足をひき、大きくふ
りかぶってめーりんを蹴り飛ばす。
「じゃおぉぉん!?」
無様な叫び声をあげ転がっためーりんは、ひどく衝撃を受けた面持ちでこちらを見る。人間に負けたのがそんなに
信じられないのだろうか、再び立ち上がると狂ったように体当たりを繰り返しはじめた。
「じゃおっ!じゃおぉっ!」
「うっさいな」
いいかげん嫌気がさした俺は、飛びかかってくるのにタイミングをあわせて思いきりめーりんを踏んづけた。
「じゃおぉ!じゃおぉ!」
足元でビタンビタンともがくめーりんをグリグリと踏みつける。しばらくそうしていると靴を通してみちみちと皮
の破ける感触が伝わってきた。
「あっ」
「じゃぁぉーん……!」
思わず気が引けて足の力が緩み、めーりんが抜け出してしまう。ところどころから中身が漏れ出し満身創痍となっ
ためーりんは、逃げ出すこともせず俺の足もとでぴくぴくと痙攣している。
そういえばめーりんの中身はなんなんだろう。ゆっくりといえば総じて甘味の類だが、目の前の餡は赤みがかかっ
た色をしていた。イチゴジャムか何かだろうか。一口すくってなめてみる。
「辛っ!かっらっ!」
口の中に火花が散ったような衝撃が広がる。甘味だと思ってなめただけに衝撃もひとしおだ。
俺は思わずめーりん
を放り投げ、急いで水を飲みに家の中へ戻った。
再び玄関に戻ったとき、めーりんの姿はなかった。
※※
「ゆぅ~ん……こわいよまりさぁ~……」
「だ、だいじょうぶだよ!ま、まりさがいれば、なにがあってもへっちゃらだよ!」
夜中だというのにれいむとまりさはまだ外をさまよっていた。
せっかく見つけたゆっくりぷれいすがくずのめーりんとゆっくりしてないにんげんさんに奪われ、どことも知れぬ
場所に投げ捨てられたおかげで家への帰り道も分からずにうろうろしているのだ。
きょろきょろとせわしなく辺りを見回していたまりさが急に大声をあげる。
「ゆゆっ!さっきのめーりんだよ!」
「じゃおっ!?」
まりさ達が見つけたのは、「くず」にふさわしいぼろぼろの姿をした先刻のめーりんだった。まりさの餡子脳に先
ほど自分たちのゆっくりを邪魔しためーりんに対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「まりさはつよいんだよ!めーりんにまけるはずないんだよ!みててね!」
一声叫ぶとまりさはめーりんに向かって飛びかかった。
普段のめーりんなら歯牙にもかけなかっただろうが、人間に負けたことで肉体的にも精神的にも衰弱していためー
りんはなすすべもなくその体当たりを食らってしまう。
「じゃ、じゃぉっ…!」
「ゆっくりしないでね!」
連続で繰り出される攻撃に吹き飛ばされ体勢を崩しためーりんは、まりさの渾身の体当たりをくらって顔面から地
面に叩きつけられる。すでに弾性を失っていためーりんは、バウンドすることもなくその場に崩れ落ちた。
「ゆっくりしないでしんでね!」
動きが止まったところに容赦なくまりさの踏みつけが襲いかかる。先ほどの人間との攻防の中で何度も踏みつけら
れためーりんにとって、それは恐怖の記憶だった。
「じゃ、じゃぉーん……」
「しね!しね!ゆっくりしね!」
「ゆゆ~ん♪かっこいいよまりさ~!」
まりさの踏みつけをなすすべもなく食らい続けためーりんは、そのうち意識を失ってしまった。平べったくつぶれ
ためーりんの上でまりさが勝鬨を上げる。
「ゆっへん!これからはちゃんとみのほどをわきまえてね!」
「ゆゆ~ん!すてきだよまりさ~!」
「あしたはまたあのゆっくりぷれいすにいこうね!まりさがいればなにがきてもへっちゃらだよ!」
二頭のゆっくりが上機嫌で去っていくのを眺めながら、めーりんは静かに涙をこぼし続けた。
※※
家に帰ると扉の前にゆっくりがいた。
「ゆっくりしね!」
「じゃぉーん……!」
どうやら昨日の三頭らしいが、力関係が逆転している。
「いいかげんにしてねっ!ここはっ!まりさたちのっ!ゆっくりぷれいすなんだよっ!そんなこともっ!わから
ないのっ!?ばかなのっ!?しぬのっ!?」
「じゃぉっ!」
昨夜見たときよりさらにボロボロになっためーりんの上に、まりさがなんども飛び乗っては踏みつけている。傍
らのれいむはその様子をみて「まりさ~♪かっこいいよ~♪」と無邪気に喜んでいる。
「しねっ!しねっ!ゆっくりしねっ!」
「まりさぁ~♪がんばってぇ~♪」
「うるさいよ」
とりあえずうるさい二匹をつかみ上げて放り投げる。
「ゆゆっ!おそらをとんでるみたい~……い゛っ!」
昨日に比べて飛距離が足りなかったらしく、向こう岸まであとわずかというところで二頭は川の中に消えた。
二頭の行方を見届けた俺は、ぺしゃんこになっためーりんに向きなおった。
「じゃぉ……」
厚い皮もところどころ裂け、中からは具がはみ出している。緑の帽子はれいむの方にでもやられたのかずたずた
に引きちぎられており、少し離れた所に散らばっていた。
「あーあー……」
俺がどうしようかと迷っているうちに、ぼろぼろのめーりんはずりずりと俺に向かって這い寄って来た。餡まみれ
のからだを俺に押し付け、ぐいぐいとなけなしの力を振り絞っている。
「……じゃぉ……!」
ほどなくしてめーりんは力尽きたのか動かなくなった。
「……」
まだ息はあるようだ。俺はしばらく考えた後、そっとめーりんを抱えあげた。
「酒のつまみにはちょうどよさそうだ」
最終更新:2009年02月24日 19:26