なんとなしに天気がいいから散歩をしているとまりさが居た。
スヤスヤと寝息を立ながら日向ぼっこに興じているようだ。
なんともかわいらしい寝顔でまるで天使のようだと思った。
僕は思わず土を蹴ってまりさに駆け寄っていった。
「でぃぃぃぃぃぃいいいいやっ!」
そして飛び上がると、鼻からぷよぷよと出ては戻りする鼻提灯に向かって
ピンと足を伸ばして勢い良くキックをブチかますために飛翔した。
僕の叫び声にびっくりしたのかまりさが寝ぼけた目を開けてこちらを見上げる。
そして何がなんだかわからなかったのかあんぐりと口を開いた。
そこに吸い込まれるように僕の足がズボリとはまる。
まりさと僕はお互い愕然とした表情で見詰め合った。
まるでまりさが僕の靴のようにぴったりと足に嵌っていた。
ゆっくりすることには定評のあるまりさも流石にこの状況には面食らったのか
なんとか足を外そうと汗をたらたら流しながらもがいている。
僕も流石にこのままではまずいと感じしゃがみ込んでまりさを外しにかかった。
抜けない。
まりさも懸命に頑張って、顎が外れんばかりに口を開いてくれているが抜けない。
まりさが喋れないながらも充血した目を目一杯開いて涙をためながら僕に避難の視線を送った。
僕もこればかりはちょっと反省。
さて、本格的に抜けないので僕はすこし休むために自販機に向かって歩き出した。
歩くたびに右足のまりさがぼよんぼよん跳ねてバランスを取るので精一杯だ。
僕はオレンジジュースを買った。
まりさが物欲しげにそれを見ている。
まりさの口は塞がっているので鼻からオレンジジュースを注ぎ込んでやった。
まりさの鼻から橙色の噴水があがった。
僕はまた歩き始めた。
痛々しく鼻を真っ赤に腫らしたまりさが怒りを露に僕を睨んでいた。
このまりさをどうやって外せばいいのだろうか。
そうだ、専門家に聞けばどうだろうか。
僕は靴屋へと足を向けた。
靴屋はにっこり笑顔でハサミをとりだした。
まりさが声にならない悲鳴をあげた。
僕は靴屋から逃げ出した。
右足を踏み出すたびにまりさがもがいて跳ね上がるので歩きにくいことこの上なかった。
靴屋から逃げ切りやれやれと一息つきながら僕はなんとなしに足を踏み出した。
右足の小指の辺りがベンチにぶつかる。
思わず痛っ、と声をあげてしまったが実のところそれほどでもない。
痛かったのはまりさだ。
頭の片隅をへこまして、泣くまいとガマンしても染み出る涙で目一杯瞳を潤ませて僕を見つめていた。
かわいそうなのでパテでへこんだ部分を埋めてやった。
なんか形が変になったが、一仕事終えた達成感を共有したくてまりさにも手鏡で見せてやった。
まりさは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間喜びの悲鳴をあげた。
音は出なかったが、足にくる震えでどれほどまりさが歓喜し叫んでいるかが感じられた。
よし、と僕は頷いてまた歩き始めた。
森の中を歩いてみよう。
森林浴をしているうちにいい考えが浮かぶかもしれない。
二十分ほど歩いておや、と僕はあることに気付いた。
ここは栗林だったようだ。
まりさにたくさんイガグリが刺さっていた。
どうりで妙にまりさの動きがおかしいと思った。
気付かなかったな、後でトングを借りて全部外して食べよう。
まりさも喜んでくれるだろう。
栗のことを話したらまりさも痛みを一瞬忘れて笑みを浮かべていた。
僕は森を出て、銀杏拾いをしているおばあさんに
まりさについた栗を外したいのでトングを貸してくださいとお願いした。
おばあさんは快くトングを貸してくれたので僕はさっさとまりさから栗を取ると
バケツまで貸してくれた。
僕はお礼を言ってから、そうだ、僕にも銀杏拾いを手伝わせてくださいと申し出た。
おばあさんは頷くと予備のトングを貸してくださった。
僕は張り切って銀杏拾いに精を出した。
三十分くらい経っただろうか
終わった頃にはバケツは銀杏で一杯になり、同時にすっかり靴が銀杏まみれになっていた。
まりさの髪も銀杏の果肉でぐちゃぐちゃに汚れているが、まあ同じ黄色だしそれほど気にならない。
しかしこれだけ頑張って集めると銀杏にも愛着がわいてきた。
僕はおばあさんに栗と銀杏の一部を交換してくれないかと頼んでみた。
おばあさんは快く承諾してくれた。
まりさが栗の方をなみだ目で見ていたが、なあに銀杏のおいしさを知ったらそうはいってられないさ。
僕はまた歩き出した。
それにしても臭いな。
何の臭いだろうと辺りを見回すと、なんとその悪臭はまりさから出ているものだった。
これではいかんと僕は近くにあった河に右脚を突っ込んだ。
まりさの鼻からごぽごぽと気泡が浮き出る。
まあ綺麗になるまでのガマンだ。
僕はバシャバシャとまりさの全身を流水ですすいだ。
そしてふと、濡れてる状態なら脱げ易いんじゃないかと思い水の中に手を突っ込んでみる。
そうして二十分ほど悪戦苦闘していたのだが、結局うまくはいかなかった。
残念だと僕は右足とまりさを水から引き上げた。
まりさは少しぐったりしていた。
僕はまた歩き出した。
さてまりさの外し方についてはすっかり八方塞だ。
どうしたものか、僕はまりさに目をやった。
まりさも目の下に隈をつくって絶望的な表情を浮かべている。
僕は溜息をついた。
まりさもついたのだろう、足の裏に生暖かい空気があたった。
そうして歩いていると、向こうの方にれいむが居た。
夕方の涼しい気候に身を任せているうちに眠ってしまったのだろう。
すやすやと寝息を立てて鼻提灯を出している。
無邪気さに心が洗われていく。
僕はまりさを見やった。
まりさは上あごから上だけで器用にコクリと頷いた。
僕も頷く。
僕は駆け出した。
この時ばかりはまりさも僕にバッチリタイミングを合わせてくれて
走りづらいどころかいつも以上に走りやすかった。
僕は飛び上がり左足を突き出しながら叫んだ。
「ウェエエエエエエエエエイ!!」
最終更新:2011年07月27日 23:56