希少種
ゆぽーーーん!!
「ゆぶぅっっ!!」
れいむは激しく地面に叩きつけられた。
「ゆーーん!ゆーーん!いだいぃぃぃぃ!!!」
しばらく大声で泣いていると、痛みが和らいでくる。れいむはあたりを見回した。
「ゆゆっ?」
さっきまでいた世界と微妙に違っているように思える。
さっきまでいた世界――?
「ゆぅ……?」
何かおかしい。れいむはそう直感したので
「ゆっくりしていってね!」
と言った。
「ゆふぅ……」
なには無くとも、とりあえずはこれで一安心だ。
そこへ一匹のぱちゅりぃが通りかかった。
「むっきゅ、むっきゅ」
れいむは一瞬戸惑ったが、先ほどと同じく大きな声で挨拶をした。
「ゆっくりしていってね!!」
完璧に決まった。
声の大きさや
ゆっくり具合、滑舌、それにゆっくり具合などなど、どこをとってもゆっくりとした挨拶だ。
れいむは内心で(ゆへん!)と威張った。
ぱちゅりぃは振り返る。
「むっきゅ、ゆっくりしていってね!!」
* * * *
「むきゅ、きがつくとまいごになっていたのね」
「かいつまんでいうとそうだよ!ゆっくりあんないしてね!」
れいむはいつの間にか知らない土地に迷い込んでしまっていたようだった。
あたりのどこにも、れいむの知る場所はなかったのだ。
まいご、と断定されるのはすこしゆっくりできなかったが、はやくおうちにかえりたかったのでそういうことにしておいてあげた。
「それにしてもめずらしいわね、れいむなんて。むきゅむきゅ」
「ゆ……?」
辺りを跳ね回るが一向に見知った場所にたどり着かないので、れいむはぱちゅりぃのおうちに連れて行ってもらうことになった。
「ゆっくりありがとう!」
「むきゅ、ゆっくりしていってね」
「ゆっ、ゆっ」
「むきゅ、むきゅ」
ゆっくりした草原を跳ねる。
時折ゆっくりとすれ違う。
「むきゅ、ゆっくりしていってね!」
相手も挨拶を返す。
「むっきゅーー!」
それが三度目になって、れいむはようやくおかしいと気づいた。
出会うゆっくり出会うゆっくりが、皆ぱちゅりぃなのだ。
「ゆぅ……ぱちゅりぃがいっぱいゆっくりしてるね……?」
「むきゅ?とうぜんよ!」
「れいむのおともだちは……?れいむはれいむのおともだちにあいたいよ……」
身の内から湧き上がる不安に駆られてれいむは言った。
「む~きゅ~?れいむはめずらしいから、あんまりみないわ、むっきゅ」
ぱちゅりぃは当たり前のように言った。
「ぱちゅりぃたちはごほんがだいすきでかしこいからとってもゆっくりしてるのよ!
いわばゆっくりのだいめいしてきそんざいね!
……れいむはきしょうしゅだから、れいむのおともだちがどこにいるかはわからないわ、ごめんなさい。むきゅー」
ゆがーん、と目の前が暗くなる思いだった。
そしてこの時、唐突にれいむは直感した。
(”こっちのせかい”では、これがふつうなんだよ!よくわからないけど、ゆっくりできないよ!)
それからしばらく、ぱちゅりぃのおうちですごした。
沢山の”おともだち”に紹介してもらい(無論ぱちゅりぃ種だ)彼らとも仲良くなった。
たくさんたくさんいるぱちゅりぃは、れみりゃに食べられたり、にんげんさんにいじめられたりして
毎日少しずつゆっくりできなくなってゆく。時にはれいむ自身それを目の当たりにすることもあった。
しかし、れいむ自身は幸運にも平穏な毎日を過ごすことができていた。
れいむは思い出す。
”もとのせかい”では、れいむはすぐにゆっくりできなくなっていた。
ここではその役割はぱちゅりぃが担っているのだろう。きっと何処かにいる、希少なれいむの同族も、きっとそれなりに
平和に暮らしているんだろうなとれいむは思った。
それなのに、心のどこかがゆっくりしていない。
”めずらしい”れいむに、皆は優しくしてくれる。
でも、ぱちゅりぃのように賢くも無い、まりさのように素早くもないれいむには、群れで立派な仕事を任されることはなかった。
同種の友達もおらず、皆と笑い合うことはできても、話題の中心になることはなかった。
れいむは時々、自分がかげさんになってしまったような気がした。
太陽に照らされる石ころの傍にひっそりと存在する、影のように――
「むきゅっ!?だめよ!!」
れいむが旅に出る、と言ったとき、ぱちゅりぃは止めた。
「れみりゃにたべられちゃうわ!それににんげんさんだってとってもゆっくりできないのよ!」
れいむには、ぱちゅりぃの懸念が遠いものに思えた。
「ゆゆ……でもれいむはいくよ。ごめんね。ぱちゅりぃ、ゆっくりしていってね」
「れいむぅぅぅぅ!?」
太陽は高く、空は青く。
れいむは草を分けて進む。
何処かにいる、自分の悩みを解ってくれる、同種のおともだちに会いたいとれいむは願った。
「ゆっ!ゆっ!はやくれいむのおともだちにあいたいよ!ゆっくりまっててね!」
だけど、れいむにもわかっていた。
――きっと、れみりゃはれいむを食べないだろう。
――きっと、悪い人間さんはれいむをいじめないだろう。
ここは、そんな世界ではないのだから。
* * * *
あれから、何匹ものぱちゅりぃとすれ違った。
あれから、何匹ものれみりゃとすれ違った。
同族には、いまだ出会えていなかった。
急に、わけもなく涙がこぼれた。
「ゆぐぅぅ……っ!ぅぅっっぁぁあああ!!!!ゆああああ!!!!!」
れいむはここにいる。そのことを誰かに知って欲しかった。
「ゆっくりしていってね!!」
あたりには誰もいなかった。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
風が吹いた。
高く伸びた草はれいむの全身を包み込んで深い緑の中に隠した。
どこかで鳥の声が聞こえた。白い太陽がじりじりと地表を灼く音も聞こえた。幼いぱちゅりぃが家族とはしゃぐ喧騒もあった。
れいむには、その全てが遠かった。
れいむは深呼吸して、もう一度、
「ゆっくりしていってね!!」
と大きな声で言った。
その声を聞きとめるものは、やはり誰もいなかった。
END
□ ■ □ ■
れいむが希少種な世界。
このあと虐(ぎゃく)られることもなく同種と出会うことも無く普通に生涯を終えるのであった
最終更新:2009年06月08日 03:28