山犬
「ゆわあああ! いぬさんこっちこないでね! あっちのまりさのほうがおいしいよ!」
「どぼじでそんなこというのおおお!? れいむがみんなのためにぎせいになってね!」
「むぎゅ……もっと
ゆっくり……げぼっ」
「わからないよおおおおおっ!!」
「いぬのえさになるなんてぜんぜんとかいはじゃないわああああ!」
その日、一つのゆっくりの群れが、山犬一匹によって壊滅した。
ゆっくりたちは腹を空かした山犬の、格好の餌だった。
まともに動けない、にんっしんしたゆっくりなどは、真っ先に食われていった。
山犬はたらふく食うことが出来て、ご満悦だった。
生き延びたゆっくりは四散した。
ちりぢりになったゆっくりのうち、一匹のまりさが、新たな群れを見つけた。
「ゆ! おねがいだよ、まりさをたすけてね!」
そしてかくかくしかじか、自分が山犬に襲われた経緯を群れのゆっくりに説明する。
「ぷっ、いぬさんいっぴきにやられるなんて、いくらなんでもよわすぎだよ!」
一匹のれいむがあざ笑った。が、何とかまりさは群れに入れてもらえた。
「いぬさんなんか、れいむたちのむれならかんたんにかてるよ!」
はぐれまりさは、自信だけはたっぷりの、ゆっくりの群れを褒めちぎった。
「ゆっ、そういわれてみれば、まえのむれよりもこのむれのほうがずっとつよそうだね!」
「つよそう、じゃなくてつよいのよ、むきゃきゃ!」
その翌日だった。昨日群れを襲った犬が、新たな群れの前に現れた。
「いぬさんだあああああ!」
「みんなにげてええええ!」
「どぼじでええええ!? かんたんにかてるんじゃなかったのおおお!?」
「さ、さんじゅうろっけいにげるがかちよ! むっきゃあああああ」
口ほどにもなく、逃げまどうゆっくりたち。中には体をふくらませるものもいるが、そんなものは威嚇程度にも――
「ゆ!? なんだかいぬさんのようすがおかしいよ!?」
山犬は、ゆっくりたちに襲いかかるでもなく、体を震わせている。
その口の端からは、止めどなく泡が吹き出ている。
そして、山犬はばたりと倒れた。地面に倒れたまま、もがき続ける。
「ゆ?」「ゆ?」「ゆ?」
「どうなってるの? ぱちゅりー」
「むきゅ、わたしにもわからないわ……」
「きっと、れいむのぷくーっとしたのが、こわくてしょっくししたんだよ!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ! まりさたちのむれは、ぷくーっとしなかったから、やられちゃったんだよ!」
そう言われてみれば、昨日は犬が突然襲ってきたので、ぷくーっとしている暇もなかったことを、まりさは思い出した。
「さすがはれいむだね! いぬさんをかんたんにやっつけちゃったね!」
「ゆっへん! もっとほめていいよ!」
ぱちゅりーは、それでも納得しがたい顔をしていたが、場の空気には逆らえなかった。
ゆっくりたちは、自分たちの強さをたたえるように、歌い出した。
今後、犬が来ても、おそれる必要はない。
ぷくーっとしていれば、勝手に犬は死んでくれる。そう確信していた。
そして、ゆっくりの群れは、どんどん数を増やしていった。
そんなある日のこと。
「ゆ! またいぬさんがきたよ! こりないね!」
「ゆっ!? こんどはいっぴき、にひき……たくさんいるよ!」
「おそるるにたらずだよ! みんなあつまってね、ぷくーってからだをふくらませるんだよ!」
ゆっくりたちは、恐れ知らずに、山犬たちの前に姿を現す。
以前、山犬一匹を倒した、あの必殺技を使うために。
さて、この辺りで種を明かしておこう。
ゆっくりの群れを襲った犬が死んだのは、もちろんゆっくりが威嚇したからではない。
犬は、にんっしんした個体を中心に狙った。
その中には、ちぇんの子供をお腹に孕んだ個体もいたのだった。
ご存じのように、ちぇんの中身はチョコクリームである。
そして、チョコレートの中に含まれるテオブロミンは、犬にとっては猛毒なのである。
それを食った犬は、体の大きさや摂取量にもよるが、十五時間ほどで、消化不良、脱水症状などの症状を起こす。
時にはてんかんをおこして、死に至るケースもある。
鼻のきく犬も、さすがに腹の中にいるちぇんには気付かずに食べてしまっていたのだった。
もちろん、今度の山犬の群れの中に、ちぇんを食べた個体はいない。
「みんなあつまったね! じゃあいくよ、いっせえのおれ! ぷくーっ」
「「「「「ぷくーっ」」」」」
最終更新:2009年03月19日 18:48