ホウエン地方中央部、117番道路。
シダケタウンとキンセツシティを結ぶこの道の中ほどに一人の少女が立っていた。
右手に一つのモンスターボールを握り締めた彼女は誰かを探しているらしく、しきりに辺りを見回している。
その目は迷子のわが子を捜す母親のように慈しみに満ちており、また、獲物を探す猟犬のように鋭くもあった。
不思議な目だった。

少女には幼馴染がいた。
同時期に故郷を旅立ち、一時的にではあるが共に行動していた間柄でもある。
彼は決してトレーナーとしての卓越した才能があるわけではなかった。日頃の運勢も特別に良い方ではない。
何度か一緒に神社に初詣に行ったことがあるが、その時に引いたお御籤にしても、ほぼいつも彼女の方が良い運勢を出していた。
だが彼は何よりも努力家であった。そして努力を継続する力の持ち主でもあった。
運や才能の差を補ってなお余りある程の努力。
その甲斐もあってか、彼はホウエンリーグのチャンピオンに勝利する程の実力者にまで成長した。
少女は昔から彼のそんなところに惹かれていたし、バッジ集めを挫折した彼女としては自分の分も彼に夢を叶えてほしいとさえ思っていた。
しかし、いつしか彼は変わってしまった。

正確な時期は分からないが、少女がそれを知ったのは彼がチャンピオンに勝利してから数ヶ月が過ぎた頃。
夕方のテレビのニュースで、117番道路の自転車暴走族についての報道を見た時だった。
各地の育て屋の付近にかなり昔から出没しており、最近では社会問題にまで発展しつつある自転車暴走族。
始め、彼女はその報道を特に気に留めてはいなかった。別に珍しい話ではなかったからだ。
ただしその中に前大会優勝者らしき人物の姿を見つけたという話が出るまでは。


その報道を見た彼女は、翌日ただちにキンセツシティに飛び、情報収集を始めた。
報道の間違いであってほしい。どうか彼を見たという人など居ないでいてほしい。
目撃されたという人物が自分の幼馴染ではないことを証明する為の情報収集だ。
だが皮肉なことに、聞き込みをすればする程に、件の人物が彼であるという証拠が増えていくばかりであった。
それでも心のどこかではそれを否定していたのだが、ある時彼女は見てしまった。
一匹のマグカルゴを従え、卵五個を抱えて自転車を走らせる幼馴染の姿を。
見間違えるはずが無い。彼とは物心つく前からの十五年もの間、一緒に育った仲なのだから。
第三者からの伝聞ならいざ知らず、自分自身の目で見てしまった現実を否定することなど、彼女には出来なかった。
そして今日、彼女はここにいる。
この117番道路に、彼と直接会って話を付ける為に。


待つこと既に半日。太陽は今にも西の山の縁に沈もうとしている。幼馴染は未だに現れない。
偶然今日は休んでいるだけなのだろうか。それとも彼の巡回するコースとは全く見当外れなところで待っているのだろうか。
また明日にしようかな……」
諦めて今日のところは引き揚げようとしたその時。
「おーい! ミサキーーー!」
背後から少女――ミサキを呼ぶ声が聞こえた。
彼女にしてみればよく知った声であった。
当然である。この声の主こそ、まさしく彼女が探していた人物のものなのだから。
「! カイリ、やっと見つけた」
ミサキにとっては長年共に暮らしてきた幼馴染であり、今日一日待ち続けた相手。
だが自分の言葉が彼の心に届くかどうかを心配してしまい、抑えようとしても平静が保てない。
彼女にはこれが彼を説得する最初で最後の機会であることが分かっている。
失敗すれば次は無い。
「久しぶりだな。こんなところで何やってるんだ? もうすぐ日も暮れるし、そろそろ帰った方がいいぞ」
ミサキのよく知った柔らかな表情と優しい声で気さくに挨拶する幼馴染の少年――カイリ。
幸いにもカイリは彼女の動揺には気付いていないようだ。
まして彼女が自分と会う為だけにここにいるなどとは夢にも思っていないに違いない。
「もう卵の孵化とか厳選なんてことは止めて!」
もし表情と声に加えて心まで昔の彼のままなら、きっと自分の言葉が届くはずだ。
「私はずっと、どんな苦しいことでも努力を重ねて乗り越えるカイリの姿が好きだったの!」
言葉に自分の想いを乗せて叫ぶ。ずっと昔から伝えたかった思いも何もかも、全て注ぎ込んで。
「私はそんなカイリの姿なんて見たくない!」
そこまで一気に言い切り、彼女は一息吐いた。
呼吸を整える為と、幼馴染からの返答を待つ為に。
だが……
「ごめんな、ミサキ。厳選を止めるわけにはいかない」
返ってきた答えは彼女の希望を打ち砕くものでしかなかった。
「俺には特別な才能なんて何も無い。その分をお前の言う通り、努力で逆転する。それが俺の生き方だし、今だって変えてなどいないさ」
「変えていない? 嘘よ!」
これまでの十五年間で形成された、彼女の中のカイリの像が音も無く、だが確実に崩れ去っていく。
少し抜けているところもあったけれど、優しく、努力家であった彼の姿は、この一瞬で彼女の中から消えてしまった。
今では入れ替わるように、冷酷な狂人の姿がそこにある。
「あなたは変わっちゃった! あなたは私の知ってるカイリじゃない!」

「変わった……か。確かにそうかもしれないな」
だが自分が自分であることを否定されたにも関わらず、彼は怒る様子も反論する様子も見せない。
代わりに自嘲気味に小さくふっと笑いを漏らした。
それから一転して真剣な顔付きになる。
「だが生き方だけは変えたつもりは無い! 俺は才能も運も人並みだ。だからこそその差を埋める為に、寝る間も惜しんで努力を重ね、数をこなす必要がある! 俺の生き方は、俺の生きる術は、それだけだからだ!」
気持ちを静める為だろうか。そこで一呼吸置いてから彼は更に続ける。
「ふぅ、熱くなっちまったな。だがそういうわけだから、幾らお前の頼みでも聞いてやれない」
ごめんな、と最後にそれだけを言い残して立ち去ろうとするカイリ。
「本当にあの頃とは変わっちゃったんだね、カイリ……」
幼馴染の背中に向けてそっと呟くミサキ。彼は何も答えようとはせずに歩き出す。
「でも大丈夫! 私があなたの罪も、邪な心も、血も汗も何もかも、全部洗い流してあげるから!」
途端に周囲何十メートルにも響き渡りそうな大声になって彼女は言った。
「そしてずっと、あの頃のままの、純粋なカイリでいさせてあげる!」
ミサキの豹変に気付いたカイリが慌てて振り返ったのとほぼ同時に、彼女はボールからシャワーズを繰り出し、ハイドロポンプを指示した。
「気でも触れたのか、ミサキっ!? しっかりしろ!」
飛来する高圧の水を間一髪で避けつつ、説得を試みるカイリ。
しかしミサキは彼の言葉には耳を貸さなかった。それも当然のことだ。先程の口論で彼女はこの少年に対する信用を既に失くしてしまったのだから。
「くそっ! 頼むぞ、マグカルゴ!」
卵の孵化の最中であった彼の手持ちの中で、戦闘が可能な者はこのマグカルゴのみ。
一応用心棒となるように火炎放射を使える程度には鍛えてあるが、水ポケモンが相手では圧倒的に不利だ。
たとえ彼がホウエンリーグの優勝者であろうとも、この不利を覆すことは不可能と言うより他には無い。
ミサキのポケモンが、よりにもよって唯一の戦闘要員のもっとも苦手とする属性だったという不幸を彼は呪った。
いや、呪おうとしたところで、彼女が他のボールを持っている様子が無いことに気付いた。
「もしかしてお前、最初からこうなると分かってて……!?」
しかし彼の質問に対する答えは無かった。
そうこうしているうちにマグカルゴがハイドロポンプの直撃を受けて倒された。最早彼を守る者は何一つ無い。
「綺麗にしてあげるね、カイリ!!!」
無防備となった自分にしっかりと狙いを定めて放たれる、高圧の水の塊。
それが彼の見た最後のものとなった。


「あはは……これでカイリは昔のままの、私の知ってる純粋なカイリに戻れたね」
日没からかなりの時間が過ぎ、既に辺りは夜の闇が支配する世界となっていた。
「あははははははははははははははははははははははははははははは」
そんな闇の中を、少女の声だけがいつまでも木霊していた。


<後書き>
久しぶりにこのスレを覗いたら創作意欲が湧いたので、一晩でサクっと書いて投下
一度書いてみたかったということもあって、ヤンデレというかキチデレに挑戦してみました
(成功か失敗かまでは知りませんがw)

作 4代目スレ>>251

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最終更新:2011年07月17日 00:48