ご主人は、僕をこの森まで連れてきた。
僕は、この森に帰ってきた。

森は戻ってきた僕に、暗く煙たそうな顔をしている。
そんな時に限って僕は、遠くから突然聞こえた鳴き声に驚き、体中の毛を思わず逆立ててしまう。
ご主人はそんな僕を案じてくれているのか、優しく声をかけてくれた。

僕は大丈夫。
そのうち何処かで野垂れ死にしてるかも知れないけど、それが僕の知ってるルール。

そう心の中で思っていると、あるポケモンがご主人の肩から飛び降りてきた。
彼と初めて合った時は僕と同じぐらいの大きさだったのに、今では僕の方が一回りも二回りも、いや、それ以上に大きくなってしまった。

僕は、小さくなった彼と最後の挨拶をした。
次に会うときは敵だから、出来れば二度と会いたくない、と。

僕は森の奥へと、一歩ずつ歩み始めた。
元々住んでいた、野生の、弱肉強食の世界へと。


――僕は以前、この森で大きな鳥に襲われたことがある。
嘴は長く、突き立てたら僕の体ぐらい簡単に穴を開けられただろう。
本当なら僕はそこで仕留められ、鳥を肥やすために短い生涯を捧げるはずだった。

しかしそこに、ある第三者が飛び込んできた。
大きな影が見えたので、うまそうな餌を鳥から横取りするために来たのか、と。僕は客観的にそう思った。

僕と同じぐらいの大きさの、白地に青いラインを引いたかのような"りす"のようなポケモン。
それと一緒に見えたのは、そのポケモンのご主人であろう人間。

そのポケモンは眩い光を放ち、僕の視界を遮った。
やがて視界が元に戻ると、森の奥へと逃げていく鳥の姿が見えた。
後になって考えると、あの光は恐らく電撃の一種だったのだろう。
僕にはとても真似もできないことだったが、小さな体であの大きな鳥を追い払うその姿には憧れを覚えた。

人間は僕を見た。
何が起こったのか今一わからず身を縮こませながらも震えることのない僕に、ただそっと手を差し伸べてくれた。
それは弱肉強食という自然の摂理を、完全に無視した物だった。
神という物が存在するなら、それはこの時、僕に味方してくれたのかもしれない。


そんな僕も、保護してくれた"ご主人"の下を離れてだいぶ経った。
姿もだいぶ成長し、二本足で立つことができれば、人間とタメを張れるぐらいの大きさになっていた。
あるいはそれより大きいかも知れない。

森に来て程なく、僕は同じ種族の群れのリーダーと遭遇し、その群れの一員として過ごすようになった。
狩りは群れで行い、あの嘴の長い、憎き鳥を仕留めることもできた。
……残念ながら食べれる部分が少なく、その時は僕の分まで回ってこなかったが。


そんなこんなで幾つかの時が流れた。
……群れに混じって、四度目の冬のことだったか。

木々は葉っぱを散らせてしまい、殺風景な森に静かに雪が降り積む。
それに合わせてか、この時期になると大体餌が減る。飢えとの戦いだが、別にそれらは慣れた事だった。

ふと、群れの誰かが何者かの臭いを嗅ぎ付けたのか遠吠えをした。
その者の位置は、即座に群れ全体に浸透させられた。僕は群れの数匹と一緒に風下に向かった。
葉っぱの代わりに白い雪を着飾った茂みに身を隠しながら、ある時を待った。

確かに臭いはするが、僕には果たしてそれがどんな物体なのかは分からなかった。ただ、相手が生き物であることぐらいは分かる。
以前は正体も分からないまま飛び掛ったら、僕なんか軽く丸呑みしてしまいそうな大蛇で、皆で襲い掛かっても仕留められず逆に追い払われた、なんてこともあった。
今感じる臭いは何処かで嗅いだことのある臭いだが、今一思い出せない。もしかしたらまたあの大蛇なのかも知れない。
だがこの時期は我侭を言ってられない。どんな相手だろうと仕留め、身を肥やさなくては生きられないのだ。

少し離れた所から、仲間の遠吠えが聞こえた。
対象に飛び掛かる合図だった。まず風上から数匹が飛び出し、次の合図で風下の僕たちが飛び掛かる。
それでも駄目なら三度目の合図で左右から残りが飛び掛かるという、いわゆる挟み撃ちだ。


張り詰めた空気が動いたのは、次の遠吠えだった。
風下の僕たちは、茂みの雪を蹴り飛ばすと、猛然と駆け出し、そこにいるであろう対象に飛び掛かった。
飛び掛かった先には、必死に抵抗する一人の人間と、その傍で電撃を操る一匹の小動物の姿があった。
僕はその人間に向かって、背後から前足の鋭い爪を振りかざした。
不意打ちを受けた人間は無防備に背を切り裂かれ、前のめりになって地に倒れこんだ。
風上側の仲間がそれを見て、倒れた人間に飛び乗り人間の頭に噛み付いた。

後は適当に仕留めればいい。そう思い、小動物の方に目をやった。
こちらは電撃による抵抗が激しく、思うように手が出せないらしい。
その抵抗の激しさを物語るかのように、断続的に、光に視界を遮られたりする。

――この時、すーっと、僕の古い記憶の中から、ある姿が自然と掘り起こされた。
光を放ち、小さな体ながら大きな鳥を追い返した、あるポケモンの姿。
僕の死の淵に突然差し伸べられた、人間の手――

人間の顔は見えない。
ただ、目の前で電撃を放ち続けている小動物は、僕の知っているそのポケモンと、姿かたちが酷似していた。

小動物はその間も必死に抵抗を続けたが、やがてリーダーに背後を取られ、
その前足で首根っこを後ろから押さえ付けられた。

リーダーが三度目の遠吠えをした。

僕は、人間に乗っている仲間を跳ね除け、リーダーの前足すらも弾いてしまった。
それは弱肉強食という自然の摂理を、完全に無視した物だった。
僕は、もしかしたらリーダーへの忠誠心が足りなかったのかも知れない。


リーダーや、左右から飛び出してきた仲間も含めた皆が、飢えで乾ききった視線を僕に突き刺していた。


作 2代目スレ>>201-204

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最終更新:2007年12月11日 16:04