深い森の中。大勢のポケモンを連れた少年が歩いている。
ポケモン達は皆額にマークをつけている。
ほとんどは2つ、中には1つだけのものもいれば、3つ持つものもいるが、皆誇らしげだ。

「ここまで来れば、大丈夫か…ったく、屑を捨てたくらいでぎゃーぎゃーうっせぇんだよ」
誰もいない森の中。人間の言葉が分からぬポケモン達に残酷な罵倒を浴びせる少年。
曰く。使えない連中を半殺しにしたくらいで虐待だの最低だの文句を言う周囲の連中がウザい。
曰く。弱くて無様なくせに楽しげで偽善ぶった一般トレーナーどもが殺したくなるほどムカツク。
曰く。6Vメタモン使ってるのに生まれてきた生きてる価値のないゴミどもでストレス解消して何が悪い。
彼はこのような考えを当たりかまわず披露した結果、かつての友人たちはもちろんのこと、
通称廃人と呼ばれるトレーナー達からも距離を置かれるようになったのだ。
それ故、今ではこうして人気のない場所でポケモンを捨てるついでに一人で愚痴るようになったのだ。
「…っつーわけだから、さっさとくたばれ!!お前らなんかのために使った時間が無駄過ぎてむかつくんだよ!」
何を言われたのかも分かっていないポケモン達の視線を一身に受け、少年は立ち去っていく。

――オオオオオオオォォオオオオオオオオ!!!!!!

獣の声が森の中に響く。野生化したポケモンの声だ。危険だと思った時には、すでに遅く。
少年の足にはポケモンの牙がしっかりと食いこんでいた。
かつては誰かに飼われていたのだろう。少年の背を引き裂いた凶悪な腕には、小さなマークが一つ。
少年がポケモンを捨てるのに都合がいいと思ったように、他のトレーナーも同じことをしていたのだ。

その結果が、野生化し、飢えと苦しみで凶悪な光をたたえた瞳をした、このポケモンの姿である。
…と言っても、ポケモン自身は自分が凶悪だとかそんな意識は一つも持っていない。
少年の足を引き裂き、食いちぎったのも、残虐だからではなく、久々のごちそうを逃がさぬため。
もしも人間が彼の言葉を理解できたのならば、こう聞こえただろう。

―ご主人様。こんな真っ暗な森ではぐれたご主人様。きっと僕と同じで寂しくて怖くて泣いてるに違いない。
  大丈夫。また会える。きっと迎えに来てくれる。そしてまた一緒にバトルやミュージカルで活躍するんだ。
  そのために…ごめんなさい、人間さん。僕のご飯になってください。お腹が空いてるんです。

その牙が柔らかな腹を引き裂こうとしたその瞬間。何かが飛び込んできた。技だ。
ポケモンの、技だ。少年が生み出したポケモン達に遺伝させた技だ。
少年の後を追ってきたポケモン達。少年を見つけられた嬉しさで目が輝いている。
獲物より先にそちらを殺らなければ、自分が殺られると、体を反転させた瞬間。
いかに経験豊富なポケモンとは言え、1対多数、そして1V不一致と3Vや性格一致を含む集団。
勝負は一瞬で終わっていた。一斉に放たれた技が、急所を貫いていたのだ。
斃れ死ぬわずかの時間に彼は悟る。主人は、絶対に迎えになんて来てくれないことを。

―ご主人様。どうして僕のことを捨てたのですか…死にたくないです…助けてくださ…ぃ…

技で全身を焼かれて、なお。
必死で庇った、かつての主人につけてもらった小さなマークの箇所だけは綺麗なままであった。

「うぅぅ…ぁああああ…お前ら……俺を…助けてくれたのか…」
少年は呻きながら、自分の捨てたポケモン達に手を伸ばす。
あんなことをしたのに。あんなことを言ったのに。見捨てないで、助けに来てくれたのだ。
ポケモン達も、嬉しそうに、楽しそうに、鳴き声をあげながら少年に小さな手を伸ばす。
ああ。もう二度とこんなことはしないよ。これまでの行いを改めよう。
これまで傷つけてきた皆を。親を。友達を。ポケモン達を。謝ろう。大事にしよう。
俺はこれから生まれ変わろう。だって、こんな俺を、こいつらは、見捨てないで…?

―おとーさん。ぱぱ。おとうたん。ぼくたちね、ことばわかんないけどね、がんばっておぼえたよ。
  おとーさんはね、ぼくたちに、「これからはここにすむんだよ」っていってくれたんだよね?そうだよね?
  ぱぱ。ぼくたち、ここきにいったよー。くらいし、『おんねん』とかおいしいものいっぱいあるよー。
  おとーたん、ありがとー。ぼくたちここにすむよー。おとーたんのいうこと、ちゃんときくよー。

  おとーさんもぼくらにありがとーっていってくれたよー。うれしいよー。だいすきー。
  そうだ。いいこにしてたらごほーびっていうのもらえるんだよね。ぼっくすのなかできいたよー。
  おとーたんのてき、たおしたよー。ほめてもらえたよー。ってことはごほうびもらえるよー。
 あのね、ぱぱ。ぼくたちは、ここ、だいすきだよ。でも、ぱぱのことはもっとだーいすき!だいすき!

  だからね、おとーさん。ぱぱ。おとーたん。おとーさんをちょーだい?

森の中に、濁った悲鳴が一瞬響き、そしてすぐに静寂が訪れた。

森に出かけたまま戻らない少年がいるとの話を受け、レンジャー達が捜索に乗り出したのは5日後のこと。
しかし、見つかったのは、無残な姿に変わり果てた少年の姿であった。
もはや原型が何であったかすら見分けがつかなくなったそれを少年だと断定できたのは、
凄惨な現場に遺されたわずかな痕跡…引きちぎれた服や、敗れたトレーナーカードのおかげであった。

時を同じくして。森で、幽霊を見かけるようになったとの噂が流れだした。
大勢のゴーストポケモンを引き連れた、片足を失った、青白い顔をした少年の幽霊だ。
ポケモンを捨てに来たトレーナー達の前に現れ、何か言いたげな、悲しそうな顔をするという。
そして、楽しそうな笑顔を浮かべたゴーストポケモン達に引き連れられ、森の奥へと消え去るという…。

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最終更新:2011年07月30日 21:47