※ぬるいじめはあります
HAPPY ENDだと思われます
習癖
「ゆっくりしていってね!」
そんなことを言うつもりはなかったのだが、何故かしら、気がつくとそう口に出していたのだ。
彼女らは、あなたの当然な反応に満悦する。その笑みには、侮蔑の意が込められているように思われた。
あなたは混乱し、あまつさえ一家に襲いかかろうという凶行に駆られたが、強大な理性がそれを押しとどめた。
「ゆ? どうしたの、ゆっくちできてりゅ?」
群れでひと際小さなれいむが心添えした。
「……何でもないよ! はやく
ゆっくりいこう!」
彼女は顔をしかめたが、次の瞬間には柔和な表情を作って、わかったよ、と言った。
ほっと息をついて、その一群に加わり、誰に言われるわけでもなく列を成した。
行く先は知らなかったが、ついていかなければ、ついていかなければゆっくりできない、と思った。
そこで疑問が生まれた。
――"ゆっくり"とは何だったろうか。
生まれたときに、朝に目が覚めた時に、気分がいいときに、と際限なく使っていた言葉であったが、
今に至って、その概念は全く不明瞭なものであることに、あなたは気がついた。
疑問は決して立ち消えることはなく、道中、「ゆっくり、ゆっくり」のマーチに、ますます膨れ上がり頭は重くなっていく。
「本当にゆっくちできてりゅ?」
今度は確実に、嫌悪を露わにしていた。つぶらな瞳には、困惑と怒りが渦巻いている。全体の行進が止まった。
「おちびちゃん、どうしたの?」
母親のれいむが、訝しげに耳を傾ける。
機を得たり、とばかり子供は、笑みを浮かべ、告白した。
「こいちゅは……なんだかゆっくちちてないよ!」
赤子には相応しくない、驚くほどに下卑た笑みであった。一家は、愛し子の下劣な振る舞いには、気に掛けず、
そればかりかあなたの予想に反して事は大きな騒動となり始めた。
「ゆゆっ! ゆっくりできないなら消えてね!」
「しょーだしょーだ、ゆっきゅぢできにゃいにゃらちんでにぇぇ!」
子供たちは、あなたを口々に罵った。
『どぼぢでそんなごどいうのぉぉぉぉぉ!!』そんな言葉がまたどうしてか自然と飛び出そうになったが、飲み込む。
後方でまだ罵詈雑言は続いているが、あなたは、二度とは振り返ろうとはしなかった。
そして、軽快な足取りで、当て知らず歩き始めた。
過去作:巨大な広告塔
最終更新:2009年05月11日 18:54