僕は○○。街をふわふわと飛んでいるところを今の主人に捕まえられた。
見たことがない種類だから、という安直な理由だったが、主人は僕のことをとても可愛がってくれた。
だけど、ある日主人は洞窟で大量の岩に押しつぶされてしまった。
体はひしゃげ、顔は苦痛に歪んでいた。

暖かい手がそっと僕をなでる。その力は弱弱しかった。
「ごめんな…○○。俺がいなくても元気でな…バイバイ。」
くぐもった声だった。いつもの主人の透き通るような声は失われていた。
それきり主人は動かなくなった。苦しそうな表情が穏やかになった。
訳が分からない。分かりたくない。分かってはいけない。
バイバイ―これが、逃がされるということなのか?

今の僕に分かっていることはただ一つ。
―僕は、生きなければいけない。

僕は、行くあてもなくさまよっていた。
ふわふわ。ふわふわ。ふわふわ。
主人が変わり果てた姿になっても、夜の闇だけは変わることがなかった。
これから、どこに行けばいいんだろう。


僕には、おかしな力が備わっている。眠っている者に悪夢を見せるというものだ。
その能力のせいで、虐げられてきた。虐げられている中で手を差し伸べてくれたのが主人だった。
主人が就寝するときは、僕はボールに納まった。

なんでこんな力を持ってしまったんだろう。
こんな力、望んでなんかいない。誰も、苦しめたくない。
悪気は、ない。でも、僕のせいで、皆が苦しむ。

僕のせいで、ぼくのせいで、ボクノセイデ―
ひたすらに、悲しくなった。自身の能力を恨んだ。
悲しかったけど、涙は出なかった。もう、枯れ果ててしまったのかもしれない。

ある日は、ふわふわと飛んでいると、子供たちが後ろにいた。
「こいつ、悪夢を見せるらしいぜ!」「おお、こわいこわい」「これでも食らえ!」
子供たちが石を投げてきた。咄嗟に逃げたが、何発かが命中した。
「ギャハハハ!よわすぐうし!!!!!!」「なんとでもくやしいだろ」
という声が後ろから聞こえてくる。こいつら、何を言ってるんだろう…とりあえず、ロクな意味じゃないというのは分かる。
痛かった。体もだけど、心はもっと痛かった。


僕は何日も何日も彷徨って、小さな島に辿り着いた。
ここなら、安全だろう。ポケモンの気配も感じない。
誰も居ないなら、自身の力のせいで悪夢を見る者もいない。
自分のせいで、苦しむ者はもう見たくはない。
僕はそこで一休みすることにした。全身が痛い。心はもっと痛い。
主人がよく手入れしてくれた、ふさふさだった髪(厳密にはそうじゃないけど、主人がそう呼んでたから僕もそう呼ぶ)はボロボロだ。

ある時はまだ何もしていないのに人間に殴りかかられた。ある時は沢山のポケモンに攻撃された。
ある時は執拗にモンスターボールを投げつけられた。ある時は暴言を吐かれた。
―主人、僕の存在は許されるものなのか?
疑問に思っても、答えてくれる人はいない。問いかける相手はいない。
どうしようもなく悲しくなって、僕は目を閉じた。

ここでは、食料に困ることはなかった。自分の能力なのか、長い間飲まず食わずでも平気だった。
食べなくて平気でも、料理が苦手な主人が作ってくれたポフィンは恋しかった。
いびつな形で、少し焦げてて。それでも、本当に大好きだった。
楽しかった思い出があるから、余計に辛い。
どうして僕を置いて逝った?どうしておかしな力を持つ僕と一緒に居てくれた?
心ではそう思っても、僕は主人のことが大好きだった。
今の僕の主人、親は、貴方だけなんだ。


それから、どれほどの時が経ったのだろう?

春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、季節は何度も移り変わった。
遠くに見える街の風景は変わった。
夜の闇だけが、いつまでも不変だった。長命種だからだろうか、自身の姿も不変だった。

ただ、空を見るだけの毎日。空の表情は毎日変わるから、飽きることはなかった。
そんなある日、誰かの気配を感じた。

目の前には、目を輝かせた若いトレーナーと猫のようなポケモン。
ここから出て行け!今度は逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ…
ここまで奪われたら、もう居場所がない。

「… … … … … …」

僕は、トレーナーに飛び掛っていた。
一瞬だった。僕は、紫のボールによって捕まってしまった。


……。

「うーん…よし、貴方の名前は○○!これから友達よ!宜しくね!」
○○。懐かしい響きだ。あれ?涙が止まらないのはなぜだろう?
「あら?どうしたの?私に仲間にされたのがそんなに嬉しかったの?」
…敢えて、何も言わないでおこう。
新たな主人が僕を撫でる。その手は、とても暖かかった。

どこからともなく、懐かしい声が聞こえた。

『○○……
きみの ちからは つよい
きみが のぞまなくても
まわりの ひとに ポケモンに
おそろしい ゆめを みせてしまう
だから ここにきた……

しんげつじま…… ここには
きみいがい だれもいない
おそろしい ゆめを
みる ものは いない
みたとしても すぐ そばに
まんげつじまが ある……

主人、貴方ですか?見ていてくれますか?
僕は今、新たな主人の元にいます。
あれから、何年も経ちました。
何度も何度も挫けそうになったけど、貴方のお陰で打ち勝つことができました。
僕は、貴方のことが大好きです。
今も、これからも、ずっと、ずっと。


作 2代目スレ>>852-856

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最終更新:2009年01月02日 21:42