トオルは夏が嫌いだった。カレーと饅頭が嫌いなせいだったからだ。
両親は料理にアレンジを加えるのが趣味で、特にカレーには何でも入れた。
普段は牛乳やはちみつを入れて甘い甘いカレーを作る。それにジャガイモが溶けてどろどろになっている。
口の中でべたべたとするのがあるイメージを想起させる。それらは様々であるが総じて不快なものであった。
それを母に打ち明けるとたびたび喧嘩になる。
ナスとバナナとニンジンを溶かして煮込んでゴウヤを柔らかくする。全体的な味はごたごたとしているとトオルは思う。
その頃トオルはもうカレーを作るというのは悪ふざけの一種だと考えるようになっていた。
母が饅頭をカレーに入れようと試みたことがあって、その考えはより強固なものになっていった。
悪行に堪えかねたトオルは、その日カレーをつくると言った母を押しのけてそんなら俺がつくると言って調理場を占拠した。
野菜を柔らかくしてからルーを入れる。そんなに好きではなかったが妥協して牛乳にハチミツも入れる。
ルーを混ぜるのに没頭していると、横から母親の手が入る。異物が鍋に放り込まれる。ルーが飛びトオルのランニングシャツに染みをつくった。
家の裏の空き地からね饅頭を拾ってきたの、母は大きな目をぐりぐりさせて笑う。トオルは呆れかえって調理場を明け渡した。
母は眠りこけているそれらを一定時間ごとに入れて行く。ひとつが目を覚める。ひとつが挨拶をするとまたひとつひとつと目を覚ましていく。
リビングはたちまち騒がしくなる。
ゆっくりしていってねゆっくりしていってねおちびちゃんゆゆゆゆゆゆゆいいニオイがするよ、おきゃぁさんおねえちゃんがいないよ足りないよ、
ゆゆうどういうことなの、あ、にんげんさん
ゆっくりなにしてるのゆーおいしそうだよおいしそうだねとってもおいしそうだよおいしそうだねぇ。
母は一言も返さない。煩わしい様子は見せない。実際細い腕で重たいルーを混ぜるのに一生懸命だった。
あああああああむししないでねええぇぇぇぇれいむはおなかへってるんだよおおおおおおおおお。
ひと際大きい饅頭がぐねぐねと身を躍らす。おい捨てるぞ、気持ちが悪くなってトオルは饅頭に手を伸ばす。饅頭は避けてトオルの鳩尾あたりに出来た染みにはねた。
いいにおいだよとってもゆっくりできるねええええ、そう言うと舌の腹を茶色い染みに押しつける。じっとりと生暖かい粘液がシャツに浸透して肌を濡らす。
トオルはおぞましい感触で更に気持ちが悪くなって反射的に叩き潰した。中身がはじけてリビングに餡子が飛び散る。壁に染みをつくる。
たちまちリビングに渦巻く熱気に甘味が混じ入る。トオルは切れて怒鳴った。なに考えてこんな悪趣味なもの持ち込むんだ。
どぼぢでえええええええええええええ、顎下で叫んでいる饅頭を残らず潰す。母は黙って鍋に向かっている。よく見ると泣いている。
どうしてこんな不快にならなくちゃならないんだよ、馬鹿野郎。べたべたになったシャツを脱衣所に投げ込む。
だってねだってね甘いのが好きなの、と母は愚図った。
そういうことがあったからトオルは饅頭とカレーが嫌いでそれを思い出す夏なんかが嫌いだった。