物語のエンディング
家の戸ががたごとと揺れて、一匹の
ゆっくりが入り込んできた。
「おや、ぱちゅりぃじゃないか。珍しいな」
「むっきゅ……」
野良のゆっくりが家に現れることは少なくない――
しかし、このぱちゅりぃの様子はどこかおかしかった。
他種に比べ運動能力に劣ることが多いぱちゅりぃ種としては普通なのかもしれないが、見るからに元気がない。
それでいて、外傷はまったく見当たらないのだ。
「むきゅむきゅ……」
今も、おうち宣言をするでもなく、戸口で遠慮がちに縮こまっている。しかしあちこち物色しているようにも見えるので、
俺はたまらず近寄った。
「何のつもりだい」
ぱちゅりぃは逃げようとするが、あっけなく捕まえる。
「むっぎゅぎゅぅぅぅん!!
おにーざん、ぱぢゅりぃになにがよまぜでじょうだい……」
「何だって?」
* * * *
どうやらこのぱちゅりぃ、読むものに”飢え”て人里まで姿を現したらしい。
「だいじなごほんをまりざにもってかれちゃったの……それにぱっちぇはからだがよわいの……」
「そうなのかい。それはたいへんだったね」
ネズミは常にものをかじっていないと飢えてしまうというが、ぱちゅりぃにもそういうことがあるのかもしれない。
俺もどちらかといえば本を読む方だから、文字に飢えるという気持ちはわからないでもない。
「うーん、といっても……」
「おにーさんはちてきそうなかおをしてるわ……ごほんをいっぱいもってるんでしょ」
「俺の顔が知的に見えるんなら、野犬やイノシシだって知的だぜ……それはそうとちょっと待っててくれないか」
俺はぱちゅりぃを待たせて奥の間に引っ込む。
「出来たぞ!」
「むっぎゅぎゅぅぅぅぅぅぅんんんん!!!???」
俺はガラス箱に障子紙を満遍なく貼り付けたものにぱちゅりぃを閉じ込める。
「どぼじでごんなごどずるの!!??ぱっちぇにごほんをよませてほしいの!!」
「……」
「むっきゅぅぅぅーーん!!おそとにだしてぇぇぇぇ!!!!」
* * * *
三日経過。
「むっきゅ、むっきゅうぅぅぅぅ……」
箱に耳を当てると、わずかながら声が聞こえる。
俺はため息をつくと、箱から出してやった。
「むきゅ!どうしてこんなことするの!ごほんがよみたいわ!」
「っていうか、どうやって生きてたの」
「むきゅ~。よむものがなんにもないから、かべのつなぎめさんやかどさんをいっしょうけんめいながめたの……」
「ふむ」
「……ぱっちぇはみぎうえのかどさんがいちばんすき。いろんなかくどからながめると
とってもちてきなかんじがするわ、むきゅきゅ」
大分参っているようだが大丈夫かこいつ。
「なるほどなるほど。角ね」
「出来たぞ!」
里の宴会で使ったくす玉を物置から引っ張りだしてきて、再び障子紙にて加工。ぱちゅりぃを放り込む。
「これなら継ぎ目も角もないから安心だね!」
「むぎゅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!どうじでぇぇぇぇぇ!!!???」
こいつ”ごほん”とやらを手に入れるまでは野生でどうやって生きてたんだろう?
そんな疑問を胸に抱きつつ、俺はくす玉を物置に転がしていった……
「むっぎゅぅぅぅん!!たいくつでじんじゃうぅぅぅ!!!ぱっちぇにごほんちょうだいぃぃぃ!!!」
* * * *
「………」
ぱちゅりぃは一面の白に囲まれている。
ここにはゆっくりした文字はどこにもない。それどころかわずかな直線や一点の色さえもない。
意識が白く染まってゆく。
「………」
静かだ。
「……」
ッッ
「!?」
ふと、なにかが視界をよぎった。ぱちゅりぃは声にならない声でそれを捜し求める。
「~~!?~~!?」
やがてそれを発見する。それは、自分の体の下膨れになった部分だった。
それがもっとよく見えるように、ぱちゅりぃは必死に身をよじった。
「むきゅ……」
すばらしい。
なんと美しい曲線だろうか。
「むっぎゅ!むぎゅっむぎゅむぎゅぅぅぅ!!!
むぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ぱちゅりぃは感動の涙を流した。
自分はまだ生きている。
生きていける。
* * * *
「むきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ」
「……よく生きてたな」
「むきゅきゅきゅ、ぱっちぇの、ぱっちぇは、くねくね、おなか、ちてき、とっても、だから、だいじょうぶ、むきゅきゅきゅきゅ」
さすがにもう駄目だろうか。
いや、もしかして本を読ませたら復活するかもしれん。
本を与えてみる。
「そーら、ご本だよ」
「むっぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!
じゅごいぃぃぃじゅごいわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!ぜがいのしんりがいまぱっちぇのものををををぉぉぉぉぉぉ!!!!!
むぎゅぅぅぅぅ!!!!んほぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!いっぢゃうぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!」
気絶してしまった。
「表紙で達するとはなかなかやるな……!」
それだけ刺激に飢えてたってことなんだろうが……こいつにぺにぺにが付いてなくて良かった。
俺はぱちゅりぃを一旦脇に片付け――
「うおっ!ジトってしてる!地味にジトってしてるよ!」
* * * *
それから、本を読ませることで少しずつぱちゅりぃは回復していった。
「むきゅっ!おにーさんきょうもごほんをよませてね!」
「よーし、今日はきつねさんと猟師が仲良くするお話だ。泣くなよ?絶対泣くなよ?」
「むきゅ!そんなないようでかしこいぱちゅりぃがなくわけないわ!はやくよませてね!」
いうまでもないが、ぱちゅりぃは泣いた。俺もほんの少し目頭が熱くなる。
「むきゅー、むきゅぅぅぅぅ!
ぎづねざんどっでもがわいぞう……!」
「やっぱ名作はいいなあ……!」
* * * *
俺は今物語を書いている。
「――そうしてぱちゅりぃは一旦は良くなりましたが、
その後再び球体に閉じ込められ、二度と出してもらえなかったのです。
かわいそうなぱちゅりぃは、死ぬまで二度とご本を読めませんでした。
ぱちゅりぃがいつ死ぬのか。それは誰にもわかりません。
あるいは――この家にたどり着いたとき、ぱちゅりぃはすでに死んでいたのかもしれません。
世界とはかように残酷なものなのです。」
物語のエンディングは、とっくに始まっていたんだよ。
俺はつぶやいた。
「目を覚ましたら、ご本を読ませてあげようね」
ぱちゅりぃは、今はすやすやと眠っている。
END
最終更新:2009年04月11日 01:10